第9話 高校時代:やっぱり野球は頭を使うスポーツだから、グループトークで語り合いたいよねという話 / あるいは天才スラッガーの葛藤

 私立ときめき学園野球部の全体グループトークは、今やかなり活発に動いている。


「あのときの試合、〇〇の守備はよかった」

「実は〇〇はこの試合、ボール球にバットを振らなかった。球が見れるようになってると思う」

「〇〇のバッティングフォームは前と比べてどんどん上手になってる」

「最近〇〇はコンタクト率が上がってきてる、バットを振るタイミングが合ってきてるんだと思う」

 ……などなど。


 要するに俺が、目で見て気付いたことをのべつ幕なしに列記してるだけなのだが、まあ、俺のステータスオープンで得られる情報量は相当なものである。


 みんなをグループトークでほめほめしている内に

「あいつ、リトルリーグ出身だからってお高く留まっているわけじゃなくて、俺たちのこともきちんと見てくれているんだな……」

 と好感度が上がっている気がするが、まあそれはいい。

 人間、褒めて伸ばすのが一番。褒められたら人間はやる気になる。万事それでいいのだ。


 他にも、プロ野球の試合を見たりしても、このグループトークはよく動く。

 プロの試合を自分なりに解説する、という練習である。そりゃもちろん、プロの試合ってのは、技巧一つ取っても、駆け引き一つ取っても勉強になることが多いのだ。


 例えば俺自身の思考の整理のために、

「今の配球……はちょっとしくじっている気がするな。ノーアウト1塁、2ボール1ストライク。

 バッテリーの思惑としては『送りバントやヒットエンドランを警戒して真ん中よりインコースに配球、かつ速い直球……というのは定石。これは読まれるから、ボールからストライクになるフロントドアのスライダーで仕留めたい』という思惑だったんだろうな。でも打者側はもっと単純に『内角の球なら振ろう』ぐらいに内角に山を張られて構えられて、そして打たれた。

 俺だったらここは走られてもいいって思うし、内角に投げるならフォークだと思うんだよな」

 ……など配球の考えをグループトークで語って、みんなの考えを募ってみたり。


 基本的に、ときめき学園の生徒たちは勉強がよくできる。

 思考が柔軟で、集中力がある。また、抽象化された概念に対する理解力も高い。仮説を立てて検証してくれる。

 だから、グループトークの議論もとても楽しい。


 こうやって、プロの試合の一場面ごとに話題を共有して、お互いに頭を使う癖。

 こういう思考訓練は、必ずどこかの局面で活きてくる。

 当の本人たちは、楽しくワイワイ話しているぐらいの感覚かもしれないが、これがいい方向に働いているのだ。


 例えば前進守備一つにしたって、

(あ、だからこの場面は前進守備を取るのか)

 と納得したうえでプレー出来れば、守備は楽しくなってくる。


 頭の中に色んな状況を想定させて、その時どう動くべきかを詰め込んでおけば、似た場面に直面した時、身体がとっさに動く。

 あるいはとっさに動けなくても、(あの時にああしていれば!)と悔しさが糧となり、次同じ場面を迎えたときにもっといい動きができるようになる。


(まあ、こういうオタク議論は、しょうもないレアケースばかりの議論で終わっちゃって、建設的な結果になりにくいんだけど……)


 うちの場合は、それがない・・・・・

 それはただのレアケース、ただの蘊蓄、という議論はバッサリと回避できる。


 俺がセイバーメトリクスを見れるから、『さっきのワンプレーはどれぐらいの確率で起きるか』を数字で分析できる。

 そうしたらうちの部活の子たちは、しょうもない自己満足の細かい議論に拘泥することはなく、確率的に正しい結論を得られる。


(今はエラーが滅茶苦茶多いし、空振りも多いし、バントさえも下手だけど……ね。こうやって楽しく語り合っていたら、徐々に個々人で判断する力が養われていくんじゃないかな)


 野球ぐらい、好きになってほしいじゃないか。

 みんなで野球の試合を楽しく語り合いたいじゃないか。


 そんな気持ちもちょっぴりある。

 下心づくめで打算づくめの俺ではあるが、こう見えても、ときめき学園のみんなのことは好きなのだ。






 ◇◇◇






 ずっと周囲から天才だと言われ続けてきた孤高のスラッガー、緒方は、明らかに焦りを覚えていた。


 羽谷妹は天才。ボール球を見切る目があり、コンタクト率も高く、足も速い。フィールディングもいいため、"すでに完成されている"と言って過言ではないセンスの良さだった。

 甲野も天才。ボール球を見切る目は羽谷以上で、コンタクト率も高く、それに捕手としての嗅覚からか相手バッテリーの配球の山を張るのも得意で、長打が素晴らしい。

 森近に関しては言うまでもない。星上と甲野に触発されてか、配球の考え方もどんどん洗練されていくし、投球フォームにしても星上の指導によりみるみるよくなっている。変化球についても星上と一緒に様々なものを開発しており、技巧派投手として大きく成長している。


 では、緒方は。


(オレだけ、大して進歩してねえじゃねえか……!)


 無論そんなことはない。

 選球眼が明確に良くなった。

 それこそリトルリーグ時代は、「四球より長打のほうがチームにとっていい!」と、無理やりに悪球を打っていたものだが、今はちゃんと悪球を見逃せるようになった。伴って、きちんと凡打は減った。

 ちゃんと前には進んでいるのだ。


 それでも緒方は、自身が、大して変わっていないような錯覚を覚える。


(球威のある速球を投げられる? 二刀流? 長打も打てる? だからどうしたっていうんだ。それしか出来てねえじゃねえか)


 今でも自分は優れているのだろう。素質だけは。

 だがそれが何になるというのだろうか。


 守備は羽谷ほど上手くない。選球眼は甲野ほど優れていない。走塁も羽谷に劣る。

 では速球は?

 残念なことに、甲子園には、自分よりももっと速い球を投げる奴がごまんと存在するのだ。


「……正直舐めてたな、野球。オレ、星上について行って正解だったかもしれねえや」


 今でも思う。

 強豪高校に放り込まれて、強豪リトルの四番をやっていた才能の塊のようなみんなと切磋琢磨すればどうなっていただろうか、と。

 緒方にとっては、それは何度でも脳裏によぎる、人生の分岐点の一つである。


 最新鋭の設備を使って練習し、学校のカリキュラムさえも野球に特化した三年間を送って。

 ほぼ確実に甲子園に出場することが決まっている――そんな重圧のかかる環境で、天才たちと一緒に鍛え合っていれば、どうなっていただろうかと。


 星上に言わせたら「七割の確率で潰れて、三割の確率で大陸最高のスラッガーに覚醒していたかな?」とか言われそうだ。


(もしかしたら、あっちの方が、オレはもっと自分を激しく追い込んで、もっと高みに上っていたかもしれねえ。でも――今ほど野球を楽しめていたか? 今ほど野球の奥深さを噛み締めていたか?)


 星上に出会う前は、天才たちに出会うことが、切磋琢磨だと思っていた。


 天才たちに色んな教えを請うて、天才たちの一挙一動から、それを他山の石として自分の技術を磨く。

 バッティングが上手い天才のスイングを見なければ、自分がより高みに上るためのスイングが分からない――と。


 だが星上は、バッティングの天才でもないのに「何かフォームが変じゃない?」とか、「もっとウェイトトレーニングで、スイングを速くできるんじゃ?」とか、「もっと直球なのか変化球なのか見極める目の良さが必要だよね」とか、遠慮なく物事を言ってくる。

 そしてそれは、概ね正しいことが多い。


 天才たちから見て学ぶつもりだったが、星上は「プロの試合から見て学びなよ。あれ本当に凄いから」と、とんでもないことを平然と言ってのけていた。


(あんな画面越しで分かるわけねーだろが! 実物が隣に立ってくれていないと、わかるもんもわかんねーっての!)


 スイングの風切り音、テイクバックやステップをとるタイミング、そういった細かい情報が、あんな小さな画面から読み解けるはずがない。

 全くもって星上は、何かが見えている・・・・・・・・かのような、化け物じみた観察眼を発揮することがある。


 そう。

 星上は。

 あいつだけは――。


(あいつは、別格の化け物・・・だ。何かがぶっ壊れている。羽谷とか甲野とか森近みたいに、端々にセンスを感じるような、さすが上手いと唸らせられるような人種じゃない。あいつは凡才っぽいけど、時折、未来が見えているかのように、パズルのピースを合わせにいくようなことをやってのける)


 星上に出会う前は、天才たちに出会うことが、切磋琢磨だと思っていた。

 だが、星上に出会ってからは、答え合わせ・・・・・のようにあっさり問題が氷解することが増えていった。


 ぞっとした。


 天才たちは、同じように悩み、それを才能で乗り切る。

 だが星上は、答えを知っていて、どんな凡人でも乗り切れるようにかみ砕いてしまい、そんな問題など最初からなかった・・・・・・・・かのようにしてしまう。


 才能の瞬きには、いつか終わりが訪れる。

 だが、星上のあれ・・には、終わりが見えない――。


(オレだけ、大して進歩してねえんだ……もっと前に進みたいんだよ、俺は!)


 緒方は、野球の強豪高校に進学したときの自分を、たまに考えることがある。

 そうしていれば、もしかしたら、もっと切磋琢磨に明け暮れて、もっと野球に真剣になっていたかもしれない。


 ――だが、その時はきっと、見ている世界が狭かったであろうと思う。


 かつて天才スラッガーと持て囃されてきた緒方は今、子供のころ、全く想像だにしていなかった心情で、練習に打ち込んでいた。


(あの何でも見透かす化け物に、すげえって言って欲しい。そのためだったら、オレ、世界で一番のスラッガーになってみせるから)


 本当に、ただそれだけの理由。

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