漢は黙って脱衣麻雀


 我が家にクズ共が寄生するようになってからやたらと通うようになったお店のひとつに、某総合ディスカウントストアがある。びっくりするハンバーグ店と名前を間違えやすいでおなじみの、あのお店だ。

 以前は食料品や雑貨などの生活用品が比較的安く手には入って便利だけれどガラの悪い人たちの溜まり場という、ソースはインターネットな偏見からあまり寄りつかなかったのだが、実際はそうでもない便利なでかい雑貨屋ということが分かって普通に顔を出すようになった。

 最近の乱れた生活の中で得ることのできた数少ない知識である。

 問題は安いと思って色々買い込み支払いが馬鹿にならなくなることと、たいていの場合買い物かごにやたらと余計な物を突っ込みたがる同行者がいることだ。

 そう言うわけだから東雲、その一回使ったら絶対ゴミになりそうな被り物は戻してきなさい。


「駄目かな?余興で使ったら絶対に盛り上がると思うんだけど」


 駄目です。というか、大仏の被り物でどんな盛り上がりがあるっていうんだよ……。


「そっか……。残念だけど仕方ないね。他によさそうなものがないか探してくるよ」


 ちっとも残念じゃ無さそうに肩をすくめると、新たなネタを求めて旅立っていく東雲。そもそも何を持ってきても邪魔になりそうなので持ってこないで欲しいのだが……。

 普段は泰然自若としていてかつそれなりに良識もあるいいやつなのだが、こういうよく分からないところで天然な部分を出してくる。

 日常会話をしているときと変わらない表情でエグい下ネタを語ることもできるある意味要注意人物だ。


「別にあれぐらいいいじゃないか。ちょっとした余興はマンネリの打破に必要だよ」


 そうやって毎度しょうもない小物を買っていたら我が家にものが溢れかえるだろうが。

 というか西園寺、会話の隙に酒を追加しようとするんじゃない。カゴにこれだけ発泡酒とチューハイが入ってるのにワインなんて追加して誰が飲むんだよ。


「むろんボクが責任を取って飲むとも。なに、心配ないよ。家に帰るのを諦めればこの程度の飲酒量なんて造作もない」


 泊まりを前提にするな。却下だ却下。


「わかったわかった。帰れるぐらいでセーブするから。今日飲まなくても後日のためってことでいいだろう?」


 そうやって中途半端に残すとそれを飲むためなんて理由つけてまた飲み会を始めるじゃないか。一回で飲めるだけにしなさい。ただでさえ角瓶の消化がまだなんだぞ。

 西園寺は残念そうにしながらも、はあい、と答えてワインを戻しに行った。まったく油断も隙もあったものではない。

 最近は何かと理由をつけて部屋に泊まっていこうとするので理由になるものを潰しておかないといつまでも居座るのだ。なお、一番やっかいなのは北条である。パチンコで負けが込むと閉店ギリギリまで粘って終電を逃すので、強引に押し入ってくるしやけ酒に付き合わされるしで面倒くさいことこの上ない。

 その後、全身タイツだとか、日本の偉人を参考にした付けひげとか、ろくでもないものばかり持ってくる東雲を撃退しつつおつまみを買い込み、さっさと会計を済ませた。袋詰めも完了して後は帰るだけなのだが、東雲以外のふたりが見当たらない。

 東雲にふたりの行き先を確認するが、彼女はかぶりを振る。


「最後の方はたばこコーナーを見てたけど、隣のお酒の陳列棚には春香はいなかったよ。夏希はちょっとわからないな……」


 なるほど。まあ西園寺の方が行動パターンを読みやすいからそちらから迎えに行くとしよう。

 僕は東雲を引き連れて店の奥の方に進んでいく。客から見えづらいスペースに、暖簾がかかっていて中が見えないようになっている場所がある。黒地の暖簾には大きく書かれたアラビア数字の十八。それは丸で囲まれた上で斜線が入れられている。その下に小さく『十八歳未満立入禁止』と記載されていた。

 僕が見ている前で中年のおじさんが暖簾をくぐろうとしたのだが、中を確認したところで動きを止め、なんというかすごい顔でそのままUターンして去って行った。

 僕は確信を深めつつ、暖簾をくぐって中に入っていく。はたしてそこには、棚の間にしゃがみ込んで商品を吟味している西園寺がいるのだった。


「……おや、君たちもひやかしかい?」


 僕と東雲に気がついた西園寺が笑顔で声をかけてくるが、深い仲でもない女性を伴ってアダルトグッズコーナーで買い物するやつがどこにいるのかと問いただしたい。

 というか、西園寺こそ使いもしない男性向けジョークグッズを眺めて何をしているのか。それほど大きくもないスペースであるが、僕たち以外のお客さんがこの場にひとりもいないのは間違いなくこの女のせいだろう。営業妨害もいいところだ。


「いや、はじめは後学のためにと思ってふらっと入ったんだけど、日頃お世話になっている君に何かプレゼントできないかと思ってね。ただ、色々種類があるせいで中々決められなくて……」


「なるほど。そういうことなら手伝うよ」


 僕が突っ込みを入れる前に勝手に何やら納得したらしい東雲が西園寺の隣にしゃがみ込んでジョークグッズを眺め始める。妙齢の女性ふたり、アダルトコーナーを占拠してグッズを手に取りああでもないこうでもないと語らう様はあまりにもシュールだった。

 ていうか、余計なお世話だからマジでやめて欲しい。


「そうかい?最近何かと部屋に泊めてもらってるから感謝の気持ちをと思ったんだが……。溜め込んでるだろうし、遠慮しないでいいんだよ?」


「使い捨てのやつは部屋からなくなった時点で使ったのが丸わかりだしかわいそうだね……。洗って使えるやつにしよう」


 感謝するならもっと来る頻度を減らしてもらいたい。東雲もガチの考察始めなくていいから。

 やけに粘るふたりに、いっそ放置して先に帰ってしまうという案も頭をよぎったが、後でグッズを持って押しかけてくるのが目に見えていたので無理矢理引っ張り出してアダルトコーナーを脱出する。

 後は北条だけなのだが、さてどこにいるやら……。やつも趣味嗜好のわかりやすやつだが、ディスカウントショップの中には射幸心を煽るものも、マンガやアニメのグッズも置いていないだろう。


「あ、いたいた。もう、けっこう探しちゃったじゃない」


 僕が北条の行方を推理している間に、本人の方がこちらを見つけて寄ってきた。やれやれ。これで面倒な探索をしないで済みそうだ。

 そこで、僕は彼女が何やら片手に荷物を抱えていることに気がついた。小さなアタッシュケースのようにも見えるその箱の外装には、今話題な人気アニメのキャラクターがプリントされている。

 こんな店にもアニメのグッズはあるものだなと呆れながら北条を迎えると、彼女は案の定その箱をこちらに示してきた。


「さっきこれを見つけたんだけど、皆で遊びましょうよ!」


 北条が見せてきた箱に、キャラクターやタイトルロゴと共に目立たない感じで書かれていた文字を見て東雲がああ、とうなずいた。


「麻雀牌か。確かに四人で遊ぶにはうってつけかもね」


「いいでしょいいでしょっ?アニメのキャラにつられて手に取ったんだけど、これはこれで面白いかなと思って!」


「麻雀か。いいじゃないか!大学に入ったからには是非やってみたいと思っていたんだ」


 西園寺が目を輝かせながら、異様な食いつきで賛同の声を上げる。西園寺が麻雀に興味があるとは知らなかった。そんなにやりたかったのならサークルの会合帰りに雀荘に繰り出してる佐川君たちに教えてもらえばいいだろうに。彼らなら喜んで世話を焼いてくれただろう。

 僕のまっとうな意見に、西園寺はこいつ何言ってんだみたいな表情で反論してくる。


「確かにその通りなのかもしれない。しかし、彼らに頼んでしまうと後々禍根を残すかもしれないからね」


 禍根……?ああ、そういえば西園寺は高校時代に男子とだけ仲良くした結果女子のやっかみを買ったという黒歴史を持っていたのだったか。サークルの女子は麻雀しないみたいだし、確かにろくな事にはならないだろう。


