第186話 『 意外な人物も生徒会に入りました 』
「いやぁ。実は私も困っていてね。帆織くんが断る可能性も当然想定していたのだけれど、その彼の代わりを探すのにずっと苦悩していたんだ。他に誘う生徒もいなかった手前、キミが志願しに来てくれて本当に助かった」
「そうだったんですね」
生徒会受任式が来週に迫る中、俺は放課後に彌雲先輩に呼び出され、今は共に生徒会室に向かっていた。
「とにもかくにも、これでようやく次期生徒会のメンバーが出揃った訳だ。今日はその顔合わせをしようと思ってね。来週には受任式だし、丁度いいタイミングだろう」
「うっ。なんか緊張してきた」
「あはは。安心したまえ。確かにキミの先輩にあたる者たちも少なからずいるが、キミと同じ学年の者たちも他に二名いる」
生徒会メンバーの総数は俺を含めて六名。つまり半分が一年生というわけか。
一年生が自分だけじゃなかったことにほっと安堵していると、生徒会と書かれた札が見えてきた。
彌雲先輩が扉に手を掛け、そしてそのまま扉を引いた。
「うん。全員揃っているようだね」
先に彌雲先輩が生徒会室に入り、機嫌よさげに喉をころころと鳴らす。
「――ふぅ」
先輩の後に続く直前、俺はその場で深呼吸した。緊張で手に汗が滲んで、脚が竦む。先輩は「畏まらなくていい」と励ましてくれたけど、やはり緊張するものは緊張するのだ。なにせ、ここから先は全く未知の世界なのだから。
「よし」
最後に深い息を吐いて、俺はその一歩を踏み出した。
「失礼しま――えっ⁉」
「――うえ⁉」
機械のようにぎこちない足取りで生徒会室に入った瞬間、俺は驚くべき光景に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。そんな俺につられたわけでもないが、彼も俺の存在に気付くと同じく素っ頓狂な声を生徒会室に木霊させたのだった。
共に奇声を上げた俺と彼は、互いに相手に向かって指を指し、
「遊李⁉」
「海斗⁉」
お互いの名前を叫んだのだった。
驚愕する俺たちを彌雲先輩は目をぱちぱちと瞬かせながら訊ねた。
「おや、朝倉くんはゆうくんと知り合いだったか」
「ゆうくん⁉」
基本相手のことを苗字で呼ぶ彌雲先輩から「ゆうくん」という愛称が聞こえて、俺は愕然とした。
そんな未だに状況を理解できていない俺に、彌雲先輩は頬を引きつらせる遊李の傍に寄るニコニコと笑みを浮かべながらその肩を叩き、
「朝倉くんだけじゃなく、皆にも一応説明しておこうか。ここにいる彼。草摩遊李と私は従姉弟なんだ」
「従姉弟ぉ⁉」
ははは、と快活に笑いながら衝撃の事実を告白した彌雲先輩。
「ど、どういうことだと遊李! お前、俺たちに従姉弟がいるなんて今まで一言言ってなかったよな⁉」
「言う訳ないだろそんなどうでもいいこと。それに、紫苑姉さんのことなんか猶更お前たちに言える訳ないだろ」
「おやおや。それは一体どういう意味かな、ゆうくん」
「ぐっ! ……べつに他意はないです。ただ、紫苑姉さんはこの学校じゃ有名人だから、知られたら面倒になるかと思って」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら追求する彌雲先輩に、遊李は顔を真っ青にさせながら必死に弁解していた。……遊李のこんな狼狽えた表情、初めてみたわ。
「ひとまず彌雲先輩と遊李が従姉弟関係なのは分かった。でも、なんでお前まで生徒会にいるんだ? 今日は次期生徒会の顔合わせじゃ」
「ふふ。察しが悪いね朝倉くん。それだけの情報が開示されているのにも関わらず答えに辿りつけないなんて」
「え。うえ⁉ まさか⁉」
「ふふ。そのまさかさ。でも、答えを言うのは私じゃなく、ゆう自身だろう?」
艶やかに笑う彌雲先輩が、遊李の耳に息を吹きかけるように促す。男なら美人先輩に胸を押し付けられるほど密着している状況なら喜ぶはずなのに、しかし遊李は顔をしかめるばかりだった。
「そうやっていちいち答えを引き延ばそうとするなよ。はぁ。俺もその生徒会に入ることになったからだよ」
「うえ⁉ お前、生徒会に入るのか⁉」
「半ば強制的にね」
どういうことだよ、と首を傾げる俺に、遊李ではなく彌雲先輩が説明してくれた。
「事情はそう複雑ではないんだよ。ゆうくんのお父様。つまりは叔父にあたる人から頼まれてしまってね。いつまでも息子を好き勝手にさせるわけにはいかない。将来の為に少しは責任のある仕事をさせるべき、だとね」
「ソイツ自由人ですもんね」
