第24話 夏の公式戦(甲子園の地方予選)でも持ち前の打力を爆発させる(前編)

 夏の公式戦(甲子園の地方予選)でも、ときめき学園の快進撃は続いた。

 相変わらず弱い高校相手にはとても強い。内野守備が弱いチームに付け込んで勝ちを拾うのがうちの下位打線の得意技であった。


 さりとて、内野守備が強くても、結局うちの上位打線に好き放題やられる。

 とにかく羽谷が足で働き、俺と森近が虎視眈々と出塁を狙う(※緒方と甲野はもう半自動敬遠マシンのような感じになっていた)――という戦い方で、強豪高校相手でさえも喰らいついていった。


 今日の試合は、まさにそんな戦いであった。






 鹿鳴館杜山高校。

 元々は公立高校だったが、あの鹿鳴館大学に学校法人設置者を移管する形で開校された、創立100年近い名門校である。

 近江県代表として夏の甲子園に出場したのは過去3回。うち一回は全国ベスト8まで勝ち上がったことがあるほどの強豪である。


 今の鹿鳴館杜山高校は、大型スラッガーこそ不在だが、全体的に選球眼が良く、好球必打で切れ目のない打線となっている。

 マウンド捌きの上手い最速142キロ右腕のエースを中心とした、総合力の高いチーム、というのがもっぱらの下馬評だ。


 とはいえ、俺からすればチームの総合力はうちの方が上だと思われた。技術面は劣るが、身体能力面はそんなに差がついていないどころかうちの方が若干上回っている。

 スーパースター級の上位四名(俺を含めたら五名)の活躍を加味すれば、むしろうちの方が強い、と言える。


「お願いします!!」

「お願いします!!」


 試合開始。

 この対決が、夏の甲子園に向けての最初の難関である。






 ■1回表:ときめき学園の守備。


 なんと珍しいことに、この試合では後攻を勝ち取ることができた。

 高校野球においては後攻の勝率が高いという統計的データがある。つまり後攻有利……というのは暴論だが、後攻有利の先入観・・・はなんとなく世間一般にも知られている。

(※実際は、強豪校が後攻を選びがちだから後攻が勝ち気味、という母集団の標本の偏りによるものである。第18話参照)


 そのジンクスにあやかって、少しでも相手にプレッシャーを与えることができれば儲けものである。

 平等な条件であるはずなのに、「不利な条件を押し付けられている」と思い込む・・・・と、人間誰でもプレッシャーがかかるものだ。

 そういった心理的な部分から、勝手にペースを崩してくれる相手もいるわけで。ジンクスを守っている学校は案外強いのだ。


 どちらかというと、統計的に見ごたえのあるデータは、先制点を取ったチームの勝率のほうだろう。先制点を取ったチームはなんと7割~8割の確率で勝利している。[1]


 引用[1]:https://www.jstage.jst.go.jp/article/taiseikiyou/13/0/13_KJ00006933759/_pdf/-char/ja


 これもまた母集団の標本の偏りだと考えてよい(※そもそも強いチームだから先制点を取る)。

 だが、人の気持ちとは不思議なもので、統計的に7割以上勝てるという安心感が伸び伸びしたプレーにつながることもある。


 先制点を取る。

 相手に先制点を取らせない。


 そんなことが簡単にできるならやってみろ、という話ではあるが――それをやるのが、俺と森近と緒方の投手陣の仕事なのだ。


 この日は少し考えがあって、緒方に先発を譲ることにした。


(最速144kmの直球、そしてツーシームとカーブ。完成度は微妙だが、習得が簡単な変化球も混ぜて投げられる。基本は速球で決めるタイプ。まさに緒方は本格派投手だ)


 ここから、スライダーとチェンジアップ、できればフォークも覚えてほしいところだが……あまり贅沢を言わないほうがいいだろう。

 俺ができるのはフォームの指導のみ。それも軟投派の俺は、メカニック面の話しかできない。速球を投げられるというのは才能なのだ。


(球速があるピッチャーは普通に被打率が低い。これはもう野球の常識だもんな……)


 ――緒方の先発は、まずまずの仕上がりだった。


 1番打者は凡打に仕留める。

 2番打者から被安打。

 3番打者を三振。

 4番打者を凡打に仕留めてチェンジ。


(今のところは上位打線を無失点でしのいでいる。甲野のリードは内野ゴロを打たせるリードで、注文通り1番打者と4番打者をアウトにできた。さほど悪くない)


 12球で1イニング終了。

 四球は一つもなし。強豪校の上位打線相手にここまで、かなりクオリティの高いスタートを切っていると言えよう。


 驚異の四番打者として、すでに大ブレイクしている緒方。

 そんな彼女がもし、本格派投手としても大活躍するようになってしまったら、他の高校からはどう目に映るだろうか。


 あいつが一人で投げて一人で打てばいいんじゃないか。

 ――そう呼ばれるようになるぐらいまで、緒方をきっちり育てるのが俺の役割でもある。






 ■1回裏~4回裏:ときめき学園の攻撃。


 弱い高校と戦うときであれば、下位打線はバスター打法でそれなりに結果を出してきた。

 拙い内野守備を抜くような、強いゴロの打球。単打を量産する形で得点機会を少しずつ増やすプレイング。


 相手投手とて球種が豊富ではないため、狙いも絞りやすい。配球がある程度絞れたら、バスター打法でバットをコンタクトさせやすくなる。

 うちのチームの部員たちも全員、配球がある程度読めるようになったのが大きい。これはグループトークで配球論について、俺と甲野と森近を筆頭に、この場面はどう攻めるのがいいか、などをよく語っている副次的な効果だとも言えた。


 相手のバッテリーがよっぽど下手でないなら、ある程度、向こうも勝ちに行く配球パターンを研究しているはず。

 で、俺がそのPlate Disciplineを、ステータスオープンで分析して、みんなに伝える。

 そうすればうちの下位打線の部員たちも、一人一人が自発的に、相手バッテリーの崩し方を考えてくれるというものだ。


(では強豪校と戦うときはどうなるか?)


 弱小校には効果的だが、強豪校と戦うときに下位打線のバスター打法は通用するだろうか?


 実際、強豪校であれば、バスター打法で打った内野ゴロでは内野守備を抜けずアウトに仕留められることが多くなる。

 また、相手の投手も球種がやや増えて、配球パターンも若干変わる。

 投球のクオリティが上がって、ストレートのノビも変化球のキレもよくなるので、"読めても打てない"というケースがちらほら出てくる。


 そんな状況で、果たして下位打線全打席バスター戦法は通用するのか。


 結論から言うと、悪くなかった。

 ・速い球は同じチームにいる緒方で目が慣れている

 ・変化球は同じチームにいる森近と星上で目が慣れている

 ・上手い高校の配球パターンは逆に読みやすい

 ……という次第で、下位打線も案外バットに当てること自体は出来ており、いい戦いが出来ていた。


 ネックになっているのは長打の出にくいバスターの構えそのもので、多少打率が下がっても長打があればチャンスを作り出せたのではないか――と思うような場面が多発するようになった。

 さりとて、バスター打法を辞めてしまえば、肝心のコンタクト率が低下するという二律背反。


 俺はもうそろそろバスター打法は卒業だと思っているのだが……チームメイトたちは何か手ごたえをつかんでいるらしく、バスター戦法を変えようとしない。

 むしろ筋トレを頑張って、バスターで長打を打つという方に努力を注いでいるので、もうこれはこれでいいか、と割り切った方がいいかもしれない。


(立て続けに球を当てられているのは、相手からすると嫌だよな……三振を取ることができれば、"こいつは球が見えていない"と安心できるけど、当てられている以上、何かがありうるもんな)


 バスターだけではない。うちの高校は、下位打線でさえも相手バッテリーにとって嫌らしいだろう。

 スイングのタイミングがいまひとつ読めないのも一因だろう。


 タイミング。これは捕手がリードを考える大きな情報である。


 打者側のスイングのタイミングが合っていない、というのは絶好の弱点。例えば外角低めの直球とスイングのタイミングが合っていないと見抜ければ、それを投げて仕留められる。

 逆に、変化球がファールになった場合、スイングのタイミングが合ってきているならそのコースは警戒する。次は微調整されて当てられる可能性がある。


 内角と外角、この二つに投げ分けてもらい、相手打者のスイングが合ってきているか外れているかを観察するのは捕手の仕事。

 内角が弱いと思ったら内角を攻めるし、タイミングが合ってきているなら外角へ外したり球種を変えたりと工夫するのがリードの基本。


 だが、うちの下位打線は基本的に待球策をとる。

 1~2打席目は特にそうだ。狙いのゾーンを絞り、バスター特有のコンパクトなテイクバックで、スイングのタイミングを合わせに行くのを優先する。

 結果的に、スイングのタイミングが合ってない、という情報が出にくい。


 カーブ~速球の緩急のコンビネーションで押す配球や、ツーシーム~速球などの微妙な差で詰まらせる配球を選ぶためのヒントが乏しい。

 バスターの構えによりミートできるゾーンが広がっていることも、相手バッテリーからすると嫌だろう。

 緩急は使いづらいし、リードできるゾーン自体もバントの可能性も考慮してやや限定される。


 もちろんこれは、『144km/hの速球を投げる緒方から、技巧派の森近、そして90km/hの変化球を投げる星上』までの三種類の球を見て練習できるという環境が大きいのだが。

 みんな、速度差のある三種類の球を見慣れているので、大体のピッチャーを相手にしてもタイミングだけは結構つかめているという訳である。


(ほらよ、強豪校相手だっていうのに、もう得点が4対11だぜ)


 その結果が――4対11という得点差である。

 出塁率8割の1番打者羽谷と、ほぼ100%敬遠しないとまずいことになる4番5番。打者9人中、ほぼ確実に出塁する打者が3人もいるのだから、あとは勝手に点が入るというものだ。


 それでもって、2番の俺と3番の森近も出塁率が5割を超えているので、打者一巡するたびに1~2点入るのが当然という打撃陣営になっている。

 そこに下位打線が上手い具合に機能すれば、一巡で3~4点ぐらいはもぎ取れる。


(五回コールドは無理そうだが、七回コールドにはできそうだな)


 並の強豪相手でも抑えきれない――そんな勢いが、いまのときめき学園にはあった。




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