第3話 高校二年生になったら後輩ができる……ってコト!?③:いい監督のいるチームは強い
「おーほっほっほ! やっとリベンジできますわね星上お兄さま! このアタクシが! アナタからエースの座を奪い取って! ときめき学園を勝利に導いてくれますわよーっ! 真祖の血族にして昼の光を半分ぐらい克服した類まれなる吸血鬼族のこのアタクシ! 投手もできて打者もできる投打両立の英才! 代打も代走もワンポイントリリーフもできる、スタミナ以外は何の課題もない完璧な美少女! その名も――」
「よーしこれで全員だな」
クソうるさい吸血鬼の女の子を半ば無視して、俺はチームの全員に向き直った。
このクソうるさい吸血鬼の少女もうちの重要なメンバーなのだが、ちょっと今は割愛とする。
「さあ、それじゃあ新生ときめき学園の今後の発展を祈って――親睦会だ! お金は俺が出すから、皆で焼肉に行こうじゃないか!」
関係ないが、運動部の親睦会は割と焼き肉食べ放題が多いイメージがある。学割も利くし、運動部員は大抵肉大好きというのもあるかもしれない。
というか俺も肉が食べたい。皆も大はしゃぎだった。肉はいいぞ。人類が十万年前から夢中になっているエンドコンテンツだ。
野菜大好きな森近だけげんなりした顔をしているが、彼女は俺の隣で野菜をもしゃもしゃ食べる係なので、これはこれでOKである。
◇◇◇
「おーっほっほっほ! 肉の焼き方一つも華麗にこなして見せますわ! お鍋を始めたら鍋奉行、すき焼きを始めたらすき焼き奉行、肉を焼いても完璧なマネジメントスキルを見せつけるこのアタクシ、その名も――!」
「あー、あーしネギ塩タン大好きー! それ追加おねがーい!」
「わかりみ! え、ちょ! ウチらめちゃ気合うね!? ねえねえ今度バッテリー組まん?」
「……悲報、ワイ将、コミュ障すぎて何もしゃべれない模様」
賑やかに盛り上がっているそれぞれのテーブルを傍目に見つつ、俺は久々に会う仲間たちと楽しく会話に興じていた。
こういう親睦会は仲良くなるための場でもあるが、肉を食わなきゃやってらんねーという気持ちを発散する場でもある。つまり負担が増えた俺たちの世代のガス抜きなのだ。
緒方、羽谷、森近、甲野。この四人抜きでは、いまのときめき学園は回らない。
「やっぱよー、監督不在はでけえ! 大人がうだうだしてっからよ、オレらが主導で練習メニュー考えたり、試合のフォーメーションとか考えたりしなきゃいけねーけどよ、むちゃくちゃ負担がかかるわ。格安で飯を食えて寮生活させてもらってっから、その分は奉公しなきゃダメだけどよ、これすげー頭使うししんどいぜ……」
「うーん、育成には答えがないしねー……。これボクら学生の仕事じゃなくない? みたいに思ったけど、ボクらがやらなきゃ機能しないしねー……。先生方もマネージャーたちも、事務手続きとか雑務とか頑張ってくれているし、まだ恵まれてる方だと思うけど、ちょっと放任すぎるよねー……」
緒方も羽谷も、結構ストレスが溜まっているのか、上級生テーブルは愚痴大会のような空気になっていた。「星上ー、お前もやりたい放題やりやがってよー!」と緒方に絡まれるが、まあその辺を叱られると弱いのは俺の方である。
本当に皆には感謝している。
「ま、今まで貴方一人に任せすぎてたというのもありますわね。これぐらいは我々特待生が頑張って差し上げないといけませんわ。どうせプロになった後も似たように後輩育成を考えてあげなきゃいけないでしょうし、引退後はコーチですもの。今のうちに前向きに取り組みましょう」
「その代わり、お肉。それでいい」
ちゃっかり甲野に今後もお肉を奢ることを約束させられたが、まあ、その程度の飲食代ならいくらでも都合がつく。
そのぐらいなら安いものである。
「すまん! 本当ならもっと野球に打ち込める環境を
「
緒方に一蹴される。
たびたび忘れてしまうが、俺も高校生であった。
「……お前さ、ほんとに同年代のガキかよ? オレちょっと自信失くすぜ」
緒方に苦笑いされて俺もちょっと言葉に窮する。
こいつは時々とんでもなく鋭い。もちろん全然おバカキャラとかそんなわけでもないし、普段から緒方はストイックに自制して過ごしている方の人間で、どちらかというと俺の方が抜けていたりするのだが――こういう察しの鋭さは、何というか、心臓に良くない。
前世を含めたらどう考えても俺の方が長生きなのだが、こんな風に気を使われてしまうと少しドキッとしてしまう。
(なんだろうな……青春って感じのやり取りじゃねえな、俺たち五人って。というかこれが俺たちなりの青春なのか……?)
もっとこう、もっと単純な、でかい夢に打ち込んで熱くなれるものが青春だと思っていたが。この五人はもっとこう、ゼロから人を育てる苦しみとか、考えた計画を実際に動かしてみる苦労とか、そういう苦楽を一緒に分かち合っている仲間みたいになってきている。
巻き込んでしまった俺の責任とも言える。
だが、彼女たちの精神的な成長と懐の広さに感動している俺もいる。
「……ビール飲みてえな、緒方」
「馬鹿、俺たちはまだ未成年だっつーの」
歳を取るとどうも涙腺が弱くなる。
なんとなく「ただいま」と呟くと、突然のことで皆ちょっと顔を見合わせていたが、「おうよ」「うん、お帰りー」「お帰りなさいまし」「お帰り」と返してくれる。
皆に呆れられているのを感じながら、俺はしみじみと焼肉にありついた。帰国したんだな、と俺はようやく遅れて実感した。
◇◇◇
(――で、練習試合やってみたら想像以上にボロ勝ちで笑っちゃうな。俺たちのチーム、滅茶苦茶強くなってるじゃないか)
秋以降から継続してきた着実なトレーニングと、この春入ってきた新入生たちによって生まれ変わった、ときめき学園野球部。
その1軍の強さは一目瞭然であった。あの晄白水学園相手に、気持ちいいほどのプレーを見せつけているのだから。
1軍:7-0(4回裏)
2軍:3-5(3回表)
2軍は流石に向こうに負けているが、それでも大したものであった。
「すみませんね、晄白水学園のグラウンドをお貸しいただけるなんて大変助かります。1軍2軍とグラウンド二面つかって試合ができるのは、そちらの広いグラウンドあってのことです。ぜひウチとの合同合宿の件も進めておきますので、どうかよしなに」
「あー、いや……高野連の規則的には、『合宿は原則として夏休み・春休みに2回以内、合計4泊以内とする。ただし他高校生との合同合宿も職員会の承認を得て、学校長の許可を受けた場合はこの限りでない』とあるから、合同合宿を企画出来たら合計4泊以上に合宿期間を伸ばせるし、ウチとしてもありがたいんだけどね? ……いや、そうじゃなくて、君は今日は投げないのかい?」
隣で試合を一緒に観戦している晄白水学園の監督に、こそっと耳打ちされる。
そう、今回は監督が監督をしない練習試合なのだ。
本来監督は、自分のベンチでどかっと構えてチームに指示を出したりしないといけないのだが、今回の練習試合では両チーム監督なしで自分たちの考えだけでプレーするようにしている。
要は「監督なしでも、ベンチとサインプレーを上手く連携してみせろ」というわけだ。エンドランのように、打者と走者で意思統一ができていないとできないようなプレーが難しくなる反面、走るべきかそうでないかを自分で判断する"嗅覚"を身に着ける。
後でプレイングを振り返るときも、あの判断は間違いだったのかどうか、仮に間違いだとして何を判断ミスしたのか、という観点で振り返ることになる。
とまあ、野球脳の訓練といえば聞こえがいいが、実態は放任に近い。
俺たちは俺たちで、やらなきゃいけないことがあるので、試合での指示だしがあまりできないのだ。
「おたくの2番の子、彼女はインハイ攻めに弱いですね。うちの水川のインハイにのけ反らされてますし、連続してシュートを見たせいで、ちょっと目付もずらされているように見える。普段のバッティング練習ではバッティングマシンでほぼ直球だけ練習してますよね? 変化球の練習はほぼ実践オンリーですか? バッピはいますか?」
「いや、バッピはいるけども、うちにはあんなキレのいいシュートを操るアンダースローの子がいないからね……。変化球もそれなりに練習してはいるつもりだよ。だけどアンダースローの練習は正直厳しい。だから、君たちときめき学園と練習試合を重ねて慣れていきたいところだね」
お互いのチームの練習内容の洗い直し。そして選手の弱点の発見と、それをカバーするための育成計画の検討。
正直なところ、これが今回の練習試合のメインだったりする。弱点を今のうちに見つけてそれをなくすことが今回のメインテーマ。
あえて反対意見を述べるとすれば「そんな自チームの弱点を相手にさらけ出すようなことをするな!」という話になってしまうが、そんなのはあまり気にしなくていい。なぜなら6月下旬の段階でトーナメントを見たところ、相手と当たる恐れはだいぶ先までないことが分かったからである。
まあ、仮にそうでないとしても、喜んで合同練習をするし、弱点改善の検討も一緒に行うのだが。何故ならうちの弱点は、守備が荒い、打撃は上位打線に頼り切り、と極めて明確で誰にでもわかるようなものだからだ。
ウチとしては、練習相手の私立晄白水学園にも強くなってもらわないといけない。練習の質を高めたいからである。
恩はたっぷり売りたい。最近台頭したばかりの野球部で、仲のいい練習相手があまりいないときめき学園だからこそ、今のうちに懇ろになれる相手が欲しい。加えて言うならば、俺が卒業した後も仲良くしてくれそうな高校が一番いい。
そういった意味でも、私立晄白水学園はとてもいい練習相手であった。
「うーん、君のところの2軍のあの子は、足が速いけど盗塁があまり上手じゃないね。リードはもう少し大きく取ってもいいと思うし、スタートが遅い。そろりそろりと動くのも逆効果、さっとリードを広げたほうがいい。牽制球を引き出したいならもう少し攻めたほうがいいと思う」
「塁死を恐れすぎているんでしょうね。結局どうせ盗塁するなら、もう少しリードを攻めてもいいと思います。セーフティリードの範囲は身長+手の長さ+1歩を徹底しているつもりですが、ちょっと甘いですね。練習試合だしもっと果敢に攻めてみろと伝えます」
一応、
とはいえ、あまり介入しすぎると、この練習の肝である「自主的な判断能力の向上」「弱点の洗い出し」に繋がらないので、ベンチへの伝令もほどほどにしないといけないが。
「すみませんね監督さん。うちのチームも急増なので、色々と粗が目立つと思います。是非とも練習面のアドバイスなどもあればお伺いしたいです」
「いやいや、練習のやり方はむしろ、ウチが君たちときめき学園から勉強しているぐらいだよ。こっちは君らとの合同練習も楽しくやっているつもりだからね。こっちも新生メンバーに入れ替わったばかりだし、お互いに仲良くしよう」
私立ときめき学園と私立晄白水学園の友好関係。
お互いに名門強豪すぎる高校ではない関係だからこそ、将来に渡って続くいい関係を構築できるのだ。
特定の人間が強すぎることを除けば、ときめき学園は結局、普通の高校よりまあまあ強いという程度の高校になってしまう。
かといって、今のうちに設備投資をじゃんじゃん行って、後援会をばんばん強化して、名監督も招聘して、各地の強豪リトルの子たちに連絡を取り付けて――という訳にもいかない。現実的な着地点を考えたとき、ときめき学園の目指す長期ゴールは、"それなりに強い高校"という立ち位置を維持できる状態にあること。
そんなうちの窮状を分かってか分からずか知らないが、相手の監督も「……君って本当にすごい子だね、うちの子たちにも見習わせたいよ」と苦笑していた。
手間のかかる子たちを育てている、一つのチームを預かる"大人の顔"であった。
(貴方みたいな、生徒の指導に心を砕いてくれる監督がうちに来てくれたらいいんですけどね)
と俺は思ったが――本当に心の底からそう思ったのだが、相手にはうまく伝わらなかったのか「大人をからかうのはその辺にしときなさいね」とあっさり流されてしまった。
――――――
※(2023/08/11)一部修正しました。決勝まで当たらない→だいぶ先まで当たらない
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