第191話 『 クラス一の美少女が爆誕しました 』

「なぁ、やばくね?」

「あぁ。正直、あんな美少女だとは思わなかった」

「だよな。あれは白縫に匹敵するほどだ。いや、もしくはそれ以上?」

「だが、唯一気掛かりなことがある」

「あぁ。それ俺も思った」

「どうやら俺たちが思っていることは同じみたいだな」

「「海斗。朝からずっと怖いんだけど」」


 今日は一段と教室が騒然としていた。そして、その理由は皆の視線の先にあった。


 そこには休み明けにイメチェンし、大人しい子から超絶美少女へと変貌を遂げた俺の幼馴染こと琉莉がいた。


「ガルル~」

「ばかいと。なんでクラスメイト威嚇してるの」

「あてっ」


 超絶美少女へと変貌を遂げた琉莉にクラスの野獣どもは早速目の色を変えて見ていた。


 そんな琉莉を守るべく俺は彼女の守護獣となっていたのだが、呆れた彼女に頭を叩かれてしまった。


「いやだって! 俺がいなきゃ今頃このモブどもに迫られてる所なんだぞ!」

「誰がモブだクソ海斗! 水野さんの幼馴染だからって調子に乗るんじゃねー!」

「調子になんか乗ってねぇよ野獣ども!」


 向かって飛んでくる男子どもの野次に、俺は突き立てた親指を逆さにして「失せな!」と返してやった。


 琉莉が超絶美少女だって今更気付いてももう手遅れだ。琉莉は誰にもやらん! この可愛い幼馴染は絶対に俺のカノジョにするんだ! ……果たしてそれが本当にできるかどうかは置いておいてくれ。


「はぁ。髪を切っただけでなんでこんな注目浴びなきゃいけないんだろ」

「そりゃ琉莉が可愛いからだろ」

「あ、ありがと」


 あ。照れた。

 ん? 

 照れた、だと?


 珍しい琉莉の反応に、俺は驚きよりも困惑が勝ってしまった。


「可愛いぞ」

「しつこい」


 試しにもう一度伝えてみれば、今度は真顔で呆れられた。なんだ。やっぱさっきのは幻想か。


「おはよー、皆~。どうしたの騒いで……」


 と俺たちが教室で騒いでいると、ホームルームの時間ギリギリでカノジョと登校としてきた学級委員長である智景が入ってきた。


 智景は自然と男子の視線が注がれている方向へ顔を振り向かせて、俺たち――正確には一際存在感を放つ琉莉を捉えた。


 智景は一瞬驚きに瞼を大きく開けたあと、しかしすぐに何事もなかったかのように穏やかな微笑みを浮かべて。


「おはよう。海斗くん。水野さん」

「はよ」

「おはよう。帆織くん」


 俺たちに向かってひらひらと手を振って、それから後続でスマホをイジってる天刈と共に自席へと歩き出した。


『――てっきりいの一番に駆け付けると思ったけど、なんか拍子抜けっつぅか。いや、隣にカノジョがいるんだから他の女子を褒めない方がいいって悟ったのか』


 それにしては何かが引っ掛かるようなむず痒さを覚えて、そしてそれは琉莉も同様だったらしい。


「――――」


 琉莉は何も言わないまま、ただ何か胸の奥底で失望したように瞳を落とした――その、直後だった。


 ブルッ、と琉莉のスマホが鳴って、一通のメールが届く。差出人は智景だった。


 こういうのはプライバシーに関わるから見ない方がいい。そう思いつつもしかし欲求には勝てず、俺は「どうした?」と自然な反応を装ってスマホを覗き込んだ。


「――ぁ」


 琉莉からこぼれた小さな吐息が、そのメールの内容を物語っていて。


 その吐息には、喜び。嬉しさ。戸惑い。高揚。智景に対する全てが詰まっていて。


『――髪切ったんだんだね! すごく似合ってるよ!』


 アニメキャラクターの絵文字付きのメールから伝わってくる。勇気を出して自分を変えた少女に贈られる全身全霊の賛辞。


 男の俺ですら不覚にもその一文にときめいてしまったのだから、彼に恋した本人からすればその文字がくれる喜びは計り知れないだろう。


「……ありがとう。帆織くん」


 くすっと笑って、琉莉は小さな微笑を模った。同時に、俺の中に小さな嫉妬と劣等感が生まれる。


 やはり俺はまだ、帆織智景には届かない。琉莉のその笑みを見ると否応なく思い知らされる。だって、俺は琉莉の笑顔を引き出す事でさえ全力なのに、智景はたった一文でそれを引き出した。嫉妬しないほうが無理だ。


 悔しい。

 ずるい。

 卑怯だ。


 でも、だからこそ、負けるわけにはいかない。


 いつか必ず、智景の言葉よりも俺の言葉で琉莉を笑顔にさせてみせる。


「よかったじゃん。智景に褒められて」

「うん。変だって思われてなくて安心した」

「変なわけないだろ。すげぇ似合ってる」

「朝だけで何回それ言うのさ。もう10回は聞いてる」

「実際似合ってるんだからいいだろべつに」

「お世辞じゃない?」

「お世辞なわけあるか」

「ふふ。ならありがたく受け取っておく。ありがと」

「お、おう」


 珍しく素直な琉莉の感謝に、俺は思わず照れてしまいながら素っ気なく返した。


 俺はバカだから、まだ気付かない。


 琉莉の心が、もう既に智景じゃなく俺に向き始めてることを、今はまだ彼女から贈られる小さな笑みを噛みしめるのに夢中で気付かなかった――。



【あとがき】

ずっと作中で描写していなかったけど、実はこの作品で一番美少女だと思って書いてるのは琉莉です。良かったね海斗。お前の幼馴染は作中一の美少女だぞ。

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