クリスマスは今年もやってくる


「この物語に登場する大学生は皆成人しているからお酒もたばこもエッチなシーンも問題なしだ!いいね!?それじゃ乾杯!」


 ミニスカサンタ衣装を身につけた西園寺のいつもの口上にあわせて、僕たちは乾杯の声を上げシャンパンの入ったワイングラスを軽く打ち付け合った。夏の涼風で揺れる風鈴のような、軽く澄んだ音が鳴り響く。

 そしてワイングラスに注がれたピンク色のシャンパンを飲み口の中で転がしてみるが、味は正直よく分からなかった。というか、これを美味しいかと言われると……。グラスに注がれたシャンパンが少量だったせいだろうか。

 トナカイスーツに角の付いたカチューシャ姿の北条も微妙な表情で空になったワイングラスを眺めている。


「う~ん。思ったよりは飲みやすいんだけど、酸っぱい感じで美味しいかっていうと……」


「確か、シャンパンは冷やしすぎない方が良いって話を聞いたような気がするんだけれど……」


 同じく角付きカチューシャを頭に付けて茶色の着る毛布を纏った東雲が西園寺の方を見ると、西園寺は我が意を得たりとばかりに頷いた。


「その通りだね。冷蔵庫とかで冷やしてしまうと香りも弱くなるし炭酸の泡もあまり出ないから、ちょっと酸味が強く出てしまうんだよ」


 じゃあなんでわざわざ冷やした状態で出したんだよ。せっかくのドンペリが勿体ないだろうが。


「え!?ドンペリって、あのホストクラブで無駄に高値で飲まされるっていうあのドンペリ!?」


 北条が驚愕の表情でテーブルに置かれたボトルに視線を向ける。いやまあ確かにそうだけれども、ああいうお店はサービス料込みの値段だから……。

 それにこのドンペリは原価数万の安い部類のものなので、言うほどすごいものでもないのである。それでも常飲するにしては高い部類であるが。


「それでも数万するようなお酒をいただいたんだから、九子ひさこさんには感謝しないとね」


 それはそうだ、と僕は東雲の言葉に頷いた。

 それに本日の豪勢な料理も牛嶋家で作っていただいたものなので、本日のクリスマスパーティーは牛嶋家の提供でお送りしていると言っても過言ではないのである。


「けど残念ねえ。せっかくなら牛嶋家の皆も一緒に集まれれば良かったんだけど」


 それは仕方があるまい。九子さんや七野ちゃんはともかく、八重さんはクリスマスに配信をしていないとまた配信が荒れることになりかねないのだから。


「さっきそこのスーパーで会ったときに、世話になってるマネージャーに泣いて頼まれたら流石に断れないってぼやいてたよ。どうせなら徹夜するって言ってエナドリ大量に買い込んでた」


「VTuberはそういう配慮とかしなきゃいけないし大変ねえ」


 いくら八重さんがじこちゅ、もとい自由人でも配信業は人気商売だし、ある程度所属企業に配慮しないとやっていけないだろう。七野ちゃんも八重さんの配信に付き合うと言うことだし、仕方のないことだ。


「そんな中でボクたちのために色々と提供してもらって、まったくありがたいことだよ。冬休みの暇な時間で家の掃除を手伝うだけでバイト代をいただけるだけでなく、こんなご馳走まで!何か裏があるんじゃないかと勘ぐりたくなるような好待遇だね」


 はっはっはっはっは。そんな訳ないだろう。

 そんなことよりドンペリだ。わざわざ冷やして出したのも理由があるんだろう?


