第2話 高校二年生になったら後輩ができる……ってコト!?②

 実は先ほど、俺の自己紹介の直後に感極まって泣き出した子がいた。しかも二人。

 その上そいつら二人は、俺の知っている連中だった。


「あ、無理、推し、推しが、尊みの過剰摂取、ぎゃんかわ、ウチもぉ無理……」

「ワイ将、むせび泣く、涙止まらん模様」


 水川 睦美(みなかわ むつみ)が。

 フィル・幸奈・岩崎(ゆきな いわさき)が。

 かつて大陸国で、風野茂英ふうのもえつながりで、ちょろっとだけ通話した程度のつながりだった二人だが、なぜかときめき学園にきていた。しかもクソデカ感情を爆発させていた。

 周囲がドン引きするぐらいの感情の爆発させっぷりだった。凄い。


「水川、岩崎……お前ら、大陸国の高校に進学するんじゃなかったのか!?」

「それがさ……キミが高野連に復帰するって分かった途端、ときめき学園の特待生枠に応募してきたんだって。ボクらの後輩だよ。メジャーの国からはるばるとね」


 疑問に思って尋ねると、羽谷がこそっと耳打ちして教えてくれた。

 どうやらこの二人は、特待生枠でわざわざこの学校を選んで来国してくれたらしい。実家が海外なのにどうやって、と思わなくもなかったが、「入寮すれば実質寮生活だしOKじゃないか」という剛腕な解決策で、見事にこの近江県ときめき学園まで来てくれたわけである。


「そうか、メジャー二世が二人もこの学校に……。邦洲国プロ野球も入れたら緒方も二世だし、プロ関係者三人目だな……」

「多分、すっごく強くなったよボクら。星上も含めて、ローテ投手陣が強すぎる」

「ローテ投手陣……ああ、もうあのメジャー二世たちは一軍投手扱いなんだな……」


 納得である。文句はない。ときめき学園は実力主義なのだ。

 俺は、自分の思い描いていたチーム構成がどんどん実現されつつあることに感動を覚えていた。


(弱小高校から強くなるために、フィジカルを全員ひたすら鍛えて、あとは投手の数を増やす、というやり方を考えていたが……ついにここまできたか)


 ある程度、最終目標となる形は頭の中で思い描いていたが、たった一年でこんなに近付くことができるとは思いもよらなかった。これもひとえにチームの努力のたまものである。


 ・フィジカルを全員ひたすら鍛える。

 ・投手の数を増やす。


 とても当たり前のことのように見えるが、そこだけに注目して尽力した高校がいないのもまた事実である。

 凡人の発想では、どうしても名監督を外部から招聘したくなるし、どうしても厳しいロードワークで足腰を鍛えたくなるものだ。そしてそれは、半分以上の確率で、一定の効果をもたらす。別に悪い方法ではないのだから。

 だが、少なくない確率で上手くいかない。


 このときめき学園は、奇跡的にもそれらに陥ることを回避し、ただ愚直にフィジカルをひたすら鍛えて、そして素直に投手を増やした。

 一番悪い例である「思考停止して、名監督を外部から招聘して、厳しいロードワークを行って、何かやった・・・・・ような気分・・になる」という事を防いだ。


 これだけでもう、十分以上である。

 きちんとフィジカルの補強、投手陣の補強に向き合うことにした我が高校は、しっかり前に進んでいる。


 現代日本において『投手の数をそろえている強豪校』と言われて、一番有名な例を挙げるとすれば、仙台育英高校であろう。

 東北で100年今までなかった夏の甲子園制覇を達成したのは、継投策を積極的に行った仙台育英である。[1]


 引用[1]:https://number.bunshun.jp/articles/-/854342


 絶対的エースが一人でほぼ全ての試合を投げ抜く、というやり方ではなく、計算できる複数の投手を育てるチーム方針。

 実際この考え方は、現代の日本高校野球の本流になりつつある。


 一試合を完投するために体力や球種をセーブする必要はなく、初回から全てを出し切ることができる。

 打者が投球に慣れる前に継投することで、相手の目付を変えることができる。

 相手の研究や対策を分散させる効果があり、相手チームの対抗策を"間接的"に緩和することができる。

 何よりも、未来ある高校生たちの重度な怪我や故障を、回避することができる。投手の数が多いので、選手に無理を強いなくても、試合に向けての準備が計画的に行えるのだ。


 練習面でも、切磋琢磨できるライバルがそばにいて、"同じ感覚"を持つ人間同士で技術指導や意見交換をすることができる。お互いに練習をサボり合わないように適度な緊張感を保つことができる他、増長しすぎない効果もある。

 そもそもいい投手が複数いれば、バッティング練習もそれだけ質が上がる。いい投手と何度も対峙して経験を稼ぐ――という贅沢な練習方法が普段からできれば、凡人の打者でも球の目利きができるようになる。


 ――あらゆる観点から考えても、投手を多くそろえるほうが有利。


 もちろん、投手を優先しすぎて、他の野手育成を疎かにしていいわけではないのだが、そもそも野球とは投手が投げなければ始まらない競技であり、ピッチャーとキャッチャーが最も多くボールに触る競技でもある。

 なのでピッチャーを数多く集めることに優先順位を高く置くのは、あながち間違いではないのだ。


 もちろんいきなり甲子園優勝校の水準を求めてはいけない。先ほど例に挙げた仙台育英高校は守備練習にも力を入れている他、全国から優れた学生を集めている。


 有名になったとはいえ、まだそこまで実績のないときめき学園は、まずはフィジカルを鍛えることから始まって、様々な態勢でキャッチボールをすることを覚えて、バッティングフォームを長い時間をかけて矯正していく……という育成の大方針を変えずに立ち回るべきなのだ。

