第13話 再戦・晄白水学園、そして監督①
ときめき学園の「筋トレ中心のフィジカル強化」という路線は、他の高校ではあまり見ない珍しい路線である。
従来の甲子園戦法といえば「コツコツ点を取って守り切る」というもの。たとえ打球が良く飛ぶ金属バットを持たされても本塁打数が少ない高校野球ならではと言える。[1]
引用[1]:https://desaixjp.blog.fc2.com/blog-entry-880.html
そう、高校生はまだ肉体が成長途中であり、いくら金属バットを振るったとしてもフェンス越えの打球をポンポン量産するのは難しいのだ。
とはいえ、長打を量産する攻撃重視の戦略に根拠がなかったわけではない。日本でも過去に、ときめき学園と似た路線を取って結果を残した高校がある。
というより、その高校の躍進があったからこそ、ときめき学園でも十分に真似ができると考えた。
それが、徳島県立池田高等学校である。[2]
引用[2]:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B3%B6%E7%9C%8C%E7%AB%8B%E6%B1%A0%E7%94%B0%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1
"阿波の攻めダルマ"こと蔦文也元監督が率いる池田高校野球部といえば、「さわやかイレブン」や「やまびこ打線」で一世を風靡したチームである。
緻密なプレーよりも強打優先。ウエイトトレーニングの追求。
いかにも今のときめき学園
(ただ、実は「さわやかイレブン」は機動力を重視しスクイズなどで細かく点を取って守り勝つ戦術で勝ち上がったチームってことはあんまり知られていないよな)
当初の蔦文也監督は、機動力野球のチームを作って選抜準優勝まで勝ち上がる結果を残した。部員わずか11人ながら春の選抜で準優勝した「さわやかイレブン」の残した功績は、今でも語り草になっているほどである。
それでもなお、蔦文也監督はその方針に固執しなかった。
一度結果を残した守り勝つ野球から、根本のチームカラーをがらっと変えてしまったのだ。
ウェイトトレーニングにより身体を鍛えて、豪快に打ちまくる打撃中心のチームへの方向転換。
結果、82年から87年の6年間で、池田高校は春夏の甲子園に8回出場し、優勝3回を果たした。
出塁したら送りバントが定番の時代、それでもゲッツーを恐れずガンガン打っていく池田高校の登場の「前」と「後」で、高校野球の戦い方が変わってしまった――ともいわれるほど、当時は衝撃的なことであった。
(まあ、そんな池田高校の躍進も「KKコンビ」を擁する大阪代表・PL学園に打ち破られてしまうんだけどな)
打撃特化のチーム作りの弱点の一つは、圧倒的な天才投手に押さえつけられてしまうこと。池田高校にとってそれは、桑田真澄投手であった。
やまびこ打線を5安打完封に抑え込むその好投で、池田高校の快進撃は食い止められてしまった。
もちろん『いや天才投手相手だったら、打撃特化のチームじゃなくてもどんなチームでも苦戦するだろ』という話であり、弱点という表現は正しくないのだが――その一方で、足を使った細かいプレイングでも点を取れないと大投手を崩すのは難しいし、守備力がお粗末であればロースコアゲームで失点負けしやすい、という分析もできる。
――ときめき学園が、私立文翅山高校の大沢木投手に負けてしまったように。
(それでも俺は、十分勝てるチームになってると思うけどな。徳島池田高校のやまびこ打線、広島武田高校のフィジカル革命、仙台育英高校の継投策――俺のやりたいチーム作りが十分出来ているんだ)
ときめき学園のみんなとて、試行錯誤を繰り返して強くなっているのだ。
打撃特化のチーム作りを少々アレンジし、フィジカル養成のためのスポーツ科学的アプローチとフォームの徹底矯正、そして決してエースに無理させない継投策を重視して――ほぼ理想的なチームを作り上げた。
ここまで来たら、あとは勝つだけなのだ。
2年目から甲子園を目指すのは、当初の計画通りなのだから。
◇◇◇
――邦洲高校野球選手権近江県大会 第五回戦。
ときめき学園 対 私立晄白水学園高校。
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
気持ちのいい挨拶から始まったこの試合。
だが、相手投手に見慣れない二年生の子がいるのを発見したとき、俺は少しだけ違和感を抱いた。
(……。津島やまね? ふうん、先発投手らしいが……公式戦でたまにリリーフ登用されてきた有望な子らしいな)
