第53話 その名は風野茂英(ふうのもえ)④:荒れ狂うシルフ

 ■2回表:マハ市選抜男子高校生チームの攻撃(続き)。


 二盗、三盗と塁を進めた俺は、拍手喝采と悲鳴を一身に浴びることになった。


 これには理由がある。

 リトルリーグは盗塁に慣れていない子が多いのだ。


 そもそもリトルリーグは塁間距離が詰まっていることから盗塁阻止が難しい。そのため低学年向けの部門では盗塁に厳しい制限がかかっている。

 リトルリーグ・インターミディエット(50/70)野球部門(※11歳以上の野球が上手な子たちの部門)という高度な部門になってようやく、投球がホームベースを通過後する前の盗塁もOK、離塁も牽制球も認められるようになる。


 向こうのチームはリトルシニア。当然盗塁も認められているし離塁も牽制球も可能。

 だが、全員が全員インターミディエット経験者ではない。少し前までリトルリーグのルールで戦っていた子もいる。チーム全体として、盗塁の経験は少ないだろう。


(悪いね、お嬢ちゃんたち。そっちも盗塁ありの野球をやっているんだから、これぐらいはきちんと対策しておかないとダメだぜ)


 そもそも相手はトルネード投法。こんなにモーションが大きい投げ方なのだから、盗塁で掻き乱さないのは損である。

 弱点に付け込むのは俺の十八番なのだ。これを機に、相手チームにも成長してほしいところだ。


(それに、こうやって足もあることを意識させておけば、向こうも四球は出しづらくなるだろう。こうやって細かくプレッシャーをかけるのは俺の十八番なものでね)


 この足を使った盗塁戦法が非常に効果的だった。風野は随分と投げづらそうにしていた。

 たとえ俺相手じゃなくても、ひとたび四球を出してしまえば、同じようにどんどん盗塁される可能性がある。だからこそ、下位打線相手でもおいそれと四球は出せない――そんな緊張のせいか、フォームが固くなったように見えた。


 作戦成功である。


(ランナーなんか関係ないね、と吹っ切ってしまえばいいんだけど――そこまで図太い精神をしているわけではなさそうだな)


 我がチームのトルネード投法対策。

 それはずばり盗塁戦法。今回は初出塁が俺の安打だったが、四死球でもどんどん盗塁を決めて欲しいところであった。

 何せトルネード投法の欠点は、制球の悪さとモーションの大きさなのだ。四死球による出塁を狙えるし盗塁も容易い。


 レジェンドの娘と戦うと聞いてから、ずっとチームの皆と打ち合わせていた作戦である。


(あとはホームに帰ることができればいいんだが……)


 結論から言うと、俺は何とか辛うじてホームに帰ることができた。五番打者以降がスクイズ戦法に切り替えてくれたおかげである。

 かつてのときめき学園を思い出す。下位打線全部バント・バスター戦略。実際に今回のような投手戦の様相を示している試合ではスクイズは効果的である。1点の重みが違うのだ。


 それでも、身体能力に劣る男子が女子の球をバントするのは苦労したらしい。5番打者はポップフライにしてしまってアウト。6番打者は露骨にファースト方向に転がして何とか犠打成功、といった次第。

 ときめき学園のように熱心にバント練習をしていたわけではないので、まあこんなものであろう。逆に向こうもバント処理に慣れているわけではなさそうだった。バントに慣れていないあたり、まさに大陸流野球って感じがする。


 1-0。

 とりあえず先制。ちょっと楽な展開になったことで、俺は少しだけ安堵した。






 ■2回裏:マハ市選抜男子高校生チームの守備。


 言っちゃあ悪いが、正直なところ俺には、7イニングまで凌ぐビジョンは見えていた。


(1~3イニングはイーファスピッチで処理。俺のイーファスピッチの軌道をきちんとバットで捉えるためには、一打席捨てて観察しなきゃ無理だろうしな。見慣れた頃に、アンダースローとサイドスローで、シュートとスライダーのコンビネーションも混ぜて仕留める。これで4~6イニングまでは稼げるはずだ)


 せいぜい打たれて二割、という感触。連打を喰らわないと得点にはならないだろうから、失点があるとして4%程度――というよくわからない計算式を立てて自分を鼓舞する。

 勝負事というのはそんなに単純ではない。だがマウンドに立つ以上、えいやで投げる必要がある。

 今がそんなときである。


(四番でエースね、風野二世もやるじゃないか)


