第178話 『 琉莉とお家デート 』
――休日。
「お邪魔します」
「お、おう」
ややぎこちなく返答する俺に、幼馴染――琉莉が訝し気に眉尻を下げた。
「なんで緊張してるの?」
「いや緊張しない方がおかしいだろ」
「べつに急じゃないでしょ。昨晩海斗にちゃんと連絡したし、許可したのだって海斗じゃん」
「それはそうだけど……」
琉莉よ。お前はやはり男心というものを全く理解していないな。
ジト目を向けてくる幼馴染に俺がやれやれとため息を吐く理由。それは、
「あのな、琉莉。男っていうのは、女の子が家に遊びに来たいって誘われたら、誰しも緊張する生き物なんだ」
そう。本日琉莉が俺の家に唐突に遊びに来たからだ。
確かに琉莉の言う通り、厳密にいえば唐突ではなく事前に連絡を貰っているのだが、昨晩ゲームしている最中に琉莉から『明日、海斗の家にお邪魔してもいい?』というメールが送られてきた時は一分ほどフリーズした。その後に家が揺れるくらいの絶叫を上げて下に親に怒鳴られた。
ぶっちゃけると今も琉莉が家に来るなんて夢かと思っているが、頬を抓っても私服の琉莉がそこにいるのでこれは紛う事なき現実だった。もう死んでいい。
そんな俺の心情とは裏腹に、琉莉は相変わらず淡々としていた。
「へぇ。私はてっきり、遊び慣れてる海斗なら私の誘い如き平然と受け入れると思ってたよ」
「どんなプレイボーイだ。言っとくけど、俺の部屋に入ったことある女子は琉莉だけだからな」
「あはは。嬉しくない」
「……笑いながら辛辣なこと言うなよ」
ちょっぴり言葉にするのに勇気のいる台詞は琉莉には一切効果がなかった。
「ねぇ、そろそろ上がってもいい?」
「あ、あぁ。そうだな。いつまでも玄関で話してるのも変だもんな」
俺が一歩退くと同時、琉莉が家の中に足を踏み入れる。刹那だけ縮まった距離が俺の鼻孔に琉莉の甘い香りを届けさせ、早くも心臓の鼓動の騒がしさが増した。
「どうしたの海斗?」
「……なんでもない」
「そ。ならいいけど。お邪魔しまーす」
「おう。ゆっくりしてけ」
何気ない会話の裏で、俺は悶える。
『……俺、今日理性持つかな』
上目遣いで俺のことを見つめてくる幼馴染にぎこちない笑みを取り繕いながら、俺は胸中で弱音を溢すのだった。
***
そういや、まだ琉莉が俺の家に遊びに来た経緯を説明してなかったな。まぁ、そこに複雑な理由なんてものはないんだけど。
本日琉莉が遊びに来た理由は至って単純。ゲームをやりに来た。ただそれだけだ。本当に。悲しいことにこれ以上の理由はない。俺に会いたかったとかそんな理由だったらモノローグだけで5ページくらい埋まってる。
とにもかくにも、そんな訳で琉莉が俺の家にゲームをしに遊びに来たわけなのだが。
「ところで、なんで急にゲームやりたいなんて言い出したんだよ? つか、やりたいんだったらソシャゲで十分な気がするが」
「ソシャゲ?」
琉莉は博識だが、ゲームや漫画、いわゆるオタク方面の知識には疎い。故に琉莉が俺の言葉に首を捻る。
「ソーシャルゲーム。スマホで気軽に遊べるゲームってこと」
「あー。海斗たちがスマホでよく遊んでるゲームってそう呼称するんだ」
「その反応から見るにソシャゲには一切手をつけてこなかったって感じだな」
「ゲーム自体にさほど興味を示したことがないからね」
ゲーマーから言わせればゲームを興じず普段どんな生活をしているのかと問いたい所だが、その気持ちはぐっと堪えつつ、
「そんなお前がどうして急にゲームやりたいって言い出したんだ?」
それがずっと気掛かりで本人に訊ねれば、琉莉は「だって」と継ぎ、
「海斗。昨日私に言ったでしょ。俺たちにはゲームがあるから離れることはないって」
「あぁ。確かに言ったな。それでやりたくなったのか?」
と問いかければ琉莉は「そう」と肯定した。
「だから興味が湧いてね。ゲームっていう代物に、はたしてそれだけ人と人を結びつけつ力があるのかどうか」
「なんか敵のラスボスが言いそうな台詞だな」
俺は思わず苦笑してしまいつつ、
「そういうことなら今日は琉莉が満足するまで遊んでいったらいいよ。もうすぐに遊べる状態にしてあるし、ソフトの方は俺が昨日徹夜して厳選したものを置いてある」
「べつに徹夜してまで選ばなくてもいいのに」
「いいやダメだ! ゲーム素人にゲームをオススメするのは、絶対に中途半端にしてはいけないことなんだ! もし自分がオススメしたゲームが相手に気に食わないもので、そのせいでゲームに興味がなくなってしまったらと想像すると、恐怖で震えが止まらない!」
「それで徹夜してまで遊ぶものを厳選していたと。ゲーマ怖」
呆れた風な苦笑いを溢しながら歩き出した琉莉。それから部屋の真ん中、ゲーム機が置かれた場所にちょこんと座ると、たんたんとカーペットを叩いて、
「ほら。早く座って」
「…………」
「どうしたの? そんなキョトンとした顔して」
「あ、あぁ。悪い。すぐ座るよ」
怪訝に眉根を寄せる琉莉に見つめられて、俺はハッと我に返ると少し急ぐように座った。
座った位置は、琉莉の隣。
「その、いいのか?」
「なにが?」
「いや、だから。隣、座ってもいいのか?」
歯切れ悪く琉莉の顔を窺うように訊ねれば、返ってきたのは「はぁ?」という呆れたため息だった。
「当たり前でしょ。私はゲーム初心者で、操作方法とか何も知らないんだから。海斗が隣で教えてくなきゃゲームを遊ぶどころか一生メニュー画面のままだよ」
「そこまで知識皆無なのかよ。……そうか。なら、俺が隣に居なきゃダメか」
「そうだよ。海斗が隣にいてくれないとダメ」
その言葉に他意はない。分かっているのに。脳が都合のいい解釈に傾けようとしてくる。
まるで、琉莉が俺に隣に居て欲しいと懇願しているかのように、脳が勘違いさせてくる。
落ち着け俺。落ち着け。今の俺に求められているのは、補助監督という立場だ。
「海斗?」
「何でもない。ほら、やるなら早くやろうぜ」
「そう言われてもここからどう進めばいいのか分からない」
「そこからか。よし、ならまずは――」
今日の俺たちの関係に勘違いしてはいけないのに。
それなのに、彼女の甘い香りと柔らかな表情がそれを否定させてくる。
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