第25話 天才二塁手の孤独な闘い①
――邦洲高校野球選手権近江県大会 第六回戦(準々決勝)。
ときめき学園 対 私立鹿鳴館杜山高校
(ようやくこの時が来たっスね、星上くん。去年の借りを返す時が来たっスよ)
所定の二塁手の守備位置についた馬杉は、これから始まる試合に向けて、気持ちを高めていた。
相手は今や、近江県の中で最も勢いのあるチーム。相手に不足はない。
それもそのはず、今までのときめき学園は、羽谷、星上、森近、緒方、甲野におんぶ抱っこの、個々の才能で押すチーム構成であったが、今年のときめき学園は他の選手たちも順調に戦力になりつつある。強豪校の選手たちより技術的に拙い部分はあるものの、身体能力でそれを補っている。
――昨年の甲子園やWBSC U-18でも大活躍した、圧倒的な怪物・大沢木なすか率いる私立文翅山高校。
――若干二年生にして既に全国レベルのプレイングを魅せる、羽谷、星上、森近、緒方、甲野らを擁する私立ときめき学園。
その他にも、もちろん強豪校は存在するものの、今の世代はこの二校に注目が集まっている。
ダークホースとしてときめき学園を苦しめ、ちょっとだけ注目を集めた私立晄白水学園の奮闘もあるが――やはり世間はこの二校に熱い眼差しを注いでいる。
(そんな現状を颯爽と打ち砕いてみせるのが、この馬杉のやりたいことっス。世間が全然注目をしていないこの鹿鳴館杜山の名前を、この馬杉が有名にしてみせるっス)
世間が、大沢木投手やときめき学園ナインに注目する陰で、誰も話題にしていない数字がある。
公式大会でのダブルプレーの回数。ポジションが違うので単純比較はできないのだが――誰もが認める守備の名手の羽谷遥と、馬杉京華の値は、非常に近い数字であった。
気分はまさにラスボス討伐。すっかり県下の強豪校になってしまったときめき学園を前に、馬杉京華の挑戦は始まったばかりであった。
◇◇◇
【頑張れ】近江県高校野球スレ118【湖国球児】
116:やきうのお姉さん@名無し
だからもう結論出てるって
ときめき学園も十分強かったし、晄白水学園もようやった
ようやりすぎとると言ってもいい
あれは強豪校の油断とかじゃなくて、晄白水学園側が全部を出し切ったんやろ
117:やきうのお姉さん@名無し
>インコース攻めとけばボロボロになるなんて雑魚高校じゃん
過去にそれやってボコボコにやられた高校なかったっけ?
確か去年の秋の県大会だったはず
118:やきうのお姉さん@名無し
>あれは強豪校の油断とかじゃなくて、晄白水学園側が全部を出し切ったんやろ
いや、ときめき学園も不調だったと思うぞ
森近も星上もいまいちピリッとこなかった
119:やきうのお姉さん@名無し
ときめき学園 対 私立鹿鳴館杜山高校の試合がもう始まってるのに、お前らときたらまだ晄白水学園の話してるのかよ
あそこ別に弱くないって
過去に甲子園出場の実績あるんだし、監督も六大学野球でベストナイン一回取ってる人が指導してるんだから、普通に強い高校でしょ
120:やきうのお姉さん@名無し
試合見ろよ
121:やきうのお姉さん@名無し
羽谷あっさり流し打ち
星上ゲッツー
森近アウト
あれー?
122:やきうのお姉さん@名無し
星上も森近も不調か?
