第14話 再戦・晄白水学園、そして監督②

 鷹茉監督は言った。

 絶対的なエースがいなくても、高い打撃力があれば勝てると。


 鷹茉監督は言った。

 場面場面に勝負強くなるには、場面場面で根拠を持って行動できる決断力が必要だと。

 そして決断を支えるのは、適切な対処を理解すること、そして身をもって経験することだと。


『ときめき学園のクリーンアップ陣営の弱点は、全員右打ちというところだな。そんなの弱点でも何でもない、と思っている奴がいるかもしれないが、意外と左右は馬鹿にならんのだぞ?』


『まさか、インコースとアウトコースが同じだと思っているやつはいるまい? 身体に近いインコースの速いストレートは、バッターが腕をたたむように素早くスイングしなければ打てないスピードボールだ。たとえ球速140km/hを出せなかったとしても、うまく決まれば差し込むことができる。左右の違いはまさにそこにある』


『全員右打ちということは、引っ張り方向はレフト方向。そして、普通バッターは、インパクトの瞬間に無理やり打球のコースを変えようとしても、大抵引っ張り方向にしか変えられない。つまり、上手く差し込めたらイージーフライやゴロ含めた凡打、差し込めなかったヒット性の打球は、良くてセンター方向か、引っ張られてレフト方向に向かう』


『よって意志を持ってインコースに配球すれば、サード、ショート、レフトに打球を集めさせる野球ができる。ここの守備を鉄板にすれば、相手の強力な打線も怖くない。サードゴロが欲しければインロー、レフトフライが欲しければインハイ狙いだ』


『しかも、インコースにシュート気味のツーシームを投げ続けることができれば、相手はますますそれを捌くのに苦労するはずだ。いくらコンパクトに腕を畳んだとして、右方向に無理やり流し打ちできる奴はそうそういるまい』


『もしインコースを狙うために、若干ホームベースから距離を取り始めたり、腰が引け始めたら好都合。今度こそアウトローを狙いに行けばいい』


『番狂わせの大物食い上等じゃないか。会場を驚きの歓声で爆発させてやろう。クリーンアップ陣営がものの見事に右揃い、これを狙わずに何とする』


 鷹茉監督は言った。

 勝てなかったはずの試合を何とか勝てるようにすることが、監督の仕事なのだと。後は人事を尽くして天命を待つのみと。


『津島、お前に頼みがある』


『お前には躊躇なくインコースを攻められるコントロールピッチャーになってほしい。速いシュートを投げられるお前を、対右打者のスペシャリストにしたいんだ』


『球速140km/hが出なくてもいいんだ。連中に見せつけてやれ。お前がエースだとな』


 古き言葉になぞらえて曰く。

 戦うべきと戦うべからざるとを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ。上下の欲を同じくする者は勝つ。虞を以て不虞を待つ者は勝つ。将の能にして君の御せざる者は勝つ。

 この五者は勝を知るの道なり――。


 私立晄白水学園の鷹茉監督は、戦うべきと戦うべからざるとを知っている。すなわち、ときめき学園のどの部分・・・・を狙うべきかを良く知っていた。


 それゆえに若きエースは応える。

 癖玉を無理に矯正しようとせずに、一つの個性だと認めてくれた監督のために。


(もちろんですにゃ、監督。連中に見せつけてやりますにゃ。晄白水学園に津島あり、ツーシームの使い手あり――ってにゃ)


 津島やまね。高校二年生。

 シュート気味の速球とカーブを使う、速度の出ない・・・・・・本格派。

 他の強豪高校ではほぼ確実にエースになれなかったであろう非力な自分をここまで育ててくれたのは、他ならぬ監督の手腕の賜物である。

 それゆえに彼女は、試合で応える。それが最大の恩返しなのだから――。






 ◇◇◇






(ははあ、なるほど……。自然に投げるとナチュラルシュートがかかるから、握りを変えて調整しているわけだな)


