第3話 リトル時代:試合でボッコボコにした女の子たちと仲良くグループトークするなど

 この俺、星上雅久の投球スタイルは「投低打高」とされているリトルリーグにおいても異質なものであった。


 リトルリーグの場合、投手から本塁までは約14m。約18mあるプロ野球と比べると本塁までの距離が詰まっている。

 そうなると、変化球はよほどキレがない限り、変化の幅が小さくなり、ただの打ち頃の遅い球になる。

 変化球主体の軟投派にとっては、やや辛い環境である。

 ただでさえ変化しにくい硬式球なのだ、この4メートルの差は馬鹿にならない。


 変化球が活躍しにくい。

 リトルリーグにおいて「投低打高」となっているのは、それが一つ大きな要因となっている。


 だが見方を変えると、本塁までの距離がつまっているのはそんなに悪いことではない。

 サイドスロー、それもインステップを大きく踏み込む投球フォームで勝負するなら、距離が詰まっている分、角度が大きく付く。

 これは横投げ変則投手にとって、リトルリーグならではの特典だろう。


(それに、リトルリーグにおいてサイドスロー投手というのがそもそも珍しいからな)


 リリースポイントが普段と違う、というだけで打者にとっては難しいだろう。バットをコンタクトさせるポイントが、普段の無意識に行っているバッティングの感覚からずれるのだ。


 ピッチングの軌道もオーバースローやスリークオーターと当然違うので、変化球か直球かの見極めも難しい。

 サイドスローを見るのが初めてであればなおのこと。そうでなくても、同じチームにサイドスロー選手がいないなど、なかなかサイドスローを見慣れない環境にいる子であれば、球に合わせに行くのに苦心するはずだ。


 制球の面でもサイドスローは優れている。

 サイドスローにして腕の位置を下げた方が、肩甲骨も無理なく稼働できる。投球の度に毎回同じ動作を繰り返す、という再現性が高いので、コントロールも安定しやすい。

 つまりオーバースローと比べると制球が定まりやすい。


 速度が出ないならいっそサイドスローで勝負、というのは案外リトルリーグだとハマるのだ。


(相手の目が慣れてきたらスリークオーターとかオーバースロー、アンダースローに変えたらいいしな。左右変えても効果的だし。

 リトルリーグだと六イニングしかないから、せいぜい同じ打者とは二巡から三巡しか勝負しない。投球フォーム変えたら相手もついてこれないだろう)


 アンダースローは、速度が出ないし球威も軽いし、足腰に負担が大きくかかる。

 変則的なので、まともな変化をする変化球種もかなり制限される。

 だがリトルリーグだと、サイドスローよりもドハマリ・・・・してくれる。


 ステータスオープンで投球スタイル別の打率を見て、サイドスローだと分が悪いなと判断したとき、偶に使う分には極めて効果的だ。


(やっぱり制球だよなあ。速さよりも制球。もちろん球速にはロマンを感じるけど、努力で補えるもんじゃないからな、あれは)


 制球。

 俺の永遠のテーマである。


 練習するときは、左右バランスよく投げる。

 体幹の歪みを正すのに効果的だし、どちらか片方が不調なときの姿勢の狂いを発見するのにも役に立つ。

 もちろん、そこに加えて、自分の姿勢をビデオで撮影し、分析スキルで自分のフォームを分析するということも並行して行う。


 プロの一流選手と比べて一体何が違うのかを試行錯誤する。

 やっていることは、ほとんどプロの一流選手のフォームの物真似だ。だが分析スキルが、ステータスオープンで分析できるあらゆる情報が、俺にヒントを分け与えてくれる。


 そうやって制球を少しずつ鍛え上げていく。

 疲れていても。

 姿勢の狂いがないように。

 まるで精密機械のように。


(今日は、右のアンダースローの調子がいいな。左はオーバースローが悪くない。じゃあ配球にはあれが使えるな……)


 試合で使える手札は、その日のコンディションで決まる。こればかりは仕方がない。

 どうしてもスポーツというのは、調子の良し悪しがあるのだ。


 仕上がりがいいフォームと仕上がりがいい変化球で、相手を仕留める。

 変幻自在の軟投派である俺が、固まったスタイルを持っていないのは、「その日調子がいいフォームと変化球で配球を組み立てるから」というやりかたで戦っているからなのだ。


 球速なんてもの、下手に追い求めすぎたら、肩や肘をぶっ壊してしまう。

 それよりも、多数のフォームを投げ分けて、多数の変化球を身につけるほうが、身体への負担を分散できる。

 引き出しも多くなるし、相手に駆け引きを強要できる。


 せっかくステータスオープンが使えるのだ。


 相手の弱点を、ステータスオープンで丸裸にして。

 自分の投球フォームや変化球の狂いを、ステータスオープンで分析して、少しずつ精度を高めていけばいい。


 そうやって積み重ねていけば――化け物みたいな天才たちに、追いつくことができるのだから。






 ◇◇◇






「なんで打てませんの!? あんな、ひょろひょろのヘボボール球が!」


 吸血鬼の女の子が半泣きでキレた。

 リトルリーグでは偶にあることだ。子供なので癇癪を起こす。よほど悔しかったのだろう。審判にきつく注意されている。

 10歳以上の子が集まるメジャー部門ではちょっと珍しい光景だが、まあ、負けん気が強かったのだろう。

 このチームで先発エースにして一番の首位打者(半べそ)。微笑ましい光景だ。

 今日は、吸血鬼の彼女を抑えたらいいだけの試合なので、楽なものだ。


(なんで打てないの? って言われてもな……。

 お前をコース別で分析すると、インハイのコースではSwing%/スイング率が高い割に、Contact%/コンタクト率が相対的に低めで、O-Swing%/ボール球スイング率も高いっていう弱点があるからな……)