 残念ながら、俺は簡単には打たれてやらない。

 外角低めスローカーブ、内角高めにシュート、あっさりと追い込んでイーファスピッチ(ナックル)でとどめを刺す。

 未完成ナックルもいいところだったが今回はうまく行ったらしく、変な揺れ方で落ちてくれた。


 またもや愕然とした顔をしている風野に、俺はにやりと笑ってみせた。


(よしよし、これで四番バッターも切り捨て御免、と。このままナックルがあると思い込んでくれよな)


 計算通り。

 イーファスピッチで、上位打線の何処かにナックルを見せつけるのが俺の狙いだった。それに成功すれば、相手は存在しない幻の球種にも警戒を割かないといけなくなる。自然と向こうはイーファスピッチが無回転かどうかをじっくり『見る』必要が出てくる。

 すなわち目線を上げることの強要、あるいはイーファスピッチを捨てるか、の二択。


 何度も繰り返すが、イーファスピッチの主な目的は目線を上げさせることである。スライダーやシュートといった比較的速い横変化の変化球と組み合わせて戦うのがシンプルに強い。

 速い球にスローカーブを挟んでコンビネーションをつくる理由とほぼ同じだ。山なりの縦変化の球なので、運用も同じ様になる。

 イーファスピッチ自体には球威がないので、決め球として使いすぎるのは危険なのだ。


 ナックルはワンアクセントだ。

 タイミングを掴まれたら弱くなるイーファスピッチを、補強するためのフェイク。


(揺れるイーファスピッチがあると思ってくれたら、強振を躊躇わせるフェイクになる――)


 俺は小心者である。

 だから、強振が一番怖い。これだけ計算を尽くすのは、相手を疑心暗鬼にさせて強振を封じるため。

 球威のない変化球投手は、つねに一発のリスクと背中合わせなのだ。


 続く5番打者、6番打者も凡退で仕留める。

 華々しいイーファスピッチの裏側で、俺はしっかりと配球を考えながら、次なる一手に考えを馳せていた。






 ◇◇◇






 風野もえは昔から罰当たりな子供であった。

 とにかく美男子にしか興味がない。自分を夢中にさせてくれるものが大好きで、キラキラに輝くアイドルにずっと憧れていた。


 親が大リーガーであり、幼い頃から恵まれた生活を送ってきた風野は、『本当に良いもの』をたくさん味わってきた。音楽も料理も、野球のコーチングも、とにかく本当に良いものを経験してきた。

 だからこそ、本当に良いものでないと興味を失うようになった。輝きを失ったものに心惹かれることはなくなってしまった。


 ずっと推させてほしいのに――推しのほうが勝手に輝きを失ってしまう。ずっと夢中にさせてくれたらいいのに、そんな人にはまだ出会えていない。


(星上師匠は『本当に良いもの』に最も近い人です)


 親がレジェンドと言われる英傑だったからこそ分かる。伝説を打ち立て、長くに渡って語り継がれる人特有の、身にまとう雰囲気。

 周囲を否応がなしに変えていく意志の強さ。そして人々を魅了してやまない腕前。


 星上少年の動画を見た時から、風野はずっと、星上少年に夢中になってしまっていた。彼には風格があった。


(筋トレ動画を見ました、年齢別に適したトレーニングを提示していてとても参考になりました、低年齢期は筋肉を作るホルモンの分泌量が少ないから筋トレを頑張っても作られる筋肉量には限界があると知りました、それ以来私は星上師匠の教え通りに身体を作ってきました)


(集中的かつ長期にわたって重い負荷を与え続けると骨端線に損傷や変形が起こって増殖活動が滞ってしまい骨が伸びにくくなると知りました、だから私は低年齢期のハードトレーニングに自信を持ってNOと言えるようになりました、周囲の人は私をレジェンド二世にするためどんどん厳しいトレーニングをするよう期待をかけてきましたが星上師匠のおかげで私は自分を摩耗しないように理論武装できました)


(身長を伸ばすには縦方向の動きがある跳躍系や全身を使うスポーツがよいと教わりました、ピッチャーを目指している私には身長が必要でした、だから私は水泳もバスケもやるようになりました、周囲の人は肩を冷やすから水泳はダメだとか言いますけど私は水泳のおかげで肩の可動域を広げることが出来ました)


(運動の後に取るべき食事を教えてくれたのも星上師匠でした、バッティングのスイングフォームを複数種別教えてくれたのも星上師匠でした、配球の考え方を教えてくれたのも星上師匠でした、私が潰れることなくピッチャーとしてその才能を伸ばすことが出来たのも星上師匠の教えがあってのことでした)


