第11話 トーナメント序盤、まずは後輩に場数を踏ませることから始める④:課題のないチームはない
投手交代。ピッチャー代わりまして水川――。
そう告げられた時、1年投手の水川睦美は「おお……来てしまった……」と思わずつぶやいてしまった。
(だよね、そりゃあウチを試すよね……3イニング終了して1対7だもんね。一年生を育てる試合に移行したってことだよね……うう……心臓痛ぁ……だいぶエグちぃ……)
県立勝処高校 対 ときめき学園。
ここまでの試合経過は、1対7。
強烈なワンサイドゲーム。打撃陣が強すぎるのだ。
失点も、出塁した相手を『どう盗塁阻止するんだ?』とばかりに全部蜜石に判断を任された結果の1点である。
蜜石の判断は『失点はOK、アウト優先、中間守備継続』という淡白なものであった。つまり計算された織り込み済みの失点。
勝てる試合を堅実に勝ちに行く判断。水川も同意見であった。
だが上級生たちはこの判断は少々不服らしく、「どうせ大量の得点差があるからには、リスクを冒してでも無失点に抑える練習をしてほしかったな……」という声もいくつか聞こえてきた。
どうやら、それ含めての育成だったらしい。
「じゃあマウンドは任せた! 俺は後ろで守ってるから安心してくれ! ちなみに崩れ出したらフィルが代わりに入るからよろしくな」
憧れの星上先輩にそう言われたら、踏ん張るしかない。
にやりと笑っているのがなんとなく意味深だったが――先輩から譲られた大量リードの勝てる試合、ここで役目を果たさないと恥である。
(うう、でもバッテリーが冷静なつかちでよかったぁ……ウチだけだったらテンパりそう……)
蜜石 つかさ。一年生でありながら、すでに控え捕手として頭角を現し始めている有望な子。
聞けば畿内有数のガールズリーグ出身で、堅実なリードと俊足を絡めた巧打で活躍する"打てる捕手"らしい。同じく打てる捕手の甲野先輩の後継ぎとしてはこの上ない資質の持ち主。
前半の試合を見ていたが、彼女のリードであれば安心感がある――。
まだ邦洲国の球質にも慣れきっていない水川は、とりあえず自分はリードにしたがって全力投球あるのみ、と腹を決めた。
背中で誰かが笑っているような気がしたが――そんな些末なことは忘れることにした。
◇◇◇
【頑張れ】近江県高校野球スレ117【湖国球児】
453:やきうのお姉さん@名無し
県立勝処高校 対 ときめき学園。
5回裏時点で5対10。
これはワンチャンあるか?
454:やきうのお姉さん@名無し
おおお、勝処高校頑張ってる
公立高校でこれは快挙では?
455:やきうのお姉さん@名無し
継投ミスじゃね
456:やきうのお姉さん@名無し
軟投派→速球派に継投するならともかく、軟投派→軟投派だもんな
457:やきうのお姉さん@名無し
奇しくもホッシの後を任されたのが、ホッシとほぼ変わらない球速の軟投派ルーキーだもんな
しかも使える球種が減ってるし
アンダースローに頼り切ってるだけじゃすぐ攻略されるよ
458:やきうのお姉さん@名無し
ビッグイニングになってないだけまだマシ
459:やきうのお姉さん@名無し
勝処高校には運もあるよ
盗塁とかスクイズ連発だけど、こんなにきれいに上手くいくの中々ないよ
というかときめき学園側がバント処理下手すぎ
460:やきうのお姉さん@名無し
見るからにテンパってるもんな……
461:やきうのお姉さん@名無し
キャッチャーこれ声かけてあげたほうがええんちゃう?
462:やきうのお姉さん@名無し
リードもあんまり機能してないな……攻めないリードというか、だらだら失点するだけのリードというか
463:やきうのお姉さん@名無し
>>462
エアプが偉そうにリードとか言ってる
高校野球に高度なリード()とかないだろ
得意の球種を投げるだけで精一杯や
464:やきうのお姉さん@名無し
バントさせにくいところに投げたりすりゃいいのにって話じゃない?>>463
465:やきうのお姉さん@名無し
継投ミスというか、ルーキーの育成というか……
でも4回戦まで勝ち上がっている公立高校なんだから、油断禁物よ
466:やきうのお姉さん@名無し
ずっとスタメンで出てるけど、緒方とか森近って肩作らなくてもええんか?
それともイニング変わらないと投球練習する暇がないか?
467:やきうのお姉さん@名無し
>>459
去年までのときめき学園だったらこんなことなかったのにな
今年のルーキー投手はバント苦手なのかな?
468:やきうのお姉さん@名無し
>>463
流石にそれは言い過ぎちゃうか
ときめき学園はもう強豪校やぞ
469:やきうのお姉さん@名無し
うーん、コールド試合だったのに
これは分からんぞ
◇◇◇
(3イニング投げて4失点。……これで、ときめき学園の監督はまだ動かないのか?)
私立晄白水学園の監督、鷹茉紡(たかまつつむぐ)は、トーナメント最大の強敵であるときめき学園の試合を分析しながら、眉間にしわを寄せていた。
通常の高校野球であれば、不可解な点がある。
端的に言うと、タイムの使い方が奇妙なのだ。
本来ベンチからタイムが入るべき場面なのに伝令を送ったりしていない――。
(いくら強豪とはいえ、高校生はまだ精神的に未熟だ。例えば、大量失点の気配がしたら、その前に早めにタイムを取って戦略の再確認、それだけで選手は落ち着くしミスも少なくなる。失敗しても監督の指示通りにやったんだからと吹っ切れる。だが――)
ところが、その役割を行っているのがベンチではない。
内野手や捕手、つまり、ときめき学園の学生たちなのだ。すなわち、一年生捕手の蜜石や、三塁手(コンバートで入っている)の甲野であった。
(……本来はベンチからの伝令がマウンドに向かって落ち着かせる場面だが、今回は甲野が出た。バッテリーを組んでいる捕手が出なかったということは、まだあの1年捕手の信頼は浅いのか?)
ランナーが連続で出た場面、大量に点を取られた場面。
こういう場面はベンチから伝令が出るべきだし、そうでなくてもバッテリーを組んでいる捕手がマウンドに向かってあげるべきなのだ。
だが今回は三塁の甲野が出た。これは非常に奇妙なことだった。
県立勝処高校 対 ときめき学園の試合は、とうとう7回裏時点で8対13。
さすがに7回コールドは決めてくると思ったが、そうも行かないようである。投手も水川から岩崎に代わったが、もっと早く水川を引き下げても良かった場面である。
これでは彼女に試練を与えただけになっている。
(……。次の試合は、監督の采配勝負に持ち込めるか……?)
脳裏に浮かぶ、次の試合のビジョン。急造チームであるときめき学園の弱点は、ベンチの監督にあるかもしれない。そう考えた鷹茉は、次の授業のための教材を準備しながらも、試合展開を脳裏で何度も考え直した。
トーナメントはもう5回戦に入る。すでにエースを温存するような状況ではなく、主戦力を投入する段階に差し掛かっているのは間違いないのだが――。
仮に向こうが森近、星上、緒方を温存するような気持ちを少しでも持っているのであれば――そこに、付け込む隙がある。
私立晄白水学園に鷹茉あり。監督の手腕はチーム作りであり、そして一生懸命になっている選手たちを勝たせる采配にある。
ときめき学園の陣容の綻びは少ないが、弱点のないチームは存在しない。故に戦略が重要になってくる――。
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