「……それに、脱衣させるなら女子相手の方が楽しいに決まっているしね」


 麻雀はそういう遊びじゃねえよ。……いや、そういう遊び方があることは否定しないが、あくまでもゲームの世界であって友人と脱衣麻雀とか聞いたことないわ。


「そうなのかい?なんだ、大学生はみんな飲み会の余興で気軽に脱衣しているものだと思っていたのに……」


 大学生というものを勘違いしすぎである。

 西園寺はひどく残念そうな表情をしていたが、すぐに表情を切り替えた。


「まあ、脱衣は今後要検討としても麻雀自体に興味があるのは間違いないからね。せっかくだから買って帰ろう」


 駄目です。


「なんで!?」


 北条が信じられないと言わんばかりの表情をしているが、当たり前だ。こんなもの買って、頻繁に遊ぶならいいけど飽きて置物になったら邪魔でしょうがない。麻雀というものはルールを覚えるのだってけっこう大変なのだ。


「その口ぶりだと、君は少なくとも知識はあるのだろう?知ってる人間から教われば習得もけっこう早いんじゃないかい?」


 確かに多少の心得はあるつもりだ。だが、三人相手に教えるのは面倒くさい。人によって理解度も違うだろうし誰かに合わせていたら時間もかかるだろうし。


「そういう理由なら、私は打てるからマンツーマンで教えればいいんじゃないかな」


「あ、そうなんだ。それなら問題無さそうよね?」


 これで文句はなかろうとばかりに北条がこちらを見てくる。

 面倒を避けたいがために捻り出した言い分だったのだが、東雲が経験者であったために逆に拒否し辛い流れになってしまった。

 ……仕方ない。僕も麻雀が嫌いなわけではないし、いい時間つぶしにはなるだろう。だが、麻雀牌は買わない。


「ええ~。牌がないと麻雀打てないじゃない!」


 北条が抗議してくるがこればかりは譲れない。それに、実物の麻雀牌を買わなくとも麻雀は打てるのだ。



    *



「なるほど。スマホアプリで対戦すれば牌がなくても問題ないということか」


 部屋に帰ってきた僕たちは、ミニテーブルを囲むようにして座っている。各々がスマホを手に持ちそれに視線を落としている様は実にシュールであるが、これで余計なものを買わずに済むのであれば安いものだ。

 それに、アプリであれば立直や鳴きのような行動のタイミングを逃さないし、どの牌で上がれるかも表示してくれるので初心者向けだろう。


「へえ、いろんなキャラがいるのねえ。うわ、ガチャでキャラを引く感じなんだ。これってキャラによって強さが変わったりするの?」


「そういうアプリもあるけど、これはどのキャラを選んでも変わらないよ。ガチャは好みのキャラで打ちたい人向けだね」


「そうすると、見た目が変わるだけなのか。そんなんで集金していけるものなのかね」


 西園寺、課金のことを集金と呼ぶのはやめなさい。海外だとこういう課金が強さに直結しないオンラインゲームやアプリはけっこうあるのだ。八重さんがよくやってるFPSもそうであるし。このアプリも海外の会社が運営してグローバル展開していってるらしいので上手いことやっているのだろう。


「そんなものなのか。日本も集金がえげつないソシャゲばかり出してないで見習って欲しいものだね」


 まあボクはあんまりそういうソシャゲやらないけれど、なんて言いながらスマホを操作しつつ買ってきたおつまみや酒をテーブルに広げ始める西園寺。

 西園寺のようにお酒に課金するよりソシャゲに課金する方が健康を害さない分有益だと思うが、この女は今更そんな言葉程度で止まらないだろう。

 そんなわけで、酒を飲みながら僕が西園寺、東雲が北条をそれぞれ指導していく。どうせちょっと教えた程度では麻雀をちゃんと打てるほど理解することはできないだろうし、最低限のルールとあがり方だけ説明することにしていた。


「はえ~。なんていうか、覚えることめちゃくちゃ多いのね。なんでさっきの手があがれるのにこの手があがれないのかさっぱりだわ」


 コンピューター相手にためし打ち東雲の指導を受けている北条の言葉に東雲が苦笑する。


「さっきの手は断么九タンヤオって役が確定で付いてたけど、この手は今出た牌じゃなくてこっちの役牌って役が付く方の牌が出ないと上がれないんだよ。鳴ける牌を全部鳴いてるとあがれなくなることもあるから、最初のうちは鳴かない方がいいかもね」