 そのうえで、柔軟に継投できるようなチームビルディングができれば、文句なしに強いはず。多少の守備の練度の低さは目を瞑りつつも、随所をフィジカルでカバーし、野球脳をしっかり座学で鍛えて、上位打線がわんさか点を稼ぎ入れる――という従来の勝ちパターンを守りながら、投手陣の厚みを増すことができれば、もう十分に甲子園常連校に喰らいつけるだろう。


「メジャー二世が二人も、ねえ」


 これは勝てる・・・――と直感した。俺たちの代でも強豪リトル出身が4人いるのに、後輩にメジャー二世が2人も来るなんて、こんなに戦力が充実している学校はそうそう存在しない。

 甲子園への道のりがぐっと現実味を帯びてきたことに、俺は内心笑みを抑え切れなかった。






 ◇◇◇






「み、みみ、水川睦美です! う、ウチはっ! お母さんに憧れて! アンダースロー投手やってます! 夢は、アンドレア・ルーブ・フォスター投手やクリスティーン・マーティア投手のような"フェイドアウェイ"な激エモなシンカーを投げることです!」


 1年生。右投アンダースローの投手、水川睦美。水の妖精族。見た目がタコとウミウシと巻き貝と魚の亜人だが、容姿は整っている。ちょっとギャルっぽい。

 シンカーと小さい曲がりのスライダー(もう少し球速が乗ればカット・ファスト・ボールと言ってもいい)を武器に、相手の凡打を誘うタイプ。制球が極めて高いゴロピッチャー。


 いかにも"俺"の正当な後輩って感じがする。投手のタイプを考えても、俺が登板できない時に代わりに入ってもらうという運用が一番よいだろう。これは即戦力だな、と思わず唸ってしまうほど、惚れ惚れする制球であった。


(ときめき学園+俺個人のVideoTubeチャンネルによる広報戦略が実を結んだな。合理的なトレーニングを勉強したい、練習が楽しそう――という理由でわざわざ我がときめき学園を選んでくれたんだ。きっと彼女だけじゃなくて、他の子たちも同じ思いのはず)


 結果、いきなり戦力にカウントできそうな投手が入ってきてくれた。

 楽しく効率的に、という広報戦略は間違っていなかったのだ。






「選手冥利に尽きます。ワイ、岩崎・フィル・幸奈っていいます。フィルは洗礼名です。ナックルしか投げられません。よ、よろしくネキー……」


 1年生。右投スリークォータの投手、フィル・幸奈・岩崎。土の妖精族。帽子をかぶった背の小さい子だ。

 フルタイム・ナックルボーラーであり、握りも5つぐらいあるらしい(が全部ナックル)。奪三振が高いわけではなく、かといって与四球率も平均的。芯を外させるのが得意なのか、被本塁打率やWHIPは低め。つまりこちらも打たせて取るタイプの軟投派と言える。


 山なりの軌道で投げられて、緩やかに揺れるナックルボールは、ぱっと見たところ"イーファスピッチ"に近い性質である。

 これは邦洲国の球審になかなかストライクを取ってもらえず苦しめられるかもしれないが――上手くハマればかなり強そうである。イーファスピッチほど山なりではなくスローカーブ程度の山の高さになれば、もう少し扱いやすいかもしれない。


(うーん、水川と違ってこっちは扱いが難しいな……。まず正捕手の甲野がナックルを捕れるかどうか気になるし、ナックルボールは風の有無で揺れが変わってしまうから安定したパフォーマンスを期待するのも難しい)


 タイミングが嚙み合ったときはやたらと強いが、噛み合わないとカモにされる。そんな丁半博打な子である。だがポテンシャルは感じる。何せナックルボーラーは貴重だ。

 この子も俺個人のVideoTubeチャンネルを見て、練習が凄く合理的で心惹かれて入学を決めたらしい。改めて広報戦略に感謝である。






「ね、ね、星上せんぱーい、あーしたちの紹介もやっていいですー?」


 そんな感じでゆるく声をかけてきたのは、確かキャッチャー志望の蜂人族の女の子である。こちらも水川と同じく、ギャルっぽい見た目の少女。女王蜂の種族らしいが、特有のとげとげしいオーラがない。


「もちろん、聞かせてくれる?」

「了解でーす。あーし、星上先輩とバッテリー組みたくて来ちゃったんです。名前はですねえ……」


 気付くと、メジャー二世以外の後輩たちがずらっと集まって俺のそばに来ていた。俺と話したくてうずうずしていたらしい。そんなに俺と話して楽しいだろうか? と思ったが、後輩に興味を持ってもらえるなら全然やぶさかではない。


 練習時間に入ったので、半分練習しながら合間合間で自己紹介を聞くことになったが、それでも一人一人ときちんとお話を続ける。

 帰国してまず最初の仕事は、後輩のことを理解すること。楽しそうに話す後輩たちと一緒に、俺は次なるときめき学園の躍進に期待を膨らませていた。






 ◇◇◇






 彡(゚)(゚)「ワイがときめき学園のレギュラーメンバーに……?」


 1:やきうのお姉さん@名無し

 動悸が止まらん

 何をすればええんや

 誰か教えてクレメンス


 2:やきうのお姉さん@名無し

 そら練習やろ


 3:やきうのお姉さん@名無し

 身体作り定期


 4:やきうのお姉さん@名無し

 安価スレかと思ったらみんなまともに意見してて草






 ――――――

 あんまり人物紹介に話を割きすぎるとテンポが悪くなるので、今回は投手二人だけをメインにしています。

 甲野の後輩キャッチャー(あーし娘)の他にもネームドにしたい子はいるのですが、それはまたいずれ。


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