第30話

「小宮寺さんのお姉さんだったんですね。こちらこそよろしくお願いします」


 嫌な予感がしたので、お弁当をもらったことは言わないでおこう。


『ヨリドリミ・ドリ』は向かい合い、お互いに両手を重ねて曲が流れるまで待つ。


 今は向かい合って両手を重ねてる状態。結構しっかりと握られている。


「今年は剛田さんのおかげで、いい経験ができそうだわ。ありがとうね」


 ♪〜


 それからすぐに曲が流れ踊り出したが、この曲は思った以上に目のやり場に困った。香織さんの時は気にならなかったのに。あ、そうだよ、香織さんはスーツ姿だったからだわ。


 ——やばい、つい目が……


 この曲は前世の『コロブオキルチカサン』とよく似ているけど、軽く飛び跳ねる動作がかなり増えている。

 前に動いて飛んで、後ろ動いて飛んで、くるっと回って飛んで、といった具合に。


 共に踊る嬉しさや楽しさを表現していると香織さんは言っていたが、こんな大人数の場だと絶対俺の視線に気づく人がいるはず。


 俺は必死にお胸様を見ないように意識する。女子から白い目で見られるのは勘弁したいから。


 面と向かって言ってくる女子はいないだろうけど「剛田くんは、いっつも私たちのお胸様見てるのよ、いやらしいよね〜」なんてこと陰で言われるようになったらショックで寝込む。


 ——ん?


「ごめんなさいね」


 くるりと回ってパートナーが代わるところで、小宮寺さんが俺に抱きつきすぐに離れていった。


 ——何かに躓いたのかな?


 少しタイミングがズレたが、焦らずゆっくりと次のパートナーを迎えて踊るが、うちの学校、発育の良い女子が多いんだね。


 俺は笑顔の仮面を貼り付けて、踊ることだけに集中する。


 ——ん?


「すみません」


 またくるりと回ってパートナーが代わるタイミングで、先輩が抱きつきすぐに離れていった。あ、鼻を抑え始めた。大丈夫かな?


 ——うーん。


 さすがの俺も、3人目も4人目もパートナーが代わるタイミングで抱きつかれ続ければ、意図的にやっているって気づくよね。


 でもまあ、気づいても気づかないフリをしておく方が無難かな。


 先輩たち、やたらと気合い入ってたけど、顔が真っ赤で動きもぎこちない。結構無理してるっぽい。


 踊り終われば足下がふらふらで普通に歩くことさえおぼつかない。


 次のパートナーのスケートボード先輩が背中をさすって介抱してるけど、ちょっと困り顔。ごめんなさい先輩。


「ふう」


 やっと終わった。曲の終わりは、よく間違うから気をつけていたのだ。最後が上手くいってよかった。


 曲の関係上(長さ)、半分以上の人とは踊れなかったけど、フォークダンスとはそんなものだ。でも無事に終わってホッとしたよ。


 ♪〜


「え?」


 終わったと思ったのに『ヒク・テア・マタ』の曲がまた流れ始めた。


 みんなが普通に踊り始めている。俺も戸惑いながらもみんなに合わせた。


 結局、3回ずつ踊ったよ。先生たちとも踊った。目のやり場には困ったけど、楽しく踊れたと思う。


 でもプログラムは大丈夫なのかな? 進行遅れてない?


「ふふ。初めから予定に入れてたから大丈夫なのよ」


 不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「?」


 振り向けばそこには一之宮先輩が。うまく一巡して、いや、そうなるように曲の方を調整していたのかな、最後だけ少し短く感じたし。


「剛田くん、今日はほんとうにありがとうね」


「お礼は必要ないですよ。俺も先輩や先生と踊れて楽しかったですから」


 一之宮先輩が笑顔で左手を伸ばしてきた。どうやら退場も一之宮先輩とらしい。


 軽く握ったはずなのに、またもや恋人繋ぎに。まあいいや、俺の出番はこれで終わりだ。


 ————

 ——


 のこりの競技は、各団体VS先生の玉入れ、学級対抗リレー、部活対抗リレー、大縄跳びなどがあり、最後は学年選抜リレーで大盛り上がり。俺もリレーは大好き。思わず立ち上がって応援してしまったよ。スケートボード先輩をね。


 スケートボード先輩、足速いね、最下位からトップに躍り出てさ、一部の女子からもきゃーきゃー、俺も興奮したよ。


 スケートボード先輩、見た目がボーイッシュ、お胸がなかったら美少年って感じだから同性にモテるんだろうね。


 でもリレーか……俺もちょっと走ってみたかったな。これでも俺、お弁当食べ過ぎ事件から毎日走るようにしてるんだ。とはいえ、ずっと運動していなかったから体力は小学生レベルかもしれないが。


 ちなみに一位が赤団、二位が、青団、三位が白団、四位が黄団だった。


 ウチのクラスは赤団なので一位の成績。やるじゃないかウチのクラス。


「赤団一位だったね。おめでとう」


 でもさ、ウチのクラスのみんな、なんか不機嫌なんだよね。こんな時は委員長かな。委員長。


「ご、剛田くんも……同じクラスメイトなのにずっと離れていたから」


 そうなの? その考えは委員長だけじゃない? 副委員長……は頷いているね。霧島さんも、牧野さんも……小宮寺さんも、ほかにも数人。


 週一しか登校しない俺を同じクラスメイトとして扱ってくれるの、ジーンときた。やばいちょっとうれしい。


「そっか、俺ずっと本部席にいたからね。じゃあ、最後にクラスみんなで一緒に写真撮ろうか?」


 なんとなく俺がそう言えばみんな一斉に俺を見て、すごい勢いで頷く。


 代表して委員長のスマホで撮ってもらおうと思ったら、ちょうど新山先生がやってきた。


「みんな、集まってどうしたのですか?」


 状況の読めない新山先生に委員長の君島さんが説明すれば、先生がスマホで撮ってくれることに。


 俺が中心に立ち、みんなが周りに集まってくれた。人数が多いから、半分は前で中腰に。


 俺の前には霧島さんと牧野さんがきた。あ、霧島さんと牧野さんは俺より背が低いから普通に立ってて大丈夫よ。中腰の姿勢はやめようね。2人は首を傾げていたが、気にしなくていいからね。


 でも新山先生は、自分のスマホをちょうど通りかかった佐藤先生に渡して、こっちに来た。一緒に撮るんだね。

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