第197話  『 デートしようよ 』

 水野さんとchiffonシフォンで別れて、その後は急ぎ足で家に帰った。


「ただいまー!」


 玄関の扉を開けて帰宅を報せると、リビングの方から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「あ、あまが――」

「ふんっ!」

「うわっ⁉」


 廊下をもの凄い形相で駆け抜けるアマガミさん。困惑する僕の下まで駆けつけた彼女は、勢いを殺さぬまま思いっ切り抱きついてきた。


「ど、どうしたの? 急に抱きついてきて……」

「あたしはお前の恋人なんだ。抱きついてなんか文句あっかよ」

「な、ないけど」

「なら大人しく抱かれな」

「は、はい」


 ぎゅっ、と少し痛いくらい僕を強く抱きしめるアマガミさん。なんとなく機嫌が悪いようにもみえるし、でも同時にこうも思えて。


「もしかして、寂しかった……ですか?」

「…………」


 アマガミさんは何も答えなかった。静寂の中、ただ僕を力強く抱きしめているのが答えのように感じて。


「ごめんね。アマガミさんを放ったらかしにして」

「……べつに。許可したのはあたしだし」

「でも寂しかったんでしょ?」

「……うっせ」


 優しく抱きしめ返せば、安堵したような、照れたような吐息が耳元で聞こえた。


「やっぱり、ボッチが他のヤツの為になんかすんのは気に食わねぇ」

「……うん」

「お前はあたしのカレシで、あたしのもんだ」

「――――」

「ボッチが今もあたし以外の他の女と楽しく話してると思ったら、ムカついて、イラついて、もどかしくなった」


 どんなに言葉を取り繕ったところできっとアマガミさんの不安は払拭できないと悟って、僕は彼女の曝け出される心の内をただ黙って耳を傾けた。


「あたしはボッチ以外の何もいらねぇけど、でもボッチは違う。お前が今日一緒にいてやったやつも、お前にとっては大事な友達ダチで、ソイツの為に何かしたいって気持ちにケチつける気はねぇんだ。でも、やっぱり心のどこかでずっと不安だった。お前が、ソイツの所に行っちまうんじゃねえかって」

「不安にさせちゃってごめんね。でも、それは心配ないよ。僕は必ずキミの所に返って来る。例え、何があっても」


 言の葉に想いを乗せたところで、それが全部伝わる訳じゃない。だからせめて、行動で示したいと強くアマガミさんを抱きしめた。


「キミにあげられるものなら僕はキミに全部あげるよ。それでも不安が残るなら、そうだね。僕をずっと家に閉じ込めて構わない」

「そんなヤンデレみてえなことは流石にしねぇよ」

 アマガミさんは呆れたようにため息を落とした。

「それが僕なりの覚悟ってことだよ。僕はキミから離れない。約束する。キミのことが世界で一番好きで、尊敬してるから」


 前にも誓った。僕はアマガミさんのものだと。決して彼女から離れはしないと。

 その言葉を、誓いを、どうすれば彼女は信じてくれるだろうか。

 僕にとって彼女が全部であることを、どうすれば彼女に教えてあげられるだろうか。


「アマガミさん」

「んだよ?」

「来週、デートしませんか?」

「なんでこのタイミングでそんなこと言い出すんだ?」


 それは勿論、彼女に僕を信用してもらう為だ。僕らの関係が曖昧なんかじゃない。確固たる絆の上で結ばれた関係なんだと証明する為に。


「ほら、来週はもうクリスマスでしょ?」

「あぁ、そういえばそうだったな。だからデート? 安直じゃね」

「細かいことは気にしない。それに、思えば僕たち、付き合ってるのにデートはしたことなかったなって。買い物はよく一緒に行ってるけど、それをデートって呼ぶのは微妙でしょ」

「まぁ、たしかに」

「だから、ね。デートしようよ。二人で買い物して、イルミネーション観て、それで美味しいものを食べる。クリスマスケーキも買おう」


 すごく楽しそうじゃない? と悪戯な笑みを浮かべて問いかければ、アマガミさんは微笑を浮べて。


「そうだな。たしかにいい案だ。悪くねぇ」

「よし。それじゃあ来週デートしよう。決まりね」

「こういう時のお前の即断即決する性格を尊敬するわ」


 そもそも以前から考えてはいた。ただ中々タイミングが合わず言い出せなかっただけで。

 これも丁度いい機会だと思って提案してみれば、アマガミさんは「分かった」と頷いてくれた。


「ありがと、ボッチ。ちょっと安心した」

「ううん。これくらいしか僕にはできないから」

「そんなことねぇよ。お前にはいつも感謝してる。むしろあたしの方が情けねぇや」

「アマガミさんは変わらず素敵な人だよ。キミはいつだって僕の憧れだ」

「過大評価すぎんだよ。はぁ、もうちょっとこのままでいさせてくれ」

「うん。好きなだけ抱き続けてくれていいよ」


 不安を、迷いを、葛藤に安らぎを与えられるのなら、何時間でもこのままでいよう。

 冷える廊下にこそ、互いの温もりをより鮮明に感じ取れる。吐く息の白さこそ、キミを抱きしめることの意味で。


『――言葉だけじゃ、足りないんだ。ちゃんと、行動で証明しないと』


 こうして決まったクリスマスデートを目前に、僕はアマガミさんを抱きしめながらひっそりと胸の内で覚悟を決めた。




【あとがき】

果たしてボッチの言う覚悟とは何なのか。次回からクリスマス編突入です!

アマガミ×ボッチ、萌佳×遊李、琉莉×海斗のそれぞれのクリスマスデート回をお楽しみに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る