第23話 バスター打法ではなく地道なトレーニングこそがチームを強くしているという話
来月に開幕する邦洲高校野球選手権近江県大会(夏の甲子園)の組み合わせ抽選会が行われ、各校の初戦の対戦相手が決まった。
抽選は、春の県大会を制した主セント=フンダクル教会高校など上位16校がシード校となり、初めに振り分けられる。
その後、今大会に出場する合同チームを含む全チームが順番にくじを引き、初戦の対戦相手が決定される。
重要なポイントは、上位16校のシード校が最初に振り分けられる、という点。
大雑把に言えば、県下の強豪校ベスト16とは、トーナメントを勝ち上がるまではぶつからないのだ。必然、ベスト16同士がぶつかる準々々決勝までは、比較的楽な戦いが多くなる。うまくやり繰りすれば、投手陣の体力を温存できる。
もちろん、春の県大会で上位16校に入らなかった隠れた強豪校も存在するので油断はできない。私立文翅山高校なんかはその代表格と言えよう。
そういった強豪校がひしめくブロックは『死のブロック』などと揶揄されたりする。可哀そうなことに、文翅山高校はくじ運も悪かったらしく、昨夏の覇者である名門光秀院付属に、この春の覇者である主セント・フンダクル教会高校まで一緒のブロックに入っている。
(まあ、うちもそんなにのんきなことは言ってられないんだけどな)
トーナメント形式による大会は、勝ち上がるたびに必然と苦しい勝負を強いられることになる。よって後半戦の方が、より手強い相手である可能性が高くなる。
あのブロックは可哀そうだなあと他人事のようにとらえていようが、結局勝ち進んでいけばいずれ壁にぶつかるのだ。
どこかで強い敵と戦う。それは逃れようがない。
そして、うちにはローテーションを計算できる投手が三人いる。森近と
どこかで強豪校と戦うのであれば、せめてその戦いを有利にできるよう投手陣のローテーションぐらいは調整を入れておきたいところだった。
◇◇◇
弱い高校相手には無双する。
ときめき学園は、そんな高校になりつつあった。
「またもやバスター炸裂」
「全打席バスター戦法やめーや」
「長打を捨ててあへあへ単打マン量産、あんまりいい指導とは思えないな」
「全バスターは最初見たときは面白かったけど、これ一辺倒だけだとね」
「見掛け倒し乙」
「でもバスターの打球をアウトにできない相手内野陣も責任あるよね」
「なんかあっさりヒット量産してるなあ」
「これって貧打の高校すぐ真似できるんじゃないの? 意外といけるかもよ」
「ホッシも解説動画出してるけど、バスター打法って別にフォーム矯正に役立つとは限らないんだよね」
「まーたバスター成功じゃん」
「内野守備が弱いチームにはこの打線は荷が重いな、もうちょっと内野守備ができるチームじゃないとときめき学園は止められんぜ」
「最初のイニングで14点入ってるやないか、コールド試合待ったなし」
「さすがにピッチャーが可哀そう、もうピッチャーは投げる球がない」
「ときめき学園ってさ、何気に変化球に強くない? 相手ピッチャーの持っている球種は全部すでに知ってます、だから山を張ってます、みたいな打者ばっかり」
「↑相手の球種と球速を全部知ったところで、実力がなきゃ何もできんだろ」
「バスター打法で球の当てやすさを優先し、さらに相手ピッチャーの球種の事前調査で山を張る精度を高める、ねえ? 調査にめちゃめちゃ時間と労力とお金がかかりそう」
「そこまでしてあへあへ単打マン量産するのか……金持ってる高校なのかな」
「いやいや、明らかに長打を狙うべき場面でも単打量産してるでしょ……ワンナウト一塁二塁でバスターは微妙やぞ、ゲッツーありうるし長打で行けよ」
「またバスター成功キター」
「うーんこの」
「ワンナウト一塁二塁はバントじゃないの? 2アウトになっても二塁三塁つくれるぞ」
「ここまで徹底してたら逆に凄いわ」
「何だかんだ言って、バスターの構えでもバットに当てるのは難しいものなのよ。ここまできちんとバスターを当ててるのは、ときめき学園の生徒たちも結構練習したと思うよ」
「三振の数、ぐっと減ったもんな」
