第188話 『 何気ない一言 』

「あ、水野さん」

「……帆織くん」


 生徒会就任式から数日が過ぎ、私たちの高校には期末試験の気配が近づいてきた。


 そんなある日のお昼休み、私は同じクラスメイトで意中の相手だった男子、帆織くんと自販機の前でばったり鉢合わせてしまった。


 きょろきょろと周囲を窺う私を見て、帆織くんはくすくすと笑った。


「安心してよ。アマガミさんはいないから」

「……そう」


 彼の恋人である天刈愛美は私を敵視している。その理由は帆織くんと私が親しいからという単純な理由だ。私が彼に抱く淡い恋慕を彼女が知れば絶対に近づけさせないのだろうけど、どうやら今日は他の人たちと昼食を共にしているらしい。


「帆織くんは今日は一人でお昼食べたの?」

「ううん。遊李くんと誠二くんと一緒に食べたよ。海斗くんは……」


 そこで帆織くんは言葉を一度区切ると、私のことを意味深な笑みを浮かべながらジッと見つめてきた。……帆織くんが何をいいたいのかは、言わずとも分かってしまって。


「海斗くんも誘ったんだけどね。でも、「悪ぃ。今日先約があるんだ」って断られちゃったよ」

「なんかごめん」

「どうして水野さんが謝るのさ」


 私が負い目を感じて頭を下げれば、帆織くんは不思議そうに小首を傾げた。


「人にはそれぞれ優先したいものがあるでしょ。海斗くんが水野さんと一緒にいたいって望むなら、彼の友達としてその考えを尊重するまでだよ」


 それにお昼休みは今日だけじゃないしね、と帆織くんはウィンクしながら言った。

 やっぱり優しいな。帆織くんは。


「それに、海斗くんは生徒会に入って今はすごく忙しくしてるから、水野さんとの時間を少しでも確保したいんじゃないかな」

「その多忙も自分が勝手に作ったものだけどね」

「そう言わないであげてよ。海斗くんには海斗くんなりの事情があって生徒会に入ったんだろうし」


 私たちは互いに飲み物を買うと、それを持って近くのテーブルに移動した。


「事情ね。私には海斗が生徒会に入るような特別な事情なんて思いつかないけど」

「それは僕も気になってる所ではあるけどね。だって、海斗くんが生徒会に入るってこと、僕は受任式の時まで知らなかったんだから」


 あの男は親友にも何も言わなかったのか。ますます海斗が何を考えてるか分からなくなる。


「でも意外性でいえば海斗くんより遊李くんの方だったけど。まさか遊李くんまで生徒会に入るとは思わなかったなぁ。……まぁ、遊李くんの場合は生徒会長さんに半ば無理矢理入れられたらしいけどね。今日、それですごく愚痴ってた」

「そうなんだ。でも草摩くんなら少しは納得かな。彼って誰ともでも打ち解ける力を持ってるでしょ。それを生徒会長さんに買われたのかも」

「それも一理あるかもしれないけど、実際の所はそうじゃないらしいよ。彌雲先輩と遊李くんって実は従姉弟らしいんだけど、遊李くんのお父さんにお願いされたみたい。息子を社会勉強させろって」

「なにそれ。生徒会ってそんな理由で入っていいの?」

「でも遊李くんは基本ふざけてるけど何かやる時はすごく真面目だし、それに彌雲先輩もいくら遊李くんのお父さんからの頼み事だからってそれで生徒会に入れるとは思わないよ。彌雲先輩、半端とか適当嫌いそうな人だから」

「へぇ。その口ぶりだと、帆織くんは生徒会長さんと話したことがあるみたいだね」


 私がそう問いかけると、帆織くんは「うん」と肯定した。


「生徒会に誘われた時に彌雲先輩と話してね。誠実でいい人だった」

「そうなんだ。……え待って。いまなんて言った?」

「誠実でいい人だったよ」

「違う。そこじゃない。その前」

「生徒会に誘われた」

「そこ!」


 やっぱり聞き間違いじゃなかったんだ。


「帆織くん、生徒会に誘われてたんだ」

「あはは。実は」


 でも断ったけどね、と苦笑する帆織くん。


 ……キミは、一体どれほど優れている人なんなんだ。


 私は彌雲紫苑という女性を既知していた。たまたま小耳に挟んだ程度だが、それでも彼女のことが印象強く残っていた。


 彌雲紫苑はとある名家の生まれで、才色兼備で学力運動共に優秀。学年のテストは常に一位で全国模試でも5位圏内に入るほど。


 誰しもが彼女を認め、数多の者が期待と羨望の視線を向けるも、当の本人はそれを全く気にする様子もなければ必然かとでも言うように堂々としているらしい。


 まるでおとぎ話に出てくるかのような存在――私はそれを図書室で聞いた時、そんなものは法螺話だと嘲笑したことがある。


 しかし、先日の生徒会受任式で彼女のことを初めて直接見た時、それが嘘ではなく事実だと直感した。あの場にいた誰もが彼女に目を奪われたように、私もまた、彼女に目を奪われたからだ。


 その全身から隠しても溢れ出る圧倒的なカリスマ性。凡人とは一線を画す、生まれながらにして強者の存在感。彼女は、あまりにも私たち他人とはかけ離れていた。


 そんな存在にまさか帆織くんが認められていたとなると、私からはもはや彼に対して感服しか出てこなかった。


 そんな彼を好きになって、ましてや好きになってもらおうなんて、おこがまし過ぎる。


 帆織くんは、私なんかが好きになっていい相手じゃ――


「――ん。――水野さん?」

「――っ!」


 自分の思考に耽っていると、不意に目の前にひらひらと振られている手のひらに気付く。ハッと我に返って慌てて顔を上げると、帆織くんが私のことを不安に見つめていた。


「ごめん。ちょっと考え事してた」

「そっか。焦ったよ。水野さん急にフリーズするんだもん」


 帆織くんはあはは、と笑いながら缶コーヒーを飲んだ。私も彼に倣うように紅茶を喉に流し込んだ。


「とっ。そろそろお昼休み終わりそうだね」

「もうそんな時間か。久しぶりに帆織くんと話せてよかったよ」

「あはは。僕と話したいことがあったらいつもでも声掛けてよ」

「そういう訳にはいかない。キミには大切な恋人がいるだろう」

「それとこれは別だよ。だって――水野さんは僕の大切な友達なんだから」

「…………」

「水野さん?」

「なんでもない。あ、ちょっとお手洗いに行きたいから、先に教室に戻ってくれるかな」

「う、うん。分かった」


 予鈴が鳴って、彼との会話に名残り惜しさを覚えながら立ち上がった。けれど私は彼と一緒に教室に戻ることはなく、背を向けるように歩き出した。


「……大切な友達、か」


 フッ、と、自分でも無意識に自嘲が零れ落ちる。

 知っていた。分かっていた。理解していた――それでもやっぱり、心には、刺さるものがあって。


「――あぁ。痛いなぁ」


 零れ落ちた言葉が、どうしよもなく、酷く震えていた。




【あとがき】

ボッチも琉莉も何も悪くないからこそ辛いよなぁ。作者も書いてて「ごめん琉莉ぃ」って何度も心の中で謝りました。

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