 相手の2年生ピッチャー、津島の投げる球を眺めながら、俺はしばらく考えこんだ。

 癖玉の悪いところは、回転軸がずれているところである。

 回転軸がずれているので綺麗なバックスピンがかからず、マグヌス効果による揚力を受けられない。つまり球に伸びがなく、遠くまで投げられないという欠点がある。


 ひと昔の指導者たちは、バットの下を思わず振るような伸びのあるストレートこそが理想だ、と考えていた。それゆえに癖玉を矯正しようとする指導者は多数存在する。


 だが――癖玉を味方につける指導者もいる。


 そしてどうやら、晄白水学園の監督は後者側――せっかくの癖玉を個性だと考え、伸ばして育てようと考えるタイプの人間らしかった。






 ■1回裏:ときめき学園の守備。


 結局俺はサードゴロに倒れ、森近はセンターフライでアウトになった。

 インコースを執拗に狙う配球が、まさかこんなに打ちづらいとは思っていなかった。辛うじて森近だけは、うまく対応しようとセンター方向に返していたが、こちらは単純に狙われたコースが厳しく、詰まらされてしまったように見える。

 ただでさえ内角はコンパクトに振らないと難しいコースなのに、シュート気味に入ってくるのがより厄介であった。


(初回で1点も取れないなんて、これは幸先が悪いな……)


 先発投手は森近。

 彼女の初登板は、いきなり難しい舞台になってしまった。調整のために、もっと楽な場面で投げさせてあげたかったのだが、彼女には悪いことをしてしまった。


『そんなの気になさらないで。これぐらいの場面なら難なく切り抜けるのがエースの責務、正直余裕でしてよ』


 と、笑う彼女だったが、果たして球の調子はどうかというと、全然よくはない。

 どうにも制球が甘い。もしかして緊張しているのだろうか。


 ――しかし森近は、流石に大崩れすることはなかった。

 制球が悪くても思いっきり腕を振って果敢に向かっている。下手に四隅を狙いに行かず、それならまずは緩急で、と三球勝負に臨んでいる。


 気がかりがあるとすれば、森近がたびたび首を振っているところだろうか。

 蜜石のリードに身を任せるよりは、自分で配球を考えて試合を引っ張ろうとしているのが見て取れる。

 だがこれは少々よろしくない。


(う……ん、蜜石のリードはそれはそれで良さがあるんだけどなあ。でも、今日は上級生に歯向かえず……って感じか。森近は使える変化球が多彩にあるから、なまじ手札の多さで勝負したがる悪い癖がある)


 どちらかというと甲野も、序盤から手札の多さで打者を惑わせてプレッシャーをかけるタイプなので、森近はまだその癖が抜けきっていない。

 決め球がたくさんある投手は、どうしてもこうなりがちなのだ。


 三者凡退。先頭打者を三振で抑え込み、二番打者は凡打、三番打者も凡打、といいピッチングである。

 特に先頭打者を三振で切って捨てて、クリーンアップ陣営を凡打で仕留めたのは気合が充実している――ように見える。


(……森近の奴、調子が悪いことを隠すために、先頭打者で無理やり三振を取りに行ったな)


 初球にいきなり真ん中ストレート、二球目にやや内寄りにツーシーム、三球目に緩急と高低を活かせるカーブ。

 相手は高い確率で初球を見逃す、と踏んで博打に出たわけである。制球に不安があることを『あえてど真ん中を通す強気のピッチング』の印象でごまかす一工夫。


 速球派投手がやるなら別に悪い手ではないが、森近はどちらかというと技巧派なので、違和感が残る配球でもある。


(……。あんまり引っ張ると酷だな。次の回、クリーンアップ陣営をどうさばくか見てから、最悪俺が交代に入ろう)






 ■2回表:ときめき学園の攻撃。


 一打席目。

 いきなり緒方がやってくれた。

 火を噴くようなツーベースの一撃、非常に鮮やかな打球であった。


 オープンスタンスに構えて、内角に切り込んでくる球を見やすくして、相手バッテリーにプレッシャーをかけることから始まり、そこから思い切り腕の力で遠くまで飛ばしたのである。