 推しが楽しそう。推しが尊い。推しが生き生きしているから今日も幸せ。

 推しの指導を聞きながら、推しの『言いつけ』を守ってトレーニングすることの何と楽しいことか。

 周囲のうるさい大人たちも、結果を出せば口をつぐんでくれる。古臭い考えを押し付けてくる人はみんな苦手。彼らの掲げる古い練習なんかより、推しの練習の方が理にかなっていて楽しい。

 だから、合理的な努力をして結果を残し、そういった騒音から自由になりたい。


 あの人のいるときめき学園に通いたい。

 今はただ、推しの言うことだけを聞いていたい――。


(最高です星上師匠、あなたは私の生きがいです、だから私があなたを伝説にしてみせます)


 掲示板で叩かれているのを見るのは悲しかった。

 動画コメで嘲弄されているのを見るのは悲しかった。

 あのキラキラ輝く素敵な少年が、無粋な連中の言葉で汚されていく。


 一体あの野蛮な連中は、かの少年の何を理解しているというのだろうか。


(野蛮な連中に何が分かるのです、師匠の言い付けを五年以上守ってきて結果を出しつつある自分でさえまだ星上師匠を理解しきれてないというのに――!)


 極めつけは、高野連からの追放処分だった。連盟からの除名。歴史上初となる男子高校野球児を、何ら規律違反していないというのに、まさか除名するなんて。


 心優しいあの少年は、これを『自ら願い出た結果』と説明していたが、まさかそんなはずがあるまい。

 旧態然とした邦洲国の野球界。母親を追放同然に追いやったひどい連中。今更になって手のひらを返して母を褒めそやす、軽薄で醜悪な老害の巣窟。

 ――どう見てもあの少年は、旧態然とした邦洲野球界の犠牲になったのだろう。


 極端な物の見方かもしれないが、風野もえからすれば、そうとしか思えない幕引きである。


 許せない。

 何も理解していないくせに。


 あの人のいるときめき学園に通うのが夢だったのに――。


(あの人と一緒に甲子園を目指すのが夢でした、でも野蛮な連中があの人の居場所を奪いました、だから私は決めました、素晴らしい投手になってから師匠の存在を世間にアピールするって決めました、あの人の教えを守ってあの人を有名にすると決めました、あの人は確かに見た目がとっっってもいいですけどそれだけじゃなくてもっととんでもない才能に溢れた素敵な人なんです)


 憧れが理解されない世の中なのであれば。

 自分が、その世の中を席巻してみせる。

 見せつけてやるのだ。古い球界に新しい考えを――師匠の考えが正しいことを突き付けてみせるのだ。


 妖精種の亜人、風の精霊シルフの血を引く少女、風野もえは、胸のうちに大いなる嵐を抱えていた。

 私でさえ理解しきれない崇高な彼を、私だけはほんの少し理解してあげられる――。


 荒れ狂う義憤。妖精族は感情の生き物である。






 ◇◇◇






 試合展開は1対0。

 トルネード投法による制圧的な力投と、イーファスピッチを中心とした変幻自在の軟投に、打者は誰もホームに帰ることができずにいた。


 白熱する投手戦。試合の趨勢は混迷の様相を見せつつあった。






 ――――――

 ■今後やりたいこと

 ①ホッシとみんなの成長を描きたい

  進捗:みんなの覚悟UP+みんなの技術UP×2

     ホッシの大陸球の慣れUP+ショーケースで結果をたくさん残す+新しい変化球

 ②ホッシが海外でステータスオープンを活かしたビジネスを始めたいそうです

  進捗:学長にスポンサーになる交渉中+ショーケースで人材発掘+自前で野球イベント企画

     野球データ統計調査委員会の設立+TV番組出演により知名度UP

 ③ホッシが海外で凄い選手に出会うようです

  進捗:リトルリーグの子たちと仲良くなる+レジェンドの娘に興味を持たれる




 ※ホッシも何度か言ってますが、別に高野連が悪いとか邦洲野球界が悪いというわけではありません……。特定の組織を批判する意図はないので、今後の話の展開では、『古いルールを変えるには労力がかかる』という話と『大抵は、ごく一部のめんどくせーおじさんおばさんが悪目立ちしてるだけ』という感じの一般論的な書き方になると思います。


 ※この作品はフィクションです。邦洲高野連や邦洲野球界を描写するにあたって、現実の組織の運営方針について何ら意見する意図はありません。


 風野もえの矛盾は、主人公に諭される形で決着します。もうしばらくお待ちください。

 それにしても、盗塁に慣れていない年下に盗塁かますホッシは……。


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