第24話 ピッチングトンネルと強さのからくり

 ときめき学園の投手成績。

 森近:投球4回+0/3 被安打3(本塁打1) 奪三振1 与四球0 失点1

 星上:投球4回 被安打5(本塁打1) 奪三振3 与四球0 失点2

 緒方:投球1回 被安打1 奪三振0 与四球0 失点0


 晄白水学園の投手成績。

 津島:投球9回 被安打15 奪三振3 与四球4 失点5






 きちんと投手の成績を数字で追いかけている人間は、この数字を異常なものとして認識できるであろう。


 次の対戦相手である馬杉にとって、この試合のデータには値千金の情報があった。


(……ときめき学園のピッチャーがおかしすぎるっス。与四球が少なすぎっス。代わりに森近も緒方も、奪三振がそんなに多くなくて、むしろ星上が平均より上ぐらいっスね)


 記憶の中のときめき学園の傾向を遡りつつ、馬杉は考えた。


 この数字は、あの特殊すぎるチームの強さのからくりをあっさりと暴いている。

 森近といい星上といい緒方といい、『あの学校の投手たちは異様に強い』、というイメージが先行しすぎている。だが、投手が実際どういう戦略で投げているか――それこそが重要なのに、今までそれを解き明かす人間はいなかった。


(……打たせてるっス。しかも、極端な打たせて取るピッチングっスね)


 そこまでは誰でも気づく。確かにときめき学園は相手に打たせているし、実際それで凡打に仕留めている。

 問題は、実際にはどういうリードをしているかというところ。


 何故、奪三振が少ないのか。

 何故、与四球が少ないのか。


 例えば、考えられる一つの仮説。

 それは殆どストライクゾーンしか使わないというものである。それも、見せ球をほとんど使わずに、さっさとカウントを追い込んでくるピッチングの傾向がある。


 殆どストライクゾーンしか投げてこないから、打者は思わずバットを振るし、奪三振にはなりにくい。同様に与四球にもなりにくい。

 それでもなお凡打が多いのは、向こうの技量だろう。緒方も森近も星上さえも、並の打者なら凡打にさせてしまう強い決め球を持っている。


 確か少し前、星上がぽろっとこぼしていた。

 投球にはピッチングトンネルというものがあると。


 打者が投球の速さ・球種・コースを判断する僅かな区間。

 スイングするかどうか判断するこのポイントを、トンネルポイントという。

 そして、リリースポイント ~ トンネルポイントの区間をピッチングトンネルといい、このトンネル区間を似たような軌道で投げれば変化球の見分けが非常に困難なのだという。


 実際、馬杉もある程度想像がつく。

 実際にスイングを判断するのは、球がキャッチャーのところに向かってくる通過点の途中・・である。もちろんそれ以降の情報は、目では頑張って追うものの、スイングをどうこうできないことがほとんどである。

 だから、打者の手元で急に変化するような変化球は合わせにくい。


 これをピッチングトンネルという用語できちんと定義し、それを研究しているのだとすれば――向こうの変化球の質は、並の高校生とは話にならないレベルだろう。


 もしも向こうが、変化球の研究をする際に「キレ」「変化量」というあいまいな概念ではなく、「ピッチングトンネルをそろえる」「トンネルポイント以降の打者の手元で変化量が際立つように微調整する」という目的意識をもって練習しているのだとすれば。

 向こうの投げる変化球は、どれもが決め球になっているはず。


「……だから、ストライクゾーンにしか投げてないのに、仕留めきれずに凡打が多いんスね。ほぼ確実に芯がズレるっスからね」


 ボール球を投げないから、カウントを悪くしない。つまりほとんどの場面で投手有利。

 ストライクゾーンにしか投げ続けないから、球数も抑えられる。だから星上のように4イニングに渡るロングリリーフを突然やることになっても、投手陣にそれほど負担にならない。

