第16話 再戦・晄白水学園、そして監督④:困った時のフィジカル頼み

 ■5回表:ときめき学園の攻撃。


 勝負の均衡は、意外なところから破られた。

 1アウト走者なし。

 9番打者、蜜石が鮮やかに右方向に流し打ちを決めたところから試合は大きく揺れた。


(え、あいつあんなにバッティングセンスあったのか!?)


 2番打者の俺と3番打者の森近が内角シュートの捌き方に苦しんでいる最中、蜜石はそれを綺麗に流した。理解はできる。とてもシュアなバッティングであった。


 良くある失敗例は、骨盤の向きと上半身の向きがちぐはぐになること。インコースの場合は骨盤が先に前に向いてしまって上半身が右向き、などである。

 骨盤の向きと上半身の向きがバラバラになっていると、力の方向が揃わず打球が飛ばない。またミートポイントが後ろになり、ヘッドが下がり気味になるのでファールの打球が増える。

 また、上半身の開きが早いと、上半身の筋肉を使いづらく手打ち気味になってしまう。


 故によく言われる「身体を開くな!」という曖昧な表現になるのだが――。


(流石は畿内強豪ガールズリーグ出身のエリートだな……! センスあるじゃないか!)


 スライス回転気味の打球はライト方向に向かい、1塁へ進塁。ぎりぎり2塁まで走れたと思うが――やや余力を残したか。


「……。やりますわね、蜜石さん」

「そうだな……。俺たちも頑張らないとな」


 相方の奮闘に触発されてか、先ほどまで気が立っているように見えた森近は、少しだけ表情を緩めた。

 ここから上位打線に戻るということは、得点のチャンスである。ときめき学園側のベンチに俄かに活気が戻った。


 何といっても、次の打席に立つのは、我が高校きっての天才打者なのだから――。






 1アウト1塁。

 二打席目、1番打者、羽谷。


(……相手バッテリーが緊張している!)


 インハイに二回連続のツーシーム・ファストボール。

 1ストライク1ボールの並行カウント。2ストライクに追い込んだならともかく、この場面は相手バッテリーも、次の球の出しどころが難しい。


 そもそもインコース中心の配球も、羽谷のバッティングを脅威に思っている証拠である。打者のセオリーで「ランナー1塁なら右打ちを狙え」とよく言われるように、右に運ばれると2塁、下手すると3塁を脅かされる場面である。

 三連続インコースはやや怖いし、カーブを一応持っているから外角低めにカーブだろうか――。


(ん、1球牽制。冷静だな)


 離塁の大きかった蜜石に1球牽制が入る。

 これも駆け引きの一つ。俺も外角カーブがあると読んだし、蜜石もそう読んで盗塁準備をしていたのだろう。蜜石がきちんと帰塁できたのは立派である。しっかりリードの距離の『身長+手の長さ+1歩』を守っている証左だった。


 牽制が入ったということは、相手がランナーを意識している証拠でもある。

 三球目、ここであえてややボール気味のアウトローに直球が放たれて――。


(あ)


 軽い当たりの一塁線へのバント。不意を突かれた相手バッテリーも、相手ファーストも動けていない。羽谷にもバントがあることを失念していたらしい。

 鮮やかなセーフティバント。こちらには足もある。蜜石も羽谷も、あっさりと塁を進めて1塁2塁になった。


 ここで相手の鷹茉監督がタイムを取った。

 試合の流れを一気に持っていけそうだった場面だが、しっかり先手を打たれてしまった。


(……ちょっと嫌な感じだが、まあ、俺の仕事は変わらない。最悪でも進塁打だ)






 ◇◇◇






 このタイミングで監督がタイムを取ったのは、配球パターンを変えます、守備パターンを変えます、という合図のようにも読み解ける。

 果たして、先制点を取られたくないのか、最少失点で切り抜けようとしているのか。


(さて、配球読みでもしますかね。相手がゲッツーを狙うならインロー、送りバントを警戒するならインハイ。さらに、先ほどのタイムで入れ知恵をして、裏を搔いて外角にくる可能性も警戒、か……)


 1アウト1塁2塁。

 2番打者の俺は、ここから3番、4番、5番と強力なクリーンアップ陣営を迎える。故に俺の仕事は決まりきっていた。


 すなわち――。


(! インハイにストレート!)


 なるほど間違っていない。

 やたらと開きの遅いフォームから繰り出される速球は、インハイにぴったりと決められると対処が非常に難しい。速いと言えば速いが絶望的に速い球ではない、しかしリリースの分かりにくさで何故か詰まってしまう――という狙い目の場所である。

 しなやかな投球フォームを持つ津島の特性に合っている、絶好のポイント。


 だがしかし――。


 開きの遅さでタイミングをずらされているインハイで勝負、というのは読み筋の一つだった。


(根拠のない下手な小細工で自滅するよりも、相手に読まれても真っ向勝負、だもんなァ!)