「ああ、そうだった。どうせなら皆にお酒の管理の重要さを知ってもらおうと思ってね。そろそろもこのドンペリも良い具合の温度になった頃かな」


 僕が話の軌道を修正すると、西園寺は思い出したようにテーブルのドンペリを手に取ると、全員のワイングラスに今度はグラス半分程度注いでいく。


「それじゃあ改めてもう一度。乾杯!」


 西園寺の音頭で再びワイングラスに口を付けると、僕は先ほどまでとの味の違いに驚いた。

 酸味があることには変わりないが、果実っぽい香りと炭酸感が強まっていて飲みやすい。


「へえ、温度が変わるだけでこんなに違うんだね」


「ビールなんかは冷やした方が美味しいけど、そうじゃないお酒もあるのねえ」


「お酒もものによりけりだからね。ビールみたいに冷やした方が美味しいものもあれば日本酒みたいに冷やしても温めても美味しい酒もある。そんな中でもワインは特にデリケートなお酒なのさ」


「はえ~」


「だからこそ、ワインを楽しみたかったらワインセラーのような管理設備が必要なんだね。つまり何が言いたいかって言うと、この部屋にもミニワインセラーの導入を……」


 はい、却下ですね。


「何故!?」


 邪魔だからの一言ですべて説明がつくんだよなあ。我が家にはそんな置物を置く場所はない。


「ええ~」


 ええ~、じゃありません!買うなら自分の家に置けっての。


「我が家は親に怒られるから駄目なんだって!なあ頼むよ。ちょっとだけ、先っちょだけで良いから!」


 絶対に先っちょだけじゃ済まない理論止めろや!


「ぶっちゃけた話、今は駄目でもそのうちなし崩しで導入されそうよねえ」


「彼もなんだかんだ許しちゃうからね。私もシーシャとか買ってこの部屋に置こうかな。最近流行ってるらしいから」


「あ、それ聞いたことある!煙吸うやつでしょ?あたしも好きなパチンコ台中古で買ってこの部屋に持ち込もうかなあ。防音だから大きな音がしても大丈夫だし!」


 はいはい全部駄目駄目!

 まったく、油断も隙もありゃしない。

 これはクリスマスプレゼント交換会用の品から酒とたばことギャンブル系の物品を除いておいて正解だったな……。


「いやいやいや。いくらなんでも人へ渡すプレゼントに自分の欲望を挟みこむようなことはしないよ、うん。せいぜい日本酒お試しセットとかをプレゼントにするぐらいで」


「そうそう!せいぜい自分の趣味の布教を兼ねる品をプレゼントするぐらいなものよ!パチンコ台のキャラグッズ詰め合わせとか!」


「誰に渡るかもわからないプレゼントならせめて自分の色ぐらい出しておかないとね。たばこのカートンとか」


 こいつら……。

 まあいい、そんな大惨事なプレゼント交換会は未然に防がれたのだから。

 それよりも早くこの料理を食べることにしよう。冷めてしまったら作ってくれた九子さんと七野ちゃんに申し訳ない。


「そうだね。美味しい酒と美味しい料理が揃ったんだから、食べ頃なうちに食べないと損だよ」


「お酒の方は量より質で、このドンペリとちょっと良い値段の日本酒一升瓶だけだから大事に飲まなければならないな……」


「それじゃ、いただきまーす!うっひょ~!ローストチキンを丸ごとなんて初めて食べるわ!……何これうっま!」


 早速ローストチキンを切り分けて口にした北条が目を見開く。

 しっかり味わえよ。ローストビーフもあるぞ。


「うめ、うめ、うめ……」


 僕がローストビーフを口に放り込んでやると、北条は至福の表情で肉を噛み締めている。僕も以前ごちそうになったことがあるのだが、牛嶋家の料理はそこらの一般家庭やお惣菜なんかとは出来が違うので当然の反応だろう。


「しかしこれ、本当においしいな。これならお店開いてもやっていけるんじゃないかな」


「半分ぐらいは七野ちゃんが作ってるんでしょ?高校生なのにすごいよね」


 七野ちゃんは九子さんの教育がしっかり行き届いているから、料理なんてのはお手の物だろう。こっちの肉じゃがなんか、七野ちゃんの得意料理らしくて是非味わってほしいって猛烈プッシュしてたやつだ。