「へえ、そんなもんなのね。前にやってた麻雀のアニメ見て打てるようになった気でいたけどやっぱり難しいわ。シノちゃんはけっこう麻雀慣れてそうよね。どうやって覚えたの?」


「私はお爺ちゃんが昔雀荘やってたとかで、家に麻雀牌があったからね。よく家族で打ってたんだ。三代さんとか、親族みんな打てるから正月とかに集まった時は大会みたいなこともやってたし。まあ弟が死んでからはやる機会がなかったから一年ぐらいブランクがあるんだけどね」


「ふ、ふうん……。そうなの……」


 何気ない会話から不意打ちのように地雷を踏み抜いた北条は努めてなんでもないように返していたが、その声の裏返りは隠せなかった。この件については東雲本人がまったく気にしていないようなのでこちらも無理して言葉を選ばなくてもよかろうと西園寺、北条と話していたのだが、こうしれっと出てくると流石に動揺を隠せないらしい。


「なるほど家族麻雀か。君の方はどこで麻雀を覚えたんだい?」


 西園寺が気を利かせて僕の方に話を振ってきた。ううん、どうだったかな……。確か、高校時代に読みたい本がなかった時の暇つぶしで覚えたような気がする。あの頃はこのアプリみたいに人気があって有名な麻雀アプリがなかったから、コンピューター相手に延々と一人で打ってたな。


「ええ……。思った以上に寂しい理由で困惑するんだけど……。ホントに友達いなかったのね、あんた」


「ボクも時間つぶしでひたすら本を読んでた口だから人のこと言えないけどそれは……」


「まあ、おかげでこうして今みんなで麻雀を打つのに役立ってるんだからいいんじゃない?」


 なんかフォローされてるみたいで納得いかないが、自分で選んだ選択肢なので反論はしない。


「まあ彼の寂しい高校時代のことはいいじゃないか。それよりも、もうある程度打てるようになったんじゃないかな?そろそろみんなで打ってみたいと思うんだけど」


「それもそうね!とりあえず遊ぶぐらいはできるようになったんじゃない?」


「確かに、とりあえず打つだけなら問題ないと思うよ。こういうのは遊びながら覚えた方がわかりやすいだろうしね」


 ふむ。まだまだ覚えることは多いがあれもこれもと教えていたらきりがないのは間違いない。最低限の打ち方はできるだろうし、アプリのおかげで間違いもしないだろうからいいんじゃないだろうか。


「ちなみに、この後ちゃんと覚えようと思ったらどういうことを教わるの?」


 そうだな、とりあえず手役の付け方はしっかり覚えなければいけないだろう。それから、ある程度の牌効率――効率のいい手の進め方と、守備の仕方と、攻め時守り時の判断と……。

「いや、まだそんなに覚えなきゃいけないのかい……?」


「まあ、そういうのは打ってれば覚えていくものだから大丈夫だよ。多分何百回かぐらい打ってればだいたいそれっぽくなるから」


「そんなに打たないといけないの!?」


 それだけ打っていれば嫌でも覚えるということだ。実際そこまで打たなくてもある程度遊べるだろう。強くなりたいなら麻雀の解説本もたくさん出てるからそういうのを読んで勉強してもいいし。


「そうそう。今は難しく考えなくていいよ」


 ちょっと初心者ふたりを脅かしすぎてしまったきがしないでもないが、結局のところ所詮ゲームなので最低限のルールさえわかればいいのである。

 そういうわけで四人で打ち始めたのだが、まあ内容はお察しだ。数回打ってみたが僕と東雲がトップを独占し、西園寺と北条がどべ争いをしている。ゲームというのは中々勝てないでいると飽きてしまうものだが、ふたりは三着争いで勝つことに楽しみを見いだしたようでそれなりに熱中しているようだ。自分があがれると大はしゃぎするのは見ていて微笑ましいものがある。

 東雲に関してはブランクがあるなんて謙遜していたが、手強い相手だった。僕も高校時代にそれなりに打っていたので多少の自信はあったのだが一着争いでは東雲に上をいかれている。やはり年季が違うのだろう。

 酒を飲み、おつまみを口にしながらなんだかんだとしばらく楽しんでいると、運良く一着をとって気を良くした西園寺が切り出した。


「これなら君や冬実にも対抗できそうだな。そろそろ何か賭けてみるのはどうだろう」


 その言葉に、一時は一着だったものの最後に三着にたたき落とされていた北条が反応する。


「いいんじゃない?パチンコもそうだけど、こういうのは何か失うものがある方が身につくものだし」


 北条の場合は失うことの方が多い気がするが、本当に何か身についているのだろうか?


「ひ、被害額は先月より今月のが減ってるから……」


 来月さらに減っている保証はなにもないと思うが、追求はすまい。しかし、賭けるって何を賭けるつもりだ。金銭は貸し借りとかが発生すると面倒だし、やるなら別のものにして欲しいのだが。


「そうすると、お菓子の小袋を取り合うとかが一番無難かな?」


 今回はいいところなしで珍しく四着だった東雲の提案に、西園寺がかぶり振る。


「いや、それもいいがいささか緊張感に欠けるね。賭けるならもっと重要なものを賭けないと」


 ……なんだか西園寺の言いたいことがわかりそうな気がして先を聞きたくはなかったが、そんな僕の様子を気にもせず西園寺は熱のこもった様子で語り始めた。


「金銭でもなく、物でもなく、身を削って戦うことができるもの……。それは、今身につけている衣服じゃないかい!?」


 ねえよ。

 僕の当然の言葉に、しかし西園寺はなおも強弁する。


「しかしだね君。これほど分かりやすく取って取られてができるものもそうそうないだろう?お菓子なんて取られてもそう痛くないけど、衣服を取られたいとは思わないから雑に打つこともできないだろう?」


 脱衣麻雀したいがためにそこまで熱弁するなよ……。そもそも実力で言えば脱がされる候補は北条とお前なんだが。


「問題ない。それぐらいのリスクを恐れて脱衣麻雀ができるものかよ」


 僕の指摘に対して、西園寺は堂々とした態度で言い切る。何がこの女をここまで駆り立てているのか僕にはさっぱりわからない。

 そもそも西園寺ひとりがこのような主張をしたところで、この場にいる大多数が賛同しないことには筋が通らない。こんな欲望丸出しの阿呆な話が通るわけ――。


「脱衣?いいんじゃないかな。私はそれでかまわないよ」


 いたよここに、脱衣に抵抗感皆無な東雲露出狂が。なんならちょっと普段より声音が弾んでいるようにさえ感じる。

 さっきまで真っ当意見を述べていたくせにすぐこれである。というか、ただでさえ脱ぎたがりな性分なのを他人様の部屋という倫理観でぎりぎり保たせてきたのに、こんな理由言い訳が出てきてしまったら否定に回ることなんてありえなかったわ……。

 しかしそれでも現状は過半数に足りていない。僕たちは四人なのであと一人の賛成が必要だ。僕は否定に回るし、被害枠のもう一人北条が賛成に回ることは――。


「ええ~、いいじゃん。やろやろ~」


 ええ……。

 お前が了承するのかよと北条の方を見やれば、いつのまにか彼女の周囲にはいつもよりも多くの空き缶が転がっていた。本人も顔を真っ赤にしてふらふらと頭を揺らしている。僕ははっとして西園寺の方へ振り返ると、彼女は計画通りと言いたげな笑みを浮かべている。

 こいつ、北条を酔わせて正常な判断力を奪いやがった……!

 やり口が飲み会でお持ち帰りをする下衆野郎そのものである。これを糾弾することは容易いが、この女はのらりくらりとかわして非を認めることはすまい。東雲は脱げればなんでもいいやつだから僕の味方になることはないだろう。


「ふふふ、これが民主主義だよ。さあ、大人しく女を脱がせる作業に入るんだ」


 僕が自発的に脱がせようとしているような口ぶりはやめろ!


「ふふふふ、ボクだけじゃ何回もあがれないだろうからね。君とシノが代わりに本懐を遂げてくれないと。……あ、シノは流石に着衣少なすぎるから何枚か着ておくれね」


「え?」


 しばらくごねてみたが、結局数の論理は覆すことができず、脱衣を賭けて打つことになってしまった。やるなら一半荘ハンチャン、つまり一試合だけという条件だけ呑ませたので、上手く立ち回って穏便に済ませるしかない。

 勝率でいうと僕か東雲が脱がせる側に回る可能性が高いのは間違いないので、脱がさず脱がされずで無難に進行していればそうそうやらかすこともないだろう。


「さあ、始めようか。いやあ、楽しくなってきたね!」


 一人だけテンションの高い西園寺が高らかに対局開始の宣言をする。北条は西園寺の宣言に応えて声を上げているが、酒が入ってふにゃふにゃしているし、東雲は服を着込んだせいかテンションが低い。僕に関しては言わずもがなだ。

 ルールは初心者ふたりにも分かりやすいように簡単にしてある。あがりが発生して点数が削られた者は脱ぐ。満貫以上――高い点数を削られたらそれに応じて脱ぐ枚数を増やす。それだけである。だが、恐ろしいことに一度脱いだら点数を稼いでも脱いだものを着直すことはできないのだ。

 一度やらかしたら取り返しのつかないルールだが、それでも僕には成算があった。そもそも麻雀は運が八割とも九割とも言われているが、かと言って今日覚え立ての初心者がさくさくあがりを拾えるようにはできていない。相手に上級者が混ざればなおさらだ。


「よし、それじゃあ立直といこう」


 開始早々西園寺が勝負を仕掛けてきたが、局も終盤であるため何回かの順番を守りを固めて直撃回避できればしのげてしまうのである。

 僕は丁寧な打ち回しで西園寺にあがられることがない牌を切っていく。北条さえあがられることがなければ西園寺の攻めは不発に終わるだろう。

 ……そのはずだった。


「出てくれたか、それでロンだ!……それじゃあ一枚脱いでもらおうか」


 西園寺の弾んだ声を聞きながら、僕は信じられないものを見る目で東雲を見た。


「いやあ、やられちゃったなあ。それじゃあ一枚」


 東雲はちっとも悔しくなさそうな様子で、デニムパンツを脱ぎ捨てた。……いや、まずは靴下とか上着とかそういうところからいけよ。


「脱ぐ順番を指定するルールなんてなかったからね」


 それはそうだが、きっちり着込んだところから急に下半身がパンイチになったせいでめちゃくちゃバランスの悪い見た目になっている。普段はスタイルが良い上にファッション誌顔負けなお洒落な装いをしているのに、衣服がひとつ足りないだけでここまでシュールな出で立ちになってしまうのか……。

 というか、今のは絶対わざと当たりにいっただろう。


「いや、そんなことないよ?勝負手だったから強気にいっただけだって」


 その割りには手の内から明らかに危険な牌をがんがん叩き切っていたようにみえたが、そう言われては僕にも追求のしようがない。しかし、これは想定外だ。まさか優勝候補な東雲がこうも露骨なことをしてくるとは思わなかった。

 点数のやり取りの代わりに脱衣という仕様上、防御力皆無の東雲が逆に着込んだ状態でスタートすることはある意味仕方のない話だったが、まさか脱ぎたいがためにここまでするとは……。

 東雲の想定外な行動により、その後の対局は混沌とした様相を呈していた。

 西園寺が立直をかければ積極的に差し込みにかかり、北条が無茶苦茶な鳴きを入れればやつが欲しそうな牌を鳴かせにかかる。東雲の手厚い介護によりあがりの確率マシマシになった初心者ふたりによって場の衣服が一枚、また一枚と剥がされていく。

 一番脱がされているのは介護をしている当の東雲なのであるが、本人は脱いでいく度に快適性が増して機嫌がいい。西園寺も東雲の脱衣など見慣れているだろうに、脱がしていく感覚が新鮮とかぬかして大喜びである。北条も何枚か脱がされながらもにこにこしながら打っているが、あれは場の空気を楽しんでいるだけだろう。

 僕は一番脱がずに済んでいるが、無難に終わらせるという当初の目標から逸脱しそうな状況に焦りを覚えていた。なんとかしなければならないが、ルール上脱がせにかかるか沈黙を保つかの二択にしかなり得ないのでできることはほとんどない。


「よおし、それじゃあ槓!嶺上開花……はだめだわ。アニメみたいにはいかないわねえ。けど、これすごいことになってない?」


 ……うげえ。

 立直をかけて勝負に来ていた北条が自摸ツモってきた分と手の内から四枚の牌を晒して加槓し、王牌から新たに牌を自摸ってくる。その牌であがれば嶺上開花という役が付くのだが、それは不発に終わった。しかし、槓をした牌がすべてドラに化けて北条の手は目に見える大物手に進化した。