 スイングすべきタイミングは概ね掴んだ。

 それに、レフト寄りの守備シフトが変わったわけではないこともきちんと観察した。

 球数もすでに70球は放っており、球威の衰えぐらいは予測できた。


 思い切り振り抜く。

 滅多にない最高の手ごたえ。


(並の投手の内角攻めじゃなくて、津島のそれはちょっとした魔球みたいになっていたが――どんな魔球使いも、最後まで球威を維持するのは無理ってものだ)


 球数を投げさせて、球威が衰えてきたところを引っぱたく。あらゆるケースに通じる攻略方法である。

 それも、守備シフトや先ほどまでの打席の結果から、相手の狙うコースに山を張って強振を入れる。

 3割打てば上等の、本塁打狙いの一撃。


(そりゃあ、内角攻めてくる相手なら、どこかでインコースに来るに決まってるんだし、一番タイミングが取りづらくて打つのが難しいインハイに山を張っておくさ)


 男に長打はない、それにナチュラルシュートで芯をずらしているから長打にしにくい――という読みの甘さが、相手の心の隙である。


 柵を超えるスリーランホームラン。

 そもそも本塁打になる距離は、両翼より中央が膨らんで長いので、両翼狙いの方が入りやすいのだ。

 わざわざ力を込めやすい内角高めで、シュート狙いでレフト方向に誘導してくれているのだから、レフト向かいに長打をぶっ放すのが一番気持ちいい。


(あっぶねえな、全然あの内角シュートを攻略できる自信がなかったから、こうやって一発大きいのをぶったたけてよかった……)


 攻略する自信がないときの最終奥義。

 それは、とにかくコースを決めて、思いっきり振り抜くこと。

 送りバントは性に合わないし、かといって蜜石のような華麗な流し打ちも、羽谷のような見事なセーフティバントもできない。ならゴリラになるしかないのだ。

 これがフィジカル。これもまた野球。


 明らかに動揺を隠しきれていない相手投手を見て、俺は、


(よし、これで相手バッテリーのアウトの計算を狂わせられた)


 と内心でほくそ笑んだのだった。






 ◇◇◇






【頑張れ】近江県高校野球スレ117【湖国球児】


 769:やきうのお姉さん@名無し

 うっそ


 770:やきうのお姉さん@名無し

 えええええ


 771:やきうのお姉さん@名無し

 これは強烈


 772:やきうのお姉さん@名無し

 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!


 773:やきうのお姉さん@名無し

 ホッシ3ラン

 こいつほんま持ってる


 774:やきうのお姉さん@名無し

 5回まで0-0、いい勝負だったのになあ

 晄白水学園にとって痛い先制点


 775:やきうのお姉さん@名無し

 男であのインハイを本塁打に出来るのすげーな

 緒方でもツーベースしか打ってないのに


 776:やきうのお姉さん@名無し

 これは大変なことやと思うよ


 777:やきうのお姉さん@名無し

 緒方より本塁打出してるからなホッシ


 778:やきうのお姉さん@名無し

 あーあやっちまったな

 これでもう晄白水学園も、点を毟り取られておしまい


 779:やきうのお姉さん@名無し

 >>775

 インハイは元より長打になりやすいコース

 ただ、この津島って投手はなぜか今日はインコース攻めまくってときめき学園の打線を凡打にしまくってた

 特別速いわけじゃないのにね


 780:やきうのお姉さん@名無し

 緒方より本塁打を放っているホッシ

 緒方より打点を稼いでる森近


 781:やきうのお姉さん@名無し

 いやー、途中までは良かったんだが

 これはもう晄白水学園側も苦しいね


 782:やきうのお姉さん@名無し

 森近も好投だし、これで試合終了かな

 晄白水学園の監督もホッシ相手に油断したな

 ちょっと出かけてくる


 783:やきうのお姉さん@名無し

 この2年の津島やまねって何者?

 130km/hぐらいの球でこんなにあっさりときめき学園の打線を抑え込んでるけど、何で?

 今回ときめき学園の打線が不調だっただけ?


 784:やきうのお姉さん@名無し

 >>783

 ナチュラルシュートかかってるように見えるから、癖玉で打ちづらかったんじゃね


 785:やきうのお姉さん@名無し

 まだ分からんぞ

 森近が無理やり抑えているけど、晄白水学園も打撃力で知られているチームだからな


 786:やきうのお姉さん@名無し

 あら、森近があっさり凡退

 意外と動揺してないね、この津島って投手


 787:やきうのお姉さん@名無し

 ピッチャーは凡退でOKだろ

 下手に塁にでてスタミナ消耗するよりまだマシ


 788:やきうのお姉さん@名無し

 緒方とどめのスリーベースヒット

 インコース攻めを右方向にフェン直とかどんだけバットコントロール良いんだっていう


 789:やきうのお姉さん@名無し

 うーん、消化試合めいて来たな

 どうせ甲野は歩かせるだろうし


 790:やきうのお姉さん@名無し

 追加点はなしか


 791:やきうのお姉さん@名無し

 まあそりゃね


 792:やきうのお姉さん@名無し

 津島まだインコース攻め続けるんか

 晄白水学園の監督こんなんでええんか


 793:やきうのお姉さん@名無し

 3アウト

 さーてここから晄白水学園どうするよ


 794:やきうのお姉さん@名無し

 >>792

 本塁打打たれたけどまあ、5回までときめき学園強力打線を6安打で抑えてるし、別にええんちゃうか?


 795:やきうのお姉さん@名無し

 他にエース級の投手がいないのが晄白水学園の泣き所やな

 大沢木クラスや森近クラスのやつがこっちに入っていれば……


 796:やきうのお姉さん@名無し

 まだ森近継続か

 いつもの流れなら、そろそろホッシと交代かな?


 797:やきうのお姉さん@名無し

 実際、晄白水学園が強打のチームって言われてもピンとこないな

 今日は森近一人で完封ペースで抑えとるし






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る