第193話 『 カノジョにお願い 』

「――というわけで、水野さんとその人に会う許可が欲しいです」

「――――」


 夜。夕飯も食べ終え、その後はいつもならアマガミさんとソファーでリラックスタイムを満喫している僕だが、今日はカーペットに正座してソファーの上で胡坐をかくカノジョさんに頭を下げていた。


 僕の話を一通り聞き終えたアマガミさんは、控えめにいっても不愉快そうな顔をしていた。


「なるほどな。事情は分かった」

「ありがとうございます」

「ボッチの他人へのお節介はあたしも身を通じてよーく分かってるからな。もう今更そこに突っ込むことはしねぇよ。お前のそういうとこにあたしは惚れたしな」

「恐縮でございます」


 僕はただアマガミさんの機嫌がこれ以上悪くならないよう平服するしかなかった。

 けれどその祈りが届くことはなく、


「だけどよぉ、ボッチくん。あたしはこう思うんだ。なんであたしというカノジョがいながら、他の女と出掛けようとするのか、ってな」

「いや、出掛けるってわけじゃ……」

「シャラップ!」

「はいっ!」


 鋭くなった赤瞳に睨まれ、僕はたちまち姿勢を正した。

 僕が口をチャックするのを見届けたアマガミさんは、鬱憤を晴らす勢いで言った。


「だいたい! お前があたし以外の女と仲良くしてるのもあたしは気に食わねぇんだ! お前は誰のものだ? 言ってみろお!」

「はいっ! 僕はアマガミさんのものでございます!」

「そうだな。おまえはあたしのカレシ。つまりあたしのものだ。ということは、だ。あたしがお前を好きにしていいってことだよな」

「ぼ、僕らお互いに尊重し合ってるはずじゃ……」

「うるせぇ。浮気しようとしてるカレシをシバくのは何も間違ってねぇだろ」

「浮気なんてする気ないけど⁉ 僕はアマガミさん一筋だよ!」

「だったらなんで「他の女と放課後一緒に遊びに行っていいかな?」なんて聞くんだよ⁉ サイコ野郎か⁉」

「誤謬がある! たしかにニュアンスは大体合ってるけども! でも僕と水野さんは相談相手に会いに行って話を聞くだけだから!」

「だったらあたしも連れてけ!」

「それは無理」

「なんでだよっ!」

「大人数で押しかけても迷惑でしょ。それにアマガミさん、絶対にその人の話興味ないでしょ!」

「興味ねえ!」


言い切っちゃったよ。


「そんな人が来たら相手どう思う⁉ 絶対に機嫌悪くなるでしょ!」

「そんなの知るか! あたしにとってはボッチが浮気しないかの方が重要なんだよ!」

「だからしないって! 僕はアマガミさんのことが大好きだし、アマガミさんゾッコンだもん!」

「仮にボッチにその気がなくとも水野ってやつは違うかもしんねぇだろ⁉」

「それはないと思うけど」

「なんで言い切れる!」


 そう詰められればたしかに反論材料はない。

 返す言葉が見つからずに呻く僕に、アマガミさんはそれみたことかと荒い鼻息を吐く。


 アマガミさんの懸念も分かる。でも、でもだ。


 僕は、今夢を追おうとしている水野さんの力になりんだ。

 だって僕は、彼女の友達で――そして彼女の書く物語の一番のファンだから。


 そして気付けば、僕はカーペットに額を擦りつけていた。


「お願い、アマガミさん。これだけは許してください。僕は水野さんの、少しでも力になりたいんです」

「――――」


 必死に懇願する僕に、アマガミさんは沈黙を貫く。


「絶対、アマガミさんが不安になるようなことはしないから。もしアマガミさんを裏切ったら、その時は思いっ切り僕を殴ってくれて構わないから。だから、お願いします」

「――――」


 懇願を続けて、どれくらいの時が経っただろうか。

 静寂するリビングに、一つ、大きなため息を吐く音が木霊した。


「顔上げろ、ボッチ」

「……はい」


 命令に従ってゆっくりと伏せた顔を上げれば、不貞腐れた顔をしたアマガミさんがいて。


「しゃーねぇから、許してやる」

「本当っ⁉」

「ただし条件がある」

「何でも聞くよ」


 こくりと頷くと、アマガミさんはおもむろに両手を広げて、


「まずはあたしを抱きしめろ」

「? それが条件……」

「なわけねぇだろ。いいからさっさと抱きしめろ」

「仰せのままにっ!」


 赤瞳にキリっと睨まれて、慌ててアマガミさんの命令に従う。


 正座した状態から急に立ち上がったせいで少しよろけそうになったけどどうにか堪えて、僕は両手を広げて待つアマガミさんを恭しく抱きしめた。


 僕がアマガミさんの背中に腕を回すタイミングで、アマガミさんも僕の背中に腕を回す。僕を抱きしめたアマガミさんの腕は、いつもより少しだけ強かった。


「次はどうしたらいい?」

「次はこのまま誓え。僕はあたしのものですってな」

「僕はアマガミさんのものです」


 次は、と促せば、アマガミさんはわずかに思案して、


「そうだな。あたしの頭を撫でろ」

「喜んで」


 命令されるがままにサラサラな金髪を撫でると、放たれていた威圧が徐々に収まっていく気配を感じて、耳元に心地よさそうな吐息が聞こえてきた。


「お前はあたしのものなんだから、ぜってー誰にも渡せねぇからな」

「うん。僕は誰の所にもいかないよ。ずっと、キミの傍にいる」

「本当に今回だけだからな。他の女と二人きりで出掛けんのは」

「うん。許してくれてありがとう。終わったらすぐ帰って来るよ」

「約束だぞ」

「約束する。帰ってきたらまた今見たく抱きしめてあげる。ううん、抱きしめさせてください」

「ふっ。お願いなんかしなくていいっつーの。お前はあたしのものだけど、でもあたしだってお前のものなんだ。好きにしてくれていい」

「じゃあハグ以上のことしていいの?」

「ボッチのスケベ! むっつり野郎!」


 揶揄うように訊ねれば、アマガミさんは途端顔を真っ赤にした。


「はぁ。ボッチはエロ助だな」

「エロくないよ。もっとアマガミさんとイチャイチャしたいだけ。こんな風に抱きしめ合うのもたしかに胸が満たされるけど、僕はそろそろ次に進みたいな」

「~~~~っ。も、もう少しだけ待ってろ。あたしの覚悟が整うまで」

「ふふ。期待して待ってるよ」


 アマガミさんとの関係が次に進む時。その日が訪れることを楽しみにしながら、僕は誓うように彼女をぎゅっと抱きしめた。アマガミさんも、僕をぎゅっと抱きしめる。


「ボッチ」

「なに?」

「お節介もほどほどにしとけよ」

「あはは。分かった。肝に銘じておく。でも、アマガミさんにならいくらしてもいいよね?」

「全くお前ってやつは……あたしが死なない程度なら、好きにしな」

「ふふ。ならお言葉に甘えようかな」


 こうして、無事アマガミさんカノジョからの承諾を経て、僕と水野さんは『あの人』に会いに行くことが決まったのだった――。




【あとがき】

アマガミさんの嫉妬はいつ見ても可愛いなぁ(〃´∪`〃)ゞ

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