第4話 シニア時代:天才たちと個人練習することで、自分の今後の方向性が見えてくるなど

 俺の全盛期はせいぜいリトルリーグまでだと思っていた。

 ここからはより一層厳しい、一握りの才能の世界に突入していくという予感があったからだ。


 特に俺には速球がない。

 速球がないということは、反射神経と直感に優れた打者に、即座にバットを合わせにいかれてしまうということでもある。

 だから、緒方や羽谷姉妹や甲野のようにバットコントロールの巧みな連中と練習をすると、あっという間にぽんぽこ打たれるようになってしまった。


 まるでバッティングピッチャーのようなものだ。何度も裏を搔こうとしたのだが、やはり本物の天才には敵わないもので、最終的に三打席に一回は安打を打たれるぐらいに落ち着いた。三打席に一回打たれたら、それはもうピッチャーの負けである。


(やっぱり化けの皮が剝がれるのは、リトルリーグまでだったな。天才どもには敵わないものだな)


 打たれるたびに俺は思った。

 ああ、俺にはやっぱり才能がなかったな、と。

 こいつらの才能は本物だと。

 そんなことを痛感したものだった。


 だが、少々嬉しい誤算があった。

 リトルシニアに進んでも、俺は相変わらず快勝を続けていた。

 というより、上手いやつと練習してたので、いつの間にか俺も上手くなっていたのだ。

 俺も成長していたらしい。


 ①みんな目がいいので、成長期で手足が大きくなったせいでフォームが崩れてしまったとき、それを指摘してくれた。

 ②投手目線から見たときは満足な変化球でも、打者目線で見たときに変化量が物足りないときや球威が足りていない時、ちゃんとそれを教えてくれた。

 ③一流のピッチャー(緒方と森近)が二人も一緒にいる環境で、何度も回数を投げてきたので、力の抜き方や自然な腕の振り方を覚えることができた。

 ④決め打ち型(特に甲野)やカット巧者(羽谷妹)をだますために、横のストライクゾーンに関しては厳しく制球する癖がついた※。


 などなど。

 上手いやつと練習した成果は色々あったが、列挙すると上の四つが大きかった。


 ----------

 ※補足:ストライクゾーンは横には見極めやすい。

 遅い球速の球で、オーバースローやスリークオーターやサイドスローやアンダースローなど、ころころとリリースポイントの高さを変えられてしまうと、山なりの軌道が"低い山なり"なのか"高い山なり"なのかぱっと見では分からず、軌道の高低を見積もれずに、高めのボールや低めのボールについ手を出しがちである。

 だが、ベースの左右からはみ出るかどうかは直感的にすぐわかるし、そこから左右に変化するかどうかについても、一流の打者であれば縫い目の回転方向で直感的に判別できたりする。そうでなくとも直線ならここ、変化球ならここ、とコンタクトポイントの山を張ることはできるので、横には見極めやすい……とされる。

 ----------


(結果的には、まあ、リトルシニアでも遅い球でみんなを翻弄する技術を手に入れちゃった……って感じだな)


 結局、俺のピッチング技術はさらに上達した。


 心の中で、俺は練習に付き合ってくれた彼女たちに深く感謝をしていた。

 遅い球速になってくると、山なりの軌道を変えるのも立派な変化球の一つだ――と俺は思うようになった。


 高回転バックスピンから、低回転バックスピンまで。

 いわゆるマグヌス効果。


 バックスピンの回転量が多いと、マグヌス効果が働いて球が落ちにくくなる。ストレートが真っ直ぐ落ちない軌道でキャッチャーミットに突き刺さるのは、このバックスピンによるマグヌス効果のおかげでもある。

 このマグヌス効果の揚力をなくした変化球が、いわゆるフォークやスプリットである。

 だが、この高回転~低回転までを意図的に操ることができれば、それはもう、『ストレートという名前の変化球』なのだ。


(上手い奴らと練習していて気付いた。あいつらみたいな天才でも縦の変化には苦しむんだ。やっぱり、縦の変化球は決め球になるのが多いな)


 才能はとうに枯れたと思っていたが。

 リトルシニアになってからも、俺はまた新たな進歩を得られそうな――そんなワクワクする予感がしていた。






 ◇◇◇






 野球は卓球でもテニスでもない。


 卓球をやったことがある人であれば、「スピンによる変化って大きいよね!」と体感できるし、軟式テニスをやったことがある人であれば「ドライブ回転とカット回転でボールの縦の沈み方が全然違うよね!」と想像できるだろう。


 だがあの魔球のような曲がり方が、果たして硬球で、しかもラケットではなく人の手によるリリースだけでできるかというと、ちょっと想像しにくいと思う。


 ポイントは縫い目。

 野球の球には縫い目があり、そこに指をひっかけられる。

 プロ野球選手は指をひっかけて思い切り腕を振り抜くことで、2000rpm~3000rpmの回転を生み出しているのだ。


 例えばストレート。

 球速140km/hの投球におけるホップ量の比較を行うと、回転数500rpmごとにホップ量は10cmずつ変化する。[1]

 引用[1]:https://baseballorbitsimulator.blogspot.com/2020/06/2143.html


 これをフォーシームではなくツーシームなど指のかけ方を変えると、ボールに与えられる回転量と軸が変化し、軌道が変わる。

 一流選手が「指の引っ掛け方、握り方を変えたらそれだけで軌道が変わる」なんてすごいことを言うのは、その回転の軸や回転量が変わるからなのだ。


 そして、俺はその答え・・を見ることができる。


「やっぱプロの試合はすげえなあ……国鉄スターローズの投手、2800rpmのストレート投げてやがる」


 ステータスオープンによる情報。

 握り、球速、回転数、回転軸。

 本来ならば絶対に流出しないはずの秘匿情報を、俺は見ることで・・・・・学んでいた。


 すなわち、プロ野球の試合中継である。

 試合中継はお宝の山・・・・だった。肉体の使い方を惜しげもなく公開してくれているのだから。


(俺も真似しているけど、腕の長さとしなりが違う、筋肉量も違う。だからたとえ投球フォームと回転軸は合っていても、俺は、あの選手みたいにキレッキレのスライダーにならないんだな……)


 肉体的な限界もすぐに分析できる。これをむやみに超えようとすると、どこか筋や腱を痛めたりする。時間をかけて肉体を作って再挑戦。それがいいだろう。

 筋肉が足りていなければ、そもそも力を与えることができない。回転も同じである。ステータスオープンを使えば、プロ投手の筋肉量・筋肉の付き方も分析できるので、それを真似すればいいだけだ。


 こんな長期的、かつ計画的な練習ができるのは、俺がステータスオープンで様々な情報を分析できるからだ。


 プロ野球選手の様々な投球フォームは、ある程度、真似できるようになった。

 それでも肝心の球速や回転数は真似できない。

 回転軸や回転の与え方はそんなに間違っていないので、あとは肉体を作っていくだけだ(むろんそんな回転軸や回転の与え方の情報を分析しながら投球練習ができるのは、世界で俺だけなのだが)。


(プロ野球選手の軟投派投手を片っ端から真似していこう。軟投派の選手だったら、俺でもちょっとは真似できるはず)


 そうして真似したプロ野球選手ばりの球を、リトルシニアの連中にお見舞いしてやるのだ。


 まだまだ俺は戦える。

 てっきりリトルリーグで終わると思っていたが、あともう少しぐらいは粘れるかもしれない。






 ◇◇◇






【速報】リトルリーグの星上投手(13)「男だけど甲子園出たいですね」


 1:やきうのお姉さん@名無し

 他のスポーツからすれば、野球をする男子は少ない。それは中学に男子野球部がなく、さらに高校では皆無という都市が多いからだ。これは戦前から野球は女子がするものという風潮による。

 女子と一緒にプレーしては危険だという「スポーツの常識」――。

 体力、筋力の違いから、女男が混合であっても闘い合うのは怪我につながる。

 そうしたことから、高野連こと大陸高校野球連盟は、男子選手の公式試合での参加を認めておらず、大会参加資格を「女子生徒」と規定している。

 mttps://yohoo_press.jp/articles/-/114514?page=1


 2:やきうのお姉さん@名無し

 ホッシは女子顔負けやろ

 あいつが甲子園出ないのは大陸野球界の才能の大きな損失


 3:やきうのお姉さん@名無し

 ホッシ、アイドル級のイケメンやからなあ……

 思春期の雌真っ盛りの連中にすぐ襲われそう


 4:やきうのお姉さん@名無し

 もうホッシは動画配信で儲けたらええんちゃうか?

 熱狂的なファンいっぱいつくと思うし、スパチャたくさん貰えると思うで


 5:やきうのお姉さん@名無し

 リトルリーグ大陸東部連盟 星上雅久

 ・第26回シルフェンズカップ ベスト4(リトルシニア勢では2位) 優秀選手賞

 ・第9回全国男子中学生硬式野球選手権大会 優勝&最優秀選手賞

 ・第21回スターローズカップ 準優勝 最優秀選手賞

 ガールズリーグに混じって、リトルシニア勢と一緒にここまで結果残してるんやで

 ようやっとる


 6:やきうのお姉さん@名無し

 mttps://i.imgirl.com/POwjfYtJgA.gif

 星上きゅんの変化球、いつ見ても鮮やかすぎる

 山羊丘選手のようなスライダー、馬藤選手のようなカーブ、鹿島選手のようなシュート

 こんなん打てる中学生おらんて


 7:やきうのお姉さん@名無し

 だれか育成制度で星上きゅん指名してくれんかな

 甲子園いけないにしても、星上きゅんにはプロで活躍してほしい


 8:やきうのお姉さん@名無し

 男子ってプロ野球できるんやっけ? 男子を制限する規約って昔撤廃されたんだっけ?


 9:やきうのお姉さん@名無し

 >育成制度とは、大陸プロ野球において、各球団の支配下登録選手70人枠に含まれない契約で有望選手の育成を目的とした制度です。

 >出場できるのは二軍の試合(1試合につき5人まで)だけで、最低年俸は240万円。背番号は3桁をつけます。

 まー育成枠には行けるんちゃうかな、話題性抜群で球団の宣伝マスコットにもなるし


 10:やきうのお姉さん@名無し

 星上投手(13)「高校は進学校に進む予定です、将来を見据えると学問は大事なので」

 お前らよりよっぽど大人で草


 11:やきうのお姉さん@名無し

 ムッスメの模試の結果みたら、全国上位に星上きゅんっぽい名前がおったんやけど

 もしかしてこれガチで星上きゅん?

 mttps://i.imgirl.com/WrFhJdApM.jpg


 12:やきうのお姉さん@名無し

 星上きゅん、最近の若手にありがちな科学絶対信奉論者なのがなあ……

 科学的かつ合理的なトレーニングとか言っててちょっと落ち込んだ

 そんなの、トレーニングが合う合わないなんて人それぞれだから、とりあえず色々やってほしいんだけどなあ

 人の体の成長なんて、数学の方程式を解くみたいに、絶対の答えがあるわけじゃないんだからさ


 13:やきうのお姉さん@名無し

 打者のホッシは、別に動体視力いいわけでもないのに変化球に強いよな

 何であんなにポンポン打てるのか分からん

 本人はポンポン変化球投げてるくせに、他の投手の変化球にやたら強いとか、化け物か?


 14:やきうのお姉さん@名無し

 >>10

 なんか最近ホッシは「科学的なトレーニングができる高校がいい」とか「大学病院とかと提携している場所で練習したい」とか言い出してるからな

 このまま大成してくれるといいんやけど、ちょっと心配


 15:やきうのお姉さん@名無し

 結果出してるからいいけど、ホッシは実際クソ生意気そうな気がするな

 礼儀正しいし言葉使いも上品やけど、練習に関してはマイペースで頑固やからな

 やっぱ女だらけの環境で男の子一人やから、王子様みたいになってるんかな


 16:やきうのお姉さん@名無し

 あのイケメンで我が儘王子様だったらむしろご褒美では?


 17:やきうのお姉さん@名無し

 ホッシいい匂いしそう


 18:やきうのお姉さん@名無し

 >>10 >>11

 ガチだとしたら全国100位以内の偏差値ってこと!?

 医学部狙えるんじゃね


 19:やきうのお姉さん@名無し

 >>6

 現役のリトルリーグの監督です

 まず、こんなにきれいなフォームのサイドスローの男子は初めて見ました

 前傾姿勢からの体重移動よし

 大きなテイクバックよし

 腕が身体に巻きつくようなフォロースルーよし

 グローブを利用して体が早く開かないように抑制しているのも好印象です

 下半身がとても強いんだと思います

 男性の体でよくここまで磨き上げたものだと思います、素直に脱帽します

 流石、最優秀選手賞に輝くだけはありますね

 鹿島選手の全盛期を髣髴とさせる、素晴らしいサイドスローでした


 20:やきうのお姉さん@名無し

 >下半身がとても強いんだと思います

 ガタッ


 21:やきうのお姉さん@名無し

 >下半身がとても強いんだと思います

 ふぅ・・・


 22:やきうのお姉さん@名無し

 お前らときたら

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る