第179話 『 琉莉とマ〇オブラザーズ 』
というわけで琉莉が俺の部屋でゲームをする事になったのだが……
『――今日に限って親がいないとか、ラッキーというかついてないというか……』
神様というのは存外悪戯好きなようだ。急遽俺の両親が早朝から(本人たち曰くたまにはデートしたいとのこと)外出してしまい、つまり今この家は俺と琉莉の二人きりだった。
『……琉莉は琉莉で、昨日あんなことがあったってのに、どうしてそんな平然と男の部屋にのこのこと入れるかね』
思い出すのは昨日の抱擁。いや、あれは抱擁とは呼ばないか。なにせ抱きついてきたのは琉莉の方からで、俺は勇気が出せずそんな彼女を抱きしめ返すことはしなかった。代わりにさらさらな黒髪を撫でた訳なのだが、ふと自分の手に視線を落とせば、昨日の光景、琉莉の冷たくも心地よい温もり、そして甘い香りが鮮明に蘇ってくる。
……しかし、抱きしめてきた張本人といえば、今はゲームに夢中で隣にいる俺にわずかなベクトルすら向けていない。
「むぅ。うまくクリポー踏めない」
「はは。頑張れ」
まぁ、ゲームに奮闘する可愛い琉莉を隣で見れるだけで役得ってもんだ。
ちなみに今琉莉がプレイしてるゲームは、おそらく世の中で知らない人はいないんじゃないかと思うほどの名作。マ〇オブラザーズだ。説明は、しなくても皆はもう分かるよな?
そして現在、可愛い幼馴染は最初のステージのクリポーに絶賛苦戦中である。
「か、海斗。クリポーが私の攻撃華麗に避けてくるっ」
「クリポーが避けてるんじゃなくて琉莉が綺麗にジャンプできてないだけだよ。ジャンプしたらそのまま動かないでみな」
「だ、ダメ。どうやってもマ〇オが前に進んじゃうっ」
「それは琉莉が無意識に十字スティック右に入れてるからだよ。どんだけゲーム下手なんだ」
「あああっ。クリポーが突進してきた⁉」
「頑張って避けろー」
「……やられた」
マ〇オの残機が1減り、残りは4に。……最初のステージのさらにその前半で躓くとか、いくらゲームに慣れていないとはいえ流石に擁護しづらい。
「……これが世間は面白いの?」
「諦めるの早ぇよ⁉ まだ15分も遊んでないだろ⁉」
早くも諦めムードの琉莉さん。俺は大仰にため息を吐く。
「ほら、もう少し頑張ってみな。次は必ずうまくいくって信じろ」
「うぅ。海斗がそう言うなら」
数分微動だにしなかったマ〇オが再び走り出す。
「タイミングは適当でもいいし、なんならクリポー無視して先に進んでもいいから。とにかくゴールには辿り着こう」
「わ、分かった」
「そうそう。おっ。逃げるのは上手いな」
「わ、わわっ! 土管から変なのが出てきた⁉」
「それはパツクンフラワーだな。今みたく土管から急に出てきて攻撃してくるから注意しろよ」
「そういうのは先に言って欲しい!」
「あはは。大丈夫だって。マ〇オが小さくなっただけで、まだ死んだわけじゃないだろ」
「でも次攻撃を受けたらやられちゃう」
「ならその前にゴールしないとだな。……あ、そのブロックの上でジャンプしてみ」
「こ、こう? ……わっ。きのこが出てきた⁉」
「それに触るとマ〇オ大きくなるから、触ってみ」
「本当だ。マ〇オ大きくなった!」
「そのまま全力ダッシュ!」
「は、はい!」
「そしてジャンプ!」
「こ、こう⁉」
琉莉の操作するマ〇オが全力でステージを駆け抜け、そして階段を華麗にジャンプして飛び越えていく。
そして、マ〇オがステージ最奥にあるゴールフラッグに触れた。つるつると降りてその場でダンスして、パタパタと次なるステージへ向かって駆けていく。
「こ、これで終わり?」
「あぁ。おめでとう。1ステージ目クリアだ」
「た、大したことなかったね」
「序盤あれほど苦戦したヤツが見栄張るな」
「あうっ」
ふんぞり返る琉莉に手刀を入れれば、可愛らしいうめき声が漏れる。
微笑みを浮かべる俺に琉莉は不服そうに口を尖らせたあと、はしゃぐ子どものように催促してきた。
「ねね。次のステージやっていい?」
「見事にハマったな」
「まだハマってない」
「という割には楽しんでそうだけど?」
「それは否定しない。存外楽しいものだね。ゲームって」
素直に胸裏を吐露した琉莉に俺は目を丸くしつつ、
「いいよ。琉莉が満足するまでやればいい」
「やった」
琉莉が小さく喜びを表現して、一輪の花のような笑みを俺に見せる。
それには一切の雑念なんてない、純粋な、心の底からの笑みで。
『あぁくそっ。心臓の音、すっげぇうるせえ』
琉莉に対する恋慕は、歯止めを知らず
「私、ゲームも上手いかも」
「はは。それはない」
「むぅ。確かにまだ拙いかもしれないけど、今にみてなよ。私がク〇パを倒すその瞬間を」
「はいはい。楽しみにしてるよ。……あ、またクリポーにやられた」
「い、今のはナシ!」
顔を真っ赤にする琉莉を、俺は腹を抱えて笑ってやった。
ただ、この時間が。
琉莉と共にいられる、この瞬間が。
――この心地よい時間が、永遠に続けばいいのにと、幼馴染の隣に座りながら思った。
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