第180話 『 ボッチと謎の少女 』
「ふっふっふーん」
「海斗くん。なんだか機嫌いいね?」
「おっ。分かるか。いや~。流石は親友だなー」
「なんだか絡み方がウザいよ⁉」
休日明けの学校にて、異様にテンションの高い海斗くんに頬を引きつらせる僕。
いつになくご機嫌な海斗くんにその理由を尋ねると、彼は頬を垂らしながら教えてくれた。
「実は琉莉がゲームに興味を持ってくれてな」
「そうなんだ。意外だな。前に話した時、ゲームなんかの何が面白いの? って嘲笑してたのに」
「まぁ? 智景にはできなくても? 俺には琉莉の興味を引くことができるってわけよ」
「ふふ。だからご機嫌なんだね」
どうやら水野さんとまた少し距離を縮めることができたらしい。僕もだけど、海斗くんも単純だよね。まぁ、好きな人と好きなものを共有できるっていうのは誰もが嬉しいと思う瞬間か。
「また今度ゲームやらせてって約束もしてな。あー、早く次の休みにならねーかな」
「あはは。期末テストも近いんだから、あまり遊び過ぎないようにね」
「分かってるよ。……でも期末も終わるといよいよ今年も終わりかー」
「だねぇ。一年あっという間だよ」
そんな他愛もない会話を海斗くんと続けていると、
「あ。いたいた」
「?」
僕らの前に突然、見慣れない生徒が正面を塞ぐように現れた。
綺麗な女性だった。腰まで届く艶やかな黒髪に端正な顔立ち。エメラルドグリーンを彷彿とさせる緑梁の瞳と左目尻の小さなほくろが印象的で、その立ち姿はどこかの令嬢かと錯覚させるほど気品なオーラを発していた。
まるで僕らとは住む世界が違うような、そんな雰囲気を漂わせる女生徒に、思わず僕らは息を飲んだ。
困惑する僕と海斗くんに、その女生徒はニコッと笑みを浮かべると、
「キミが帆織智景くん、かな?」
「え? は、はい」
名前を呼ばれたことにも驚愕だが、既に僕のことを見知っていることに驚愕を隠せなかった。一拍遅れてぎこちなく頷くと、その女生徒は礼儀正しく会釈し、
「初めまして。私の名前は
「は、初めまして、彌雲先輩」
「ふふ。その反応からするに、あまり上級生とは接点がないみたいだ」
女生徒――彌雲先輩は僕に「気軽に接してくれて構わない」と不敵な笑みを浮かべた。
彌雲先輩はそう言ってくれたものの、こんなにも美人な先輩に声を掛けられて困惑しないほうが無理だった。
「その、わざわざ僕を探していたってことは、僕に何か用件があるんですよね?」
普段人と接するのにあまり緊張はしない僕。アマガミさんに対してでさえ狼狽えなかった僕が、何故か彼女にだけは背筋が凍るような感覚を覚えた。
緊張を隠し切れない声音で窺えば、彌雲先輩は「ご明察」とわざとらしく拍手して応じた。
「その通り。少しキミと話したくてね。その隣の友人には申し訳ないけど……」
彌雲先輩は社交辞令じみた笑みを海斗くんに向け、
「帆織くんをほんのわずかな時間だけ借りてもいいかな?」
「は、はい」
気圧されたように頷く海斗くんに、彌雲先輩は「ありがとう」と胸を撫でおろす。
「じゃ、じゃあ。また教室でな、智景」
「う、うん。またあとでね」
未だお互いに状況を上手く処理できずにいる渦中で、僕と海斗くんは手を振った。
海斗くんの背中が次第に小さくなっていき、やがて消えると、僕は彌雲先輩に向き直った。
「本当に申し訳ないね。友人との閑談中に水を差すような登場をしてしまって」
「気にしないでください。僕らの他愛もない会話なんていつでもできますから」
「そう言ってもらえると溜飲も下る。さて、ここで話すのも注目を浴びてしまう。私は構わないが、キミはそういうわけにはいかないだろう?」
「……そうですね。あはは。なんだか騒ぎを起こしたみたいに人が集まって来たな」
「すまないね。私の責任だ。不幸な体質なことにね。何故か、私が一度表に出ると周囲が好奇の視線を向けてくるんだ。困ったものだよ全く」
たしかに周りに視線を向ければ先ほどまで気にならなかった他者からの視線を感じた。どうやらこの先輩。この学校では相当有名な人みたいだ。
僕が視線を戻す――どうやら僕が視線を周囲に移し、そして戻って来ることをあらかじめ想定していたような表情――のを見計らっていた彌雲先輩は片目を閉じると、
「そういうわけでここは目立つ。そして私はキミとゆっくり話がしたい。なので場所を変えたいのだが、ついてきてくれるかな?」
「――分かりました」
「ふっ。感謝するよ」
僕もその意見に同意と頷けば、彌雲先輩は嬉しそうに鮮やかな紅色の唇を引いたのだった。
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