第4話 ちゃんと筋トレしてちゃんと走るのも投げるのも早くなって打撃フォームも固まってきたら、当たり前に強いんだよな / あるいはクローザーの成長

 練習試合をした結果、うちの高校がとても強くなっていることが分かった。特に今年は、上級生陣がしっかり戦力になっていた。これも一年かけてしっかり練習をしてきたからである。


 すなわち、


 ・筋トレ機器をふんだんに導入し、主に速筋中心にバランスよく鍛えるメニューを継続して実施してきた。

 ・栄養満点の食事を運動の合間合間に頻繁に摂取し、筋肉が育つように促進してきた。

 ・野球部の全体グループトークでプロ野球の試合解説を自分なりに行って「この試合でこういう配球にしたのはこういう計算が合ったからじゃないか?」などを皆で語り合い、配球読みなど野球脳の訓練を行ってきた。

 ・技巧派の森近と本格派の緒方という系統の異なる二人の投球の軌道、球速、コース、変化を近くで見続けてきた。

 ・自分たちの判断で、バント+バスター練習を行ってきた。

 ・羽谷の鮮やかな守備の動き(打球へのアプローチの仕方から素早い返球までの一連の動作)を近くで見続けてきた。

 ・特に森近が、ゴロで打たせて取るという投球をずっと続けてきたため、後ろを守るメンバーは自然と守備練習の場数を踏んできた。

 ・素早く移動できる姿勢(パワーポジション)の取り方など正しい姿勢、また動的ストレッチの正しいやり方を1年ずっと続けてきた。

 ・下手投げのスナップスローの練習や、捕球→投球のスピードアップ練習など、キャッチボール練習一つにも工夫を取り入れた。

 ・秋以降のアウトオブシーズンから、強豪リトル出身の四人が技術指導に精を出した。

 ・遠隔から星上がフォームを分析し、定期的に改善のアドバイスを行ってきた。


 ……という結果の集大成であるとも言えた。


 この一年間、上級生たちの成長ぶりには目を見張るものがあった。

 今年度の新入生たちの中には、もちろん強豪リトルからやってきた生徒たちも存在するのだが、それでもしっかり上級生の方が断然試合で活躍してくれたのだ。

 すなわち、我が高校で一年間練習してきた普通の野球部員が、才能ある強豪リトル出身のエリートを実力で上回った、ということになる。


 正しくはフィジカル面とフォーム。

 細かい技術やフォーメーション理解度では負けているものの、圧倒的なフィジカルと、「速い走り方のフォーム」「速い捕球と速い返球のフォーム」「力強いスイングのフォーム」という大枠のフォームの完成度では上級生たちの圧勝であった。


(……守備はちょっとポカミスがあるけど、走るのが早くて、捕球して投げるのも早くて、スイングも力強いんだから、そりゃ普通に強いよ)


 フォーメーション理解度がちょっと怪しいが、それはそれ。ケースごとに求められる行動の理解度はそんなに低くない。素養としての野球脳は十分。

 これ以上の守備フォーメーションの練度向上は、単純に慣れ・・の問題である。


 ――結果、愚直にフィジカルとフォームを鍛えてきた上級生たちが、非常に強くなっているわけである。


(そもそも、俺が今教えようとしているような現代野球の守備フォーメーションの考え方が、この時代の高校野球の守備の考え方より一歩抜きんでているというのもあるよな……)


 守備フォーメーションに関しては非常に奥が深い。

 ここでは簡潔に守備シフトについて説明する。


 守備シフトとは、場面に応じて守備位置を変更することである。

 前進守備、バントシフト、ゲッツーシフト。

 この辺りは有名な守備シフトだ。

 例えばバントシフトは、一塁手および三塁手が打者寄りに位置することでバント処理を早めるシフトである。

 同様にゲッツーシフトは、二塁で併殺をとることを狙って、二塁手と遊撃手が二塁ベース寄りに守るシフト(この時キャッチャーは相手に内野ゴロを打たせるような配球・リードを取る)。


 だが、俺はさらに打者別にシフトを変えようと考えていた。具体的には、左打者相手の時は、ライト寄りのシフトにしてしまうのだ[1]。


 引用[1]:https://baseballgate.jp/p/525801/


 一般に、長打になるような強い打球は、ボールを引っ張って打つ傾向が強い。

 つまり長打に対して警戒度を高めるならば、主に引っ張り方向を優先すべし……という考え方だ。

 もちろん打者によって、引っ張り方向への打球が多いか、流し打ちが多いか傾向が異なる。だが人によっては、打球の8割がセンター方向+引っ張り方向ということも珍しくない。

 つまり、そんな8割もセンター+引っ張り方向に打ち返すような選手がいれば、その個人ごとに守備シフトを変えてしまえばアウトにできる確率を高められるだろう――というのが現代風の守備シフトの考えなのだ。


 これを高校野球の段階から体得できれば、かなり強いだろう。

 一番のネックは「選手個人個人の打球方向のデータがあるのか?」という話だが、それは一瞬で解決する。俺がステータスオープンで分析すればいい。

 もしも相手チームの強打者がそんな極端な引っ張り打ちの人間だとしたら――守備シフトを少し変えるだけで打球の8割に対処しやすくなってしまう。

 そうやって相手チームの攻撃力をそぎ落とすのが、現代の野球の考え方である。


 依然、守備力にはちょっとした不安があるが、守備シフトの考えの導入ができれば守備面を底上げすることができる。


(もう少しだ。もう少しで、データで勝ちを狙う現代野球・・・・が出来上がる……)


 もちろん大げさな言い方である。ときめき学園の強さの秘訣はデータだけではない。

 類まれなる才能を持つ四人の仲間と、俺みたいな幼い頃から変化球に慣れ親しんできた風変わりなピッチャーがいるから、ここまで来れたのだ。


 しかしそれでもなお、ときめき学園のトレーニングは、いかにもデータ的であり、いかにも合理的である。

 ときめき学園野球部がもしも甲子園で華々しい結果を残すことができれば――。


(その時は、この新しい野球の考え方を世の中に広めることができるはず)


 わざわざ野球界を変えてやりたいとまでは思わないが――古いやり方に新しいやり方をぶつけてみたくなるのが好奇心というもの。

 ましてや、セイバーメトリクスを活用した野球には夢がある。

 すなわち、相手が強豪校であっても、弱点を突き続けることさえできればジャイアントキリングも出来てしまう――というロマンである。


(まあ、強豪校がデータ通りに合理的な戦略をとり始めたら、もう誰も手が付けられないんだけどね)


 今はまだ、そうなる前だからこそ、データ分析で時代を制覇することができるのだ。


 セイバーメトリクスの考え方で一世を風靡すること。近年生まれてきたアプローチを使って、この世界の野球界の常識を破壊すること。

 それこそが、俺の高校野球で実現したい挑戦なのであった。






 ◇◇◇






 ときめき学園きっての本格派投手である緒方は、己の持つストレートとカーブの組み合わせを完璧なものにしようと考えていた。


 速球に縦の変化球は、いつの時代も最強の組み合わせだと言われている。

 実際、ストレートにカーブのコンビネーションだけで、緒方は多くの三振を奪い取ってきた。浮かび上がるような直球と、山なりに曲がるカーブ。これらの緩急差と高低差で空振りを量産する。

 非常にシンプルな組み立てである。


 だが、緩急については星上から非常に意外なアドバイスを示唆されたことがある。すなわち、緩急差を付けない方が――カーブの速度を高めたほうが投球の価値が上がるというのだ[1]。


 引用[1]:https://note.com/baseball_namiki/n/n92b2477d523d


 球速の速いカーブ。いわゆるパワーカーブと呼ばれる球種である。

 この議論によれば、ストレートの平均球速の90%以上の速度で投げられる速いカーブを操ることができれば、失点のしにくさ(xPV/100)がピークに達するというもの。

 緩急の差を付ければつけるほど強くなる、と純粋に思い込んでいた緒方からすれば、少々意外な着眼点である。


 もちろん他の観点からの議論もある。

 カーブの速度を上げて直球/カーブの球速比率が近づくと、ゴロを狙いやすくなる代わりに見送り+空振り+ファウルの確率がやや落ちることが示唆されている[2]。


 引用[2]:https://baseballgate.jp/p/174102/


 つまり、見逃し三振や空振り三振を狙うのか、ゴロを打たせて取るのか、カーブ一つでも使い方が変わってくるのだ。

 ざっくりした議論をすれば、ムービングファストボール(=早く小さい変化球)とブレイキングボール(=ゆっくりした大きい変化球)の違いに似ている。

 速く小さい変化球はゴロを、ゆるく大きな変化球は三振を狙いやすい、ということだ。


(まだ、全然ものに出来てる気がしねえけど――カーブひとつで随分奥が深いんだよな)


 握りを星上に相談して正解であった。

 どうやって分析しているのかさっぱり分からないが――あの男は、回転軸、回転量、球速をすぐに見抜いてしまう。

 だから、握りの微調整や腕の振り、手首の使い方、指の力のかけ方、切り方、抜き方など、細かい分析を極めて正確に詰めてくれた。

 パワーカーブが半年でここまでものになったのは、星上の分析力の賜物であった。


(スライダーを覚えたほうがいいってみんなは言うけど、今のオレには、パワーカーブの方がしっくりくる)


 副産物・・・として、スライダーもそこそこ形になってきた緒方だが、スライダーに今一つキレを感じない。

 星上はそれを『ピッチングトンネルまで極力変化を抑えて、それ以降の打者の手元近くでの変化量を大きくするように投げられるのが理想の変化球なんだけど、緒方はまだスライダーでその投げ方・・・・・が安定する方法を見つけられてないから、キレを感じないんじゃないかな』とずばり言語化していたが、やはり総じてキレがない・・・・・という表現が近い。


 それよりは、パワーカーブの方が、打者の手元近くで小さく変化してアウトに討ち取れるビジョンがくっきり見える――。


(主にクローザーに回るオレの仕事は、試合にとどめを刺すこと。星上あいつが好き放題掻き乱して、すっかり遅い球速帯に目が慣れてしまった打者陣を、オレの速球で切り捨てること)


 星上に慣れてきた打者への対策――という意味でも、パワーカーブはひときわ輝く。

 ゴロアウト率を高めることは球数の節約にもつながるので、今の緒方には願ったり叶ったりである。


 星上がいるから緒方が輝く。あるいは、緒方がいるから星上がより一層活躍できる。

 本格派と軟投派。

 真逆の性質を備える二人は、お互いに高め合う相補関係にある。だからこそ、自分は星上に並び立てるような存在にならないといけない――と緒方は思っていた。






 ――――――

 パワーカーブかっこいいですよね!

 ハードカーブ、スパイクカーブとか色んな言い方があるけど、いったんパワーカーブ表記でいきます。



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