 相手が球筋に慣れてきたら、ピッチャー交代で目付を変える。腕のいいキャッチャーがいるから、いきなり球速も球質も異なるピッチャーに交代しても、しっかりキャッチングできる。


 ストライクゾーンにしか投げない。

 代わりに、ピッチングトンネルをそろえて、変化球の判別をかなり困難にさせる。

 それが、ときめき学園の進化したピッチングスタイルである。


 だが、ここに攻略のヒントがある。


 凡打が多い――。

 裏を返せば、バットをスイングしたとき、芯はずらされても何とかコンタクトは出来るのだ。

 これはいったい何故なのか。


「……めちゃくちゃいいヒントをくれたっスね、晄白水学園さん。これ、確かに盲点っス」


 ときめき学園の弱点。

 否、弱点とまでは言わないが――ピッチングトンネルのトンネル区間の置き方に少々問題がある。

 数多くの選手の空振りを取るために、トンネルポイントを数多くの平凡な選手・・・・・に合わせて設定してしまっている。


 それはつまり、少しでも長めに引き付けて、どんな変化かを見極めて、非常に素早いスイング速度でコンタクトすれば――。


「強振……っスね、まさか強振が通用するんスね」


 何故、今回は本塁打がやたらと多かったのか。


 普通、本塁打の比率は安打5回~10回に1本ぐらいに収まる。

 だが今回は、森近と星上だけで8本中2本も計上してしまっている。


 投球回数ごとの本塁打数を見てもやや高い。

 プロの世界でも、10イニング投げて1本本塁打を打たれると、被本塁打数が多い方である。今回の森近と星上は、4イニング投げて1本なので、比べ物にならない。

 運が悪かったと言えばそれまでだが、どちらも優れたピッチャーであるはずなのに、何故か被本塁打率は平均値よりも高い。


 確かに晄白水学園は、去年から打撃の質も高いチームだと言われていた。打撃力に任せて叩かれてしまった、といえばその通りである。

 だが、果たしてそれだけであろうか。


「元々、晄白水学園は打撃がしっかりしていてコンタクト力はあったっスから、コースに山を張って強振作戦に出ても、質の高い強振ができたはずっス」


 質の高い強振――。

 凡打は連発したものの、三振量産になったりしていない。

 それはつまり、強振しつつも当て続けることには成功していたということ。

 その最たる証拠が、まぐれ半分ではあるものの、本塁打2本という堂々たる結果である。


 晄白水学園は、意図的にか無意識かは不明だが、ときめき学園の攻略方法をほぼ掴んでいたのだ。


「……うーん、晄白水学園とも戦いたかったっスね。この津島って投手も滅茶苦茶いい投手っスよねー。でも良いっス。この馬杉が、ときめき学園にとどめを刺してやるっス」


 星上はいつも言っていた。

 まぐれ当たりの強振が怖いと。


 その時は冗談半分だろうと思って聞き流していたが、ひょっとすると、本当にまぐれ当たりの強振が一番ときめき学園を追い詰めるのではないか――という予感があった。






 ――馬杉京華。

 守備力に優れながら、足もあり打撃もある、非常にクレバーな内野手。

 彼女は、同じ県に羽谷妹と緒方さえいなければ、この近江県下でも最高の遊撃手・二塁手であった。


(全然いいっスよ。県下最強二遊間とか世代最強二遊間の称号はくれてやるっス。でもこの馬杉、あの天才の星上くんに勝つことだけはあきらめてないっス)


 馬杉は天才である。

 そしてそれゆえに、天才に惹かれてしまう気性がある。中でも、高校野球の常識を幾度となく塗り替えようとしているあの才色兼備の青年には、すっかり当てられて・・・・・しまっていた。


 血が騒ぐ、とはこのことであろう。

 あの近江の怪物、大沢木投手ともいずれ雌雄をつけなくてはならないが――今の馬杉は、あの才知溢れる星上少年を打ち負かしてやりたい気持ちでいっぱいであった。






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