正しくない官能小説の書き方


「ただいま~。……ハルちゃん、なんか難しい顔してるけどどうしたの?」


 パチンコ店での激闘を収支とんとんで終えて帰還した北条が、ミニテーブルに置かれたノートパソコンを睨むようにしながら考え込んでいる西園寺に声をかける。

 尚、パチンコを打って偶然収支がとんとんになることなんてそうそうない。ラインでの報告を見る限り、収支がマイナス域に入る前に日和って撤退してきただけである。


「ああナツ、お帰り。ちょっと次の話を決めかねていてね……」


 西園寺は顔を上げて北条に応えると、それを機に凝り固まった身体をほぐすように伸ばした。

 荷物を置いた北条は西園寺の斜向かいに座ると、興味深そうに西園寺のパソコンを見ている。その位置から覗いても見えるのはディスプレイの裏側だけだとは思うが。


「話って、小説の事?」


「そうそう」


「はえ~。ハルちゃん文芸サークルだもんね。そこで発表する作品とか?」


「いいや、これはプライベートの作品だよ。サークルでも作品を書くけど、趣味でもちょくちょく書いてるんだ。ネットで発表したりね」


「すごいなあ、あたしには小説なんて書けないわ。どんなの書いてるの?」


「見てみるかい?」


「見る見る!」


 西園寺の誘いに北条は喜び、西園寺の隣に移ってパソコンを覗き込む。北条の身体を押しつけられた西園寺は顔をだらしなく緩ませながら北条が見やすいようにパソコンの角度を変えてやる。


「え~っとなになに……。”裏垢女子と秘密の撮影”、”僕のセフレは恋愛弱者”、”ケツデカのじゃロリ娘”。……ねえ」


「ナツはどれが気になる?ボクが一番おすすめできるのはこの”無知無知爆乳女子大生”なんだけど」


「これ、どう考えてもエロ小説じゃない?」


 北条の指摘に、西園寺は心外だと言わんばかりの表情をした。


「失敬な。これは官能小説というやつだよ」


 どっちも同じじゃねえか。

 パソコンデスクで作業をしながらもふたりのやり取りを見ていた僕は、思わず西園寺に突っ込んだ。


「いやいや。エロ小説なんて呼び方、いかにも低俗じゃないか。官能小説っていうのはもっと小説としての品格を持ったジャンルだよ」


 ”ケツデカのじゃロリ娘”なんてタイトルのどこに品格を感じればいいんだよ。安直なタイトルつけやがって。


「官能小説のタイトルなんて大体安直だろう?購入者閲覧者がジャンルを間違わないように配慮しないと普通の小説作品以上に暴動が起きるからね。逆にタイトルと表紙絵が紛らわしい官能小説にボクがどれだけ騙されてきたか……」


 なにやら遠い目をして語る西園寺。いや、確かに純愛物っぽい小説に突然寝取られシーンとか出てきたら発狂する人が出るのは間違いないけれども……。

 いつの間にかベランダでの一服から戻って来ていた東雲が北条とは逆側に座っていて、西園寺のパソコンを操作しながら感嘆の声を上げる。


「へえ。タイトルの割りに中身はちゃんとした小説っぽい感じなんだね。官能小説ってもっとエロを押してくるものだと思ってたんだけど」


「まあ、ボクの場合はあくまで普通の小説を書く練習として官能小説を書いてるからね。本来の趣旨であるエロを優先して作品を書くとどうしても設定だとか展開だとか心理描写だとかが雑になってしまうから」


「それなら普通に小説を書いた方がいいんじゃないの?わざわざ官能小説にする理由なくない?」


 北条が東雲のスクロールする画面を目で追いながら疑問を呈する。


「当然そっちの方が書いてて楽しげふんげふん。習作として考えれば官能小説を書く事にもメリットはあるんだよ。うん」


「へ~」


 とってつけたような理由付けに、北条は一切信じていない声音で相槌を打つ。

 まあ西園寺の趣味はともかく、官能小説には作品としてのテーマもも濡れ場が担ってくれるのでストーリーを作りやすいというメリットがある。一本小説を書く練習のために官能小説を書くというのも悪い話ではないだろう。


「へ~。……そうすると、あんたも書いたことあったりするの?」


 北条がにやにやしながら揶揄ってくるが、ここで口籠もったり焦ったりしたら負けなので当然とばかりに頷いてみせる。

 まあ短編連作を書こうとして、短編一本書いたら飽きて断筆したんだけれども。

 エロで展開が作れるのは楽だけど、それと同時にエロで展開を作り続けるとなると大変なんだよな……。


「う、ううん。分かるような分からないような……」


「普通に官能小説を書くだけだったら適当に登場人物とシチュエーションだけ決めて書き始めても問題ないんと思うんだけどね。ボクの場合ちゃんとした物語として作りたいから色々と悩むわけで」


 北条じゃないが、そこまで凝ったもの作りたいならマジで官能小説である必要はない気がする。濡れ場を省いたただの恋愛小説とかの方が西園寺の趣旨に沿うのではないだろうか。