 インハイの球は打ちにいく癖がある。

 しかも腕をコンパクトに畳むのが下手。

 ボール球の見極めが出来てないor出来てるけどつい打ちたくなっちゃう。

 そんな分かりやすい弱点があるのだから、狙わない道理はない。


 特にナチュラルシュート気味の俺のサイドスローの球、詰まってしまってボッテボテのゴロを打つのは目に見えていた。


 一球目と二球目でプレートを踏む位置を変えているのもミソである。

 一球目は内角やや甘めのカーブだが、二球目はシュート気味。一球目のピッチング軌道と同じだと思って手を出したらそりゃ詰まるに決まってる。


 下からすくいあげる感じのスイング。

 ぱっと見、典型的なローボールヒッターだと思われた。

 だから、“高すぎるボール球に手を出させてゴロに仕留めよう”――という思惑が見事にハマった。


 リトルリーグの子なんてこんなものなのだ。

 苦手なコースと分かっていても、負けん気が強いからつい打ちに行きたくなっちゃう。

 見慣れない投球フォームでも、一巡見に行くということはしないし、見逃し三振なんかもってのほか。

 変化球だとしても、球速がないのでバットを合わせに行ってしまう。


 この週は味方のエラーでサヨナラ逆転負けしたが、61投までした。

 被安打5、奪三振11、与四死球0、自責点1。

 うち3安打は、下位打線を打たせて取るつもりがヒットになってしまったやつだが、悪くない仕上がりだろう。






 ◇◇◇






 緒方鬼人娘羽谷姉妹鳥人娘甲野亀人娘森近エルフ竜崎竜人娘豹堂獣人娘……と、将来の有望株との連絡先がちゃくちゃくと増えていく。

 俺は思わずにんまりとした。はやくこの中の誰かに、俺を養って欲しい。


「お、俺は男に現なんか抜かさねー」とか言ってた緒方が、一番俺と連絡多いのはちょっと笑う。

 といっても、普段のやり取りなんかは色気もそっけもない。


「シルフェンズvsサラマンダーズ、今の場面でピッチャーならお前はどう投げる?」

 とか。

「今のプレーめちゃ上手くね?」

 とか。

 野球の中継を見てそれの感想を言い合うだけだったりする。


 今や、みんなとのグループトークがあるぐらいには仲がいい。

 これが大事なのだ。

 野球は頭を使うスポーツなのだから、一球ごとに配球を考えてみんなで共有するのが一番成長する。


 星上「この場面なら、初球オーバースロー、カーブ、アウトミドルからアウトローに落ちるやつ」

 竜崎「星上サンそればっかりデスネ」

 森近「わかる」

 星上「二球目スリークオーター、インローにナックルカーブ」

 豹堂「なんで投球フォーム変えたの?」

 緒方「打たれるリスク高くないか?」

 星上「高いけど、二球続けてアウトコース投げてしまうと、三球目をインコースで勝負するかアウトコース三連続になってしまう。追い込まれたバッターはインコース躊躇なくバットを振ってくるし、インコースは長打になりやすい。かといってアウトコース三連続は、流石に球速とコースに目が慣れてるから騙しにくい」

 羽谷妹「三球目はスライダー?」

 星上「正解。サイドスローのスライダー、バックドアで勝負。2ストライクから一球外に外すのはよくあるセオリーだから、外のボール球の直球に見えるはず。スライダーなら直球とそんなに速度変わらないし、万が一バックドアだと気づいても芯を食ったスイングをするのは難しいはず」


 ……などなど。

 アイデアを共有すればするほど、俺の癖が広まってしまい、俺の強みがなくなっていくのだが、そんなのは関係ない。

 食うのに困ったら、この中の誰かに養ってもらえばいいのだ。


(早く誰か選手として大成してくれないかな。俺みたいな選手を、実力で真っ向から打ち崩せるようになったら、大きく成長するはず。きっと他の連中なんか目でもないぐらいに……)


 皆には、今よりもっと強くなってほしいと思っている。本心からである。そうしてたくさん稼げるプロ選手になってほしいと思う。切実に(ゲス顔)。

 きっとみんなから見たら、俺は「惜しげもなく野球の知識を教えてくれる人」みたいに見えているのだろう。まるで聖人君子のように思われているのかもしれない。


(いやあ、悪かったな、こんな中身で。俺はこういう男だよ)


 リトルリーグで大活躍しておいてよかった、と心の底から思える瞬間だった。

 可愛い女の子と野球談議で盛り上がれるんだから。






――――――――――


 ここまでご愛読いただきありがとうございます。

 この後リトルシニア編を二話はさんで、高校野球編に突入します。スピード感のある展開を目指して頑張ります。

 どうぞよろしくお願いいたします!


 ※2023/7/16追記:竜崎のキャラがちょっと変わりました。

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