「ふふ。ゆうくんのことをよく分かってるじゃないか」
やる気がなくなったという理由でバスケ部を止めるくらいの自由人なのが遊李だ。しかし意外なのが、いくら彌雲先輩が遊李の父親から頼まれごとを任されたからと言って、遊李がそれに素直に頷くとは思えない。
そんな疑問を抱く俺に、目が死んだ遊李が渇いた笑みを浮かべながら答えた。
「俺、昔から紫苑姉さんの言う事には逆らえないんだ。事情は……聞かないでくれっ」
「オーケー。なんとなく事情は理解したよ」
たぶん、幼い頃に彌雲先輩に何かトラウマを植え付けられたのだろう。じゃなきゃ遊李が人の言う事を素直に聞くはずがない。
苦笑する俺を余所に、遊李が顔を手で覆いながら嘆いていた。
「くっそ。なんで親父はいつも勝手なことばかりするんだ!」
「それはゆう。キミがいつも好き勝手に行動しているからだろう? 少しは規律を重んじ、自立したまえ。その為にキミのお父様はわざわざ私を使ってまでキミを生徒会へ加入させたんだ」
「余計なお世話だっ」
「どうやら少しは成長したようだ。幼少の頃から奔放なゆうを見てきた私としては嬉しい限りだ。キミけれどいいのかい、ゆう。私に向かってそんな口の利き方をして?」
「うぐっ。……紫苑姉さんの面倒にはなりません」
「あははっ! なに、案ずるな。生徒会に入れたからには存分に面倒を見てあげよう」
「うわぁぁぁぁん! 海斗ぉぉぉぉぉ! 助けてくれよぉぉぉぉぉぉぉ!」
彌雲先輩の圧に耐え切れず、遂に泣き出してしまった遊李が俺に助けを求めてきた。俺の背中に隠れるとか、どんだけこの人にトラウマ植え付けられてんだよ。
すっかり委縮した遊李を彌雲先輩は愉快げに嗤ったあと、
「すまないね。従姉弟同士の茶番劇に皆を付き合わせてしまって」
それまで和やかだった空気を一瞬で切り替えるように、双眸を細めた。
それと同時に彼女以外のこの場にいる全員にわずかな緊張が走り――やはりこの人が只人じゃないことを実感させられる――背筋を伸ばした。
「なに。皆そう緊張しないでくれ。今日はようやく全役員が揃った時期生徒会の初顔合わせ。堅苦しいのはなしにして、来週の受任式に備えて挨拶といこうじゃないか」
「……紫苑姉が怖いせいだろ」
「ゆう。私にひそひそ話は通じないよ」
「――っ!」
「……お前バカだろ」
顔は笑っているけど目は笑っていない彌雲先輩の顔が俺に向けられる。正確には俺の後ろに隠れてる遊李に向けられているのだが、その圧を真っ向から受けているのは盾にされている俺なのだ。つまり、死ぬほど怖い。
先輩はやれやれと肩を竦めたあと、俺たち次期生徒会の面々に向かって宣戦するように告げた。
「ではまずは次期生徒会長となる私から挨拶といこうか。――改めて、私が時期生徒会長の彌雲紫苑だ。私が生徒会長となったからには、この高校のどの時代にもなかった偉業を成し得る――なーんて下らない思想は持っていないよ」
「「……ないんだ」」
苦笑する俺たちに彌雲先輩は「当然さ」とくすくす笑いながら答えた。どうやら、この人は冗談を言うのが好きらしい。
しかし、彌雲先輩は「だが」と自分で作った砕けた空気を一蹴させると、その誰をも魅了する緑梁の瞳に確固たる信念を宿し、
「私はこの高校をより良いものにするために尽力するとキミたちに誓おう」
それは冗談でも嘘でもない、彼女から伝わる、紛れもない本音。
「そして、キミたちにはそんな私を支えてもらいたい。共にこの高校をより良いものにしていこう」
「「――はいっ!」」
その本気に応じるように、俺たちは強く頷いた。
こうして、俺――俺と遊李は本格的な生徒会としての第一歩を踏み出したのだった。
「……念の為言っておくけどお前、サボんなよ」
「紫苑姉さんの前でサボれるわけないだろっ! ……はぁ、愛しの萌佳との時間が生徒会に奪われるとか最悪」
「はは。ま、お互い頑張ろうぜ」
「だね。海斗がいてくれて助かったわ」
「それはお互い様だろ……つかいい加減背中から出てこい」
「それは無理!」
【あとがき】
ということで第183話の伏線回収が来ましたね!
あの時遊李が挙動不審だったのは、既に紫苑に生徒会に入るよう誘われていたからなんですね。そして今話でそれを断れなかった理由も明かされました。
そして次回は生徒会就任式です。そして就任式後のお話はついに失恋中の琉莉が動き出す⁉
ではまた次回をお楽しみに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます