第二章:弱小高校に入学早々、さっそく今までと根本的に異なる戦略をとる
第6話 高校時代:甲子園を最短で目指すための超合理的トレーニングは筋肉です(脳筋理論)
計画的に甲子園を目指すため。
その一心で選ばれたのは、進学校でもある「私立ときめき学園」であった。
(緒方のやつ、高校名聞いたらあんぐりしてやがったな。あの顔、ほんと傑作だった)
何のことはない。
・推薦入学が使える
・様々な企業からの協賛/提携もOK
・寮生活がOK(特別寮を与えてもらった)
・設備が(野球用ではないものの)比較的整っている
・トレーニング方針に口を挟まない
・大学と提携している
・偏差値もそれなりに賢い
という条件を満たすのがこの高校だった、というだけである。
ちなみに補足すると、ときめき学園は野球部が全然強くない。
ラグビー部、男子バレー部がちょっと強かったりする程度で、野球部は万年一回戦か二回戦で敗退する。
プロ球団とも特にコネクションがないし、将来プロ野球選手を目指すにしても特に旨味のない高校である。実際、高校側も、公式パンフレットで文武両道を謳ってはいるものの、そこに野球部の名前はない。
高校側からすると(なぜリトルシニアの有力選手だった生徒がこんなに急に入学してきたのだろう?)と不可解だったに違いない。
だが、この俺、こと
(そこそこ賢い高校だから、いじめも少ないし、校則もそんなに厳しくない!
自由気ままに、やりたいトレーニングをやることができる!
そして、野球に打ち込んでさえいれば、可愛い女の子たちと一つ屋根の下で暮らすこともOKだと太鼓判をもらってしまった!
これで楽しくないわけがない!)
緒方もいる。羽谷妹もいる。甲野もいる。森近もいる。
同世代でもトップクラスに野球が上手い四人が、俺と同学年で同じ高校に入学してくれた(というか俺が推薦枠を五枠もぎ取った)。
そして五人とも、結構かわいい。
もう俺は、異性たちと暮らす寮生活が楽しみで仕方なかった。
俺は単純な男であった。
◇◇◇
「この高校三年間は、フィジカルを鍛えるぞ。筋肉があれば、打球は飛ぶし、投球は強くなるし、走塁は速くなる。鍛え上げられた肉体があればドラフト指名されやすくなる。フィジカルは嘘をつかない。超シンプルな理論だ」
同級生四人が特別寮にやってきた最初の夜、さっそくミーティングを行うと、四人にぽかんとされた。
野球の技術的なトレーニングをもっとみっちり行うと思っていたのに、という顔であった。
「え……? ちょっと待って、科学的トレーニングって言ったよね?」と羽谷が口をはさむ。
羽谷は、『高校三年間みっちり科学的、合理的なトレーニングを行うから』と言って連れてきた。
合理的トレーニング――リトルリーグ、リトルシニアで屈指の技巧派だった俺がそんなことを断言し、さらにスポーツ科学の大学と提携している高校を選んだことから、この三年はすっかり技術訓練に明け暮れるものと思い込んでいたのだろう。
アベレージヒッターでありリードオフマンである羽谷は、技術習得に関して人一倍貪欲であった。
だが俺の答えはノーである。
というよりも。
「一番科学的にトレーニングすべきは、肉体作りだ。はっきり言って他の高校では、基礎の土台となる肉体作りが科学的じゃないんだ」
例えば。
体組成とパフォーマンスの関係性を調査した結果がある。
投球フォームがオーバースロー・スリークオーターの高校投手で、ストレートの球速帯が
①140km/h以上(平均143±2.0km)
②130km/h以上139km/h以下(平均134±3.0km)
③120km/h以上129km/h以下(平均125±2.9km)
④120km/h未満(平均113±5.5km)
の4群に分けて分析をしたところ、
・上肢(投球腕・非投球腕の上腕・前腕)の周径囲
・体幹(胸囲・腹囲・臀囲(おしり))の周径囲
・下肢(軸足・ステップ足の大腿・下腿)の周径囲
・体組成(体重・体脂肪率・除脂肪量)
の筋肉量について、有意な差が見られたのは下記
・胸囲と腹囲の周径囲
・大腿の周径囲
・体重・除脂肪量
反対に、有意な差が見られなかったのが、以下という結果が出た。
・上肢の周径囲
・臀囲の周径囲
・下腿の周径囲
・体脂肪率
引用[1]:https://torch-sports.jp/article/body-composition-and-performance-study-of-1030-high-school-baseball-players
この結果が示唆しているのは、
「球速が欲しいのであれば、腕を太くするより、胸囲・腹囲など体幹部から太腿にかけての筋肉量を増やす方がよい」
という意外な結果であった。
また、胸囲については、"大胸筋が発達している"と勘違いされがちだが、実際は背中側の筋肉が発達していたことから、背筋が必要であるということが分かる。
「球速を早くするにはどこの筋肉を付けたらいいか。そんな当たり前のことさえ、研究が進んでいないんだ」
否。
プロ野球の世界では、すでに一部の球団が科学的なトレーニングに着手を始めている。野球界隈でも根性論一筋だけでは立ち行かないことぐらい、そろそろ薄っすらと気付かれ始めている。
科学は絶対の道具ではないが、科学が手助けしてくれるものは多くある。まだ浸透はしていないものの、緩やかに変化が起きつつある。
まだ世代交代が終わっておらず、フロント側でもファン側でも、精神論や根性論が支配的であるものの――だ。
それでもなお、この世界の高校野球の指導では、間違ったトレーニングが横行している。
根性論。精神論。美学。体罰。
加えて言えば、現代日本とさほどテクノロジーの発達が遅れているように見えないというのに、この世界ではどうにも現代日本よりも科学的な野球の議論が遅れている。
――付け入る隙がある、ということだ。
(うちはとことん科学的に、合理的にやり遂げてみせる)
俺がこの四人を半ば強引に引き抜いたのは、この四人の才能を潰したくなかった、という気持ちも大いにあるのだ。
「ちょっとよろしいかしら」とフランツィスカ・恵理・森近が早速手を挙げた。
「フィジカルの訓練の重要さは分かりましたわ。そして、科学的トレーニングをこれから行うという意気込みも異論はなくってよ。でも、技術は磨かないとすぐ錆びついていきますわよ?」
とてもいい指摘だと思う。
投手、それも制球の優れた技巧派投手である森近にとってみれば、ボールを触らない訓練は不安だろう。
寸暇を惜しんででも、変化球の開発に明け暮れたい。そんな気迫と意気込みを感じる。だから俺はあっさりと答えた。
「技術とみんなが呼んでいるものは、フィジカルが解決してくれるよ。もっと難しいことがもっと簡単に出来てしまう。フィジカルを鍛えることで、そんな風に次のステージへと上がってほしい」
結論から言うと、ステータスオープンで各種数値を細かく分析できる俺がいるのだから、技術についての心配はあまりなかった。
俺が数字を確認しながら身体を動かせばいいので、フォームの修正、球の回転軸と回転数の修正、体の重心のズレの修正、その他のズレの修正は難しくない。感覚頼みで、ああでもないこうでもないと手探りで身体を動かすよりは、遥かにアジャストが早い。
どちらにせよ、プロの世界に入ればウェイトトレーニングからは逃げられない。その時に身体のバランスを崩すよりは、今、肉体を適切に成長させたほうが
皆が技術を見失っても、俺だけは答えを見失わない。
「それでも不安ですわよ? よく聞きますわよね? 筋肉をつけることで身体のバランスが崩れてしまって、投手としてダメになる……なんて話。ありふれていることですわ。フィジカル重視の訓練も、正直なところ心配ですわ。
私、いまだにこの選択が正しかったのか、ちょっと心配ですもの」
「大丈夫。俺が絶対に責任を持つ。何、身体の動かし方の調整なら任せてくれ。
「……う」
責任を取る、とまで言うと、彼女はもうそれっきり黙り込んでしまった。
――――――――――
そろそろセイバーメトリクス(というよりLWTS)の話をしたいなあと思いつつ、肉体作りの基礎はおろそかにできないよなと思って書いています。
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