第10話
久しぶりの学校なので指定された時間よりも少し早めに家を出る。
いやあ、昨夜は参ったよ。制服にアイロンをかけようとクローゼットから引っ張り出したはいいが、前の俺は120キロを軽く超えていたけど、今は70キロあるかないか、ぶかぶかでサイズが合わなかった。焦ってすぐに先生に連絡した。
19時くらいだったけど、すぐに先生が来てくれて、先に連絡をつけていてくれた学校指定の学生服専門店に直行。
展示してあった既製品、非売品で少しサイズが合わないが、ぶかぶかよりまし。それを貸してもらうことに。
採寸したからちゃんとした制服が出来上がるまでの辛抱だ。でも採寸に時間をとられて終わった時には20時前。
お礼にお茶でも出そうかと思い誘ったけど、先生は仕事が残っているからと学校に戻っていった。
かなり焦っていた様子からも仕事がたくさん残っていたに違いない。それなのに俺の所に駆けつけて、そう思うとやはり、何らかの形でお礼はしたい。
学校に近づくに連れて、生徒の姿が少しずつ増えていく。まぁ、だからと言って俺に声をかけて来る生徒はいない。遠巻きに俺のことをじっと見ているだけだ。いや、そわそわしている生徒もいるね。あの人、挙動不審になってる、動きがちょっとロボットみたい、やばい笑いそう。
自分の太ももを気づかれないようなぎゅっと摘み、どうにか笑いを堪える。
そんなことをしているうちに正門が見えてくる。入学式に一度だけ登校していたので、何となく見覚えがある感じ。ちゃんとだけ懐かしく感じる。
「ん」
——先生……?
先生がわざわざ正門の前で俺を待ってくれていた。昨日からお世話になりっぱなしだな。
上級生らしき生徒も数人側にいるけど……面識がないのでまずは先生に挨拶だ。
「先生! おはようございます」
「剛田くん。おはよう。ちゃんと来てくれてうれしいわ。ありがとう」
「なんですかそれ、ちゃんと来ますよ」
俺が上級生の方に視線を向けタイミングで頭を軽く下げてから、挨拶をしてくれたのは、3年生で生徒会長の一之宮さんと副会長の桜田さん、書紀の相川さん、会計の松山さんだった。
————
——
「ねぇねぇこころ! 昨日の和也様見た? 超カッコよかったね」
「ん、のっち。おはよ! 和也様がダンスしてたやつでしょ。もちろん見たに決まってるじゃん」
「そうそうそれ。って、つくねじゃん。こころがつくねと一緒にいるなんて珍しいね。もしかしてつくねとすでに話してた感じ?」
「え!? わ、わたしは……」
「あはは、つくねが見るはずないじゃん……あーしが、宿題するの忘れてたからノート借りてただけ。これね、ありがとね〜」
横島名 心(よこしまな こころ)は、ノートを受け取ると私の席から離れて自分の席に戻った。
その隣の席に座った尾椎 乃知(おしい のち)は、すぐにポケットからスマホを取り出している。
先ほどの口ぶりからも、今人気のイケメンネッチューバー、沢風和也くんの動画でも見るのだろう。
彼が動画配信を始めてから彼の話題を聞かない日がないくらい、この学校でも彼の人気はすごい。
「はあ。男なんて居なくなればいいのに」
私は霧島つくね。私は子どもの時から男が嫌いだ。男は傲慢で我儘で自分勝手。
それに女は替えのきくアクセサリーか何かだと思っている態度も気に入らない。
会社を経営し私を育ててくれる母を私は尊敬している。そんな母の前に、たまに現れるのが太った男で、私の父らしいが、そんな父は私に見向きもせず母に向かって、偉そうにお金をせびる。
お前とは別れる。これは数えるほどしか会ったことのない父の口ぐせで、母がちょっとでも口答えすれば怒りの込もった罵声を吐き捨てて居なくなる。けど、お金が無くなれば、平気な顔で、またお金をせびりにくる。
なぜ? そんな男を許している。といつも思っていたけど、16歳になって母が教えてくてれた。
男性と結婚しているという事実は、社会的な信用を得られやすく、会社を経営してる母からすれば、そんな父でも別れる方が社会的損失が大きいらしい。というのは建前で、女として男性に求められたいという欲求があるから仕方ないらしい。
