第18話

 翌日。


 傷む前にもらったお弁当を食べきってしまおうと、昨日の夜に2つ。今朝3つ。お昼に3つと俺は頑張った。もう俺のお腹ははちきれそうよ。


「うぷっ」


 いや、温めて美味しくいただいたんですよ。特に牧野さんのお弁当。見た目も味もサイコー。でも食べ過ぎはよくない。


 前世でもよくお世話になっていた胃薬。似たような胃薬が自宅の置き薬箱の中にあったからそれを飲む。苦いから本当は飲みたくないけど飲む。


「ふう」


 問題はお弁当箱。洗って返すのは当然なんだけど、空になったお弁当箱だけを返すのもなんだか気が引けた。


 そこでちょうど新山先生からフォークダンスの踊り方の動画がMAINで届いたから相談したわけさ。


 お昼にお弁当をもらったんですけど、お礼をした方がいいですよね。と。


 そうしたら先生、美味しかったよ、また作ってねって言われたらすごく嬉しいと思うから、それだけで十分ですよって。先生もお弁当作るの好きだから剛田くん食べてみる? という冗談付きで。先生って真面目な人かと思ったらユーモアさんでもあったんだね。是非お願いしますって返しといた、ユーモアにはユーモアでね。


 でもね。昨日の夜から考えていたけど、美味しかったは言えるとして、また作ってねは流石に図々しというか、本当にまた作ってきてくれても俺が困る……おっと危ない危ない。一回作ってきてくれたからって次もあるっておもちゃいけなかったよ。16年過ごしてきた記憶が勘違いさせてくるから気を付けないと。


 というわけでちょっとしたお礼をすることに決めました。先生ごめんね。また作ってねはハードルが高かった。


 でも女の子にプレゼントなんて一度もしたことないから、というかこの世界の男たちって女性にプレゼントしたことあるのかな。


 ——……。


 考えるまでもなかった。男はもらって当然って感じだった。俺もそんな感じだったね。


 プチプレゼントをグルグルで検索。


「お」


 ソープやらアロマやらハンドクリームがヒット。しかも人気って。いいんじゃない。消耗品だから残る物でもない。


「どれにしようかな……よし」


 これから乾燥する季節に入るからハンドクリーム、キミに決めたよ。値段も500円くらいだから、重すぎるって怖がられることもないだろう。


「うん。これでいい気がしてきた」


 そうと決まれば、早速買い物に出かけよう。リモート学習? ふふ、体育祭の練習があるからリモート学習はしばらくの間午前中のみなんだ。


 それに少し動かないと流石に食べ過ぎたから。なんならこれを機にジョギングを始めるのも悪くないかもね。


 ——うーん。


 雑貨屋さんの前まで来たけど、雰囲気が……男には入りずらい。せっかく来たから入るけど。


 俺がお店に入った瞬間、店員さんや他のお客さんが俺を見る。次の瞬間にはギョッとした顔をされてしまった。


 すぐに買って出ていきますからと心の中で謝りつつキョロキョロしながらハンドクリームらしき物が置いてあるスペースに向かう。


 ——これが人気なんだ……


 今人気だと書いてあったハンドクリームを10個、素早く手に取りレジに直行する。


 贈り物だから個包装してもらったから少し時間がかかったけど、店員さんが思ったより親切でよかった。

 またご来店くださいってお店の名刺までもらった。


 その帰り道、俺はメンズ服専門店の前で立ち止まった。


「ついでだし、服、買っとくか」


 土日に着て行く服をどうしようか迷っていた所だった。ブカブカの服はウチに結構あるのだが痩せてからは俺がネットで買った服が数点しかない。


 今回もネットで買うつもりだったところだったけど、メンズ服専門店が目に入ったのだ。


 それにネッチューブに出演することになるだろうから、前回、野原建設の撮影で着ていた服は着たくない。


「うん」


 これも何かの縁だと思い店に入る。メンズ服専門店だけど店員さんは女性だった。


 考えるまでもなく、男はほとんど働いてないからそうなる。


 で、この店は女性が男性にプレゼントする時に利用するお店のようで、女性のお客さんも数人入っていた。おしゃれな服もありそう


「いらっしゃいませ」


 俺に気づいた店員さんがやっぱり吃驚していたけど、構わず中に入り気になった服を手に取って見る。


 できれば固くなりすぎす好印象を与えるような、贅沢言えば、ちょっと大人っぽい感じがする服がいいんだけど。


 ——ん? 


 よさそうな服が結構あって20分くらい迷っていると、男性の格好をした女性モデルが、男性物の服を着て写っているポスターを発見。


 ——なるほど。


 ダークトーンのチェック柄ジャケットに、明るめのカーディガンを合わせたコーデ。


 もう一つが。インナーとスニーカーを白でまとめた、ネイビーセットアップのコーデ。清潔感があって好みだ。


 もうこの二つでいいような気がしてきた。モデルと同じ物を手にレジに行けば、


「あ、そのコーデ気に入ってくれたんですか」


 と嬉しそうな顔の店員さん。


「はい、ってあれ?」


 そこで俺は気づいた。ポスターに写っていたモデルの女性は目の前の店員さんだと言うことに。


「ふふ。あのモデル私なんですよ」


 ネタバレも早い。他のポスターも目の前の店員さんで、どうも目の前の店員さんがここの店長さんでもあるようだ。で、本当に女性雑誌のモデルでもあるようだ。


「君って剛田武人くんだよね……君に似合いそうなコーデ思いついたんだけど、モデルしてみない。一回でいいからさ」


 俺が返事する前に勝手に話を進める店長さん。


「いや、俺は……」


 今話題の沢風和也くんならまだしも、俺がモデルをしたところで逆に迷惑をかけるだけだと伝えるけど店長さんは手を合わせてお願いのポーズ。


「いいのいいの。モデル料はもちろん払うし、なんならその服もプレゼントするから、ね」


 店長さんモデルやってるだけあってキレイ系の美人さん。そんな美人さんにお願いされると嫌とは言いにくい。それに俺が今手に持ってる服って結構値段がするんだよね。やるか、モデル。


「一回でいいなら。でもどうなっても知りませんよ」


「ありがとうね」


 嬉しそうに瞳を輝かせている店長さんは鮎川さんと言うらしい。すぐに奥にある事務所に通されれば、撮影チームがちゃんといて吃驚。


 ————

 ——


「剛田くん、今日はありがとうね」


 良い笑顔で本日のモデル料と名刺を差し出してきたのは店長こと鮎川さん。


「い、いえ」


 彼女の一回って言葉を信じてはいけなかった。撮影が始まって終わるまでの一回でしたよ。14時前から18時くらいまでの約4時間。着替えも10回は超えていたと思う。


 もう、二度としないぞ。





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