このタイミングでスランプとかやめてくれよ
123:やきうのお姉さん@名無し
鹿鳴館杜山のピッチャーは舐めとるな
アウトローにしか投げてないやんけ
124:やきうのお姉さん@名無し
>アウトローにしか投げてないやんけ
アウトローにしっかり投げられたらそれだけで十分なんだよなあ
125:やきうのお姉さん@名無し
晄白水学園ってピッチングマシンとかあるんやね
文翅山高校は野球部のレギュラーの競争率がえぐいし、かといってときめき学園は監督がただの教師でほぼお地蔵さんやから育成が不安やし、晄白水学園に進学させるのって意外とありやね
126:やきうのお姉さん@名無し
鹿鳴館杜山、本当にアウトローばっかりだった
凄い配球やな……
127:やきうのお姉さん@名無し
アウトローばっかりって、そんな漫画みたいに制球ビタビタ決まるわけねーからな
失投して真ん中に言ったらすごく怖い
あれって投げる側も結構リスクあるよ
128:やきうのお姉さん@名無し
配球の王道はアウトロー
はっきりわかんだね
129:やきうのお姉さん@名無し
なんというか、アウトローだけであっさり3アウト取れるのちょっと意外
いつもときめき学園の打線ってぽんぽん繋がってたイメージあるんだが
130:やきうのお姉さん@名無し
羽谷が帰塁できないままチェンジしたのが痛かったな
あの足を活かせ切れないまま終わるなんて、こりゃしばらく冷えるな
◇◇◇
(星上くんからこっそり教えてもらったデータがあるっス。外角低めがなぜそんなに有用なのか――それは、打球速度と打球角度が全然ないからっス[1])
引用[1]:https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201906060001-spnavi
ごく当たり前のように語られている通説だが、「外角低めに投げれば大けがはしない」と言われている。
事実、外角低めに投げられたボールは長打になりにくい。
理由は打球速度と打球角度。外角低めは身体から最も離れているコースであるため、力を上手く伝えるのが難しい。また打球角度も付きにくいため、飛距離が出ないのだという。
スイング動作の研究においても、低めのコースはスイングの角度が小さく、ダウンスイング気味になりやすいと言われている。星上が言っていたのでおそらく正しい。
馬杉はこう見えて、星上の言うことは結構素直に信じるタイプであった。
またこれも星上の主張だが、邦洲プロ野球のコース別投球分布を出したとき、その半分以上が外角に集まっている――大前提として、投球の半分以上は外角に投じられるものだとのことだった。[2]
引用[2]:https://baseballgate.jp/p/91965/
逆に言えば、それだけインコース攻めに徹した晄白水学園の作戦が、極めて異質で斬新であったということでもあるのだが――。
それはあくまで、開きの遅いスモーキーな投球フォームでいいシュートを投げられる津島ならではのこと。普通の投手が真似をしては大やけどする羽目になる。
ゆえに鹿鳴館杜山高校では逆を徹底した。
ピッチャーはほとんど外角低めを狙い続ける、という特殊戦略。
インコース攻めならぬアウトコース攻めである。
(言葉にすればごく当たり前の戦法っスけど、アウトコースに80%以上投げてくる配分は向こうも想定外だと思うっス。これが上手くいってるっスね。2番打者の星上と3番打者の森近できっちり3アウト計上っス)
このアウトコース攻めの何がいいかというと、こちらもインコース攻め同様、飛ぶ打球のコースがある程度決まっているということである。
高校野球のレベルで、スイング軌道のインサイドアウトをしっかり徹底できている選手は少ない。グリップから出てヘッドを走らせながらスイングする――このインサイドアウトの軌道が崩れている場合、アウトローにびたっと決まった球をライト方向に打ってしまうことが多い。
特に、ボールを捉える位置が投手寄り(≒ホームベースの前の方)で捉えない限りは、打球はどうしてもライト方向に飛んで行ってしまう。
つまりアウトコース低めを攻め続けた場合、打球はライト方向のゴロ打球が多くなる。
それは言い換えれば、一二塁間のフィールディング能力が直に守備力に直結することになる。
即ち、二塁手の馬杉が活躍すれば、それだけで数多くのケースに対応できてしまう。穴のある守備を一気に引き締めることができるのだった。
晄白水学園が、インコース攻め戦術に出て、三塁手、遊撃手、中堅手、左翼手に守備力の高い選手を配置する守備陣形を敷くのであれば。
鹿鳴館杜山は、アウトコース攻め戦術に出て、一塁手、二塁手、中堅手、右翼手に守備力の高い選手を配置する守備陣形を敷く戦術を取る。
同じ戦法を踏襲しないのは、相手の感覚のわずかな狂いに付け込むため。
(インコース攻めばかりを喰らってたんスから、向こうの打線が、若干感覚が狂っててもおかしくないっス。インコースを打つためのミートポイント、目付、スイング軌道……そういった僅かな狂いが、アウトコースを狙うときに芯をずらしてしまうんスよねー)
しかもこのアウトコース攻め、ピッチャーの球速をそれほど要求しない。速いことに越したことはないが、最も大事なのは制球である。
何となれば、今マウンドに立っているのは、最速126km/h程度の
ときめき学園が右打線に偏っているというのは有名な話だが、左投手をそこにぶつけるのはセオリーを外した大胆な発想である。
それだけ今回の作戦では、制球を重視していると言っても過言ではない。
むしろ、左腕ピッチャーに置き換えたことこそが、このアウトコース攻め作戦の成功率を高めているとさえ言える――。
(星上くんのダメなところは、聞いたら何でも素直に答えちゃうところっスね。ライバル校の私にも優しくしちゃうなんて、本当に星上くんは……可愛いっスねぇ……)
ときめき学園 対 鹿鳴館杜山
1回終了時点。0-0。
勝負はまだ、始まったばかりであった。
――――――
(2024/08/17)掲示板のコメント(羽谷残塁)が間違っていたので、修正しました。ご指摘ありがとうございます!
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