第181話 『 彌雲紫苑と勧誘 』

 彌雲先輩に連れられてやって来たのは、『生徒会室』だった。

 普通、ここは一般生徒は入室禁止の場所なのだが、彌雲先輩は一切の躊躇なく、まるで自分が生徒会の人間であるかのような堂々とした佇まいで手にした鍵を使って施錠を解くと、そのまま扉を開けた。


「適当に座ってくれて構わない」

「は、はい」


 彌雲先輩に促されるまま僕はとりあえず一番近くにあったソファーに座った。おそらくは応接用のものだろうが、生徒会室にこんなものが置かれているのは少し意外だった。

 生徒会室に入れる機会なんて貴重だからと周囲を見渡していると、


「帆織くんは紅茶とコーヒーならどちらがいいかな?」

「ええと、紅茶、ですかね」

「承知した。すぐ用意するから、少しだけ待っててくれるかい」

「え⁉ そんな悪いですよ。用意するなら僕が……」

「まぁまぁ。キミはここの使い勝手はよく分かっていないだろう。それに、キミは私の客人なんだ。なら、キミは素直に私からの厚意を受け取ってくれ」


 実に華やかな笑みを向けられてしまい、僕もわずかに宙に浮いた腰を下ろさずにはいられなかった。

 それから湯が沸騰までのわずかな時間。彌雲先輩の鼻歌を聞きながら待っていると、


「待たせたね。はい。紅茶」

「ありがとうございます」

「感謝して飲んでくれたまえよ。なにせこの私が直々に淹れたんだ。常人が口にする機会は滅多にない」

「あはは。では謹んでいただきます」

「ふふ。冗談だよ。むぅ、キミのことを揶揄ってみたつもりなんだが、どうやらキミは私の想像以上に手強いようだ」

「ふー。ふー。そうですかね。僕、今すごく緊張してますよ」

「その割には表情から緊張が見られないねぇ」


 先輩は僕のことを実験対象マウスでも見るような視線でジッと見つめ、そして愉快とでも言いたげにくすくすと笑った。


「ところで、今更こんなことを聞くのも変かと思うんですけど、生徒会のメンバーでもない生徒が勝手に入って、その上設備まで勝手に使って平気なんですか?」


 僕が一口紅茶で喉を潤してから問うと、彌雲先輩はその質問の意図・・・・・・・を理解した上でこう答えた。


「あぁ。問題ない。ここは時期に私の仕事部屋になるからね」

「なるほど。なら何も問題ありませんね」

「うむ。意外と勘付かれるのが早かったな。やはりキミは優秀だ。その慧眼。その洞察力。その推察力。ますますキミに興味が湧いたよ」

「過大評価ですよ。僕はどこにでもいる学級委員長の一人です。それに、ここに来るまでにこの答えに辿り着くのに十分な時間がありましたから」

「ほほう。ではキミの答えを私に教えてくれるかな?」


 そう彌雲先輩に促されて、僕は「分かりました」と短く頷く。

 手に持ったティーカップをテーブルに置き、僕は答えを楽しそうに待っている彌雲先輩へ告げた。


「彌雲先輩。アナタは――次期生徒会のメンバーですよね?」

「うん。ほぼ正解だね」


 ほぼ、ということはどこが間違った箇所があるのだろう。それでも先輩は僕の答えに満足げだった。


「ま、確かに容易な問題ではあったかな。私がこの部屋の鍵を使った時点で帆織くんに答えをあげてしまったようなものだ」

「あはは。そうですね。現生徒会の人たちの顔は覚えてますから。そして、その中に彌雲先輩はいなかった。それなのに先輩は生徒会室の鍵を持っていて、この部屋の勝手もよく理解しているようだった。となると答えは自ずと時期生徒会の人間として既にこの部屋を何度も利用しているか、或いは生徒会室によく遊びにくる生徒の二択に限られます」

「そして私の性格から予測して解は一つに絞られたわけだ」

「はい」


 彌雲先輩は嬉しそうに拍手した。


「素晴らしい。やはり私の目に狂いはなかったようだ。キミを選んで正解だったよ」

「――?」


 彌雲先輩の呟きの意味を理解できず、僕は首を捻る。

 そんな僕に、彌雲先輩は艶美に微笑みを浮かべると、己の胸に手を当てて告げた。


「では、改めて自己紹介といこう――私は彌雲紫苑みくもしおん。この生駒いこま高校の第72代・次期生徒会長だ」


 高らかに、自信満々に、存在を誇示するように告げた先輩は、己の胸に当てた手を僕へと伸ばし――


「そして帆織智景くん。キミには――是非とも私が創る生徒会に入ってほしい」

「――ぇ」

「私は、キミが欲しいんだよ」


 吸い寄せられるような緑梁の瞳は、まるで宝石の原石でも見つけたかのような煌々とした輝きを放ちながら、そう告げたのだった。




【あとがき】

ここでようやくボッチたちが通う高校の名前が出てきましたね。そして急展開!?

果たしてボッチは生徒会に入るのか、はたまた入らないのか。俺の筋肉。どっちなんだい⁉

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