今回はちょっとスタメンの陣容を変えてきたのだろうか。だが相手ベンチメンバーに怪我人がいる様子はない。調子が悪かったから人員を入れ替えた、という程度のことであればいいのだが。
何となくこの勝負、私立晄白水学園高校に嫌な采配をされそうな予感がした。
だが、我がチームはそんな根拠のない予感だけで戦い方を変えるようなぬるいチームではない。
(……。念のため、スタメンマスクの蜜石と先発投手の森近と、もう一度試合方針を合わせとくか)
今日のスタメンは、蜜石に引き続き経験を積ませようとしての采配だったが――早めに甲野に代える展開もあるかもしれない。
■1回表:ときめき学園の攻撃。
1番、羽谷妹。
2番、星上(俺)。
3番、森近。
4番、緒方。
5番、甲野。
見慣れたクリーンアップ陣営は今回も変わらない。
当然、指針も同じものである。
つまり、羽谷と俺が出塁し、森近が返すか繋ぐ。緒方と甲野は返せるなら返すし、歩いてもOK。
去年からの改善点を上げるとすれば、下位打線も一発が期待できるようになったことである。
1年間みっちりとフィジカルを鍛え上げ、選球眼を鍛える動体視力のトレーニングを重ね、スイングのフォーム矯正を行ってきた下位打線は、実は平均打率が3割に達している。
下位からも繋がる打線。これが非常に大きい。
打線の穴が少なくなったことで、ときめき学園の火力は前より飛躍的に向上している。
今回も、この高火力をもって晄白水学園を制圧するつもりであり――。
(よし、それじゃあ試合作りと行こうじゃないか。まずは羽谷が出塁して……ん?)
先頭打者。出塁率7割に迫る驚異のリードオフ打者、羽谷遥。
しかし彼女は今回、珍しく最初からたった2球で追い込まれていた。
そこから2球粘り気味にカットしていたが、どうにも本調子ではなさそうである。
どこかで疲労がたまってたのか、と思ったがそうでもないようである。球は見えているようで、そこから1球、ボール球を丁寧に見逃し。
次のインローの球を引っ張って三塁側に放つも、サードライナーを捕球されてアウトに。少々嫌なアウトであった。
「……ごめん、ボクとしたことがしくじった。おそらく決め球はシュート気味。というより露骨に三塁側に打たせようとしてくる。あと出所が分かりにくい」
「? なるほど」
羽谷からのアドバイスを受けるが、これは打席に立たないと分からないな、と思った。出所が分かりにくいというのはかなり重要な情報だが、対策の打ちようがない情報でもある。
先ほどの配球。インコース攻めにシュート織り交ぜ。
配球の基本は原則アウトロー、という考えがあるが、先ほど羽谷を切って捨てたリードはインコースが非常に多かった。
加えて、相手はシュートの多投が目立つ。ステータスオープンで分析したら回転軸と回転数は見事にシュート回転。
相手投手の津島やまねは、ナチュラルシュート気質の癖玉使いのようである。
いわゆる、ムービング・ファストボールの使い手。特に彼女のそれは、ツーシーム・ファストボールであった。
(うーん? 羽谷はそういう投手が苦手なのか? そんなことはないと思うけどなあ……)
二番打者、俺。
とりあえず一球見るか、と構えると、打ち気がないのを見越したような腰の高さのインコース。
裏を搔かれた。あっさり初球ストライクを与えてしまった。
なんてことはない平凡な一投なのに、やられてしまった。
俺は思わず眉間にしわを寄せてしまった。いいストライクだったと思う。それゆえに甘い見逃しをしてしまった自分が少々情けない。
だが、その理由もすぐに分かってしまった。
(なるほど、巧打者の羽谷も苦戦するわけだ……)
猫の獣人族、津島やまね。
MAX134km/hの、遅くはないが速くもないストレートを多投する投手。しかし、しなるように柔らかい肢体を使って、開きの異様に遅いフォームで球を繰り出すという、これまた厄介な投球術を兼ね備えている。
流石にあのトルネード投法の風野ほど分かりにくいストレートではなかったが、それでもリリースが分かりづらいというのは驚異であり、さらに癖玉を投げてくるので質が悪い。
とてもいい投手だと俺は思った。真正面で見てようやくわかったが、非常に打つタイミングが掴みずらい。
そしてそれゆえに、一つの懸念が胸によぎった。
("打撃特化のチーム作りの弱点の一つは、圧倒的な天才投手に押さえつけられてしまうこと"……だったかな)
リリースポイントの分かりにくい、ツーシーム・ファストボールの使い手。
2年エース、津島やまね。
試合作りに失敗しつつあるときめき学園の先攻。不安がないと言えば嘘になる、そんな不穏当な立ち上がりでゲームは始まった。
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