経験すればあなたも分かるって、聞きたくなかった母の性事情。でも、私はそんなことに絶対にならないもん。みんながカッコいいという沢風和也くんだって興味出ないし。
「つ〜くね。朝から暗い顔してどうした?」
「さっちゃん? おはよう」
前の黒板を眺めてぼっーとしていた私の前に、親友である牧野 幸子(まきの さちこ)が顔を出す。
「うん。おはよ。それで何かあった?」
「えっと、ほら、今日ウチのクラスに剛田武人くんだっけ? 来るって昨日先生が言ってたから」
「なるほど。つくねは男が嫌いだもんね」
「う、うん」
入学式に一度しか見ていないけど、剛田武人くんは男性にしては珍しく、ウチの学校でも有名なネッチューバーだった。
この学校のほとんどの生徒が登録していたと思う。私はしていないけど。
そんな剛田くんは、彗星の如く現れてすぐに人気が出た沢風和也くんを罵り大炎上した、らしい。
この学校も今までにいないタイプの男性。痩せ型でイケメンの沢風くんのファンになった生徒は多く、罵った剛田くんに腹を立てて報復とばかりに登録を解除。
さらに自宅まで押しかけ、やれ窓ガラス割ってやった、やれ、腐った卵を投げ入れてやった、やれ、あそこの母親の背中を強く押して転ばせてやった、やれ、ピンポンダッシュを交代しながら丸一日やってやった、など思いつく限りの嫌がらせを繰り返しては喜んでいる生徒もかなりいた。
横島名と尾椎もそうだ。2ヶ月くらいは沢風様のために報復するんだと毎日のように嫌がらせをしていたらしい。
大きな声で笑いながら前日の活動報告を誇らしげに語っていたからこのクラスみんな知っている。
でも2ヶ月も経つと(暴露系ネッチューバーが離れたことが大きい)炎上もほぼ沈下、この学校も少しづつ落ち着きを取り戻し、最近では、剛田くんが炎上する前、いつもの日常にまで戻っていた。
だけど、数日前に沢風くんが学校に通い始めたという噂が流れ、それが事実だと知ってから学校全体の雰囲気が暗くなった。
男がらみの問題ばかりでほんとうんざり。またかと思った。今日、剛田くんが学校に通ってくるのもそう。
沢風くんが通う学校と比べては落ち込み、勉強に対するモチベーションを下げる生徒が増え続けている現状に、危機感を感じた、生徒会と先生たちが動いたのだ。
意外に思ったのは、基本的に男子生徒はリモート学習が当たり前。男が素直に学校に来るはずない。それなのに協力的な男子生徒がいた。吃驚したよ。
「はあ、男なんて来なくていいのに」
「まあまあ、彼(剛田くん)変わったよ。とても頑張っていたんだから」
さっちゃんがスマホをポケットから取り出し誰かの動画を私に見せようとしていた。けど、
「きた、きたよ」
「つくね、またあとで」
クラスメイト数人が慌てて廊下から駆け込んでくれば、さっちゃんも慌てて自分の席に戻る。
「みんなおはよう」
すぐに担任の新山先生と、一人の男子生徒が入ってきた。あれほど騒がしかった室内が静まりかえる。
かく言う私も息を呑んでいた。入学式に一度だけ見た彼は父みたいに太っている男性だった、はず。それなのに今は、スラっとした高身長で顔立ちもかなり整っている美少年。
先生が何か言ってるけど耳に入らない。彼を見つめるだけで顔が火照る。
「剛田武人と言います。今日から週一日で通うことになりました。学校生活に慣れるまで皆さまにはご迷惑をおかけする事もあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」
傲慢さを感じさせない彼の声が心地よい。彼の仕草一つ一つを目で追ってしまう。なぜ、どうして、あれほど男が嫌いだったはずなのに、私は、私は、一体どうしたのだろう。
でも、今なら母の言っていた言葉の意味が分かりそうな気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます