第27話 天才二塁手の孤独な闘い③:その名は併殺請負人
2回裏、ときめき学園の攻撃。
得点は1-0。迎える打線は4番打者の緒方から。
ここまで馬杉は、自分の計画通りに試合が進んでいることに満足していた。
(ときめき学園の典型的な苦戦パターンはこれっスね。3番森近でアウトになってチェンジ。4番打者の緒方の前に走者が溜まっていないから打点力が爆発しない……というパターンっス)
いくら強力なスラッガーでも、前に走者がいなければ返せない。
それどころか、勝負をしてもらえずに敬遠されてしまえば、バットで得点を産みだすことはできない。
緒方も甲野も、世代最強と名高いスラッガーであるが、勝負できなければ結局は同じことである。特に緒方は、大会通算敬遠数がとうに20を超えている。ここまでくると、もはや笑うしかない。
もちろんそれでも、6番以降の打者が、緒方や甲野をホームに返すために打撃を頑張ればいい。そうすればときめき学園に得点が入る。
そしてときめき学園の打撃陣は、全体的に打率3割を超えている。それだけ打てば、普通ならば本塁に帰れるはずなのだ。
――しかし、である。
ときめき学園の運が悪いのか、あるいは研究し尽くされているのか、緒方や甲野を返せないケースが多発している。
後続の6番打者以降があっさり三振に取られたり、凡打に仕留められたりしているのだ。
裏を返せば。
対戦校にとって、真に対策研究すべき打者は、4番緒方や5番甲野ではなく、6番以降の下位打線――。
(去年の大沢木投手も、今年の津島も、これと同じことをやってのけて、失点をかなり防いでるっス。下位打線でアウトを取ってピンチを切り抜ける、王道っスね)
馬杉もまた、これを狙っていた。
6番以降の下位打線とのみ勝負。
割り切った戦略ではあるが、勝算の高い賭けでもある。
もちろんときめき学園も、無策であったわけではないだろう。実際のところ、去年と違って6番打者以降も打率は十分高くなった。
極めて高いフィジカル。選球眼とスイング姿勢の着実なトレーニング。
4番緒方、5番甲野を敬遠したとして、6番以降もいい打者が揃ってれば大幅に得点をもぎ取ることができる。
課題の根本解決。6番以降の下位打線の成長。
今年のときめき学園は、圧倒的に強い。
高い水準の能力を持つエース投手でなければ、こんな打線を抑えられるはずがない。そして実際、たくさんの高校がそれに失敗してきた。
5失点に抑えた晄白水学園の津島やまねでさえも、ときめき学園の打線を殺し切るのに失敗したとするのなら――成功したのはただ一人、全国的エースの大沢木なすかだけである。
(……でも逆に考えるべきっスよ。
果たしてどうすべきか。ヒントはあった。
その答えは、『内野ゴロを高い確率で打ってしまうようなコースのみを狙い続ける』である。
――高校野球には一つ特徴がある。
それはストライクゾーンが広いこと。普通プロではストライクに取らないコースがストライクに判定される。
審判の判定に左右される競技でありながら、審判はボランティアが行うのが高校野球。それゆえに審判の質にも差が出がちである。
だが野球規則の書き方も「ホームベースの一部をかすめていればストライク」と曖昧なものがあり、この規則の文章を
そして、ホームベースの上を際どく掠めている厳しいボールをストライクに取ろうとするあまり、外角に広がっていると言われがちなのが『高校野球』の審判の傾向である。
――外角低めを攻めろ。
それは高校野球にとって当然のセオリーである。
なぜならストライクゾーンが広いのだから、プロ野球の世界では見逃せばボールになるような、それでいて手を出しても良いことのないコースが、ストライク判定されるのだ。
(高校野球の場合、内野ゴロが多くなるのは当然っス。何せ見逃し出塁を選びにくいんスから、臭いコースはカットするか打ちに行くしかないっス)
そしてカット打法もずっとできるわけではない。
右打者のアウトコース低めを狙い続けると、相手は一二塁間の内野ゴロを多発する。それを馬杉が素早く取る。
ただそれだけ。
個人技頼みの力技でねじ伏せるのだ。
(……この馬杉が、5回までしかミスをできないってことっス。こいつは相当タフな勝負っスよね)
羽谷遥。星上雅久。フランツィスカ・恵理・森近。
1番打者から3番打者の彼らの打球さえも、素早く反応して取らなくてはいけない。相当消耗するに違いない。9回まで持つはずがない。
そんなのは不可能と、誰もが失笑するだろう。
それはもはや作戦ではない、絵に描いた餅というのだ、と説教されるかもしれない。
だが、馬杉京華は
(何故ならこの馬杉、天才っスからね……!)
最も合理的で、最も確実性が高い、ときめき学園に勝つための方程式。
たとえそれが、どれほど非現実的で極端な方法であっても――馬杉はそれを断行する。
それが甲子園につながる道なのであれば、それを歩むだけなのだ。
◇◇◇
【頑張れ】近江県高校野球スレ118【湖国球児】
159:やきうのお姉さん@名無し
2回終了時点
鹿鳴館杜山 対 ときめき学園
1-1
161:やきうのお姉さん@名無し
アウトロー攻めばかりでときめき学園を1失点におさえるってすごくない?
鹿鳴館杜山が上手いんか?
それともときめき学園の打線が大したことないだけ?
163:やきうのお姉さん@名無し
緒方と甲野は徹底して敬遠
その他でゲッツー取る
凄いギャンブルに出たな、鹿鳴館杜山
166:やきうのお姉さん@名無し
アウトは取れるところから取るもんやからな
緒方や甲野と勝負してアウトを取りに行くのは馬鹿のやること
敬遠で合ってる
168:やきうのお姉さん@名無し
合理的やな
怪物級の投手、大沢木なすかさえも、実はときめき学園の緒方と甲野を敬遠してる
それだけあいつらは危険
171:やきうのお姉さん@名無し
前に走者が誰もいない緒方ぐらい勝負してもよかったんじゃないか?
175:やきうのお姉さん@名無し
>>171
ポイントは、ゲッツー取りやすいフォースアウト状態にできるかどうかやな
下手に緒方に打たせたら三塁打も本塁打もありうる
178:やきうのお姉さん@名無し
緒方って実は盗塁あんまり上手じゃないからな
181:やきうのお姉さん@名無し
>>178
すでに大会通算5盗塁目なんですがそれは
184:やきうのお姉さん@名無し
>>171
分かるけど、緒方って普通に打率5割あるからな
選球眼もいいけど、平気で三塁打以上の長打を打ってくる
あいつマジで化け物やで
186:やきうのお姉さん@名無し
>>178
盗塁が得意じゃない(大会通算5盗塁目&盗塁成功率100%)
187:やきうのお姉さん@名無し
緒方が盗塁を覚えたのデカいよな
どうせ緒方も甲野も敬遠されるから、盗塁成功させてノーアウト1塁3塁
そしたら次の打者は、適当に転がすだけで緒方ホームインで1点もぎ取れる
189:やきうのお姉さん@名無し
?ッ氏「ピッチャーも出来て、盗塁も出来て、打率四割を超えるやつがいるらしい」
191:やきうのお姉さん@名無し
>>168
嘘やろと思って調べたらマジやった
大沢木でも打たれるならもう無理やろ
それこそかつてのPP学園のレジェンド、上仲宮こなみみたいなエースじゃないと抑えられんのちゃうか
193:やきうのお姉さん@名無し
>>163
今気づいたけど、馬杉ってやたらとゲッツー取ってるな
併殺狙える場面は2割~3割ぐらい併殺に仕留めてる
こいつの反射神経、控えめに言って化け物やな
――――――
併殺打の起きる場面での発生率[1][2]について、非常に興味深い調査がありました
引用[1]:http://warrencromartie.g2.xrea.com/heisatsu2.html
引用[2]:http://warrencromartie.g2.xrea.com/heisatsu3.html
プロの選手でも、併殺が起きそうな場面では大体10%ぐらい併殺打してしまうみたいです。
また併殺に仕留めるのが上手な投手は、20%近くを併殺に仕留めているみたいです。
これを鑑みると、馬杉の能力がよく分かると思います(いくら高校野球とはいえ一つ頭抜けていると思います)
※(2023/09/05)応援コメントありがとうございます、みなさまからの反応をいつも楽しみにしております!
ただ、たまに予約投稿分の原稿に「〇〇ではなく、××なのだ」と私が書いてる内容が、運悪くコメント欄の内容に刺さってしまって、意図せず個人批判っぽくなってしまう事例があります。
都度表現を修正しているのですが、私が気付かずにそのまま投稿されてしまう場合はご容赦ください……。
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