第19話 閑話(尾椎乃知視点)

「ねぇのっち。これって」


「うん。タケトさ、くんだよね」


 ウチは尾椎 乃知(おしい のち)、今月のバイト代が入ったから、推しネッチューバーである和也様に洋服でも贈ろうと近くにあるメンズ服専門店まで来たけど……


 その専門店の入り口に剛田武人様がモデルをしているポスターが貼ってあって驚いた。超カッコいい。このポスターほしい。

 こころの方を見ればこころも物欲しそうな目で武人様のポスターを食い入るように見ている。


 信じられないけど、このカッコいい武人様とは同級生であり同じクラスでもある。ウチの今1番身近にいる男性。でも1番遠い存在なの。


 ——あんなことしなきゃよかった。


 今でも目を瞑れば思い出す。思い出したくなくても思い出してしまう。いくら推しのためだったからって、なんて馬鹿なことをしたんだろ。


 ————

 ——


 ——『こころ! ウチ超カッコいい男性のネッチューバー見つけたよ』

 ——『沢風和也でしょ』

 ——『そうそう和也様。ウチすぐにチャンネル登録しちゃった』

 ——『にしし、あーしもだし』

 ——『なーんだ。そうなの』

 ——『にしし』



 ——『はぁ、昨日の和也様の生配信サイコーだった〜』

 ——『うん。めっちゃ優しいね和也くん。男ってみんな傲慢で自己中な奴ばかりなのにさ、あーし思わずうっとりしちゃった』

 ——『ウチ、他の男はもうムリかも。和也様好きだな。和也様だったら何時間でも観てられるのに〜』

 ——『うんうん。あーしもだし』



 ——『こころ! こころ! 和也様の歌! 聴いたよね、ね。作詞作曲、自分でしたんだって。うち感動して涙が出たよ』

 ——『のっちも。実はあーしもよ。あの歌声聴いたら、ね〜』

 ——『あ〜販売してくれないかな。販売してくれたらウチ絶対買うのに〜』

 ——『あーしももちろん買うし』

 ——『じゃあさ、今からバイトしてお金貯めとこうよ。これだけ人気がでれば絶対販売とかするって』

 ——『だね』



 ——『剛田武人! 何あいつ! うちの和也様に調子に乗るなってさ、お前が調子に乗るなっつーの!』

 ——『そうそう。お前なんて和也くんと比べたら月とスッポン。鏡見ろし』

 ——『あ〜! 思い出したらまたムカついてきた! こうなったらウチあいつの登録解除してやる!』

 ——『あ〜、あーしはとっくの昔にしてるしってか、あいつの登録者数、今すごいことになってて笑っちゃうよ』

 ——『え、どれどれ、あはは。何これ、ウケる〜。はい、ウチもか〜いじょっと』



 ——『剛田武人、何あいつ、住所晒されてるwうちの和也様傷つけた罰がきた。ざまぁ』

 ——『あははwうわ〜のっちこれみて。なんか暴露系のネッチューバーから石投げられててウケるんですけどw』

 ——『生配信!? あはは、和也様を罵るから悪いのよ。やられて当然じゃん』


 ——『のっち。先生たちも言ってたし、バレたらヤバいって』

 ——『和也様を罵った報復だよ。推しのためだよ。ウチもやらなきゃ』

 ——『あーしは……』

 ——『こころはしなくてもいいよ。ウチは和也様命だし』

 ——『もう。分かったよ。あーしもやるって』



 ——『こころ、和也様のために今日もあれ投げにいく?』

 ——『もちろん行くし』


 ——『こころ、今日もあれ投げにいこっか?』

 ——『もちろん』


 ——『こころ、行こっか?』

 ——『いこいこ』


 ——『こころ、今日も行くよ〜』

 ——『あいよ〜』



 ——『剛田武人が落ちぶれ過ぎててなんかやる気失せたし』

 ——『うん、もう飽きたね。そんなやつよりこころ、和也様に洋服贈りたいから付き合って』

 ——『和也くんに服?』

 ——『ほら、ウチが贈った服着てネッチューブあげてくれたらサイコーじゃない』

 ——『お、のっちいいねそれ。あーしもやる』

 ——『でしょ。和也様、個人事務所作ったみたいで、そっちの住所が載せてあるから、二人で決めてからそこに贈ろ』

 ——『うん』



 ——『ねぇねぇこころ! 昨日の和也様見た? 超カッコよかったね』

 ——『ん、のっち。おはよ! 和也様がダンスしてたやつでしょ。もちろん見たに決まってるじゃん』


 ————

 ——


 今現在、武人様を1番馬鹿にしてやりたい放題やった暴露系ネッチューバーのアカウントは削除されている。


 あちこちから恨みをかってたから、どこからか苦情がいってBANされたんだよって噂になった。あと警察に捕まったようなこともチラッと……


「こころ、中に入ってみよっか」


「え、あ、うん」


 店に入らず、店の前で立っていれば不審者だと思われる。本当はいつもいくショッピングモールの方で買うつもりだったけど……武人様のポスター、どうにかしてもらえないかな。


「うわ〜」

「タケトくんのポスターが……」


 中にも武人様がモデルをしているポスターがいっぱい。外にある一枚だけじゃなかったみたい。いいな。あ、でも、こんなにあるんだし、一枚くらいもらえるじゃないかなとちょっと期待する。


 もちろん今でも推しネッチューバーは誰だと聞かれれば沢風和也様と答えるだろう。


 でも実際に異性として意識しようとすればどうしても身近な男性。つまり同級生の武人様になる。

 虫のいい話だけどウチは今武人様が気になってしょうがない。


 こころもそうみたい。二日前に武人様、学校に来てお弁当を他の女子からもらっていたけど、実はウチたちもお弁当を作って持ってきていた。


 でも近づけなかった。みんなが見るんだ。お前たちは違うだろって。先生からの注意を聞かず、石を投げ入れては武勇伝みたいに語ってたウチとこころに。たしかにその通りだし誘ったみんなから恨まれてもいる。けど心は正直。


 だって彼、ネッチューブで見せていた傲慢だった姿とは全然違う。痩せて見た目が変わったっていうのもあるけど、醸し出す雰囲気とか女子に対する接し方や言葉遣い。向ける眼差し、全てが違う。


 きっとネッチューブに出ていた彼は演技をしていたんだ。今の彼が本当の姿だった。今になってそう理解する。

 そんな彼をウチは……


 そこで暗く沈みそうになる思考を振り払うように首を振る。そして思い浮かべるのは。


 ——あのバスケやってた姿はサイコーにカッコよかったな。


 ジャンプシュートする度に引き締まった腹筋がチラリと見えてセクシーだった。もう少しで先生みたいに鼻血が出そうで危なかったけど。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか」


 こころと二人で武人様のポスターを見て回っていたら、モデルみたいにキレイな店員さんから声をかけられた。


「えっと。彼が同級生だったから……」


 こころも隣でこくこく頷いている。


「あら、そうだったの。ふふ。武人くんが着てるこれ、今度私が立ち上げたブランド『モチベート』なの。なかなかいいでしょ。他のブランドももちろんあるからゆっくり見て言ってね」


 それだけ言うとその店員さんがレジの方に戻りそうだったので慌てて呼び止める。

 だって後から入ったきたお客さんも武人様のポスターに群がっているんだもん。ダメそのポスターはウチがもらうの。


「あ、あの!」


「ん? どうかしたの」


「あ、あのポスター一枚も、もらえませんか」


 服とは関係ないけど言っちゃった。


「あ、あーしも一枚欲しい、です」


「うーん、ここのポスターは非売品なのよねぇ」


 ごめんね、と謝る店員さん。そのあと交渉に交渉をかさねてこころと服を2着ずつ買ってポスターを一枚ずつつけてもらった。


 こころと一緒に1着は和也様に贈る。『いつも応援してます』と簡単なメッセージをつけて。


 そして、もう1着は武人様に。本当は謝りたい。ほんとのこと言いたい。でもダメ。こわくて言えない。言ったら絶対に嫌われる。そんなの嫌。だからせめて……


 ————

 ——


 ピンポーン!


「どちら様でしょうか」


「宅配便でーす」


 あれ、なんか届いたけど、何か注文してたっけ。頭に疑問符を浮かべたまま宅配便を受け取った俺は早速中を確認。


「服が2着? なんか見たことあるような……でもカッコいい。ん、メッセージ? なになに、『いつも見てます』」


 ——……。


 こわっ。いつも見てますって何。怖いんですけど。そう思ったらもう一枚メッセージが出てきた。


「ん、『頑張ってください』あ〜なーんだ、なるほどね。ネッチューバーの動画にお邪魔するからそれの事ね。吃驚したよ」



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