(……普通、バッティングフォームってそんなあっさり簡単に変えられるわけないと思うけど、対応力が凄いよな)


 バットコントロールがいい奴が腕力を持っていると、本当に呆れるような結果がでるものである。打撃音が鈍かったのはご愛敬。おそらく俺の腕力だと、しょっぱいフライで終わっていた。




 続く二打席目、五番の甲野。

 ボール球先行の配球になるのは仕方がない。もう一発長打を喰らうと先制点になってしまう以上、最悪歩かせてもいいというぐらいに考えてリードを取っているはず。


 だが、ここにきてまさかの太腿への死球。

 すわ無事か、と思わず立ち上がりかけたが、甲野は辛そうな表情を浮かべつつも、そのまま1塁へと向かった。

 130km/hある硬球なのだ、ぶつかれば非常に痛い。


 これで形は、ノーアウト1塁2塁。

 クリーンアップ陣営はしっかり仕事をしてくれたと言える。




 そして三打席目。

 ここでうちの6番打者は、バントの構えを選択。どうやらベンチからの指示らしい。

 確かに送るのは一つの手だが、これは消極的に過ぎる。ここはフライになってもいいので進塁打の方が望ましい。


 今からでもヒッティングのサインを出すべきか少々悩む。一応引率の教員に声をかける準備のため、腰を浮かしておく。

 だが――。


(……なるほど、ピッチドアウトが来たか)


 敵はわざと高く外した球で1球様子を見た。盗塁やバントを警戒しての一手。妥当な様子見である。

 しかし緒方も甲野も走らない。

 否、走るふりをしたが、明らかにもたついてしまった。


 これで、バントの構えなのに走らない、という情報が露呈したことになる。本当にバントを狙うなら少々おかしい話である。

(※ヒッティングの振りをして咄嗟にバントなら分かるが、最初からバントの構えをするなら1塁3塁のプレスを誘発してしまうので、バントエンドランになるはず)


(……あ)


 1球様子見からの、バスター狙い。

 無理に盗塁は狙わず、裏を搔いたヒッティングで進塁を決めようとしているのであれば説明のつく場面。

 つまり6番打者の狙いは最初から進塁打だったのだ。


 しかし味方ベンチから新しいサインは出ていない。これが問題であった。


(しまっ――)


 焦りからか、6番打者はもう一度バントの構えをしてしまった・・・・・・

 ここは嘘でも監督役の引率教師にフェイクのサインを出してもらわないとまずい場面、と気が付いたが遅かった。

 察した羽谷が焦って何かサインのようなものを出していたが、意味があったとは思えない。

 明らかに・・・・、ベンチは指示を出し損ねた・・・・・


 ――投球。

 相手ファースト、サード、ともにバスターに備えてプレスが甘い。

 バスターが看破されている証拠である。


 咄嗟に6番打者が、ここで本当にバントに切り替えてくれたものの、そんな突然の切り替えではうまく打球の勢いを殺せるはずもない。ポップフライになってアウト。


 これで1アウト1塁2塁。

 ベンチとの連携の甘さを見抜かれた一幕であった。


(……やられた。6番打者はあの場面で、バントの構えを諦めるべきだった。監督代行は咄嗟にフェイクサインを出すべきだった。そうでなくとも、エンドランに切り替えるべきだった。だがそんなことを瞬時に分かれと言ってもな……)


 ほとんどタダ同然の1アウトの献上。手痛いミスであった。

 これは向こうの采配が上手いのではない。『なぜ本来指示を出すべき監督が機能していないのか?』という、付け込まれて当然の弱点を利用されただけなのだ。


(バスター戦法の裏を掻かれた……というより、うちが勝手にボロを出してしまったな)


 いずれにせよこれで、裏を搔いたバスター戦法を使いにくくなったのは事実であった。






 ――――――

 ※(2023/08/22)監督について分かりにくかったので一部加筆修正しました。ときめき学園は監督不在なので、高野連規則に従い責任教師を立てて試合に臨んでいる……という設定でお願いします。

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