第10話 トーナメント序盤、まずは後輩に場数を踏ませることから始める③
――邦洲高校野球選手権近江県大会 第四回戦。
県立勝処高校 対 ときめき学園。
(トーナメントを考えると、五回戦は私立晄白水学園、六回戦は私立鹿鳴館杜山高校とあたる気配が濃厚。あーしら新入生を実験的に投与できるのも、この辺が限界のはず。準決勝、決勝はベストメンバーで臨むはず。となると――)
スタメンマスクを与えられたのは、特待生で入学した捕手、蜜石。
シード校初回の試合となる第三回戦で蜜石を試さなかったのは、先輩たちの親心か、もしくは1年ピッチャーと1年キャッチャーのバッテリーが信用されていないか。
(この試合で、結果を残すことがあーしの仕事なんだよね)
先発ピッチャーは、星上先輩。
制球が群を抜いて優れており、多彩な変化球を持ち、右投げも左投げも切り替えできる類まれな才能の持ち主。一方で球速はさほど速い方でもなく、強豪校のエースを名乗るにはむしろ遅い方に分類される。
何でもできる反面、常に一発打たれるリスクがある投手。
捕手としてはこの上なく"リードしがいのある"相方である。
――裏を返せば、打たれた責任は全てリードミスになってしまう。
捕手が出すリードにほぼ確実に応えてくれるのだから――こんなにいい投手とバッテリーを組んでおいて打たれるなら、それはもう捕手のリードが悪いということになってしまうのだ。
(うん、大丈夫。打点は計算できる。羽谷先輩、ホッシ先輩、森近先輩、緒方先輩、甲野先輩、打席が一巡回るごとにこの五人で2点ずつ入ると計算して、落としていい点数は……)
緊張は、もちろんある。
だが蜜石は、緊張しているときこそ攻めたリードが必要である、と理解している。
(うーん、考えろ。ホッシ先輩は球筋を見切られたら終わり。つまり、ずっと引っ張れるわけじゃない。相手に巡ってくる打席数が四打席だと考えて、一打席だけ安打を許していい程度のリードにするにはどうすべきか。球速差を考えて継投は緒方先輩にしたいし……)
なまじできることが多いだけに、考えるべきことが多すぎる。
それゆえに生半可は危険。
深呼吸を一つ入れて、蜜石は星上先輩と投球練習を始めた。
◇◇◇
(……初球は大抵見てくるから、アウトローにストレート。二球目にインハイギリギリにストレート。いいカーブを持っているからアウトローにカーブでフィニッシュ。一番簡単な配球だけど、ホッシ先輩の制球ならこれで――)
先頭打者をあっさり三振。
制球のいい投手は
手ごたえはある。だが気がかりもある。
ポイントは二球目のインハイをファールにされたこと。
三塁線を切る強い打球。今後、インハイにストレートを混ぜるのは嫌な感じがする当たり方であった。
おかげで次の配球が組みづらい。
(……。いや、1イニング1失点まで許せる。カウント球で一人討ち取れたのを喜ぶべきっしょ。現に先頭打者なのに、さっきのカーブにスイングのタイミングも高さも合ってなかったし)
打撃力があるチームだと、こういった"相手打者陣営の技量を試す"配球もできる余裕がある。ときめき学園の打撃力は非常に高い。超攻撃型と言っても過言ではない。だからこそ、多少相手に打たれてもいいような配球もできる。
(……。やりやすーい。これで負けたらあーしの責任じゃん。めっちゃ怖くなってきた)
緊張がさらに高まる。しかし情報はなるべく開示したくない。
二番打者にも同じ配球を続けて、二球目でサードフライにしてアウト。
三番打者にも全く同じ配球、三球目のカーブを打ち損ねてもらってセカンドゴロでアウトに。
極めて強気のリード。こちらの情報を渡さないどころか、相手の内角~外角の目付の精度を確かめるような、上から目線で試すようなリードであった。
(ひーん、怖かったよー)
だが、怖くても、
◇◇◇
(へえ、アウトローの出し入れで逃げないのか。偉いな。肝が据わってる)
帽子をかぶり直しながら、俺は満足げに微笑んだ。1年生捕手の蜜石という子を育てようと実戦に投入してみたが、中々どうして面白いリードをするものだった。
内角高めと外角低めのクロスファイア。
配球としては王道の部類に入るだろう。だが慎重に入りたい捕手なら最初は大体、外角低めの出し入れを要求するのではないだろうか。
あえて説明するなら、①相手打者が外角低めゾーンを見れているか確認する、②そもそも低めにストレートを集めるのは難しいので投手の制球の仕上がりをそれで確認する――という二つの理由。
うちの正捕手の甲野も、割とやる配球パターンである。
だが今回はインハイを混ぜる逃げないリード。しかも三連続で同じリードにするのは攻めすぎている。
クリーンアップ陣営に入る三番打者含めて同じリードで切って捨てたのは、一つ間違えたら大事故になるところである。
しかしそのおかげで、相手に渡った情報が"制球の良さ"、"カーブのキレの良さ"程度。これはこれで面白い。
(攻めている時の甲野とはまた違ったリードをするな……)
甲野なら例えば、内内外、内内内、外内内、のように、配球で硬軟織り交ぜるし、三者連続で同じ配球は中々やらない(下位打線で意図的にそうすることはある)。
特に、2球目から凡打も狙える変化球(内角シュート等)を混ぜるのが好みで、『初球から積極的にスイングしないと、1ストライク入ったら後は全部厳しいぞ』と打者にプレッシャーを与えるリードを仕掛ける傾向がある。
七色の変化球を最大限に活かせるいいリードだと思う。
だが、蜜石のリードは相手にプレッシャーを与えるようなリードではない。
七色の変化球を持っている俺なのに、情報を積極的に開示しないので『逆にいつシュートやフォークを投げてくるんだろう』と思わせる効果がある。
これはこれで、妙味がある。
(なるほど。慎重な入り方をするチーム相手なら、これで意表を突ける。ある程度の失点も計算のうちということか)
がちがちに緊張しているようだったので「よかったよ、リラックスしていこうぜー」と肩を叩く。
あははー、どもっす、と笑う蜜石の顔には、汗で前髪が張り付いていた。
◇◇◇
(イニング跨いでも初球は外角ストレート。二球目からちょっと弄っちゃお)
4番5番は流石に同じ手を使えない。だが外内外のパターンの印象を利用する。
まず4番打者へのアプローチは、二球目に内角シュートを要求することで、詰まらせて凡打にする。
5番打者は二球目も外にカーブ。ここから初めて、内外で揺さぶりをかけていく。三球目に内角のベルトの高さにシュートを要求してピッチャーゴロでアウトに。
ここまで殆どを、内外内のストレートとカーブ、そしてシュートで潰したことになる。スライダーもシンカーもフォークもなければ、イーファスピッチさえ使っていない。1番~5番までの上位打線を無安打で抑える、幸先のいいスタートであった。
(よっし6番打者。ここから下位打線は、外角出し入れ中心で測っていくぞ……っと)
急に弱気のリードのように見える、外角低めの要求。
外角低めは長打になりにくい。なので上位打線にそれを要求するのかと思えば、上位打線にこそ強気のリードを仕掛けるというちぐはぐっぷり。
(外角出し入れだけでも問題なし。あーしの見るべきポイントは、バッティングの上手くない下位打線について、どの子でアウトを計算しやすいか探ることだもんね)
これは、外角だけ要求しておけば自動でアウトになるような子を探す、という蜜石の注文であった。
蜜石は星上先輩の開明的な考えに大きく感化されている。
だから彼の言った『野球は点を取りに行くゲームというだけじゃなくて、
すなわち、拾えそうなアウトをいかに上手に
(5回コールドで決められるなら15個、運が良ければ12個。あーしの仕事は、これで四割以上終わり……)
クリーンアップ陣営なんて怖くない。仮にクリーンアップ陣営が3人いれば、2人に走られても1人でアウトを取って、あとは楽な打者から2アウト取るだけなのだ。
だから、アウトを取れるチャンスを探りに行く。なるべく失点しない場所でアウトを狙う。
リードを計算するというのは、つまりどこでどうアウトを拾いに行くか計算するということなのだ。
(うひー、やっぱキャッチャーってしんどいねー。秋季東山道地区大会 ベスト8、春の選抜 ベスト16位って、甲野先輩やっぱ化け物だなー。けど、この仕事はあーしに向いてて、一番面白いや)
注文通り、6番打者を外角低めだけでアウトに仕留める。
県立勝処高校は決して弱くない対戦相手であったが――この2イニングである程度実力がつかめた。そうである以上、あとは5イニング目までの捌きかたを考えるだけであった。
――――――
実力を見せるあーしちゃん、しかしもちろんそんなに順調に行くはずもなく……
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