第54話 その名は風野茂英(ふうのもえ)⑤:弱点を狙う戦い方
一つだけネタばらしをしようと思う。
風野からの盗塁が簡単だった理由は実はとても単純で、クイックモーション(セットポジション)の練度が低かったからである。
この傾向は、元々の世界とも少々似ている。
MLBはNPBと比較してクイックが下手だと言われることが多い[1][2]。
引用[1]:https://baseball-support.work/2017/10/26/kuikkumo-syonn_rekisi/
引用[2]:https://radichubu.jp/dradama-king/contents/id=45869
これについては、MLBではそもそもクイックの技術を軽視しているからなのか、それともクイック自体が米国人の体格に合わないからなのか不明である。
近年になってようやく、セットポジション(米国風に言うならスライドステップ)での投球がMLBでも広まりつつある(それまでは球速が落ちる、腕への負担がかかるという理由でワインドアップ主体であった)[3]が、未だにクイックの技術はNPBの方が高いと言われている。
引用[3]:https://full-count.jp/2017/04/17/post65317/
この件については、『メジャーリーグにもクイックが上手い投手もいる』で終わりなのだが、そもそも歴史の話をするのであれば、クイックの発案は日本が先という歴史的経緯もあるのかもしれない[4]。
引用[4]:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3
そして、この世界ではその傾向が悪い方向に顕著であった。
どうも詳しく調べると、邦洲国でもクイックの歴史が浅く、大陸国ではなおのことクイックに馴染みが薄いようであった。
クイックモーションの存在自体は知られている。
だが、それを「非力な投手の覚える小技」として軽んじる傾向がある。
クイックという小手先の技に頼るよりも、ワインドアップで目の前の投手相手に全力で投げるほうが、結果的に失点を抑える――という思い切りのいい考えだ。
これはこれで、一理ある考え方でもある。
再び現実世界の話をするが、大リーガーでサイ・ヤング賞を4回、ゴールデングラブ賞を18回も受賞した名手、グレッグ・マダックスは「盗塁を許しても、点に結びつくケースは17%に過ぎない」という考えから盗塁への警戒を軽視している[5]。
引用[5]:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%80%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
どういった計算なのかは不明だが、つまりは考え方の違いなのだ。
目の前の投手に集中するか、背後に背負った走者を警戒するか。どちらがよくてどちらが悪いという話ではなく、一長一短なのである。
考え方の根本的な違い。
これは転生者である俺でないと、中々気付かない盲点でもあろう。
だから俺は――この世界の隙を突いた。
クイックモーションを軽視しセットポジションの定着も浅い大陸国の風潮、そして盗塁警戒の甘さ。加えてモーションの大きいトルネード投法。
ここまで条件が揃っているならば、当然盗塁を狙うべきなのである。
■5回裏:マハ市選抜男子高校生チームの守備。
圧巻のピッチャー勝負が続いた。
1対1。高度なシーソーゲーム。
かたやトルネード投法によって、ランナーを背負いながらも力強いピッチングで制圧する支配的な投球。
かたや軟投の極みで、相手にペースを握らせることなく、打たせて取りながら危険な場面を三振で切り抜ける技巧的な投球。
しかし風野は消耗が激しく、俺は余裕であった。
そりゃあそうであろう。
先程から風野は、四球や死球が出たら盗塁を果敢に狙われている。
(俺がそうチームメイトに吹き込んでいるからなあ。どんどん盗塁を狙っていけって。それで気が散っているんだ)
一方で俺は余裕しゃくしゃく。
打たせて取るのに失敗して(味方のエラー等)、普通に出塁されることもしばしばあるが、俺は気にせずに普通に投げることができていた。
実は牽制球で一人刺殺している。
ステータスオープンによる分析力を舐めてもらっては困る。盗塁を狙って重心が前のめりになりすぎていたり、心拍数が上がっていたり、足の筋肉に力が入っていたり、リードの位置を妙に気にしすぎて細かく場所を調整しようとしていたり――そういうのが全部わかるので、ちょっと試しに牽制球を投げてみたら、あっさり普通に刺せてしまった。
相手チームの少女は凄く悔しそうにしていた。顔を真っ赤にしている。ちょっと楽しい。
風野は盗塁を狙われまくっているのに、仕返しで俺に盗塁を仕掛けようとすると牽制球がきてやりづらい――このアンバランスさが、相手側を苛立たせているように見える。
こう言っては憚られるが、凄く楽しい。
知恵と戦術を駆使して相手に不利を押し付けることは、野球の醍醐味の一つなのだ。
(ほらほら、盗塁を頑張ってみなよ――じゃないと風野だけが不利になるぜ?)