「トリッキーな頭脳派プレー、さすが進学校! と思ったけど、実は下位打線が全打席バスター頼みでしたーってオチ」
「実際にバスターってそんなに当てやすいのか?」
「速い変化球を持っている高校ならともかく、遅い変化球しか持っていないならバスター打法でじっくり見てバットを当てていけば、まあまあ戦えるよな」
下位打線のバスター戦法。
それがいい煙幕になって、掲示板や、動画コメントはそればかりをクローズアップして取り上げる。
実際、下位打線全打席バスター戦略は、ぱっと見で目立つし話題性もある。ひどいメディアなんかは「それこそが弱小高校の強くなった秘訣!」なんて雑なまとめ方をする。
事実は異なる。
効率的な筋トレとバランスよい栄養摂取による肉体改造。
そして、俺の分析スキルを駆使した、バントやバスター打法のフォーム指導。
そのうえで、分析スキルを持つ俺と一緒にボール球の見極めの特訓など、目を鍛えるトレーニングまで導入して、コンタクト率を底上げしているのだ。
それに――そもそも打席に入るときの考え方が違う。
下位打線は、粘って四球で出塁することを高評価とし、相手エースに球数を投げさせることを優先する。
一般的なエース相手には4打席勝負すると考えて、1~2打席目で当てられなくても、疲れてくる3~4打席目でバスターで1つ打てば打率は2割5分。もちろん好球必打であるべきなのだが、基本的に待球気味で構えてよい。
狙いのゾーンの球のみを打ちにいく構え方のほうが、"狙いのゾーンを外し続けなくてはいけない"というプレッシャーを与えることができて、相手のバッテリーに負担がかかるだろう。
ミートポイントが広がるバスターの構えであればなおのことだ。
(これがもしバントなら処理は楽だからな。ほらバントしろよとばかりに甘いストレートを投げて、相手打者にバントさせて、バントシフトの内野守備でアウトにするだけ。あるいはインハイのバントしにくい球を投げてファールにしたりすればいい。でもバスターで打てるなら、そのどちらもバスターの狙い目の球だ)
要は、『筋トレして選球眼のトレーニングをした打者が、4打席たっぷりかけて相手エースにプレッシャーをかける』『目線がぶれないノーステップ打法でコンタクトさせに行く』から見かけ上の打率が良くなっているだけで、バスター打法=効果的という結論は全然違うのだ。
なのに、掲示板や動画コメントではバスター打法を真剣に検討するし、『うちも真似したい! ぜひコツを教えてほしい!』というお願いメールまで届く始末だった。
絶対にお勧めしない。
綺麗なスイングを3年かけて練習したほうが絶対にいい。
(あと……誰も気づいていないけど、チームの足が速くなって安打が増えていることも、そろそろバレそうだな……)
これもバスター打法がいい煙幕になっている。
強めの内野ゴロで相手守備をあたふたさせて、足で安打にしてるだけ。
走塁フォームを徹底指導して、ハムストリングスの筋トレをしたら、チームメンバの100m走が0.5~1秒早くなりました……というだけ。
これもバスターは関係ない。単純に皆が上手くなっているだけだ。
あとはおまけで、相手の配球はこの変化球が多い、という事前情報を共有したら、チームの皆は山を張るのが上手くなった。
配球を3パターンか4パターンまで絞り込んで、あとは山を張ってもらえば、25%~33%でジャストミート、という世界だ。
実際、バスターホームランが出てしまったこともある。
山を張るのが上手い選手は、それだけ相手投手からすれば驚異的なのだ。
(奇策バスター戦法! みたいな感じでみんなが勘違いしてるけど、実は普通の地道な努力です、っていうのがいかにもいいよな。俺はそっちの方が好きだ)
奇策は好きだ。
だが、奇策のように見えて真剣な努力なんです、という方がもっと好きだ。
弱い高校相手に無双を続けるチームメイトを見ながら、俺はそんなことを考えていた。
――――――
※2023/07/15追記:あへあへ単打マンについてウーマンに直すか語感の良さを取るか悩んでます。ひっそり変わってたらお察しください……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます