第5話 シニア時代:男も甲子園に出場できるらしいから、計算高くいきましょう(ゲス顔)

 男も甲子園に出場できる――。

 そんなニュースを耳にした俺は「まじで?」と目を瞬かせた。


 友達からの連絡もひっきりなしに届いた。グループトークは大盛り上がりである。

 緒方や羽谷なんかは俺よりも喜んでくれたぐらいである。マイペースな甲野は「へえ、そうなんだ」といつも通りのぼんやりした返事だったが。


(予想外だ。これはでかいチャンスだぞ! 甲子園に出られない前提でライフプランを考えていたが、こうなったら話は別だ!)


 甲子園に出られる。

 出ることができれば、メディア露出は格段に増える。

 当然、将来のプロ野球選手とお近づきになれるチャンスは爆発的に広がる――。


(目標が変わった。絶対に甲子園に出てみせる。俺の将来のためにも!)


 このカス野郎め、と我ながら思う。

 俺は徹底して、実利主義者なのだ。


 解説しておくと、主だった高校野球の公式大会は三つ存在する。


 春季大会:選抜高等学校野球大会(俗にいう、春のセンバツである)

 夏季大会:全国高等学校野球選手権大会(俗にいう、夏の甲子園である)

 秋季大会:明神神宮野球大会


 いずれも非常に大きな大会だが、春の「選抜高等学校野球大会」と、夏の「全国高等学校野球選手権大会」の二つが花形だと考えてもらっていい。


 もしも。

 もしもの話だが、一軍メンバーとして華々しくこの夏季大会=甲子園に出場することができれば、俺はもう、たくさんのプロ野球選手の卵たちと知り合いになることができるだろう(ゲス顔)。


(どうする? どうすれば俺は甲子園に出場できる? スケジュールから逆算すると、俺にはどんなことができる?)


 現実的に考えて、夏の甲子園に出場したいのであれば、シード権を勝ち取る必要がある。

 シード校でない場合、甲子園に出るには最大7〜8試合勝利する必要がある。だがシード校であれば、3回戦から登場するので、他のチームよりも1~2試合ほど体力を温存できる。

 先発投手のローテーションを考えると、投手二人をローテーションすると考えても負担を15%~25%ほど減らせる。これは非常に大きい。


 それだけではない。シード権を得ることができれば、初戦で強いチームと当たる確率が低くなる。

 シード校はトーナメントの四隅に配置される。逆に言えば、確率的には準決勝~決勝まで、トーナメント優勝有力候補のシード高校たちと当たる心配をしなくてよくなる。


 勝ち抜きたいなら確実にシードを獲得すべきなのだ。


(決まりだ。狙いは高校二年。まずは高校二年の春の選抜に、21世紀枠で出場する。そして全国的に注目を浴びつつ、夏の甲子園に出場を果たす。これがいい)


 なぜ21世紀枠? 最初から強い高校に入学すればいいのでは?

 と思われるかもしれないが、俺はこのプランが一番現実的だと考えている。


 強すぎる高校だとレギュラーを勝ち取れない可能性が高い。また強すぎる高校は、得てしてチームの練習がかっちり厳格に組まれている。

 そうなると、俺がやってみたい先進的なトレーニング方法ができなくなる可能性が高いのだ。


 だから、21世紀枠を狙えそうな高校がいい。

 そういう高校で、絶対的エースとして君臨して、チームを勝たせて、甲子園に連れていく。

 展開にもドラマ性があるし、メディアもきっと好意的に食いついてくれるはず。


 決まりである。

 そうと決まれば、今のうちに高校に片っ端から電話をかけていくのがいいだろう。

「あなたのところの高校は、練習設備が整っていて、選手に自由なトレーニングをさせてくれる環境を提供してくれますか?」

 ……と、直接聞いてしまうわけだ。


(よっしゃあ! リトルリーグで無双してきた甲斐があった! この実績をもとに、いろんな高校に直接コンタクトを取ってやる!

 学業もばっちりだし向こうも文句はないはず!

 成績優秀、品行方正、そして文武両道で何かと話題の男性エースピッチャーである俺なら、どこか手を挙げてくれる高校がいるはず――!)


 全ては、甲子園に出場して、美人のスター選手と結婚して養ってもらうため。

 俺の遠大にして、かつ最大の野望が、今まさに幕を開けようとしていた。






 ◇◇◇






 リトルシニアの全国的スラッガー、緒方睦はこの日、とんでもない相談を受けていた。


「し、進学校に……入る……?」

「そう。スポーツ科学の分野で大学と提携していて、文部科学省からサイエンス指定受けている高校にしようかなと。

 そういう高校だったら、21世紀枠で春の選抜にも残りやすそうだし、俺がレギュラーになって一年生からいきなりエースしても問題なさそうだし。

 最悪故障して野球ができなくなっても、学歴があれば人生の軌道修正もそんなに難しくなさそうだし」


 まさかの話であった。

 進学校に進むなんて、そんなこと考えたこともなかった。


(オレ、シニアで活躍するような奴は野球が強い高校に入るのが普通だと思っていたけど、そういう考え方もあるのかよ……)


 実際のところ、緒方ほどの選手にもなってくると、シニアを通じて、推薦の話が来ることもある。


 例えば特待制度。

 邦洲高等学校野球連盟に届け出ている全国約370校で実施されている制度であり、各校5名まで枠があり、授業料、部費などが優遇される。

 とはいえこれは野球のみの特待枠の話。他の陸上競技のスポーツ名目にすれば、多少特待枠に融通が利いたりするし、特待は無理でも推薦枠を用意することはできる。


 シニアの四番ばかりが集まる高校とかがあるが、緒方はまさにそういう高校からアプローチを受けていた。


「で、緒方さ。もしよかったら俺と一緒にその高校来てくれない?」

「は?」

「ダブルエースやろうぜ。一人じゃ心細いんだ」


 一瞬理解が遅れたが、頭の中で再度情報を整理した。

 とても魅力的な提案だと思ったが、すぐに理性がそれを否定した。

 つまり彼は、わざわざ弱小高校に一緒に行こう、と言っているのだ。


「……わりぃな、星上。オレさ、親の期待を背負ってるんだ。オレの親、スターローズの捕手やってるだろ? だから俺もプロ野球選手にならなきゃいけねぇ。一番設備が整っていて、一番野球の練習に打ち込める、そんな環境に行きてーんだよ、オレは」

「俺がお前の練習も面倒見る。全国で一番優れた練習をしてみせる。プロ野球選手になるんだったら、俺と一緒の高校が一番近道だって証明してみせる」

「……う」


 魅力的すぎる提案。


「学生寮の条件ももぎ取れそうなんだ。一緒に夜まで練習できる」

「……うう」

「企業からの協賛の話もいくつか内定してる。学生食堂の栄養管理とか、スポーツ用品メーカーの試供品とか」

「……待って、え、待って、怖!?」


 とんでもない単語がさらっと聞こえた。

 星上、いったいどこまで本気なのだろうか。


「社会人野球の球団にも頭を下げてきて、エキシビションの一環で俺が若手選手とミニゲームする企画も通してある。お金なら工面できる。だから」

「お前怖いな!?」


 さらりと。

 星上の半端じゃない行動力が発揮されていた。


 確かに、男子野球で今最も有名と言ってもいい星上とコラボ企画を実施すれば、女男平等推進のCSR活動として広報にも使えるだろう。

 実際のところ、星上はリトルリーグで女子顔負けの活躍を繰り広げてきた。ワンチャンス、男子初で甲子園にも出場するかもしれない。その際に支援してきたという実績があれば見返りは大きい。

 そこまで上手くいかなくても、若いうちからこんなに行動力がある学生である。今のうちに恩を売っておけば、後々に企業に入社してくれるかもしれない――。


 そんな打算が働いたのか働いていないのか分からないが、星上は案件をもぎ取ってきた。


「頼む、緒方。お前を絶対にスター選手にしてみせる。だから、俺と同じ高校に来てくれ。一緒に青春を送ろう」

「……ううう」


 もしかして口説かれてるのか、オレ?

 ……と緒方があらぬ妄想に差し掛かったまさにそのときだった。


「あ、ちなみに羽谷妹と甲野と森近は、俺と一緒に寮生活するって提案に乗ってくれた」

「やる」

「ん?」


 一緒に寮生活、と聞いて、緒方の決心は固まった。

 他の連中と一緒に生活すると聞いて、緒方は、それは絶対に放っておけんと一瞬で理解した。


 緒方 睦(14)。

 91打席69打数44安打 打率.638 本塁打8本 四死球22。

 超大型スラッガーとして将来を嘱託されている彼女は、この日、まだ一年先の将来の進路について、腹を決め込んだのだった。

 


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