第49話 自信満々な優等生と、ベースボールの王子様
竜崎心は生まれながらにして天才であった。祖父母が大陸国で成り上がった名家であり、裕福な生活を過ごし、音楽も運動も勉強もそつなくこなしてきた。まさしく大陸式の教育。幼いうちから色んなことを経験させて大きく育ってもらおう、というやり方。
そのおかげで竜崎は、学校の授業でも大抵のことは簡単にこなしてきた。音楽の授業も、美術の授業も、体育の授業も、もちろん基本教科もあっさりと。
竜崎はとにかく、秀でた子供だった。
「あはは! 野球も簡単デスねー!」
だから、その少年と出会ったときに思ったことは――。
手玉に取られるってこういうことなんだ、という、人生で初めての"底知れなさ"であった。
(嫌な奴、嫌な奴、嫌な奴――デスね!)
野球はとっても簡単。そんな風に思いあがっていたら、あっさり恥をかかされてしまった。
はっと息を呑むような美しい少年が――いとも簡単に自分をあしらってしまった。遅いのに打てるような気がしない変化球。力んだ自分を嘲笑うような配球。そして上手い盗塁に巧みな守備。バット捌きだって上手。
知的な言葉選び、礼儀正しいふるまい、そしてユーモアと落ち着き。
自分と
「野球はもっと奥が深いよ。多分さ、竜崎が今考えているよりも遥かに刺激的で面白いと思う。ほらさ、次に俺がどんな変化球を投げるか当ててみてよ」
――全部、読みを外された。
「あのさ、バッターボックスの立つ位置で外角狙いか内角狙いかなんとなくバレるよ」
「バット寝かせてる? だよね? ストレートに振り負けないようにコンパクトにバットを出そうとしているんじゃないかって読まれるよそれ」
「バットを立たせるのも同じだよ。長打を狙ってるように見える。そりゃあ変化球を控えるさ」
「ドアスイング気味なんじゃないか? 引っ張りたい、長打を打ちたいって気持ちが先に出ちゃってる。ネクストバッターサークルの素振りでなんとなくバレてるよ。そりゃ俺もインコースを狙って、ファール打たせてカウント稼いだり内野ゴロで仕留める狙いになる」
「変化球で泳がされながらファールするのって、遅いボールや変化球は頭にありませんでした、って教えてるようなものだよそれ」
「逆に、ストレートに対して詰まったファールを見せるのはさ、変化球を狙ってます、変化球が得意ですって教えてるように感じるね、俺は」
「さっきまでの竜崎はスイングが遅かったからさ、まだタイミングを合わせにいってますよ、って俺は読んだ。そりゃ緩急の差をつけるよ」
目が良すぎる。
こちらの反応一つ一つを正確に読み取ってくる。
これを怖いと思わない奴がいるだろうか。読心されているんじゃないかと思うほどに、彼の読みは正確であった。
そして、彼はあまりにも容赦がなかった。
男の癖に、女の自分をコテンパンにしてくるのだから、とんでもなく頭にきた。しかも喧嘩を吹っ掛けたら論破してくる。最悪の男だった。
「あー、うん、そうか……。俺からすると、年下の美少女に何やっても敵わないし、正論でクソ生意気に論破してくるみたいなものか……」
などと意味の分からないことを言ってたが、とにかく彼には何をやっても歯が立たなかった。
(ほんっとうに、嫌な奴、デス!!)
「んあ、竜崎か。突然呼んでごめんなー」
別の日。
扇風機を前に、タンクトップの中に風を入れて立っている姿を見て、竜崎は度肝を抜かれてしまった。
ばたばたとたなびく肌着の隙間からちらちらと覗く、脇の下と薄い胸。汗で濡れた肌着がすでに妙な色気を出しているのに、鎖骨や肋骨までが全部ちらちら見える。
というか、胸の先っぽが普通に目に入ってくる。
下腹部がイライラする。
「あ、あ、あの、ほ、星上サン」
「扇風機を独り占めしててすまんな、ほら竜崎も風を浴びろよ」
ぶわ、とその少年の匂いが届いた。少年特有の汗っぽさの匂いと、妙にくらっとくる甘い匂い。
情報量が多すぎて処理できない。脳が半ばパニックを起こしかけている。初めて触れる異性というわけではないのだが、彼ほどの美少年(しかも普人族)にこんな無邪気に近寄られると、年頃の女子としては、ちょっとだめな方向に思考が引っ張られてしまう。
下腹部が熱を帯びている。相当まずい。
「今俺んちさ、両親がお婆ちゃん病院に連れて行くために出かけててさ、俺一人なんだよね」
「え、え、え」
頭の中が真っ白になった。
「だからさ、前約束してた漫画、今のうちにこっそり貸そうかなって思って」
「……」
「……? どうした竜崎?」
そして竜崎は、すっぽかされた。自分の盛り上がりが肩透かしに過ぎないことを自覚させられた。
押し倒せばいいのかもしれない。
しかし今の小学校高学年ぐらいの年齢では、二次性徴が終わってないので、まだ男子の方が女子より強いこともままありうる。
それに合意なくそんなことをしたら絶対に彼に嫌われる。
(嫌われる……?)
