第8話 高校時代:セイバーメトリクス的には否定されているが、打たせてアウトを取るピッチャーはロマンだと思う

 プロ野球にオフシーズンがあるように、高校野球においても練習の期間に充てられる「アウトオブシーズン」と呼ばれる期間がある。

 一般的には、12月1日から翌年の3月19日まで。3月20日からは春季大会の地区大会が組まれることになる。


 ときめき学園が所属するのは、邦洲国の五畿八道のうち、最大規模である「東山道地域」である。

 律令県名は『近江県』。

 畿内と東国、北国とを結ぶ要衝として発展してきたこの場所は――甲子園の栄冠から久しく遠ざかっている。交通利便の良さは人材の流出をもたらしたのだ。


 ときめき学園は、春季選抜には選ばれていない。

 そのため、ときめき学園の春は「春季都道府県大会」から始まる。

 この辺のスケジュールはどうやら、日本の高校野球のスケジュールとそんなに変わらないらしい[1][2]。


 引用[1]:https://vk.sportsbull.jp/koshien/feature/schedule/

 引用[2]:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%AB%98%E6%A0%A1%E9%87%8E%E7%90%83


 〇春季小地区大会~春季都道府県大会:

 近江県の場合、小地区大会を三度勝てば県大会、県大会でも最大五回勝てば優勝という組み合わせ。

 ベスト16に入れば、「夏の甲子園 近江県 地方大会」のシード権を得られる。

 〇春季地区大会:

 近江県は、範囲の広い「東山道地区」であり、競合の多さから春季地区大会の優勝は絶望的である。


 大事なのは、春季都道府県大会でベスト16に入ること。

 春季都道府県大会の上位チームには、夏の大会の地方予選でシード権を得ることができる。

 近江県の場合、二度勝てば確実に夏のシード権が取れる。


 本番は、8月上旬から8月下旬に行われる、「全国高等学校野球選手権大会」――通称、夏の甲子園だ。

 だが、すでに本番は始まっていると言っても過言ではない。


 目下、この弱小ときめき学園が目指さなくてはいけないのは「春季都道府県大会 近江県大会」でいい成績を残すことなのだから。






 ◇◇◇






(奥の手は温存しておきたいけど、部員のモチベーションを上げないとトレーニングの効率は上がらないもんな。"うちは強くなった!"という自信をそろそろ付けさせてあげたい)


 熱心に筋トレしたからと言って、すぐに試合で結果が出るわけではない。

 だが、リトルシニア経験者の強者四人(俺も含めたら五人)が入ったことによる影響は、すぐに公式試合で結果が出た。


 同じレベルだったはずの弱小高校相手に、圧倒的大差をつけたのだから。


 ――なんだあの投手!? 130km/hの直球に、100km/hのカーブ、そしてスライダー、フォーク、チェンジアップまで投げてきたぞ!? ときめき学園にあんないいピッチャーいたか!?


 相手の内心を解説するとこんなものだろうか。

 とにかく相手方ベンチは慌てている。


 フランツィスカ・恵理・森近の圧倒的なピッチング。

 はっきり言って、彼女はブレイクを迎えていた。


 分かりやすく言うと、120km/hで高校野球のエース級と言っていい。全国大会である甲子園ともなると130km/h〜140km/hがポンポンと出てくるが、普通はこの球速でも十分に速い。

 しかも、まだ高校1年の段階で130km/hなんか出せるのだから、この先が非常に楽しみである。この球速で直球を投げながら速い変化球のスライダーも混ぜられるのだから、甲子園も夢ではないだろう。そこに、30km/hも球速が違うカーブを駆使して緩急差をつけて攻めてくるのだから、弱小高校でははっきり言って歯が立たない。


 バッテリーを組んだ甲野も調子がいい。

 遊び球をほとんど使っていないが、ピッチングの凄さだけに頼った配球というわけではない。今回のテーマを守ろうという明確な意図・・が見て取れた。


(今日のテーマは"打たせて討ち取る"。フランツィスカには球数を抑えて消耗を抑えるピッチングを考えてもらい、我がチームは内野守備~外野守備の強化、そして――)


 相手のチームの打撃でヒットが出た。

 エラーとまではいかないが、ショートの動きが緩慢であった。

 強豪リトルであればアウトであったところを安打にされて、フランツィスカとしてはやや不服だろう。


 やはり羽谷か緒方がショートを守るべきか、と思ったが、ここはまだ黙って事の趨勢を眺めるにとどめる。

 ランナーを背負った状態でも、ピッチングが崩れないか、また内野守備も崩れないか。

 それもまた、長い甲子園を勝ち抜くためのテーマの一つなのだ。


(すまないな、森近。お前のピッチングは弱小高校相手なら完璧だよ。でもランナーを一人も出さないピッチャーなんていない。だから、まだ余力がある今のうちに、ダブルプレーを狙う練習、相手のスクイズを防ぐ練習とかをしておきたかった)


 三振を狙いに行くピッチングであれば出なかったであろうランナー。あるいは味方の守備がもっとしっかりしていれば出なかったランナーと言うべきか。

 しかしこのチームで戦う以上は、こういう場面は何度も出てくる。


 特に、高校の甲子園では、NPBの平均よりもBABIPが高いと言われている。


 ・BABIP:本塁打を除くグラウンド内に飛んだ打球が安打になった割合。運による影響が大きいとされ、長期間の平均を取ればどの投手も同じぐらいに落ち着くと考えられている。


 どんなに優れた投手も、どんなに平凡な投手でも、不思議とBABIPの値は同じぐらいに収束する。

 それなのに、甲子園の公式試合ではややBABIPが高い。

 それは、金属バットのおかげなのか、あるいは連戦による疲れなのか、はたまたプロ選手と高校球児の守備力の違いなのか。

 原因は定かではないが、“甲子園の公式試合ではややBABIPが高い”ことは頭の片隅に入れておくほうがいい。


 ……その意味だと甲子園では打たせて取るピッチャーのほうが三振を取るピッチャーより不利ということになるが、それが出来るなら最初から苦労はしない。


 一つ分かっているのは、「それなりゃそうだと開き直って、ランナーを背負った展開に強いピッチャーになればいい」ということだ。


 場数を踏むという言葉がある。

 これは精神論ではない。似たような場面を何度も切り抜けた経験を積むのは、メンタルを安定させる合理的なアプローチである。


 それに、ランナーがいても気にならないピッチングを身につけるなら、こうやって練習試合であまり強くない高校から順番に慣れていくのが望ましい。


 チームの味方にしても、相手ランナーを抱えたときに牽制球をエラーせず受けたり、犠牲バントやスクイズを警戒したり、ゴロに討ち取る球を拾う練習をしたり……とちゃんと動けるか練習してもらう必要がある。


 というよりも、練習試合でどんどん失敗をしてほしい。

 イージーフライを処理する際にお見合いになったり、悪送球でエラーを起こしたり、そういったあらゆる失敗を先に経験しておきたいのだ。


(森近がこれなんだ、俺はもっと“打たせて討ち取る”投球をするから、守備陣にはもっとちゃんと守ってもらわないといけない)







 結局、その日の試合は圧勝。

 上位打線のメンバーには「ボール球へのスイングはカッティングをのぞき一割以下」「際どいボールは必ずカットすること」「盗塁を必ず一回は試みること」、下位打線のメンバーには「誰でもいいので、セーフティバント、バスター、送りバント、送りバントに見せかけたバスターエンドランをそれぞれ最低一回ずつ実行すること」「誰でもいいので、盗塁を一回は試みること」「ボール球へのスイング率は二割以下」と条件をつけていたにも関わらず、最後は九点対四点で勝利である。


 ちなみに五回を投げて二点取られた森近は「いつも通りなら三振や凡打で討ち取ってますのに」と不服そうであったが。

 六回七回を投げて二点取られた俺よりは好投しているのだから文句は言わないでほしい。これは守備練習でもあるのだ。

 エラーの数だけチームは強くなる。今のうちにどんどんエラーを連発して、守備の意識をどんどん高めてほしい。


 ちなみに、リリーフを努めた緒方は反則級に強かった。

 142kmの速球。高校一年生の投げる球ではない。八回九回を無失点に抑えたのは流石の力投であった。


(あれ? これもしかして、春季都道府県大会、普通にベスト16入れるんじゃ?)


 高校一年で甲子園、出場できるんじゃないか?

 そんな甘美な考えが脳裏をよぎったのは、この時であった。




 ――――――

 練習試合中に条件を付けてあえて劣勢になるようにして訓練している高校があるので、ちょっとそれっぽい描写を取り込んでみました。

 https://www.koukouseishinbun.jp/articles/-/234

 ボール球へのスイング抑制については、打撃成績に直結するので、むしろぜひともやるべき心がけだと思っていますけどね。

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