第14話 打撃練習も守備練習も、フォームを分析して合理化すれば、勝手にチームは強くなる(適当)
弱小高校であるときめき学園が、県下有数の強豪文翅山高校に勝利した……という快挙は、ちょっとは注目されるかと思ったのだが、存外、世間でもネット上でもさほど話題になっていなかった。
個人的にはもっと話題になってもいいと思ったが、所詮は県大会前の地区大会。あまり注目している人たちはいなかったわけで。
(まあ、左腕エースの大沢木投手に注目していた一部の
――せめて県大会決勝まで勝ち進まないと、そこまで注目はされないか。
俺はちょっとだけ落胆した。
世間から注目されたいか否か……と言われると、俺はある程度は注目されたいと考えている。
目立ちたがりだからではない。誉めそやされたいからでもない。
翌年以降、ときめき学園野球部に入部してくれる学生の質を上げたいという打算があるからである。
ときめき学園はお世辞にも、野球が強い高校ではなかった。だから、野球が強い学生が、わざわざときめき学園の野球部に入りたいと考えることは今までほとんどなかった。
翌年以降もチームをどんどん強くしたいと思っている俺は、チームの知名度を高めて、「この学校に入れば質の高い練習ができるんだ!」と全国から学生たちに集まってもらえるようにしたいと考えている。
今のときめき学園は、知名度も実績も足りていない。
次世代を担う有望な子たちが集まってくれるように、俺たち世代が頑張らなくてはならない。
(強豪校、文翅山高校に勝ったことで、せっかくチームにやる気が生じているんだ。ここからさらに強いチームに生まれ変わらないとな)
我ながら、あの勝利はいい切っ掛けになってくれたと思う。
県下有数の強豪文翅山高校を打ち破ったという事実。
あの試合の勝利は、チームに変化をもたらした。
俺達でもやればできるという自信。そしてもっと試合であれこれ試してみたいという積極性。
野球部員は前よりも自発的、そして能動的に練習に取り組むようになった。
心なしか、我がチームはいい方向に向かいつつあった。
(下位打線にいたみんなも、県下トップクラスのエースからヒットを打てたことが自信につながったのか、もっと打撃練習したいと前向きになってくれた。いい傾向だ)
貧打と守備ミスが泣き所だった我がチームだが、前回、県下の大エースと対峙したことで、もっと打撃が上手くなりたい――とみんなが考えてくれるようになった。
もっとバントが上手くなりたい。
もっとバスター打法を使いこなしたい。
もっと速球や変化球を見極めてバットへのコンタクト率を高めたい。
決して不可能ではない。諦めるのはまだ早い。自分たちでも、頭を使えば、全国有数のピッチャーからヒットをもぎ取ることはできるのだ――と。
成功体験が一つあるというのは大きなことだ。本当に結果が出るのかどうか疑いながら物事に打ち込んだところで結果なんてついてこない。だが一度成功したという体験があれば、途中なかなか結果が出ない期間の苦しさを乗り切ることができる。「一芸は道に通ずる」とはよく言ったものである。
とにかく、うちのチームは成功体験を得た。
県下の強豪校の一つ、文翅山高校を自分たちで打ち破った。
相手の打撃(森近の力投でほとんどゴロになった)を何度も守備でアウトにした。
相手の大エースを相手に、まぐれ当たりに近いがヒットを一発もぎ取った。
去年までの弱小ぶりを考えたら、目覚ましい成長だといえる。
今まで行ってきた筋トレ路線中心でなく、徐々にバッティングフォームの矯正にも関心が高まっている。
よい傾向だと思う。
(ただ、みんながバスター打法に興味を持ってしまったのは、個人的にはどうかと思ってしまうな……)
チームのみんなが打撃力を伸ばしたいと意識を高めてくれたのはよいことだが、実は一つだけ悩みがあった。それがバスター打法である。
バスター打法は、よく「打撃フォームの改善につながる」と紹介されることがある。
無駄のないコンパクトなスイング動作が自然と身につけられる、とか、テイクバックが大きくなったり遠回りなスイングをするのを防ぐ、とか、そんな説明が散見される。
実際、あながち間違いではない。
だが、むやみなバスター打法はフォームを矯正するものではない。[1]
引用[1]:https://www.youtube.com/watch?v=EwP5i59KiQo
バッティングには割れの動作[2]、体重移動[3]、インサイドアウト[4]などいくつかのポイントがあるが、正しくないバスター打法では"割れ"を作りにくい。
引用[2]:https://fmv-mypage.fmworld.net/fmv-sports/separate/
引用[3]:https://fmv-mypage.fmworld.net/fmv-sports/walking-tea-batting-2/
引用[4]:https://fmv-mypage.fmworld.net/fmv-sports/flying-distance-inside-out-2-exercises/
いわばバットを引くだけの"間違ったバスター打法"は、手打ちの動作に非常に近くなってしまうのだ。
バスター打法で身に着けたい感覚が、例えば球を見極めるときの目付(目線)と上体の位置、スイングのミートポイント、当て感などであればいい。特にバスター打法はほぼノーステップ打法に近いので、目線がぶれず、なおのことボールの見極めができるだろう。
だが、そもそも肩が開いていたり、割れの動作や体重移動が甘かったりするのであれば、それ以前のフォームの問題になってしまう。
(……まあ、試み自体は面白いからいいや。フォームは俺が見ればいいし)
バッティング練習に打ち込む皆の身体を遠慮なく触って、
「もっとこんな感じで引っ張れないか?」とか、
「今体重が動いてなかったぞ」とか、
「バットを引くときに上体が動きすぎてる」とか、
とにかく細かくフォームを修正させて、よりプロに近いフォームを心掛けさせる。ここまでくると、バスター打法のほうが普通のバッティングよりも高度なのではないかと思えるぐらいだ。
……妙に肌同士の接触が多いのは、気のせいなのだろうか。
◇◇◇
森近が打たせて、後ろの守備がそれを捕球する。ゴロもフライもどんどん取る。
真正面から体で止める、という守備だけにはしない。逆シングル上等である。
正面捕球にこだわらない――これは我がときめき学園高校の野球部の方針である。
(日本の野球の守備理論を劇的に変えたのは元ヤクルトスワローズの宮本慎也選手だと言われている[5]――)
引用[5]:https://baseball.kyoto.jp/%E3%80%8C%E4%BC%9A%E9%95%B7%E3%81%AE%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%8A%E8%A8%8016%E3%80%8D%EF%BD%9E%E5%AE%88%E5%82%99%E3%81%AE%E8%80%83%E3%81%88%E6%96%B9%E3%81%8C%E5%A4%89%E3%82%8F%E3%81%A3%E3%81%9F%E6%97%A5-201709/
正面から捕球したほうが次に送球しやすいか、逆シングルから入った方が次に送球しやすいか。
捕球と送球の体勢を良くできるほうで取ればよい、というのがうちの考えである。
一例を挙げれば。
簡単なゴロを取るときは、体半分ぐらい右から入る(※ゴロを取るときはほとんど左側に投げるので)[6][7]。
バウンドに合わせに行くときは、打球の「上がり際」に合わせていく。
引用[6]:https://www.nikkansports.com/baseball/news/202006280000051.html
引用[7]:https://fmv-mypage.fmworld.net/fmv-sports/miyamoto-goro-catch-right-foot-how-to-use/
そうすると、スローイングへの身体の動作がスムーズにつながり、悪送球などのミスが少なくなる……というわけである。
守備とスローイングは連動して考えるべき動作である。
実は、失策の33%は悪送球によって起こると言われている。ファンブルエラーと悪送球を合わせれば8割超である。[8]
引用[8]:https://bo-no05.hatenadiary.org/entry/2021/11/12/220000
正面で取るべき――その言葉は間違っていない。
ただし、打球に対して正対して体の真ん中で捕る、体に当てて止める、というのは絶対の方針ではなく、あくまで一つの手段でしかない。
先述のとおり、右投げなら簡単なゴロは
ボールを最後まで目で追える、両手で捕球できる――というメリットはあるものの、基本的には片手で捕球するのが一番守備範囲が広くなるし、次のスローイングのときに左に投げる姿勢が苦しくなって悪送球になるぐらいなら、右から入れとなるわけだ。
(当然、今までと全然違うことをやろうとしているから、うちのチームはめちゃくちゃエラーは多いけどな……)
ときめき学園の守備方針。
それは他チームから見たら、明らかに失敗しているようにも見える。
頻発するエラーの数々。
「打たせて取る投球」を頑張って練習している森近と俺にかかるプレッシャー。
皆してエラーを減らそうと努力してくれているものの、とにかくエラーが目立ってしまっている。
試合をするたびに、やはり奪三振で制圧するべきでは……という甘い誘惑が襲ってくるが、それでも俺は今の「打たせて取る投球」を徹底させていた。
正直、三振を狙いに行くのは
三振を増やすよりエラーを減らす方が、このチームにとって先決なのだ。
今のうちであれば、守備エラーはどんどん起こしていい。
そのたびにチームは課題を見つけてくれる。
次にスローイングに入るときにどんなステップが合理的でスムーズか。
先ほどの試合で技術的にまずかった守備はどの部分だったか。
そうやって一つ一つケーススタディを積み重ねてミスを潰すことが、今の段階では何より重要なのだ。
「――うん! ボクは君の守備指導、応援するよ! 片手捕球はもちろん、ジャンピングスローイングやランニングスローだって、技術的には間違ってないと思うからね!」
……なんてことを笑顔で言ってくれたのは、守備の名手である羽谷妹だった。
とびぬけて機敏であり、身体の使い方が上手である羽谷妹は、今までの窮屈な守備指導に辟易していたらしい。
よく周囲の大人に「調子に乗っている」「怪我をしたらどうする」と言われていたらしい。だが、羽谷妹は自分を変えなかった。
――すなわち、鮮やかで自由な片手捕球の連発である。
もはや彼女は我がチームで一番観客を魅了している選手と言って過言ではなかった。
「合理的で科学的な練習ができる、なんて君が豪語するからついて来たけど、これなら納得だね。片手捕球、チームも絶対練習すべきだと思う。しかも君ってば、このボクに『こうやって捕球したほうが無理がないぞ』なんて偉そうに口出しするんだからね――ワクワクするね?」
何かの火をつけてしまったか。
紛れもない天才である羽谷遥は、俺を見て、妙に意味深な笑みを見せるのであった。
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