トルネード投法には、盗塁のリスクがある。
俺の軟投戦法にも、盗塁のリスクがある。
盗塁合戦になってもおかしくない組み合わせ。圧巻の投手戦も、一枚剥がせば脆い。強みと弱みは表裏一体なのだ。
それでもなお、俺のほうが徐々に有利になっている。
二者の違いは、牽制の上手さ、バントをされた時のフィールディング技術、そもそも相手のバントや盗塁を見抜ける分析力――そして投球一つ一つに消耗するスタミナ。
断言してもいい。
今のまま盗塁合戦になったとき、有利なのはこちら側である。
(向こうは四球を出しながら、ストレートとフォークで空振りを取っていくスタイル。打たせて取るわけではないから球数はかさむし、投球ごとにスタミナを消耗する)
俺は違う。
球数は抑え気味、スタミナはそこまで損耗しない、ただし三振はあまり取れない。
だから、奪三振率を補うために、弱点の球種、弱点のコースを分析し、カウント別の見逃し率・空振り率を考慮して配球を組み立てる。
打たれて打率二割を切るような嫌らしい攻め方を徹底するスタイル。
四死球の出塁と、打たれての出塁はちょっと意味が違う。
俺のほうが失点率は高いが、向こうのほうが疲労が蓄積する。
トルネード投法も無敵ではない。現に、俺を含めて四回安打されている。しかも四球を二つ出している。
俺は三回ほど安打されているが、これなら俺のほうがまだマシである。
――ここまで言っておいて「いやお前いつの間にか1点取られてるやんけ」と突っ込まれるとちょっとつらいが、まあ、それもまた野球である。
計算外のまぐれ一発、だがそれが悪送球で逸れてしまい、ランニングホームランになり1点。
それでも後続を切って落としたので、流れは渡していない。
(疲れてきたらもう1点ぐらいもぎ取ってやるさ。こっちは全然スタミナが残ってるんだから)
スタミナが残っていれば、後半戦でも状況に合わせたピッチングを続けられる。
例えば、バントを狙われているときは、縦方向への変化が少ない変化球(具体的に言うとスライダー)の使用を控える。
何故なら縦方向の変化が少ないスライダーはバントしやすいからである。
バンド対策には、フライを狙えるので高めに配球。狙いはインコース。強振されてもいいようにシュート中心。いわゆるインハイ攻めである。
バントの場合はバッティングのようにタイミングというものがあまりないので、変化球は合わせやすい。そのため速球中心に攻めるのがセオリーになる。
ランナー1塁でゲッツーが欲しいときは低めに変化球。大抵はゴロに仕留めたいので、極端なインステップのサイドスローからシュート〜シンカー系を使うことが多い。
ピンチのときはカウント球の使用を控えて、決め球と釣り球で勝負(とはよく言われるが、その日の球のノビ具合やキレで変わるので定まった答えがなかったりする)。
俺の場合は、大抵はカウント球はカーブとスライダーで、決め球はフォークとシュート。多分軟投派であれば、大体俺と同じスタイルになると思う。
だが変化量が大きいカーブとスライダーでも決めていくし、比較的浅いカウントでもフォークとシュートで討ち取りに行くこともある。
球種が多い俺は、対応できる状況も多い。バリエーションは豊富であり、また付け込める弱点も多い。
――打者一人を三振に切って捨ててアウト。
中学生程度の実力では、目がついていかない変化球や、見極めの甘いコースが顕著に出る。
そこを淡々と突き続けるのが俺の投げ方なのだ。
(よーし、後は俺がもう1点なんとかひっくり返すだけだな)
エースで四番、どちらが相応しいかを見せつけてやらねばならない。
相変わらずぼろぼろに泣いている風野を見ながら、俺は気合を入れ直した。
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