 僕の言葉に三人の視線が卓上の肉じゃがへ集中する。


「……何でクリスマスのディナーに肉じゃがが混ざってるのかと思ったら、そういうことか」


「七野ちゃんの並々ならぬ気合いを感じるわね」


「健気だね」


 昨日ドンペリの他に日本酒を買ったって伝えてたから、酒に合わせて作ってくれたんだろうな。まったく七野ちゃんの配慮には頭が下がるよな。

 僕は賛同を得ようと三人を見回すが、三人とも言葉を発することすらせず妙な沈黙が場を支配する。


「……とりあえず、この肉じゃがは全部君が食べなよ」


 え?いや、これがないと日本酒のアテが……。


「そういうのいいから」


「日本酒ならどんな料理でも合うから。そんな配慮は今はいらないよ」


 いやまあ、そう言うならありがたくいただくけれど……。

 僕は強引に押しつけられた肉じゃがをとりあえず口に運ぶ。

 ……うん、味が染みていて美味しい。

 こんな美味しい肉じゃがを食べないなんて損だと思うのだが、誰も肉じゃがに手を付けようとはしなかった。


「けど、高校生の七野ちゃんがこれだけの料理の腕を持っているとなると、同じ女子としては焦りを覚えなくはないよね」


「ホントよね~。ちょっと焼いたり炒めたりぐらいはできるけど、こんなちゃんとした料理はな~」


「ボクも酒のつまみならいくらでも作れるんだけどね。まあ、今のところはそれだけ作れたら十分さ」


 どうやら大学生の駄目な部分を凝縮したようなこいつらでも、女子力みたいなものは残っていたらしい。

 まあそんなことを気にするよりも先にだらしない生活を改めるべきだとは思うけれども。


「ははははは、嫌だな。実家で気を抜かなかったらどこで抜くって言うんだい?」


 我が家はお前等の実家じゃねえっつうの!


    *


 美味い酒を嗜んでそれなりに酔いが回り、視界が歪み始めた頃。

 僕はテーブルの上に置いていたスマホが振動した。どうやら着信が入ったらしい。こんな日のこんな時間にいったい誰が連絡してきたのだろう。

 スマホを手に取って確認すると、相手は佐川君だった。

 麻雀の面子でも足りなくなったのかなと思いつつ、うるさい部屋からベランダに出て電話を取ると陽気な声が聞こえてきた。


「やあ、ブラックサンタだよお。聖なる夜にいかがわしいことをしている悪い子はいないよなあ!?」


 最後だけやけに威圧感のある口調である。

 なるほど。これが合宿で新垣先輩が言っていた、性なる六時間に表れてリア充狩りをするブラックサンタ……。去年出没したブラックサンタが誰だったかは知らないが、今年は佐川君がブラックサンタとして活動するようである。

 電話越しの音に耳を澄ませると、佐川君の背後では複数人の笑い声と誰かが歌う声が聞こえてきた。どうやら皆でカラオケ店にいるらしい。


「まあそれはそれとして、もし暇ならあっくんもこっちに合流しない?皆で朝までパーリィしようぜっ」


 ああ、そちらが本題なのか。

 おそらく新垣先輩辺りが暇なサークル部員を集めて遊んでいるのだろう。去年もクリスマスイブに集まっていたようだし、サークルの恒例行事なのかもしれない。

 しかし、せっかく誘ってもらいながら申し訳ないのだが、今は飲み会の真っ最中。こちらをほっぽり出してカラオケに参加するわけにはいかないだろう。


「ああ、確かにちょっと声の感じが酔った感じに……ん?もしかしてあっくん、だれかと一緒にいるの?まさかとは思うけど、西園寺さんとかじゃないよね?」


 何故だか佐川君の声のトーンが下がったような気がするが、別にふたりきりというわけでもないし、ブラックサンタに狩られるようなやましいことは何一つないと断言できる。


「ふ~ん。本当にそうだって言うなら、ちょっと写真送ってよ。その飲み会ってやつの写真をさあ」


 どうやらいまいち信用されていないようだ。そういうことならその証拠をお見せしようじゃないか。

 佐川君に断って電話を切った僕がベランダから部屋に戻ると、三人は相変わらずしょうもない話題で盛り上がっていた。


「実際尿管結石で苦しんだ叔父──つまり三代さんのお父さんだね。その叔父が言うにはあまりの痛さに子供が産まれるんじゃないかと思ったって。鎮痛剤が座薬だったらしいんだけれど、早くその苦しみから逃れたくて看護師のお姉さんににお尻を向けて、”早くそいつをけつにぶち込んでくれ!”って懇願したらしいよ」


「うっひゃっひゃっひゃっひゃ!そんなのもうそういうプレイじゃない!」


「それだけ苦しかったんだろうなあ。しかしもしその叔父さんの言葉が事実なら、腰をハンマーでぶっ叩くなんてことを試さないでも産みの苦しみというやつを理解できるのでは?」


「うわホントだ!ハルちゃん天才じゃん!」


「身体の中に結石を作らないといけないのは手間だけど、腰をハンマーで叩いたり実際に子供を作るよりはお手軽かもね」


「嫌だなシノ。子供を作ってしまったらそれは実験じゃなくて実戦だよ」


 西園寺の言葉にどっと湧く三人。これが最高学府で学ぶ学生の話題だと思うと涙が出てくる。

 まあこいつらがしょうもない話をしているのは今に始まったことではない。僕は気を取り直して三人に声をかけ、スマホのカメラを向けた。

 三人は僕の意図を察してこちらの方に向けて思い思いのポーズを取る。それを雑に撮影した僕は、佐川君にラインでその写真を送りつける。

 数瞬の後、佐川君から再度電話がかかってきたので再びベランダに出ようとしたのだが、北条から声がかかった。


「ちょっとお!せっかくの飲み会なんだから電話なんかしてないで早く戻ってきなさいよね!」


 はいはい、ちょっと電話したらすぐ戻るから。

 僕が適当にあしらうとそれが不満だったのか待っていられなかったのか、北条は頬を膨らませながら席を立ってこちらに向かって来て、僕の腕を掻き抱くようにして拘束した。


「いいから!早く!しなさいっての!」


 北条はそう言って僕をぐいぐいと部屋の中へ引っ張っていく。僕はトナカイスーツ越しでもよく分かる暴力に抵抗することができずに佐川君からの着信を諦めて大人しく部屋の中に引き込まれていった。


「しっかし、せっかくのコスプレなのにまさかボクだけサンタコスとはね……。色々期待してたのになあ」


 僕が北条に引っ張られてテーブルに戻って来ると、うらやましそうにこちらを見ていた西園寺が思い出したようにぼやき始める。

 今西園寺が着ているミニスカサンタ衣装や北条、東雲のトナカイ衣装は某夜中までやってる量販店で買ってきたものだ。

 西園寺は北条にサンタ衣装を着せたがったが、あいにくというか当然というか、北条の体型にはまったく合わなかった。かろうじて西園寺が着ようとしていたトナカイスーツは身につけることができたので、ふたりの衣装を交換することになったのである。


「本当は三代さんのところで借りられたら良かったんだけどね……」


「流石に冬コミだ年末だって騒いでるところに衣装貸してなんてお願いしづらいわよねえ」


 年明けの衣装棚卸しの手伝いをお願いされているしちょっと無理を言えば衣装ぐらい貸し出してくれるかもしれないが、うっかり会社に顔を出して年末進行に巻き込まれるのも怖いのである。


「業務的にお盆と年末年始の休みはただでさえかき入れ時だからね。さっき会社に顔出したけど、皆死んだような目で仕事してたよ」


 東雲は副業モデルの担当であって本業コスプレの方はあまり関わりがないので、今回は被害を免れたらしい。

 本業の方は基本的に個人客相手の仕事だからなあ、あそこは。

 ……そういえば。

 僕は着る毛布を身に纏った東雲見る。

 いつも脱ぎたがりな東雲が、素肌をさらけ出すことなく服を着ているのは珍しいな。


「この前油断して風邪引いちゃったからね。今日はしっかり着込んでおこうかと思って。茶色の毛布だからトナカイっぽい雰囲気は出てるでしょ?」


 ふうん。

 まあ体調管理に気を配るのは良いことである。冬に肌色ましましにされてもこっちの方が寒くなるばかりだし。


「ちなみにこの毛布の下には何も着てないからその気になればすぐ──」


 見せようとしなくていいから!ちゃんと着込んでなさいって!


