第13話
「皆さんこんにちは。野原建設チャンネルをご視聴いただきありがとうございます。
本日は私、剛田武人が丸角市にあります三角住宅展示場、地下室付モデルハウス『ノノハ』をご紹介いたします。
こちらは『男性が足を運びたくなる寛ぎの家』をコンセプトに、外観や内装にも遊び心を入れているモデルハウスのようですよ」
紹介するモデルハウスをバックにして俺は笑顔の仮面を貼り付けていた。
ここで外観や屋根、床、インテリア、特にこだわりっているところが書かれた資料を手渡されたので、それ見ながら読み上げる。
この時、俺は映ってなくていなくて声だけらしいので、カメラは意識せずに、読み間違えだけはしないように意識しながら語る。
ここには編集されてモデルハウスの画像があてられるそうだ。
野原さんとMAINにでやりとりして、始めこそ野原建設のCM動画ということになっていたが、役員会議の中で、こんな機会は滅多にある事ではない、せっかくならテレビCMの方もお願いできないかという話も出たのだとか。
でも俺って一度炎上しているからね。嫌いな人は嫌いなはずだ。もし俺が出て野原建設のイメージが悪くなっては申し訳ない。だからすぐに断った。
他にも色々と提案されたが、結局は提案の一つ、野原建設チャンネルの中で、つい最近出来たばかりのモデルハウスを紹介させてもらうことで話がまとまった。
でもさ、出演者が俺だけってちょっと思ってたのと違うんだよね。
進行役の人がいて俺は相槌を打ったり、一言二言適当な意見を述べつつ、のんびりとモデルハウスの中を見て回るって思ってたんだけど。
「モデルハウスを見て回る機会なんて一度もなかったからすごく楽しみです。では中に入ってみましょう」
俺が家の玄関まで歩いてみせたところで一度動画撮影が止まる。
「はーいオッケーです」
大手の建設会社だからちゃんと撮影チームがありました。監督らしき女性がオッケーのサインをする。
「タケトくん。いい感じですねサイコーですよ」
やたらとテンションが高いこの人は、俺の家を担当してくれた野原さんです。野原香織さん。MAINでやり取りしている間にお互い名前で呼ぶようになった。会長も社長も専務も野原さんだからね。
「そうですか。よかったです。自分の動画の撮影と違って、なんか思ったより緊張しますね」
「そうなの? 全然そんな風に見えなかったわよ」
今日の香織さんは作業着ではなく、スーツを着ている。すらっとしたモデル体型だからスーツ姿もよく似合う。やり手のお姉さんって感じがするね。
「タケトさーん、次は玄関前のスロープ辺りから玄関までお願いします」
「はい。すぐに行きます」
撮影チームの準備ができたらしいので、一度玄関の中を見てから資料に軽く目を通してすぐに撮影の続きに入る。
「玄関までは段差がないバリアフリー仕様なんですね。って!? ベビーカーをなんで、あ、押すの? はい、あ〜確かにこれだと赤ちゃんをベビーカーに乗せたまま玄関まで行けますね。それに買い物した後も、これはいいですね」
突然ベビーカーを渡されて戸惑ったけどオッケーですか? オッケー、そう。む、俺にベビーカーを渡した人、にやにやしない。香織さんはなんで顔を真っ赤にしてるの?
とりあえずベビーカーを押しながら玄関に入る。
「玄関は広いですね〜。あ、これって間接照明ってやつですね。おしゃれだし優しい感じがしてとても素敵ですね。玄関の収納も多くて置き場に困ることなさそうかな。えっと、へぇ、上がり框も低くて、ベビーカーも……あ、すみません、ベビーカーは玄関に置いて行くようですね。ん? 中の赤ちゃんを忘れてたらダメ? そ、そうですよね。赤ちゃん忘れたら大変ですね」
俺はベビーカーの中に置いてあった赤ちゃんの人形を抱える。なぜに赤ちゃんと思ったら、住宅の購入を考える時期というのは色々あるけど、結婚したタイミングや赤ちゃんができたタイミング、老後に備えたタイミングなど、生活環境になんらかの変化がある場合が多い。
その中でもこの住宅は、『男性が足を運びたくなる寛ぎの家』をコンセプトにしているだけあって、子どもができた女性層をターゲットにしているから。な、なるほど。子どもができていても男性(一夫多妻だから)とは同居していない場合かな……
————
——
終わった。やっと終わったよ。まさか赤ちゃん人形を最後まで抱きながら回るとは思わなかった。とても疲れた。
「タケトくん。今日はありがとうございました」
「いえ、香織さん俺も楽しかったです」
大変でしたけど、とは言わない。撮影チームと香織さんは、満足そうに、にこにこしているからうまく撮影できたと思っておこう。
「それで……」
そう、その後も大変でした。野原建設さんが食事会をしてくれたのだ。自社食堂を使って。社員さん多くてご馳走もすごい。お酒は俺が飲めないからさすがになかったけど。社員さん気さくでいい人ばかり、以前、電話で断られた人? 支店の方に異動になったんだって。
最後にみんなで、撮影記念写真を撮り、帰りは話の流れでなぜか香織さん一家に高級車で送ってもらうことに。自宅に帰るついでだからと。
でもさすが高級車だけあって乗り心地が最高。疲れていたこともあり、ちょっとうとうとしてしまったよ。
すると会長である香織さんの祖母、社長の香織さんの母、専務の香織さんの叔母、常務で運転手をしている香織さんの会話が耳に入ってくる。
「大変な目にあって捻くれるどころか、謙虚で誠実になる男性はまずいないよ。香織さん絶対に逃したらダメですよ」
「そうよ。男性は傲慢な人がほとんどよ」
「その点、武人くんなら言うことないわね」
「はい。お婆様、お母様、叔母様。私頑張ります」
「うむ」
俺、香織さんの隣、助手席に座ってるからバッチリ聞こえているんですけど、完全に眠ってなかったんですけど、目が開けれないよ。なんて思っていたらいつの間にか本当に眠っていて香織さんに起こしてもらった。
皆さんにお礼を言って普通に別れたけど、何事もなくて正直ホッとした。
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