「確かにその通りだけど、ボクはエロも書きたいんだ」


 やっぱりエロが趣旨なんじゃねえか。


「官能小説としてもやりたいネタはある程度やってしまったからなあ。アウトプットするネタがないのは作家として恥ずべきことかもしれないけれど、妥協して書いても作品へのモチベーションが続かないし……。一発ネタで短編にしてもいいけど、できれば文庫本一冊レベルの長編を書きたいんだよ」


 西園寺は僕の突っ込みをスルーして考え込んでいたが、何か思いついた様子で顔を上げた。

「そうだ。もしよければ皆もアイディアを出してくれないかな?こういうシチュエーションを見たいとか、こういうストーリーが読みたいとかそういう意見を聞きたい」


「ああ、私たちの話を作品の参考にするんだね」


「それ面白そうね!あたしの考えたことをハルちゃんが小説にしてくれるのかあ。どんな話を書いてもらおうかなあ」


 北条は楽しそうにしているが、その意見で作られるのはあくまで官能小説なんだよなあ……。


「言われたままに書けるとは限らないけれど、可能な限りリクエストには応えるよ」


「そうねえ。やっぱり、恋愛ものとか?初々しい男女がなんだかんだ事件を乗り超えて結ばれて、甘々になる感じのやつ!」


「それは無理だね」


 諦めろ。


「なんで!?」


「ふたりして即答したね……」


 前言を翻して即答した西園寺とそれに同調した僕の言葉に驚く北条と呆れる東雲。

 そんなリアクションされても、官能小説で初々しさってのはなあ……。

 僕の難色に西園寺がうなずく。


「官能小説でプラトニックな恋愛ってけっこう難しいんだよ。延々と恋愛描写だけを書き連ねて最後に濡れ場があるだけなんてのは、ジャンルの主旨に反するしなにより味気ない」


 それでもあえて書こうとすると純愛の皮を被ったなにかにするしかないな。力なき者は虐げられ、陵辱や暴虐の限りを尽くされる世紀末の殺伐とした世界観で一途な愛を貫く主人公とヒロインみたいな。


「それ、すごくどこかで聞いたような設定だね……。あれは少年マンガだったけれど」


 ううん。ネットに投稿する以上、有名すぎる作品の世界観に似せるとなにかと問題があるかもしれないな……。まあ、これはあくまでも参考だ。


「いっそ一途にヒロインを想う主人公に恋の手ほどきと称して肉体関係を迫るサブヒロインみたいな展開にすれば、精神的な純潔は保てるね。これは官能小説ではありがちなパターンだけど」


「え~。自分のことを好きだって言ってくれる相手がそんなだったらヒロインとしては嫌じゃない?せめて作品の中でぐらい肉体的にもヒロインに一途でいて欲しいんだけど」


 西園寺の妥当なプランは提案主の北条に難色を示される。

 エロ一発の短編として書くならともかく、長編として書くにはやはり難しいだろう。


「とりあえず純愛路線は保留にしようか……。シノはどんなのがいい?」


「そうだね、例えば……」


 西園寺に水を向けられ、考える素振りをみせる東雲。

 東雲の事だから、即答で露出とか外で致すシチュエーションでも提案してくると思ったのだが。

 僕が冗談交じりにそんな事を言うと、東雲は真顔で首を振った。


「まさか。そんな事考えた事もないよ」


 僕は思わず西園寺と北条の方を見た。ふたりは予想したとおり困惑した表情でこちらを見返している。

 そんな僕らの様子を気にもとめずに、東雲が口を開く。


「例えば近親相姦みたいなやつはどうかな。血を分けた実の姉弟の愛と苦悩、みたいな」


 ……。


「……」


「……」


 いたって平然とした様子でそんな事をのたまう東雲に対し、今度は僕たちが真顔になる番だった。

 僕は、そして北条も無言で西園寺を見た。


「ああ……。わ、悪くない題材だけど、ちょっと難しそうかな。ボクは一人っ子だから姉弟の感覚とか機微が分からないし」


 西園寺は冷や汗を掻きつつもなんとか否定の言葉をひねり出した。


「そう?その辺は私と彼でフォローできるかと思うんだけれど」


「そ、それにほら!何というか、習作にするには話がおもっ……重厚になりすぎるからさ!それならエロ抜きで書きたいね!うん!き、君は何か意見は無いのかい!?」


 焦った西園寺が縋るような目をしながら僕に話を振ってくる。

 残念ながら他人様に開帳するような小説のアイディアもエロシチュエーションも持ち合わせていない。が、西園寺の必死さが憐れだったので適当に逃げ道を用意してやる事にする。

 もう各人にキーワードをひとつ出してもらって組み合わせる三題噺さんだいばなし形式で書けばいいんじゃないかな。


「なるほどね。たまにはそういう創作方法も悪くないか。それじゃあ各々、ひとりひとつキーワードを出してくれたまえ」


 じゃあ酒。


「パチンコ!」


「たばこ」


「……」


 その後、西園寺は頭を抱えながらも三つの単語を元に、自堕落な女子大生が快楽に溺れていく様を描いた小説を書き上げた。濡れ場はともかく、自堕落な女子大生についてはまるで見てきたかのように良く書けていたと思う。

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