第15話 再戦・晄白水学園、そして監督③
1アウト1塁2塁の形。
しかし、インコースを執拗に狙われて、打球がセンター~レフト方向にしか飛ばないのが非常に手痛い。
(3塁を何とかして取りたいが……さっきのようなサイン関連のミスも怖いし、送りバント、バントエンドラン、バスターだけでは少々心もとない)
インコースにシュートばかり投げられて、レフト方向にしか打球が飛ばなくなってしまうと何が困るか。
それはタッグアップ関連の判断である。
このときランナーにとって、2塁から3塁に進むのは少々難しい。
例えばレフト方向にやや大きめのフライが飛んだとする。この打球を、敵のレフトあるいはセンターがきちんと捕球するかどうか、2塁ランナーはそれを見届ける必要がある。
捕球すれば帰塁義務、フェアゾーン内に落球すれば進塁義務(塁が詰まっているので)。帰塁後にタッグアップして次の塁を狙うなら犠牲フライになるが……いずれにせよ、捕球成功か落球かで行動が変わる。
つまりこの時、塁に出ているランナーは、フライボールが捕球されたかされなかったかによって義務が変わるのだ。
2塁~3塁はサード、ショート、センター、レフトに近い。
ライトフライならともかく、なまじっかなレフトフライだと距離が近いので、捕球後の鋭いバックサードの返球で刺される可能性がある。
特に優秀な遊撃手が間にカットに入っていると、レフトの捕球姿勢が崩れていてもすぐに刺してくる。無論カット偽装もある。
ゆえにセオリーでは、レフトフライが飛んだ時、2塁ランナーの待機位置は2塁~3塁の
こういう小技は羽谷妹の十八番だが、緒方や甲野のようなパワーヒッターはそうでもない。特に甲野は、目がいいが足がさほど速いわけではない。
(……ああ、ダメだったか)
7番打者のレフトフライ。
中途半端な飛距離で、2塁走者の緒方にとって判断が一番難しい一打。セオリーではハーフウェーの2塁寄りで待機しないとダメな距離である。
だが相手のレフトは、わざと落としてサードに投げた。緒方の俊足でも際どいところ。判定はサードアウト。
(最悪だな……もしあれがインフィールドフライになるなら、無理して進塁しなくてもよかったが……そんなの咄嗟に判断できるはずがないよなあ……)
俺は思わず内心でうめいた。
2アウト1塁2塁。
だがインフィールドフライ適応なら、バッターアウトで進塁義務解消になる、同じ2アウト1塁2塁でも、2塁ランナーは緒方のまま。
太腿にデッドボールを受けた甲野が2塁ランナーに置き換わって、走力を考えると、単純にうちの学校に不利な採択になってしまった。
ショートの守備範囲よりやや後ろの距離のレフトフライだとこういうことが起きる。
ただでさえ判断が難しい緒方は、審判のインフィールドフライの宣告の有無も気にしないといけない状況であった(※インフィールドフライなら2塁に留まるという選択肢もあった)。
だが一番最悪のパターンは、インフィールドフライになったとて、咄嗟に三塁に進んだ緒方が結局バックサードからタッチアウトにされる場合。
この場合だと、打者アウト、緒方アウトで2アウト、すでに1アウトあるので攻撃終了になる。
タッチアウトを避けるため鋭いスライディングを見せた緒方だったが、インフィールドフライ適応ではない≒フォースアウトなので、サード返球間に合った時点でアウト。現実は無情である。
(なるほど、レフト方向にしか飛ばない内角シュート攻めか……こいつは少し対策を考える必要があるな……)
うちの8番打者が同じく凡退でアウトになり、ときめき学園の2回攻撃は終了となった。
ここまででまさかの0点進行。うちの打線がすっかり抑え込まれてしまっている。
――気付いてしまえばからくりとして単純な、そして実に効果的な采配。
右打者が多いなら、レフトとショートとサードに守備の上手な選手を集めて、投手は内角シュートを多用すればいい……という、即効性のある戦術。
(右打線殺しのために、右投手に内角シュートを徹底するとはね。強豪校に
今のレギュラーは、去年からストイックに練習を続けてきた先輩方が中心である。つまり強豪校になる前のメンバー。右左を気にしていられるほど層は厚くない。
もちろん我が高校にも左打者はいる。
だがそれを加味してなお有り余るほど、羽谷〜甲野までの1番から5番まで打線がずば抜けているし、それ以降も質の高い打線が出来ている。
左右の相性はあれど、例えば『OPSを0.1落としてまで左打者を入れる』などするのはやり過ぎなのだ。
あくまで正攻法は『投手の左右に影響を受けないぐらいバッティング技術を高める』が正解なのだが――相手のエースが想像以上にいいピッチャーで、左右の相性が無視できなくなっていた。
左打者なら、こちらに
(生半可なシュート使いなら右にも運べるさ。だが、スイングすべきタイミングを掴みにくいフォームで、しかも制球が効いているとなると……慣れるまでしばらく打線は冷えるな)
まだまだ付け込む隙はありそうだが、ここまでの進行は、晄白水学園に非常に上手い事やられてしまっていた。
◇◇◇
「鷹茉監督! やりましたにゃ!」
「OK、上出来じゃないか! きっと連中、今になって慌てているだろうさ!」
2回を終えて、未だに1安打。打たれてこそいるが、尽くそれを凡打に仕留めている。
全国でもトップクラスの打撃力を誇るときめき学園相手に、津島の好投は冴えわたっていた。
晄白水学園のベンチには俄かに活気が戻っていた。
「……しかし投手戦、ですかにゃあ」
「うむ。向こうの森近って子もやるもんだな……。シュート多投で
無論、これで一気呵成の反撃を、とはならないのがまた野球。
相手も一筋縄ではいかない。つまり晄白水学園の右打者相手に同じ戦術を嵌め返しにきているのだ。
内角シュート攻め返し。相手もやる気満々である。
非常に強気な配球である。相手の1年捕手が思いついたのなら相当性格が悪い。何度か投手の森近が首を振っているので、森近主導の可能性もあるが、いずれにせよあのバッテリーは強敵である。
「うーん……? 向こうもレフト側が強いんですかにゃあ」
「……どうだろうな。ショートは名手の羽谷だが、三塁手は慣れない甲野。とはいえ本当に三塁を守れないなら、そんな場所に甲野は置かないだろうし……」
あの甲野に足がないのは分かっている。ときめき学園のレギュラー陣は全員足も驚異的だが、甲野だけはそこまで足が速くない。
よって守備につく選択肢は、ファーストかサードであれば望ましい。全然守備力に期待ができないならライト。甲野はどうやら前者で、フィールディングも優れているらしい。
「……。もしかすると、今日の森近は調子が悪いのかも知らんな……」
「えっ、そうなんですかにゃ?」
「ときめき学園は通常、ほぼ三球勝負をするはずなんだが、今回はボール球を多用している。見せ球のように使っているが、多分あれは調整だ。
これは多少試合慣れしているキャッチャーがよくやることだが、例えばピッチャーの球が走ってなかったり要求とズレが大きかったりするときは、わざとボール球を投げさせて、腕を思い切り振らせたりしてピッチャーの調子を整えさせる。……今日は見せ球が目立っているだろう?」
「……普通に見せ球だと思ってましたにゃ。リードのパターンが違うのも、1年捕手だからかにゃあと」
「実際、見せ球だとしてもそんなに違和感のないリードだからな」
向こうは継投できる投手陣を抱えているので、肩を作り込んでから試合に臨んでいるはず――そんな思い込みが目を曇らせていた。
多彩な変化球を操って翻弄しているように感じていたが、こうしてみると、変化球の具合を試しているようにも見える。
内角シュートをしばしば投げているのは、最後の決め方を固定しておいて、自分の理想とのズレがどの程度あるのかを慎重に見定めているから。
こうしてみると、不調を誤魔化すピッチングがとても巧いことに気付く。だが――。
「……。完投はないな。となると、次の継投のために布石を張ってくるはず。そして、制球が甘いなら緩急に頼りたいはずだ……」
晄白水学園とて強豪校。
この難しい局面で露骨に油断することはない。そしてそれは、相手のときめき学園も同様のはずである――。
◇◇◇
4回裏終了まで0-0。
相手の津島は3安打(そのうち2つが緒方)、森近は2安打しか許さないという、非常に緊迫したゲームが続いている。違うのは投げている球数。
森近はここまで何と50球程度しか投げていない超省エネピッチングを披露しているのに対し、向こうはしっかり65球投げさせられている。
もちろんそこには、うちの強打者(甲野)を敬遠気味の四球で送っているという差もあるが、うちは基本的に待球策に出ているという差も効いている。
投手に効いている負担は、向こうの方が上のはずである。
(とはいえ、森近がそろそろしんどそうだな……。シュートと速球中心に、カーブとスライダーを混ぜて勝負しているが、制球がいまいちだし球速も落ちてきた。これは早めに引き上げたい)
本来ならもっとスタミナのある森近だが、無理をする局面でもない。残り5回。
だらだら打たれつつ、のらりくらり凌いでいいのであれば、ここからは俺が入れる。
「……三振」
「ん?」
森近が深呼吸で息を整えて、汗を拭いながら言った。
「一つだけ三振を取ってから、交代しますわ」
「え、助かるけどいいのか?」
「直球中心で行きますわ。その方が貴方、球速差を活かしやすいでしょう?」
これは一理ある。
4回裏終了時点。
現在森近は、相手の5番打者までを抑えたところである。6番打者までがクリーンアップだと考えると、もう一人ダメ押しをしておきたい。
つまりクリーンアップ陣営には2巡分、森近の球速帯に目を慣らさせておいて、そこで速度も投球フォームも異なる俺が入ることで、相手の目付をずらしたいという考えだ。
そもそも相手の晄白水学園は、打撃がいいチーム。
できるなら7番打者も8番打者もいけるところまでは森近の球速で目を慣らさせておいて、そして速度差のある俺で翻弄するのが賢いやり方である。
問題は、森近をどこまで引っ張れるかというところだが――。
「……なあ森近、ちょっと無理してないか?」
「……いいえ、別に」
そつなく答える森近だったが、俺にはそうは聞こえなかった。1年捕手の蜜石をカバーするためにあれこれ神経を尖らせているように見える彼女は、投球数以上に消耗しているようにも感じる。
(もう少し蜜石を信用してあげてもいいと思うんだがなあ……)
いずれにせよ、5回の攻撃が始まる。ときめき学園側はそろそろ何が何でも打点を取らないといけない場面に差し掛かっていた。
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