「さあて、お酒も料理もあらかた片付いたし、そろそろプレゼント交換会を始めましょ!」


 脱ごうとする東雲とそれを止める僕のもみ合いを他所に、北条が待ちきれないといった風な様子で提案する。

 

「そうだね。それじゃあ本日のメインイベントと洒落込もうか」


 僕たちは各々の荷物からプレゼント用に包装された袋を取り出すと、再びテーブルに集合した。

 今回のクリスマスプレゼント交換会は、牛嶋家から料理と酒が提供されたことで浮いた飲み会予算を有効利用するために企画されたものだ。

 各人それなりの金額が投入されるため、中々に気合いの入ったプレゼントが渡されることになる。

 酒だのたばこだのといった各人の趣味に寄ったプレゼントは禁止したため、変なものはそうそう出てこないと思うのだが……。

 それぞれの名前が書かれた紙をシャッフルして引くことで、誰のプレゼントを受け取るか選ぶ。誰かが自分の名前を引いたらやり直すつもりだったのだが、幸いにして一回で交換が成立した。


「ボクがもらうのはナツのプレゼントだね。どれどれ……」


 包装の中から出てきたのはアニメのイラストが描かれた箱と、それに収まるDVDケースだ。


「お、これはアニメのDVDかな。このタイトルは見たことあるな」


「その通り!新品を買うと高いからレンタルショップの中古落ちしたやつだけど、ちゃんと全巻揃ってるから。これのおすすめポイントはね……なんと、深夜放送のときは禁止されてた乳首が解禁されてるの!濡れ場も多いからハルちゃんなら喜んでくれると思うわ!」


「おお……それは素晴らしい。せっかくだからこの部屋に置いて皆で見ようか」


 おい。


「それじゃあ次はあたしね!シノちゃんのプレゼントなんだけど……筋トレセット?」


「そうそう。皆もここで筋トレしたりトレーニング室に出向いたりしてると思うんだけれど、せっかくなら機材を揃えた方が効率が良いと思ってね。ナツは胸筋を鍛えたいだろうから、このアームバーなんておすすめだよ」


「わーい、ありがとう!あ、でもあたしの部屋は狭いからあんまり物置けないし、この部屋に置こうかしら。それなら皆も使えるし」


 なあ、何か流れがおかしくないか?


「そんなことないと思うよ?さて、私は君からのプレゼントだね。……これは?」


 僕の疑問をさらっと流してプレゼントの入った梱包を開けた東雲は、出てきた品を見て首を傾げた

 ……フットバス。


「フットバス?」


「ああ、家で足湯ができるやつだね。入れた水をぬるま湯ぐらいに温めてくれて、そこに足を入れるんだよ」


「はえ~。……いや、プレゼントが何だって別にいいんだけどそのチョイスはどうなのよ」


 北条が呆れた様子で突っ込みを入れてくるが、そんなことは僕にもわかっている。

 そもそも、僕は今までの人生の中で身内以外の誰かにプレゼントを送ったことなんて数えるほどしかないのだ。ましてや異性に対してなんて、未知の領域と言っていい。

 女性への贈り物といえば化粧品やらアクセサリーやらが思いつくが、そういうものは相手の趣味じゃないとか普段使っている物じゃないとかいう理由で嫌がられるだろう。

 ならば自分の趣味を押しつけてしまうかとも考えたのだが、僕の趣味なんて読書だとかゲームだとかそんなものばかりで、プレゼントには向かないものばかりである。

 お中元でもあるまいし消え物をプレゼントにするわけにもいかず、そもそも予算額に近い金額の妥当な贈り物を探すというのも縛りのように思えて、五里霧中な中で某量販店を彷徨っているときに見つけたのがこのフットバスなのだ。


「……なんていうかもう、迷走に迷走を重ねた結果って感じじゃないかい?」


「ここまで来るといっそ憐れねえ……」


 西園寺と北条が僕のことを可哀想な目で見てくる。そんな目で見られるなら馬鹿にされた方がまだマシだった。

 僕が内心で地味に傷ついていると、東雲が苦笑しつつ口を開く。


「まあまあ。女の子へのプレゼントと考えたら微妙だけど、失敗しないように考えた結果なんだし、クリスマスのプレゼントとしては悪くないんじゃないかな。寒い冬に足下が温かいのはありがたいよ」


 無理矢理ひねり出したようなフォローであるが、東雲の配慮が心の傷口に染み入る。流石、友達が多いだけのことはあるやつだ。


「まあこれを家に持って帰るのは大変だし、ここに置いて皆で使うのが一番良いかな。これがあればちょっとぐらい寒い恰好をしていても平気だろうし」


 結局それもうちに置くことになるのかよ……。


「良かったじゃないか。足湯で暖まりながらちょっとエッチなアニメを見て、ムラムラした気持ちは筋トレで解消。完璧な流れだよ」


「すごいじゃない!これだけあれば冬休みも快適にエンジョイできるわね!」


 それぞれのプレゼントが中途半端なシナジーを見せたことで、絶妙に心躍らないエンジョイが完成してしまった。

 僕が我が家に迎え入れられた、それぞれは悪くないのにどこか微妙な感じになってしまったプレゼントたちを見て沈黙しているのを他所に、東雲が西園寺に話を振る。


「それより春香のプレゼントは何なの?」


「ああ、そうだったね。ボクのプレゼントは彼に渡ることになるから、実質クリスマスプレゼントを独り占めか」


「自分がかけた費用の四倍の品物が手に入るなんて贅沢よねえ」


 その通りなのだが、まったく嬉しくないんだよなあ……。


「ふふふ、そう言っていられるのも今のうちさ。ボクのプレゼントは絶対に気に入ってもらえると思うよ」


 自信満々な西園寺の言葉を僕はまったく信じられなかった。どうせ碌でもないアダルトグッズとかAVとかそういうものが出てくるに違いない。


「流石のボクでもそんなプレゼントは選ばないよ。ちゃんと誰もが安心して家に持ち帰れる物を選んださ。何なら先に中身を明かしをしてしまおうか。ボクのプレゼントは枕だよ。君が使ってる枕は言っちゃ悪いけれど安物だろう?高い枕を使ったら世界が変わるよ」


 マジで?

 予想外にまともなプレゼントに僕は驚きを隠せなかった。


「そこまで本気で驚かれると傷つくなあ。ほら、早く開けてみなよ」


 はいはい。それじゃあ早速……。

 不満げな西園寺に押しつけられた箱の包装紙を破り箱を開封する。

 お高い枕なんてどんなやつなのだろうとちょっとわくわくしながら中身を取り出したのだが……中から出てきたのは、尻だった。

 形状が尻っぽいだけとも考えたが、尻からはどう考えても太ももな部位が突き出ていて言い訳のしようもない形状である。

 ……西園寺。

 心が無になるのを実感しながらも西園寺に視線を向けると、こいつはいたって真面目な表情で解説し始める。


「その枕は人間のお尻を模して作られた枕なんだけどね。見た目はあれだけど、人間工学的には理に適った形をしているんだって。お尻の谷間が頭部にちょうど良くフィットするし、うつぶせで寝るときは太ももの隙間から呼吸ができるから寝苦しくならないよ」


「へ~。そう聞くとなんかまともな枕に思えるわね」


「別にアダルトショップとかじゃなくて普通の通販で買った代物だからね。これをいやらしいと思ったやつの心が汚れているのさ。アメリカからの輸入品だからちょっと予算から足が出ちゃったけど、その分自信を持っておすすめできるね」


「ああ、輸入品なんだねこれ。流石アメリカは進んでるね」


 北条と東雲が西園寺の説明に納得の声を上げる。

 しかしだが待ってほしい。形状が尻っぽいことに理由があるのはとりあえず納得したが、色が肌色である理由は無いんじゃなかろうか。


「そりゃあ君、商品名が”Bottom Pillow(尻枕)”なのに肌色以外だったらそれはそれで変じゃないか」


 そう言われると、尻を模した形状とうたわれているだけにぐうの音も出ない。せめてカバーとかは無かったのかよ……。


「カバーは別売りだったけどあえて買わなかったんだよ」


 買えよ!それは!普通の枕カバーは使えないだろこの形だと!


「いやいや、そこは抜かりないよ。オフィシャルのカバーは買わなかったけれど、代わりにこれを買ってきたから」


 そう言って西園寺が出してきたのは……ストッキングか?これ。


「その通り!オフィシャルのカバーでも悪くないけれど、これを使えば背徳感マシマシで眠れるってものさ!」


 西園寺は熱く語っているが、何でただ寝るだけで背徳感が必要なのかまったく理解できない。

 僕の抗議の視線をまったく気にすること無く、西園寺は続ける。


「ただ、この枕はゴム素材を使ってるらしくてね。どうしてもゴム臭が出てしまうらしいんだ。消臭剤をかけるとか香水をかけるとかで対策してもいいんだけれど、実はもっと良い方法がある」


 ふうん、どうするんだ?

 投げやりな返事をする僕に、西園寺は胸を張って答えた。


「それはね。……使用済みのストッキングを使えばいいのさ!穿いた人の残り香でゴム臭を打ち消してしまうんだよ!田山花袋は”蒲団”で弟子の使っていた枕に顔を埋めて残り香を嗅ぎながら自分の元を去った弟子を想う様を書いたが、尻枕を使うことでよりリアルな感覚で残り香を嗅ぐことができるんだ!ボクはこれを思いついたとき、自分の発想力に心底震えたね……」


 結局いつもの西園寺らしい内容に僕がやるせない気持ちで尻を抱えていると、西園寺は北条に視線を向けた。


「……ところで、ナツは今ストッキングを穿いているね?」


「確かに穿いてるけど……。え?もしかしてあたしのストッキングを枕カバーにするってこと?いやあ、それは流石にな~。お尻の部分は蒸れてるだろうから、臭いを嗅がれるのはちょっと……」


「彼がそのストッキングの対価に金銭を支払うと言ったら?具体的には諭吉一枚ぐらい」


「ちょっと待って、今脱ぐから」


 いい!脱がなくていいから!

 使用済みストッキングを買わせたい北条と買いたくない僕のバトルは、何とかぎりぎり僕の勝利で終わりを迎えた。

 結局僕の部屋には各々が購入したプレゼントが置いて行かれてしまって部屋を圧迫したし、尻枕のカバーは買ってもらえず未使用のストッキングが使われることとなったのである。


    *


 翌日の朝。

 部屋の中は昨日の乱痴気騒ぎが嘘のように静かだった。聞こえてくるのは床に敷かれた布団の住人となっている三人の寝息と、外からの鳥の鳴き声だけである。

 僕はこの後に待ち受けることなど知りもしないで呑気に寝入っている三人を見回してから手に持ったフライパンとおたまを掲げると、おたまでフライパンの底を激しく打ち鳴らした。

 フライパンは鉄製ではないしおたまはプラスチック製なので思ったほどの大きな音は出なかったが、効果は十分だったようで三人は音に驚いて慌てて起き出してくる。


「何!?何の音!?」


「うるさいな……。火事でも起きたのかい……?」


「……」


 よし、全員目は覚めたな?


「目は覚めたけど、何でボクたちは叩き起こされたのさ」


 僕の問いに不機嫌そうな表情で返してくる西園寺。普段から碌でもない目にあわされているのでこういう姿を見るのは非常に気分が良い。

 僕は未だに事態を理解していない三人に、できるだけ厳かな雰囲気を作って宣言する。


 これより、牛嶋家年末大掃除を始める。


「……はあ?」

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