 これは不味い展開だ。僕の手牌は北条の攻め手を安全に逃げられる手段に乏しく、確実に守りきれるとは言いがたい状況である。僕の番に引いてきた牌も安全を提供してくれることはなく、僕は捨てる牌に窮した。

 麻雀の恐ろしいところはこういうところである。どんなに上手でプロのなかでも一流と言われる存在でも、負ける可能性をゼロにすることはできない。逆に言うと、覚えたての初心者でも上級者を討ち取る可能性がゼロではないことが魅力なんだろうけれど。

 僕はしばらく迷ったあげく、強いていうならという牌を場に捨てた。


「ローン!やったわ!ええっと、立直と、ドラが……八個?これってどれぐらい高いの?」


 しかし、そういう時ほど当たってしまうもので、北条の無邪気な発声と共に画面上の手牌が倒される。本来は立直のみの安い手だったはずなのに、本日出たあがりの中で一番高い点数になってしまった。

 具体的に言うと、靴下ぐらいしか脱いでいなかった僕が一気にパンツ一枚まで剥かれるほどの高得点だ。そんなに高い点数は出ないだろうと高をくくって阿呆みたいな得点計算を採用したがための悲劇だった。ちなみに、一番高い点数である役満をくらった場合は強制全裸の憂き目にあう。


「ふふふふふ。ついに君も年貢の納め時だね。さあ、大人しく服を脱ぐんだ。一枚一枚、ボクたちに見せつけるようにゆっくりとね」


 あまりにも痛い直撃に言葉も出ない僕に、西園寺がいやらしい笑顔で迫ってくる。東雲が隣でうらやましそうな顔をしているが、これはそういうのじゃない。

 僕はしばらく悔しさを噛みしめていたが、腹を決めて立ち上がると、さっさと衣服を脱ぎ捨てた。


「ううん、もうちょっと焦らしながら脱いでくれないと色気にかけるんだが」


 そんなものいるか。


「分かってたけど、あんためっちゃ白いわねえ。もっと外出た方がいいんじゃないの?もしくは日焼けサロンで焼いてくるとか!」


「それはそれで面白いけど、もうちょっと身体を鍛えないと意味がないんじゃないかな」


「確かに筋肉が足りないかも……。そしたらあたしと一緒に筋トレする?」


 それは遠慮しよう。

 諸般の事情で運動能力がこの中で最下位の北条だが、一番筋トレに熱心なのもまた北条である。彼女は胸部に溜め込んだ重りによって靱帯がへたれるのを防止するため、入念なトレーニングに精を出していた。しかし、本当に大胸筋周りのトレーニングしかしやがらないので、北条に付き合ってもアンバランスな体型にしかならないのだ。

 というか、僕の体型品評会なんかしてないでさっさと続けよう。男のパンイチ姿なんか見ても面白くなかろう。


「いや、これはこれで興味深いよ。普段もシャツの間から鎖骨とかへそとかをちらちらさせてるなって見てたけど、脱いだらこんな感じなんだなって」


 ええ……。お前僕のことをそんな風に見てたのかよ……。


「ふふん。男子が女子の胸元を覗いているとき、女子もまた男子の鎖骨を覗いているのだよ。君はボクたちが無防備だと思って見ていたかもしれないけれど、君も甘々だからね」


 西園寺がよくわからない文句を吐きながらどやっている。別に見られて困ることは何もないが、やつの言い方はちょっと気持ち悪い。特にそういうことをしてきたつもりはないが、女性が男にセクハラされたらこんな気持ちになっているのかと思うと、今後は言動と視線の向ける先に一層注意を払おう。

 しかし、不味い展開になった。少なくとも残り二回は局が残っているのに僕はあと一回でも失点すれば全裸となってしまう。

 他の面々で一番着込んでいるのは北条だ。酒の飲み過ぎで正常な判断力を失っているが、強運にめぐまれており、靴下と上着を失ったのみである。

 北条にストリップをさせたい西園寺は果敢に攻めているが中々実らず、被害もけっこう受けていてスカートとノースリーブシャツを残すのみだ。下着を先に脱いで上っ面だけ取り繕っているがこれが正解なのかどうかはよくわからない。

 東雲については積極的に打ち込みにいってシャツとショーツのみのいつもの姿だ。本人はご満悦な様子なのでまあいいだろう。東雲はまだ脱ぐつもりでいるようなので、狙うならやつなのだが、ルール上全裸にしても試合終了とはならないので一撃では終わらないのが難点だ。

 こうなっては四の五の言っていられないので、誰かを剥くことになっても勝ち抜かなければなるまいと気合いを入れたのだが、次局、西園寺に超大物手が入った。


「ポン!」


「それもポンだ!」


 西園寺は他の面々から白、發と牌を奪い取っていく。中を鳴くことができれば大三元、役満確定だ。場にはまだ一枚も出ていないし、西園寺の気合いの入り方を見れば手の内に確保していてもおかしくない。普通に打っていればこんなもの成就しないのであるが、今回の麻雀はそうはいかない。


「その中、ポンだ。さあ、これで役満確定だね」


 悪い意味で空気を読んだ東雲のトスにより、西園寺は最後の牌である中を鳴き恐ろしいことに役満が確定した。ルールによっては最後の中を鳴かせた東雲の責任とする場合もあるが、今回はそんな取り決めはしていない。


「おお、すげー!これいけちゃうやつじゃない?」


「もうこうなったらあがって欲しいよね」


「ふふふふふふ。もう形はできてるから、後は当たり牌を待つばかりさ」


 北条と東雲もはやし立て、場は僕を置いてけぼりにして大盛り上がりだ。東雲はともかく北条はもっと危機感を持ってあたってもらいたい。

 今更役満だろうがなんだろうが変わらないが、そんな決め方されるのは嫌すぎる。しかし、手の内がばらばらでどうにもできない僕は、西園寺の手から逃げ回ることしかできない。

 わいわい騒いでいるやつらを尻目になんとか最悪の事態を回避し続けること数巡。後は北条と西園寺が一回ずつ自摸って当たりを引かなかったら場流れという状況。


「この流れで自摸らないわけないよなあ!さあ、来ませい!」


 まだ北条が牌を切ってもいないのに己を高めている西園寺。なんか流れ的に本当に自摸られそうな雰囲気をビンビン感じる。

 場が最高潮の中、北条が牌を捨て、西園寺がこの勝負、勝ったぁ!と気の早い勝利宣言をしながら最後の牌を……、牌を?

 アプリの仕様上、北条が牌を捨てた瞬間自動で西園寺が牌を自摸ってくるようになっているのだが、西園寺の元へはいくら待っても牌が自摸られて来ない。僕が顔を上げると、三人ともが不思議そうな顔をしている。


「……これ、どういうことかしら?」


「通信ラグかな?」


 いや、それにしては待ち時間が長すぎるような。

 そんなことを話していると、画面中央にぽんっとポップアップが表示され、ただ一言”通信エラー”と表示された。試しにポップアップ下部の確認ボタンを押してみると、対局画面から切り替わりタイトル画面が表示される。


「……これは、サーバーダウンだね」


「……え?じゃあ、ボクの役満は?」


 当然、自摸れていたかも分からないので成就せずだ。いやあ、残念だった。せっかく役満が拝めるかと思ったのだが。


「そ、そんな……。もうあんなの役満あがれてたようなものじゃないか!ほら、皆脱ごう!なんならボクも脱ぐから!」


「いやあ、けっこう楽しかったわね!ここまで盛り上がると、もっと打ちたくなるわ」


「これなら麻雀牌を買っても置物になることはないんじゃないかな」


 買うのはいいけど、脱衣は無しだな。東雲が真面目に打たないせいで碌な事にならない。


「私もいちいち服を着ないといけないのはめんどくさいからなあ。今度はもっと健全にいこうか」


 ショックのあまり西園寺が世迷い言をぬかしているが、他の三人はそんな西園寺のことをスルーしてわいわい語り合いながら衣服を身につけ始めている。いや、東雲はそのままだけど。

 その後、役満成就というレアケースを、いいところでサーバーダウンというもっとレアなケースに遮られたうえ、脱衣麻雀も封印された西園寺はしばらくふてくされていたが、なんだかんだ我が家の備品に麻雀牌は導入され、酒のお供の余興として活躍している。

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