第18話 決して弱くはない高校相手に圧倒的大差をつけて(前編)
私立晄白水学園。県下の強豪校とまではいかないが、過去に一度夏の甲子園に出場したこともある、決して弱くはない相手。
文翅山高校のような絶対的なエースがいないものの、高い打撃力で勝ち上がってきた高校である。
言ってしまえば、守備の拙い我がチームにとっては、この上ない試金石と言えるだろう。
投手陣は果たして、打撃力のある相手チームを"打たせて取る"ことができるのか。
守備陣は果たして、打撃力のある相手チームの打球を、きちんと捕球してアウトにすることができるのか。
そして攻撃時には、果たして相手を上回る打力をお見舞いすることができるのか。
この学校に圧勝できるかどうかが、今後のベンチマークといってよい。
(効率的な筋トレメニューと、栄養管理の行き届いた食事と、それなりに形になってきたバント&バスター練習。野球部のみんなには瞬発力を活かして攻撃も守備も活躍してほしいところだが……果たしてどうなるだろうか?)
今日はときめき学園 対 晄白水学園の試合である。
打撃戦になることが予想されるが――ここに危なげなく勝てば、チーム全体が成長したことを証明できるはず。俺はそう考えていた。
◇◇◇
■1回表:ときめき学園の攻撃。
1番、羽谷妹。
2番、星上(俺)。
3番、森近。
4番、緒方。
5番、甲野。
先攻と後攻は、実は少しだけ平等ではない。
実はNPB(日本プロ野球)では、後攻有利とするデータがある。[1]
引用[1]:https://www.taguchizu.net/entry/2017/09/10/201149
これはちょっと野球に詳しい人であればすぐわかる話で、後攻はホームゲームになるため後攻がやや有利となる。
本拠地だと観客の声援が多く、移動による疲れが少ない。他にも本拠地であれば、集客のためにエースを登板させる回数を増やしたりするため、本拠地の勝利が結果的に多くなる。
一方、高校野球においては全然違う理由で、後攻の勝率が高い。
そもそも強いチームは後攻を選びがちなのだ。これはコールド試合になるような点差が付きそうな対戦相手であれば、半イニング分体力を温存できるから――という常識的な理由による。
そして、それが広まったためか、強豪校相手の場合、弱いチームは敬意を払って相手に後攻を譲るような文化も根付いている。
そうした中で、我がチームは先攻になった。
コールド勝ちを狙っているので本当は後攻を取りたかったところなのだが……自分にはどうもじゃんけんの勝ち運がないみたいである。
一打席目。1番羽谷。
五球ほど投げさせて、羽谷妹はあっさりと出塁した。
ボール先行の1ストライク3ボール。そこからの甘いストライクを綺麗に打って二塁へ。
二打席目。2番星上。
俺も七球ほど投げさせて、四球で出塁。
羽谷の貢献も大きく、牽制球を三度も引き出している。相手バッテリーの配球も完全に羽谷警戒で読みやすい。俺はインコース(特にストレート)に狙いをつけ、アウトコースや変化球はファールで流すようなイメージで臨んだ。
こういう場面は、一塁は空いているから、四球になってもいい……ということでボール球になりやすい変化球を要求するのがセオリー。バント警戒も兼ねて外に逃げる変化球を投げるのは間違っていない。
だが、俺には
(さて、あっさりとノーアウト1塁2塁。次は森近。これはもう貰ったも同然だな)
どうやら相手先発ピッチャーは、立ち上がりに非常に苦労しているようだった。
よくあることだ。先発はどうしても制球に悩む。それもいきなり相手の上位打線とぶつからなくてはいけないので、緊張もひとしおであろう。
ボール先行になっているのは、羽谷や俺を警戒して、丁寧なリードをした結果だ。この二人の選球眼が悪ければ十分に三振もあり得た。采配はさほど間違っていない。不幸なことに、羽谷も俺も選球眼は抜群に良い。向こうのピッチャーも制球がそんなに悪いわけではないが、相手が悪かったのだ。
三打席目。3番森近。
得意なゾーンで強振しろ、とだけ伝えている。
(定石は1死3塁を作るために送りバント、理想はサードに取らせるバント……ってなっているけどなあ、俺はそうは思わない)
実際、送りバントに成功して、1死23塁になったとしても、セイバーメトリクス上の得点期待値はやや下がる。
無死12塁は得点期待値が1.6~1.7あるが、1死23塁は得点期待値が1.3程度。
統計的にはバントは非推奨となる。
そのうえ、3塁はフォースアウトなので相手サードは伸びて捕球できる。
相手ファーストも当然バント警戒でプレスをかけてくる。
この状況となると、バントは言うほど効率的な戦略とはいいがたい。バント自体の成功率が低いというデータもあるほどだ。[2]
森近はコンタクト力もあるので強振が第一優先だと伝えている。
引用[2]:https://1point02.jp/op/gnav/column/bs/column.aspx?cid=53681
(この状況だと、向こうの配球もある程度読めるしな……)
ボテボテのゴロを打たせてゲッツー狙い。
こうなってくると殆どの球を低めに配球してくるはず――。
(! 悪球を打ちやがった!)
ゾーンを外したボール球のストレートを思いっきりすくい上げる一撃。
すわタッチアップか、と思ったが、ライナー性の打球は左中間を割っていく。
悠々とホームインする羽谷。これで先制1点。
俺も三塁に進塁し、ノーアウト1塁3塁の状況を作る。どこまで狙ったのか分からないが、いい一打であった。
(……これは勝ったな)
出来すぎている試合展開を前に、俺はそんなのんきなことを考えた。
――我がチームの4番、緒方による3ランホームランの快音が鳴り渡ったのは、まさにそんなときであった。
この攻撃は、非常に大きなイニングになった。
甲野も2ベースヒットを放った。ここでたまらず相手はピッチャー交代……かと思ったが、継続するらしい。こうなりゃ打撃で取り返すという度胸だろうか。
6番打者からは凡打かと思いきや、制球もままならず動揺しているバッテリーにバント&バスターの揺さぶり。
個人的には、ここはバスターで打ってほしかったが――きっちり送りバントを決めて1死3塁。
(1点の得点より、相手投手の心を折って欲しかったが……まあいいか)
7番打者こそ綺麗にバスターを決めたが、まあこれは相手に予想されていた範疇だったのか、冷静に1塁送球で打者を刺す展開。
個人的には6番打者の時点で足を活かしたバスターを決めてもらい、万一そこでアウトを取られても、
(ときめき学園は下位打線も強い、足もあるしバスターもある、バスターで狙われやすいような配球はしにくい)
と惑わされて欲しかった。
甲野が帰塁して、2死走者なし。
走者がいなくなって簡単な展開となり、8番打者はバスターで凡退。5点獲得、これにてチェンジ。
走者がいないのにこちらがバスターの構えを取ったので、相手は「?」だったろう。まさか下位打線がほとんどバスター頼みだとは思うまい。
俊足は十分見せつけたので、向こうも相当プレッシャーを感じたとは思うが。
■1回裏:ときめき学園の守備。
森近の調子が悪そうなので、俺が先発して投げることに。
俺が先発するのはいいが、打撃系のチーム相手に俺がどこまで通用するかはわからない。最悪3イニングぐらいで変わってもいいと思っている。MLB風に言うなら、オープナー起用というやつである。
(じゃあいつも通り、ガンガン打たせて討ち取るか……)
ぱっと見たところ、相手打者陣は速球に強く、変化球に弱い。後で知ったことだが、バッティング練習のためにピッチングマシンがある高校らしい。ピッチングマシンがある高校は往々にしてそういう傾向がある。
つまり、"ピッチングマシンで練習しているので弱小高校よりは速球には慣れている"という表現の方が適切だろう。
変化球を打つには、ちょっとだけコツが必要である。
遅い球なのでバットを合わせに行けばいいのだが、その合わせにいくポイントをつかむには、ある程度の経験と、空間把握のセンスが求められる。
変化球に順応できていないと、思ったより伸びる、あるいは、思ったより変化する――という感じで空振ったり変なゴロを飛ばしたりする。
所感、一巡ぐらいは何とかなりそうである。
(ほらほら、たっぷり目を慣らせよ。90km/h~100km/hの球に身体が順応したら、もう次の緒方とかは打てんぜ?)
カーブとシュート、時々スライダーで仕留める。
結構安打を喰らったものの、1回は無失点で終了。
羽谷と緒方のファインプレーに助けられているという形ではあるが、まあ悪くない。サイドスローだけで切り抜けたのが大きいのだ。
(2巡目はアンダースローも混ぜる。3巡目からシュート、
本来、サイドスローやアンダースローにフォークらしいフォークはない。ただの無回転のゆるい球だ。軌道が違うのでオーバースローやスリークォーターのような落差は取れない。
なのでフォークを投げたい打者のときだけオーバースローやスリークォーターの上手投げに変える。
徹底して、相手に目を慣らさせないという戦法。
これができるから俺は、球速100km/h程度のゆるい球で戦えるのだ。
(こいつ、カーブにクソ弱いな……。じゃあ遠慮なくカーブで決めるか)
と、弱い球種を徹底的に突いてアウトに討ち取る。
打たせて討ち取る投球、というのは、ピンチの時に奪三振で切り抜けられる力がある投手が実践することで、その価値を何倍にも高めてくれる投げ方である。
(森近、大丈夫かなあ。ここ最近あいつに頼りすぎたし、ちょっと疲れてるかもしれないな)
へにょ、と投げてまたアウト1つ。
俺の投球は気楽なものである。ポテンヒットが出ても気にしない。相手方のバッテリーのようにランナーをケアするような投球はあまりせず、これもまた守備練習だと割り切って、俺は気ままに投げるのだった。
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