第19話 決して弱くはない高校相手に圧倒的大差をつけて(後編)
■2回表:ときめき学園の攻撃。
1打席目、9番打者。
凡退に終わったが、これまたバスターで上手く惑わせた。俊足で一塁を脅かしたが、ギリギリでアウトに。あわよくば狙えると思った。いい仕事をしたと思う。
2打席目、1番羽谷妹。
たっぷり6球使って、最後は安打。サードゴロっぽい打球だが、圧倒的な俊足で1塁を手に入れる。
こんな足を見せられたら、どうすりゃ羽谷をアウトにできるのか悩んでしまうだろう。相手のピッチャーには少々同情する。
3打席目、2番星上。
相手ピッチャーはまだ2イニング目の1アウトなのに、30球以上投げている計算になる。それでも俺が5球使わせた。
俺はこういう嫌がらせが大好きなのだ(ゲス顔)。
そこで投げられる、決めにかかったスライダー。だがスライダーと分かっていればただの打ち頃の球。
センター前に抜けたヒット。羽谷が危なげなく2塁に進塁し、俺も1塁へ。
(もうちょっと引っ張っておけばよかったか……?)
とちょっとだけ反省したが、これでも1死12塁のチャンスである。
4打席目からのクリーンナップ陣営も、またもやピッチャーを苦しめた。
定石はやはりバント(※3塁がフォースアウトになるので、それを防ぐためサードに処理させるような強めのバント)で、ここで森近もバントを選択。
……かと思いきや、これまた綺麗なバスター。しかも1塁線上にしっかりと跳ねる打球。この辺の卓抜したセンスは、強豪リトルリーグ出身だけはある。
羽谷が圧倒的な俊足でホームに戻り、6点目獲得、1死13塁に。
5打席目、4番の大型スラッガー緒方が2ベースを放ち、俺が帰塁して7点目獲得、1死23塁。
6打席目、5番のこれまた大型スラッガーの甲野は申告敬遠。そりゃそうだろう。1塁は空いているし、打率6割の大型スラッガーなんて敬遠で大正解だ。
ここからが肝心である。
7打席目、6番打者はまたもやバントの構えでピッチャーを驚かせる。満塁でバントはかなりのリスクである。セオリーとは少々外れる。
そもそも満塁は、内野ゴロやスクイズだとホームゲッツーのリスクが非常に高い。相手もそれならと前進守備に構えてきている。
(ここは普通に強振でOKなんだって! 最悪、犠牲フライでもお釣りがつくんだから!)
散々バスターを見せているから、バスターで意表を突くのも難しいぞ……と思った刹那。
バントをフライにしようとしたのか、ピッチャーが内角高めのストレートを放った。
(あ……)
――それをしっかりと叩くバスター。
センター前に飛ぶ打球。走者一斉に駆ける。
森近が帰塁し、緒方が俊足で3塁へ。甲野が2塁間に合わずフォースアウト。
ホーム返球で緒方は3塁止まり、1塁は悠々とセーフ。
8点目獲得、2死13塁。
(……結果オーライだ。凄いな、下位打線のプレーが得点に絡みつつある。これは圧倒的な成長じゃないのか?)
チームの成長をひしひしと感じる。
こんなに順調に強くなっていいのか、と俺は、思わず頬が緩むのを抑えられなかった。
8打席目、7番打者。
これまたバスターの構え。向こうは向こうで、凄くやりづらそうな顔をしている。
だがバスターの構えを取るのはちょっと賛同しにくい。
通常、2死13塁は戦術が非常に難しく「とにかく打て!」というのが大体正しい。
バスターの構えは確かにコンタクト率を高めてくれるのかもしれない。だが長打はありませんよと言っているようなもので、肝心の安打率を下げる行為だ。
(それなら、ノーステップ打法で目線をぶらさずスイングすればいい。ピッチャーも普通に強振してきたほうが嫌だと思うけどな)
一発当たるだけでまた追加点なのだ。バスターはやめてスイングでOKだ。
だが――ここまで我がチームはバスターを悉く成功させている。足が速くなったから、というのもあるが、フォーム矯正を通じて、どんどんコンタクト力が上がっているのだ。筋トレのおかげで打力もついてきている。それに選球眼もぼちぼちついてきた……はずだ。
相手ピッチャーが意を決して、鋭く投げる。
それを案の定バスターで……。
(なんじゃありゃ!?)
バスターなのかプッシュバント※なのか分からない変な当て方。しかしサード側に強く飛んだ。
跳ねる打球はサードがつかみ損ね、なんと緒方まで帰塁に成功した。
ショートのカバーが遅れ、12塁でのフォースアウトも不可。セーフティバント成功である。
9点目獲得、2死12塁。
絶妙な一打。なるほどそういえば、下位打線のみんなは
(……え、嘘だろ? 足とバント&バスターだけで、こんなに強くなるのか……?)
俺は強くなったチームを見て、強い感動を覚えていた。
続く9打席目、8番打者。
定石通り、2塁ランナーは積極的に盗塁に挑む。
すでに2死で下位打線、となるとホームに帰るには果敢に3塁を攻めないとダメだからである。
ここで8番打者はバスターの構えではなく普通のヒッティングの構えを選択。
しかし相手の守備陣は前進守備のまま。内野ゴロもバントも全部どこかでフォースアウトにしてやろうという考えで、まあ正しい。
2ストライク1ボール、まで追い込まれたものの、次の球を綺麗にヒット。いい当たりだったが向こうのセカンドが機敏に反応して捕球してアウト。
あわよくばもう1点――を印象付ける、いい一撃だった。
(……すっげえ、俺たちのチーム、しっかりと強くなってる)
感動を禁じ得ない。
貧打、守備ボロボロ、そんなチームが、筋トレとバント&バスター練習でこんなにまともに戦えるようになるとは思ってもいなかった。
(相手にエース級ピッチャーがいないから、あるいは相手の守備が強豪校ほどピリッとしていないから……という理由なんだろうけど、いや、それでも普通の高校相手にこんなに強気に攻められるなんて……)
強くなっている。
我が高校は、例えばプロ野球中継の戦術をグループトークでみんなで議論したり、筋トレで基礎能力を底上げしているおかげで――トリックプレーじみた戦いができるようなチームになっていた。
◇◇◇
晄白水学園は、いいように翻弄されていた。
格下と思っていた私立ときめき学園野球部が、戦ってみれば驚くほど強かったのだ。
はっきり言って、相手の上位打線が強すぎる。1番から5番まで、甲子園上位の強豪校クラスの強力な打撃陣が揃っている。
そもそも星上を除く4人が、WBSCのU-12代表経験者。大陸でも指折りの
こいつらだけで6点取られている。
羽谷・星上の出塁率が妙に高く、緒方・甲野が走者を返す理想的な働き。森近の役割が非常に難しいところだが、ここまで彼女は巧いプレイングばかりである。
私立晄白水学園の監督は、もうすでに内心で反省会を始めていた。
(とんでもなく強いチームという印象を受けるが、冷静に考えたら、下位打線はそうでもない……はずなんだ)
1回目。
下位打線は何をしたかというと、スクイズっぽいバント&バスター戦略で甲野を返しただけ。
2回目。
下位打線は何をしたかというと、バスターの多用でこちらのチームを翻弄。
頑張って2点を取ったが、それは「1死満塁から1死献上して1点」、「2死13塁から意表を突いた安打で1点」と、まあ普通のプレイの範疇を出ない。
9点差、という大きすぎる数字とは裏腹に、下位打線は普通の高校野球をしているだけだ。
そんなに恐れすぎる必要はない。
(だというのに……うちのバッテリーは、下位打線まで警戒して、勝手に苦しくなっている。下位打線が活躍している
活躍しているように見えている、というが、実際ちゃんと活躍はしている。
それでも最低限の活躍だ。
1回目は無死2塁のいい状況で下位打線に渡った、なのでスクイズで1点もぎ取った、という感覚。
2回目も1死満塁という大きなチャンス場面で下位打線に渡った、なので安打を頑張って2点もぎ取った、という感覚。
プレイをきちんと紐解けば、本当に凄いのは向こうの上位打線だと分かるはずだ。
無死2塁、一死満塁、そんな状況を簡単に作れるのだから、そりゃぽんぽこ点を取れるというもの。
なのにこちらのチームのバッテリーは、“下位打線も強いチーム”という幻惑に囚われてしまっている。
(上位打線はさっさと敬遠なりなんなりで躱せ! 下位打線は三球勝負で切れ! ランナーは無視だ! それでいいのに、バンドやらバスターやらを気にしすぎだ!)
監督は、教え子の不出来を内心で嘆いた。
困ったことに、向こうのチームは、バントやバスターはしっかり当ててくる。
確かにあれは、球を見極めやすい構えなのは分かる。それは間違いない。
だがそれでも三球勝負でOKなのだ。そのためのバントシフトなのだ。バントや内野ゴロはさっさとアウト。ランナーがいても問題なし、ゲッツー狙い。
何せ相手の下位打線には長打がない。
全員バスター気味ということは、裏を返せば「ヒッティングに自信がありません、ミートを重視しています」というだけの話。
長打がないので、内野ゴロを積極的に狙いに行ってそれで終了だ。
(……仕方ない。シード権は諦めて、こいつらを再教育だな。相手チームに上手いことやられてるよ、全く)
戦略のミスで、余分に2〜3点取られている。
1回目の5失点はほぼ回避困難としても、2回目の失点は少なくとも1点は減らせたはず。
ピッチャーが投げたインハイのストレートが配球読みされたこと、サードのバント警戒&バスター警戒にその
こういう点の絡む場面場面で、勝負に強くなって欲しい……と監督は考えている。
打撃力があるのが私立晄白水学園の野球部、常にチャンスはある。
だからこそ、教え子たちに期待している監督は、
(相手から学んでくれよ、みんな。ときめき学園は戦略もちゃんと強いし、場面場面に勝負強いぞ)
と強く思った。
◇◇◇
きっちりと大差。
14対3。5回コールドで勝利。
俺も守備練習という気持ちで、ぽんぽこ打たれるピッチングをしたが、下位打線のみんなはきっちりと打撃で頑張ってくれた。
守備はまあ、課題多しといったところか。
ファーストゴロ、サードゴロの捌き方を失敗したり。
取れるゲッツーが崩れたり。
イージーフライを“お見合い”で失敗したり。
相手のバントへの対策が緩慢だったり。
まあうちの守備は大味って感じだった。
だがそれでもよし。前よりはよくなっている。
ちなみに相手の監督には、
「いやはや、星上くんはピッチングが綺麗だし安定してていいねえ! ランナーを背負っていてもピッチングは萎縮しないし、牽制も上手い! フライを打たれたあとのカバーも早いし、君、凄いよ!」
と非常に褒められた。
気分がいいので、連絡先を交換した。
打算もある。
今後、練習試合をお願いするのに丁度いい相手だと思ったからである。
俺たちの世代が抜けたあと、ときめき学園は格段に弱くなる。そうなった時、練習試合を組む相手が弱小高校だけだと、刺激を受けたり学びを得る機会に乏しくなってしまう。
だから今のうちから私立晄白水学園と仲良くしておいて、練習試合を組んでおくのは、悪くない選択だと思う。
合同合宿などを企画してもいい。ピッチングマシンなど、向こうの設備を少々お借りしたりすることもできるかもしれない――。
そんな打算なのに、向こうのチームからは大げさに感動された。
「願ってもない! 君たちみたいな有望な子たちの集まるチームと練習試合できるなんて……!」
と、好意的に受け取られたらしい。
ちょっと何か誤解があるかもしれないが、まあ、よしとしておく。
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