第22話 夏の甲子園、やる気に燃える先輩たちと、他校の先輩からの連絡

「甲子園目指して、頑張るぞー!」

『おー!!』


 球児たちの夏が始まる。


 ――紐解けば、大陸戦争時代から。夏の甲子園には長い歴史がある。


 正式名称は、大陸高等学校野球選手権大会。

 主催組織は、各新聞社と大陸高等学校野球連盟(高野連)。


 東海道、山陽道、山陰道、などの道制地区ごとに地区大会を行って、勝ち上がってきた代表校がトーナメントを繰り広げる第一回大会。

 そこから長い月日を経て、都道府県(各律令国)ごとに代表が集う現在の形になった。


 都道府県大会、本大会、そのどちらもノックアウトトーナメントであり、優勝校には『大陸高校野球の覇者』として深紅の大優勝旗が渡される。


 今や参加校の総数は、3000とも4000とも言われる。国民的な人気を誇るスポーツである野球の、その花形といってもいい大会である。


 そんな夏の甲子園の季節が、そろそろ近づいてきたのだ。


「先輩たち、元気だなあ」


 先輩たちがやる気に燃えている。そんな様子を傍目にして呟いた俺に、緒方が口を挟んだ。


「そりゃお前、甲子園も夢じゃなくなってきたんだぜ? 甲子園出場は高校球児の憧れ。こう言っちゃなんだが、お前のおかげだろ?」

「緒方たちのおかげだよ。俺は大したことしてない」

「冗談はよせよ、試合じゃ互角の活躍でも、企業のスポンサー見つけてくる奴にゃ勝てねーよ」


 普通の高校生はスポンサーなんか引っ張ってこねえよ、と緒方は渋い顔を作っていた。


「……はーあ、お前にすげーって言わせたいのによ」

「? 緒方はすごいぞ」

「褒められてる気がしねーよ」


 天才の悩みは相変わらずわからない。

 俺は化け物級に目がいい(≒ステータスオープンがある)から、悪球へのスイングがほとんどなく、バットスイングのコンタクト率がほぼ100%に違いが、緒方のコンタクト率も90%を越えており高水準である。

 ボール球へのコンタクト率さえも72%ほど。NPBの平均O-Contact%が65%程度であることを考えると、これは破格のバットコントロールである。

 俺なんかは、O-Contact%が6割切ってるので、『選球眼は抜群にいいが、いざボール球でも打たなきゃいけなくなると打てない』というヘボであり、一方で緒方は咄嗟にバットを合わせに行ける天才肌なのだ。


 こういうのを野球センスというのだ。羨ましい限りだ。


「緒方はすごい、本当尊敬するよ」

「……」


 重ねて褒めると、むっつり黙って照れてしまった。ちょっと可愛い。






 ◇◇◇






 先輩たちの世代のスターといえば、真っ先に上がる名前がある。

 それが羽谷姉と、豹堂である。

 どちらもシニア時代からの知り合いではあるが、あの二人は抜群に強かった。


 羽谷翼は、妹の正当進化である。

 つまり、俊足巧打で守備が上手い。独特な一本足打法で本塁打も量産している。数年前の事故が原因で諦めているらしいが、なんと昔は投手もこなせたらしい。


 羽谷妹も天才肌だが、姉はとにかく才能の塊。大リーグでも活躍できそうなポテンシャルを持っている。

 選球眼はさほどだが、たとえ悪球でもあっさり打てるとかいう、冗談みたいなやつ。

 それが羽谷翼である。


 一方、豹堂舞はというと、それなりに打てる好守備のセンターとして渋い活躍を誇っている。

 羽谷姉妹を彷彿とさせるような俊足を持ち、フライ性のボールの落下地点を予測する能力が非常に高い。羽谷姉妹とてそれなりに外野守備が上手いのだが、あっさりボールから目を切って着地点まで一気に駆けつけてヒット性のフライボールをさくっと捕球するまでの一連の処理は、豹堂のほうが格上である。

(※ジャンピングキャッチのほうが目線がぶれないとか言い出すような天才肌である)

 また、羽谷妹とちがって肩がやたらと強い。羽谷姉はそこそこ肩が強いほうだが、豹堂のそれは別格である。


 打撃はそこそこ。巧打ではないが、足で無理やり安打にするタイプ。

 また、スプリント力がいい方に作用するのか、バットの当たりがいいとき・・・・・・・・は長打をぼんぼん量産する。

 ムラが激しく華のある選手。

 それが豹堂舞なのだ。


 今年の夏の甲子園も、プロ注目選手は多数いるものの――羽谷姉と豹堂の二人はもはや別格で、話題の中心と言い切ってもよかった。


「えへへ、お姉ちゃんから連絡きちゃった。最近ときめき学園調子いいねーってさ」

「へえ、翼さんから?」


 羽谷妹から声をかけられる。画面には「はよ星上くんと戦いたい!」とか「てか星上くんめっちゃイケメンになってない!? やばない!?」とか好き放題書いてるメッセージが表示されている。


「えーっと、お姉ちゃん的には星上くんにリベンジしたいんだって」

「えええ……俺、あの人との対決苦手なんだけどなあ……」


 16打席中5安打。打率は3割1分5厘。

 はっきり言って、打たれている方と言ってもいい。羽谷姉の公式試合の打率がそもそも7割近いことを考えると抑えているほうだと思うが、このままお互いにプロ野球に進んだとしても、打率は3割1分5厘ぐらい打たれる気がする。

 つまり、俺からすると天敵ともいえる存在だった。


「ていうか、遊びに行きたいって言ってる……。一緒にお泊りしたいって」

「えー……。俺は別にいいけどさ、絶対いろんな関係者に迷惑かけそうだよな」

「なんか、豹堂さんも一緒にお泊りで遊びたいってさ」

「あいつら自由すぎる」


 豹堂も一緒かよ。

 羽谷のスマホに表示されるメッセージを読み上げながら、俺は内心で苦笑いした。


「えーっと……何々? 『卒業する前にワンチャン星上くんで卒業したい……』だあ?」

「!? お姉ちゃんそんなこと書いてるの!?」

「いや豹堂から個別メッセージきた」


 アホすぎる。このアホな発言は豹堂ならではの安心感がある。

 昔からこいつはこういうやつなのだ。そしてガチでワンチャンを狙っている。それがなければ多分男子生徒たちからモテモテだと思うのだが、豹堂はオープンスケベなのでこうやって俺にダイレクトにあれこれぶつけてくる。

 正直俺も、ちょっと"アリ"かな……とぐらついている。スター選手として大ブレイクしたらそれもありかもなあ、なんて思っているのはここだけの秘密だ。


「翼さんには甲子園で戦えたらいいねって返信しといてくれ」

「あ、うん、わかった……。豹堂さんは?」

「『俺に野球で勝ってからにしろばーか』って返しといた」


 これで豹堂がやる気を燃やしたりしたらちょっと笑う。ガチで可能性はある。豹堂はそういうやつだ。

 

 ――ともあれ、夏の甲子園の季節はどんどん近づいている。ときめき学園の夏はまだ始まったばかりである。

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