第31話 再戦・文翅山高校、そして大エース③
■5回裏:ときめき学園の守備
5回裏、ここでピッチャー交代、星上登場。
これだけで圧倒的に有利になった。
相手は投手の交代する先がないが、うちにはまだ緒方まで控えている。そのうえこちらは大エース相手に7安打もぎ取っている(俺が3安打もぎ取っているんだがらそんなものかもしれない)。
森近は4回まで投げて被安打2、与四球1。消耗したとはいえ、うちの森近の方が優秀なピッチングを見せつけたのだ。
俺がここで継投に入って、森近と同じぐらいの質のピッチングを見せつければ、向こうの打線は沈黙するはず。
まあ、得意のサイドスローとアンダースローの変化球で、向こうの打席一巡ぐらいは惑わせることができるだろう。
(よーし、それじゃあ今日も軽くいくか)
そうやって考えていたら、まさかの初球打ち。
外角低めボール球のカーブで、こんなの手を出してもボテゴロだぜ、というやつを打たれてしまった。ちゃんとボテゴロ。しかし勢い強めで、転がったのが1塁方向。
現代野球のセオリーでは、一塁方向に打球が飛んだら、ピッチャーは一塁ベースカバーに向かうのが基本。なぜならファーストが前に出てゴロを拾えるから。
だがこれは昔の野球――ひいてはこの世界の野球ではちょっと違う。
セカンドが1塁カバーに入ることはあっても、ピッチャーがカバーに入るプレーは今までそんなに検討されてこなかった。[1]
引用[1]:http://www16.plala.or.jp/dousaku/1950nendaisyubi.html
これは別に、この世界でファーストがさぼっているわけではない。「ファーストはランナーが突っ込んでくるから塁を空けるのは滅多にない」という先入観が強く、またプレーごとの守備フォーメーションの考え方がまだ試行錯誤の真っただ中だからである。
うちのファーストは上手く動けずにいた。やむなく俺が球を拾ったものの、結局1塁アウトにならず。
(あっちゃあ、初っ端からこれかい。……まあいいかあ)
現代野球の守備理論では、投手は一塁、三塁、本塁の三つをカバーすることになりうる結構大変なポジションなのだが――。[2]
この辺の守備理論の話は、まだうちの中でもそんなに広まりきっていない。
引用[2]:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%90%E3%83%BC
効率的な筋トレと正しいスイングフォーム、走塁フォーム、そしてキャッチボール練習、と効率を求める練習をしてきたが――時間が無限にあるわけではない。
かといって、守備フォーメーションの話を今から広めたところで、甲子園本大会までに皆に浸透するかというと微妙なところで、かえって頭がこんがらがって、動きを悪くしかねない。
よって来年以降。甲子園出場は俺が2年生になってからじゃないと、チームが機能しない――と当初はそう思っていたのだ。
地方大会決勝まで勝ち進んだのは、奇跡とも言える。
(うーん、守備練習が少ないのも考え物だな。かといって四六時中野球部のためにグラウンド使用できるわけでもないし、守備練習より身体を鍛えたいというのは事実だし……悩むなあ)
今後の守備強化に向けて、あれこれ考えが脳裏に巡るが、今は試合に集中、である。
ノーアウト1塁。
次の相手打者はバントの構え。この緊迫した場面、どうしても1点欲しいのは分かる。
鬱陶しかったが、構わず当てろとばかりの
どうせ狙いは送りバントかバスターの二択、で前者が主流だが――。
相手はバットを引いてバスターの構えになったが、汚い音でボテボテのゴロを打った。直球だと勘違いして詰まったのだ。
問題は雨。ほとんど転がらない球を急いで拾うも、2塁は間に合わなさそう、ということで1塁送球。
結果は1アウト2塁。送りバントと一緒の結果になった。
(へえ、面白いじゃないか。徹底してバント攻勢か? それともうちのバスター打線の真似か?)
正面を見て、俺は思わず苦笑いした。
1アウト2塁で、相手打者はバントの構え。これは確かに嫌である。自分でもはっきりわかった。
バント攻勢、俺は内心で低い評価をつけていたが、これは確かにプレッシャーである。
(雨の日にこれをされるときついな、バスターの打球が背後を抜けていくのが心配だ。最悪2アウト3塁でもいいから、丁寧に1つアウトを取りたい――)
ところがここで、雨で指が滑る。
まずい、と思ったが相手が変な打ち上げ方をしてフライアウト。バントではなくバスターで助かった。
あわや最悪の展開になりそうであった。今のはシュートの失投の棒球、ホームランになってもおかしくない一番危ない球である。
これが失点につながらなかったのは僥倖とも言えた。
(あっぶねぇ……今のが決定打になってたら笑えないぞ……)
2アウト2塁、2アウトになると
だがそれを苦にもせず甲野がとても鋭い三塁送球を見せる。低く真っ直ぐの球。
盗塁が決まっていれば恰好よかったが、あえなく三塁でアウト。
これにてチェンジと相成った。甲野のファインプレーあっての賜物だった。
■6回表:ときめき学園の攻撃
大エース、大沢木投手はまだ崩れる気配がなかった。
ここまでで、うちの打者陣は下記のような当たりであった。
羽谷:3打席1安打。
星上:3打席3安打。
森近:3打席0安打。
緒方:2打席0安打。
甲野:2打席1安打。
空振りしているのではない。バットに当てることは出来ているが、カットボールで詰まった当たりにされて凡打に仕留められているのだ。
だがうちの打者陣も黙っているわけではない。
まず、この回先頭打者の緒方が、火を噴くような当たりでツーベースを記録。
次の甲野はなんと敬遠。カウントが悪くなったのであっさり歩かせるという淡白さであった。
一気にノーアウト1塁2塁のチャンスが生まれる。
(今こそスクイズ作戦のしどころじゃないのか!?)
欲を出してそう考えたのが裏目に出たか。
うちの6番打者も同じことを考えてバントに出たが、あっさり小フライを打ち上げてしまいアウト。7番打者はバントが思ったより転がらずキャッチャーに処理されて、ゲッツーに終わった。
案外、送りバントはする側も難しいのだ。そこまで確実性の高い戦略ではない。
むしろ相手の大沢木投手の投球内容が良かった。送られても問題ない、という開き直りがあったのかもしれない。力強いピッチングだった。
それに、こちら側の慢心もある。
下位打線バスター戦法の当初の目的であった、球数を使わせて消耗を強いるという策を徹底できなかった。スクイズプレイに欲が出た結果、相手に楽をされたのだ。バントするならしろ、とばかりに強いストレートを投げられてあっさり処理。
今回の相手の采配は悉く当たっている。
大エースである大沢木投手は、未だに崩れる気配がない――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます