第40話 残された四人の練習、そして星上の挑戦

 ――邦洲、近江県、ときめき学園にて。


 秋からのアウトオブシーズンは、ときめき学園の技術指導にも熱が入る。

 守備練習を今まで盛んにやってこなかった分、チームの守備面は伸びしろが大きい。技術的に大きく伸ばす余地があった。


「いいかい、ボクをよく見て! 内野守備でボールをキャッチした後、踏み出したときに頭は(右投げの場合は)右足の股関節の上にあるようにするんだ! 体重が後ろの足にないと、体重移動で投げられないよ!」


「肘から上げると、肩も一緒に上がりますわ! 肩も上げると旋回運動で負担がかかります! 手から上げなさいまし! 肘から上げろという指導は昔の考えですわ!」


「取った球は内側に向けろ! 無理に外に向けなくていい! これも昔は外側を向けろと言われていたが、外に向けていたら手首を回さないといけない。そうするとリリースが一定しなくなる! 特に内野守備は速さが大事だ、担ぎ投げなんてする暇がないぞ!」


「体勢が低い。前に突っ込んでる。遠くに投げるなら、身体を起こさないと、肘のスペースがない。目線を変えるなという指導は、絶対じゃない。その距離なら、取った後は身体を起こして」


 自分の技術を言語化することは、改めて頭の整理になる。何となく身体を動かすのではなく、言葉で細かくかみ砕いて、自分自身で理解を深めながらそれを行うことで、再現性を高めていくのだ。

 たとえスランプになった時も、そうやってかみ砕いた言葉をたどっていけば、かつての感覚を取り戻せる。身体が成長して感覚が狂ったときも、残した言葉がヒントになる。


 ときめき学園に残された四人の天才たちは、人に教えることで、自分の技術をより深く見つめ直すフェーズにいた。


「ゴロを取るときは落ち際だけじゃないよ! むしろ動きながらショートバウンドで取るなら、上がり際で取るんだ!

 前に行って落ち際で取るのって難しいよ、絶対身体が上下するよ! ショートバウンドで取るのが無理って分かって足が止まった時は落ち際でいい、自分の動きが止まっているんだから!」


 特に技術指導に熱心なのは羽谷であった。

 ショートバウンドの球の右に入る方法、右足で捉える感覚、捕球するときのグローブの感覚。

 天才肌という一言で済まされてきた今までの片手捕球の極意を、これでもかとばかりにチームメンバにぶつけていく。森近、緒方、甲野でさえついていけない高度な部分までをつまびらかにする彼女に、メンバーたちは触発されていく。


 吸収しきれなくてもいいのだ。

 いつか長い目で見たときにピースがはまる日が来る。

 そうでなかったとしても、天才羽谷の世界に一歩近づける。流れるような動きを言葉で理解できる。

 その過程で、別の答えを見つけてもいいのだ。


 勘違いしてはいけないのだが、これは羽谷の答え・・・・・なのだ。身体の動かし方や技術に参考になる部分は多々あれど、それは羽谷の感覚で、羽谷の身体で実現する解答なのである。

 より手足が短いならどうするか、あるいはボールを捉える感覚が違う人はどうすればいいか、その答えは羽谷にはない。


 ただ、今までなんとなく野球をプレイしていただけでは気付けなかったようなたくさんのヒントが、細かい技術指導の過程で輪郭となって見えてくるものがある。


「……改めて思いますけど、羽谷さん、天才ですわね」

「……同感だよ、あいつは化ける」

「……うん」


 天才たちとて、互いに触発されてこそ学ぶものがある。

 ここに星上がいないことだけが悔やまれるが――決してこのチームは停滞していない。


 春まではまだまだ長い。

 最新のトレーニング機器と、考えられたトレーニングメニューと、栄養ある食事と、ハイレベルな技術指導――ときめき学園の努力は、確実にチームの底力を培い、次なる高みへと押し上げていた。

 雪辱とは、はずかしめをそそぐ、と書く。これから迎える冬の季節は、雪辱を果たすのにうってつけの期間とも言えた――。






 ◇◇◇






 入学に際して、学業の諸注意と、学校設備の紹介と、お金に関する契約面回りの説明を受けて、複数の書面にサインをする。

 契約条件は一見問題なさそうだったが、係争の際の裁判所については帰国後、邦洲国の地方裁判所を指定することはできないか再三調整をおこなうことになった。結果は一部の書類だけ保留。


(まあ、大陸で行う契約を別の国の裁判所で審議するなんて、一種の治外法権のようなもので、向こうからすると土台無理な条件だろうからこれは蹴られるだろう)


 契約をちょっとだけごねたが、最悪蹴られてもいい。

 これはまあポーズのようなものだ。


 外国人だからと言って舐めたような条件を付けるようであれば、それは拒否しておきたい。その程度の考えだ。あまり深い意味はない。

 スポンサー企業の広報戦略部門(ccに法務部門)に相談メールを送ると同時に、スポーツ留学関係で仲介に入っている代理人法人にも法務部門がないか問い合わせをかけて、契約条件に問題がないかを確認する。


 結果は後日。

 まあ問題ないとは思うが、念のため、ということだ。


「しかし、入学審査は簡単だったな」


 入学前に受けた審査を振り返りながら、俺はそんな感想を抱いた。簡単。身も蓋もないが、前世でやった就職活動のおさらいのようなものだった。

 IQテストや心理テスト、他にも高校レベルをちょっと上回る語学テストに学力共通テストなどを受けた結果、俺には引き続き『Excellent』の結果が出た。(※前世でいうところのSAT Reasoning Test、ACT Reasoning Testに近い)


 分かりやすく言えば、俺は『カレッジ学部卒相当』の知性が確認できた。そりゃそうだろう。前世では修士号を取っているのだから、その程度は賢くないといけない。


 一方でスポーツについては、結構しっかりした判定が出た。

 反射神経は平凡。

 視野と動体視力は異常。

 筋力は平均をしっかり上回るも『よく鍛えられている』という判断で、常人離れではない。

 すなわち、技術面に課題がない限りは、伸びしろを期待できるタイプではない――と見られたのだ。

 まさかそこまで正確に見抜かれるとは思っていなかった。


 ともあれ俺は、学業非常に優秀、運動優秀、という文句なしの成績を修めたのだ。


『全般的に見て非常に優秀、すぐにでも入学すべきです――男子スポーツの世界に進むのであれば、ね。改めておめでとう、ミスター星上』


 学長は臆面もなくそんなことを言い放った。非常に厳しい言葉だと言わざるを得なかった。だが俺は、彼女とにこやかに握手を行った。

 俺とて子供ではない。『光栄です。それはつまり、より険しい道を選んでもいつでも戻れる道があるよ、という暖かい言葉だと受け取っておきます』と穏やかな答えを返すにとどめる。


 かなり正確な見立てだと思う。俺は別にフィジカルモンスターではない。この世界の男子としては非常に鍛えられているが、女子に混ざれば、ちょっと屈強な成人女性に一対一で勝負して辛うじて勝てるかどうか、だろう。

 そのため、俺が女子と一緒に野球をするのであれば、この評価は一転して厳しいものになるという。

 だが――その価値観を覆すのが、俺のやりたいことなのだ。


『時に学長、新しいビジネスに興味はありませんか?』

『あら、それはどういう意味かしら、ミスター星上?』

『この世界にまだない・・・・ビッグビジネスを私が知っている――というお話です』

『――ふふ、安心しましたよミスター。あなたも年相応にお子様なんですね』


 俺の生意気な答えが気に入ったのか、学長は大笑いしてくれた。

 結果が楽しみだわ、と聞こえたのは気のせいではないだろう。


『あなたは我が市の男子野球チームを、州で一番にするために来た助っ人ですよ、ミスター星上。それ以上のビジネスがあるとお思いですか?』

『もちろんです学長。いずれあなたは、私の目が欲しくなるはずですよ』

『いいわ、結構。――しっかり報告書・・・を提出なさい。男子野球チームを州のチャンピオンにするために何ができるか考えることですよ』


 報告書、と彼女は言った。それはおそらく男子野球の活動報告なのだろうが――別にどんな報告書でもいいと俺は受け取った。

 早く期待に応えないといけない。

 色んな意味で、だ。


「……まあ、まずはたくさんのショーケースに出場して、自分の存在をアピールするしかないよな」


 俺の手元にあるのは、地元のマハ市から参加できるショウケースの数々の資料だった。

 これはスポンサー企業と、アオカケス大学付属高校から持たされたものだ。

 分かりやすく言えば、『これらの大会に出て結果を出してくれ』という思いの込められたものだ。大人の事情。せっかくスポーツ留学に向けて援助を受けているのだから、目に見える結果を出すことが大事なのだ。


 夏から始まるショーケースには当然間に合わない。だが、秋から冬にかけて行われるショーケースなら腐るほどある。ここは野球の聖地、大陸国なのだから。

 とにかく俺は、ショーケースに出まくる必要があった。


 ①パワーショーケース……ホームランの数を競う大会。ホームランダービーとも。

 ②シート打撃形式のショーケース……60ヤード走 + 野手:2打席勝負 + 投手:5打席勝負

 ③本格的なショーケース……市の選抜チームや州の選抜チームの選手を選ぶ際のセレクションを兼ねている。『1日目:体力測定+守備審査+ホームランダービー。2日目~3日目:試合形式』といった形で、総合的な力を図る。


 俺がすぐ参加できるのは、①パワーショーケースと②シート打撃形式のショーケースの参加のみ。

 本当は、手軽にできる練習試合でもやって、こちらの野球の空気になじんでおきたいのだが――。


「なるほど、ショーケースの前に、どこかと練習試合をして、実戦感覚に慣れておきたいということデスね?」

「何かあてはあるのか?」


 竜崎に問うと、彼女は「いえーす、実は練習試合を是非ともしたいという申し出がありマース」と意味深な笑みを浮かべていた。






 ◇◇◇






【速報】ホッシを追放した高野連に非難集中、男性人権団体と高野連のドロドロの戦いへ


 1:やきうのお姉さん@名無し

 高野連の主張は、「ホッシは自主的に登録抹消を依願した、本人のけじめのためと聞いている、恒久的な登録抹消ではない」

 男性人権団体は、「ホッシの登録抹消は、本当に自ら依願してのものだったか不明。半ば強制的に誘導した可能性がある」

 これ凄いことになってるな

 無茶苦茶言ってるのは男性人権団体の方やけど、そもそも高野連側もホッシの登録抹消は一時的なものとか言っているし、よくわからんね


 2:やきうのお姉さん@名無し

 あくまで口コミ情報なんだけど、どうもときめき学園に犯行声明を送られてたらしいね

 ホッシの登録抹消しろ、って脅迫文章

 これ、連日煽ってたワイドショーとかマスゴミも責任あるやつじゃね






――――――

 ■今後やりたいこと(再掲)

 ①ホッシとみんなの成長を描きたい

  進捗:みんなの覚悟UP+みんなの技術UP

 ②ホッシが海外でステータスオープンを活かしたビジネスを始めたいそうです

  進捗:学長にスポンサーになる交渉中

 ③ホッシが海外で凄い選手に出会うようです

  進捗:

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