第177話 『 それは甘さか弱さか 』

「海斗。最近私にばかり構ってて平気なの?」

「? すまん。平気とは?」


 いつもの帰り道。大きな欠伸を掻く幼馴染に問えば、彼は深く眉根を寄せた。


「今日たまたま男子の話聞いちゃってね。海斗、付き合い悪くなったって言ってた」

「えマジで?」

「マジ」


 驚いたように目を瞬かせる海斗に私は小さく頷く。


「んー。べつにそんなことはないと思うんだけどな。体育とか休み時間は普通に喋ってるし」

「でも最近はお昼休みも放課後も私に構ってるよね。それが原因なんじゃないの?」


 十中八九私が原因だ。海斗が私と関わるようになって以降、海斗は暇さえあれば友人ではなく私の所に来るようになった。

 一人に慣れている私とは違って、海斗は何時も集団で行動してきた側の人間だ。例え本人にとっては些細な事でも、内輪の存在達にとっては面白くない現象なのだろう。


「たまには他の人たちの所に行ってあげれば。私は平気だから」

「何言ってんだ。約束しただろ。もうお前から離れないって」

「それで年中私に付きまとってたら海斗の方が独りになっちゃうよ」

「はは。なに、心配してくれてんだ?」

「うん」

「珍しく素直」

「照れる所じゃない。私は、本気で海斗のことを心配してるんだ」


 この幼馴染は自分自身を大切に扱っていない。本人は自分のことを自分勝手なエゴイストだと評価しているようだけど、それは間違いだ。

 自分勝手の本質は、相手の気持ちを優先してしまうがばかりに暴走してしまう善意。エゴイストと思わせるのは世話焼きだから。

 彼は優しいんだ。優しいが故に、自分を責めてしまう。

 そんな彼の優しさに甘えている自分が、嫌い。


「あんま心配すんなよ」

「――ん」


 ふいに頭に、大きな手がぽん、と置かれた。

 目線を上げればそこには幼少期によく見た、優しい笑みを浮かべる男の子と似重なる大人になった青年がいて。


「琉莉が心配してることは全部杞憂だから。俺に友達はいなくならない」

「なんでそう言い切れるの?」


 私には海斗が冗談を言っているように見えなくて。それが不思議で堪らなくてそう問いかければ、海斗は「だって」と継いで、


「俺には遊李たちがいるからな」

「――――」


 屈託なく笑いながら、海斗は答えた。


「あいつらがいる限り俺に友達がいなくなる、なんてことはないよ。たぶん、あいつらとは高校卒業してもずっと変わらず親友のままなんじゃないかな」

「たかがゲームでそんな絆が生まれるの?」

「おいおい。たかがゲームじゃねえぞ。例え琉莉でも、その発言は撤回してもらわないとな」


 海斗は不満を露にするけど、それに疎い私からすればやっぱりまだ納得がいかなかった。


「いいか、琉莉。ゲームには人と人を結びつける力と面白さあるんだ。お前も教室にいるなら男子どもがゲームの話してるの所くらい聞いたことあるだろ?」

「うん。たまに。このゲームが面白かったとか、このゲームはクソゲーだったとか聞くかな」

「そう。ゲームにはそれだけ話題を作る力がある、俺や遊李。智景や誠二が中学に仲良くなったのもあるゲームがきっかけだしな。あれがなきゃ、俺たちは親友と呼べるほど親しくなってない」


 だから、と海斗は私の頭を撫でると、


「例え友達が減っても、完全にいなくなるわけじゃない。俺にはもう、困った時に無償で助け合う友達がいるから。それにより今は、お前と一緒にいたいんだ」

「――――」

「文化祭の時にも言っただろ。俺は、お前のことが好きだって。好きになってもらえるよう努力するって。その為なら、どんな犠牲だって厭わない」


 彼の手から、覚悟が伝わってくる。

 彼の犠牲なんて望んでいないはずなのに。彼を縛る権利なんて私にはないのに。

 なのにどうして、その言葉に救われる自分がいるんだろうか。

 自分の中で、醜さと歓喜が葛藤している。


「海斗」

「――琉莉⁉」


 こんなのが自分らしくないなんてことは重々承知の上で、頭ではそれが分かっているのに、でも体が言う事を聞かずに勝手に動いてしまった。


 ごめんね、海斗。


 急に抱き着いたりなんかして、ごめん。


 でも、絶対に私を独りにしないって言ってくれる海斗に、甘えたくなってしまうんだ。


 あぁ。私はなんて弱い女なんだろうか。


 結局、孤独にいることに耐えられないんだから。

 ううん。少し違うな。今までは耐えられた。海斗が、私を独りでいることに恐怖を思い出させたせいで、耐えられなくなってしまったんだ。


「……琉莉さん。ここ、道路なんですけど」

「分かってる。でも、お願い。少しだけ。少しだけでいいから、このままでいさせて」

「――――」

「甘えてごめん」

「――っ。謝るなよ。お前が俺を求めてくれるなら、俺はそれ以上何も望まないんだから」


 海斗は私のことを抱きしめ返すことはせず、ただ距離感を図るような手を頭に置いた。


「琉莉の傍には、ずっと俺がいてやる。だから、好きなだけ俺に甘えてくれ」

「――。うん。ありがとう」


 少しずつ、彼が私の世界に入り込んでくる。


 少しずつ、私が彼を受け入れていく。





【あとがき】

海斗は意識的にボッチの名前を出さないようにしてます。優男やぁ。

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