嫌われたくない、という気持ちに気がついたのはこのときだった。
今までずっと、他人より優れた存在であり続けた竜崎は、この日、たった一人の少年にめちゃくちゃにされていることを自覚した。
とんでもない夢を見た。
あの少年が自分を押し倒して、とんでもないことを始める夢だった。
あの整った端正な顔で、「お前ってこういうのが弱点だから直せよ」と言いながらあちこち触ってくる。「全部ばれてるぞ」とか「少しは我慢しろ」とか、理不尽な要求ばかりだった。
最悪だった。
「ううう……脳みそ壊れそうデス……」
こんな悩み、誰にも言うことができるはずもなく。
本当に嫌な奴。竜崎は星上に対して、非常に強い敵愾心を抱いていた。
「すげー上手くなったよ竜崎! やっぱり竜崎は天才だよな!」
だから。
あんなに天真爛漫に、真っすぐに、自分の才能を褒められた瞬間。
(……あ、だめだ)
このオスを絶対に自分のものにしないといけない、と思った。
他のつまらないメスと共有したくないと思った。せめてこの天才である自分と釣り合うぐらいの相手じゃないと絶対にだめである。
何故なら、今、眼の前にいるオスは。
「お前ってさ、全然努力しないタイプかと思ってたけどそうでもないんだな。すごいよ竜崎。一緒に野球やってて楽しい」
優れた自分を、めちゃくちゃにするような、時々とんでもなく嫌な奴なのに、時々とんでもなく無防備で無邪気な――悪魔みたいなやつだから。
(嫌な奴デス、本当に)
この悪魔みたいな男を野球で仕留めたい、と。あらゆる資質に恵まれてきた竜崎はそう思った。
◇◇◇
竜崎の野球は、とにかく長打狙いであった。
1打席目はコンタクト優先で、相手投手の速い球と遅い球のタイミングを見計らう。2打席目から本気で振り抜いて飛ばす。
どちらかというとローボールヒッター。背が高く腕が長い竜崎は、低い球であれば、腕が伸びたところでスイングするから飛距離が出る。
それが、星上少年に出会ったことで、随分と覚えることが多くなった。
「オープンスタンスに変えたのか。そうだな、両目がピッチャーの方に向くから球の出所が見やすくなるし、手が長くてインコースが苦手な竜崎には合ってると思う。アウトコースが打ちづらいってよく言われるけど、手も長いしローボールヒッターな竜崎なら意外と噛み合うかもな」
「オープンスタンスに変えたなら、打つ前のステップの意識を変えないとな。スクエアスタンスと違ってオープンスタンスにすると、ステップ方向がどうしても引っ張り方向になってしまう。外角を狙ったりしてホームベース側に前傾して重心を寄せると、ますますステップする方向がピッチャー方向じゃなくて引っ張り方向に行ってしまう。足が安定しないと広角に打つのが難しくなるはずだ。俺ならそれを狙いにいく」
「え? 元々苦手意識のあるインコースを狙うんだよ。インコースの球を引っ張って打とうとするとすぐファールになるし、緩急でちょっと緩くして前で打たせてカウント稼ぎできるし。決め球ならチェンジアップかカーブ、低め狙い。出来れば目線や腰が浮いてくれるように、アウトロー→インハイの次かなあ。だから初球はアウトローでもカーブじゃない球で入る。初球カーブ使いたいけど、決め球にするなら軌道は見せたくないしね」
「逆にさ、ステップ方向が変に引っ張り方向に流れなければ、オープンスタンスは全コースのボールを同じミートゾーンで捉えやすくなるから、広角に打てるようになるよ。竜崎はそれを目指せばいいんじゃないかな」
まだ高校生にもなっていないというのに、非凡な配球感覚と、じっくり練習したであろう多彩な投球フォームと変化球の数々、そして卓抜した観察眼。
こんなにあっさりと狙いをしゃべるのに、次出会ったときはまた違う方法で勝負してくる引き出しの豊富さ。
星上少年は、随所にセンスの光る子どもというよりも、駆け引き上手な大人と戦っているようなやりにくさがある。
(嫌な奴デス、本当に。どこまでやれば、アナタに手が届くんでしょうネ)
――そして今。
オープンスタンスを覚えた竜崎は、相変わらず、変化球のローボールを叩いて長打を狙う一発屋になっている。だがそれは、広角を狙える打者になるための第一歩。
竜崎はまだ、あの悪魔のような男を叩きのめせていない。
あのひどい男と自分が
――――――
■今後やりたいこと
①ホッシとみんなの成長を描きたい
進捗:みんなの覚悟UP+みんなの技術UP×2
ホッシの大陸球の慣れUP+ショーケースで結果をたくさん残す+新しい変化球
②ホッシが海外でステータスオープンを活かしたビジネスを始めたいそうです
進捗:学長にスポンサーになる交渉中+ショーケースで人材発掘+自前で野球イベント企画
野球データ統計調査委員会の設立+TV番組出演により知名度UP
③ホッシが海外で凄い選手に出会うようです
進捗:リトルリーグの子たちと仲良くなる+レジェンドの娘に興味を持たれる
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