第3話

「えーと、あれ、意外と綺麗ですね……あれ? あの窓ガラスちょっとおかしくないですか? ん〜え? ラップ?」


 なんか知らないがネッチューバーらしき若い女性が俺の家の方を指差して何やら語っている。スタッフらしき人も2人いる。


「はあ」


 俺は一度大きく息を吐き出すと、集めたばかりの小石を両手いっぱい抱えると、そのまま門の前でカメラに向かって語っている女性に近づく。


「ほらよ。石投げるんだろ」


 片付けたばかりだったのだ。終わったと思ったそばからまた汚されるなんて拷問に等しい。


 せめて汚物よりも小石の方にしてくれ。臭いのは嫌だ。だから先手必勝。こっちから小石を提供することにした。小石の方がまだマシだから。


「え! えっとどちら様、ですか」


「変なこと聞くな。俺はこの家に住んでいる剛田武人本人だよ。ほら、これを投げろ。気がすむまで投げていいから投げたらさっさと帰ってくれないか。石、ここに置いとくからな」


 両手で抱えていた小石を女性の手の届きそうな位置、門の側に置き、俺はさっさとその場を離れる。


「あっ、ちょっと待って……」


 小石じゃなくて汚物や腐った卵の方を投げたいと言われたら困るので俺はさっさと家に中に逃げ込んだ。


 ————

 ——


「あ、ちょっと待って……」


 私は彼の背中に向かって思わず手を伸ばしたが、彼は振り返ることなく家の中に入ってしまった。


『ウソだ』

『デブトがイケメンに……』

『誰かウソだと言って』

『デブト痩せてた』

『ちゃんと食べれてない? だから痩せたのかな……』

『言葉遣いが丁寧になってて吃驚。口調も優しくなってた』

『怒るどころか小石いっぱい置いていってる』

『みーこ石投げると思われたんだ』

『みんなが投げてたからじゃない』

『なんかタケトがかわいそすぎる』

 ・

 ・

 ・


 同接は始めから一万人くらいをキープしていた。皆が一斉にコメントすれば、コメントはすごい速さで流れる。


 本来ならほとんど読めないはずだが、皆が皆、同じようなことをコメントしてるのだろう。なんとなくそのコメントが分かる。


 それはタケト君が痩せててすごくカッコよくなってるというようなコメントや同情するようなコメント。

 たしかに痩せたタケト君はカズヤ様にも負けないくらいのイケメン(美少年)になっていた。今思い出しても頬が熱くなる。


 でも私はすぐに哀しい気持ちになった。


 何かを投げつけるつもりなんてないのに彼は私の目の前に小石を置いていった。


 それはつまり、それだけここに訪れた人たちが色々な物を投げ入れていたという証拠。


 そして私もそんな人たちと同じだと思われたこと。


 ——違う。違うよ、私は石なんて……あ……


 心の中で首を振って否定していると、ふと、暴露系ネッチューバーがデブトの家族が入院してて草ってあげている動画のことを思い出した。たしか3ヶ月くらい前の動画だ。


「タケト君、今も一人で暮らしてるのかな……」


 思わず呟いた言葉だが、私の言葉にみんなが反応を示す。


『たぶんそう』

『暴露系ネッチューバーのトーカがそんなこと言ってよね』

『まだ入院してるのか』

『私、看護士だけど、多分退院してたよ彼の家族』

『じゃあ家の中にいるんじゃない』

『そっか、それならいい』

『ちょっと安心した』

『……彼、家族はいないよ』

 ・

 ・

 ・


「え? 家族いないって?」


 それはたまたまだった。私はふと気になるコメントが目に入りつい拾ってしまった。コメントもピタリと止まる。


「彼の家族はまた入院したのかな?」


 そんな話聞いたこともないけど。カズヤ様に話題が移っている間にそうなったのかも。そんなことを考えている間の数秒ほどでコメントが入った。


『私、彼の家族の担当をした弁護士だった。正直タケト君に対していい感情を持っていなかったけど……こんなことになっているなんて。自責の念に駆られてつい。ごめん。これ以上は』


「え、なんで……」


 思わずそう呟いてしまったけど、弁護士が間に入っているってことは事実ってことで、それはつまり、


 ——家族とは絶縁してる……


 みんなもすぐにピンときたのだろう。弁護士のコメントの後は静かだった。

 まるで時間が止まったかのように。私も同じだ。何も語る事ができなかった。


 だって男性と縁を切りたい家族なんていない。よっぽどの事情がなければ。つまり家族にはよっぽどの事由があったということ。

 そして、タケト君の今の状況からすれば理由も何となく分かる。


 現に、さっきまでは私も含む視聴者もタケト君に対して卑下する言葉を普通に吐き、笑い合っていたのだから。


 それが家族にも向かっていたとしたら、男性と違って女性は普通に勤めに出たり、学生ならば学校にもいく。

 想像しただけでも私には無理だ。耐えられない。だから絶縁という選択肢も。


「みーこ、みーこ」


 ぼーっとしていた私に撮影していた友人スタッフが身振り手振りしてくれてどうにか我に帰る。


「え、えっと。今日の配信はここまでにするね。えっと、その……私、最後に彼に謝ってから帰ります」


 ペコリと皆に頭を下げる。友人スタッフがそこで配信を切った。

 涙が止まらなかったから正直助かった。気づけばスタッフのみんなも目元を擦っていた。

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