第176話 『 水野琉莉と鬱屈とした日常 』
「――はぁ」
学校という場所はやはり憂鬱だ。
主体性のない会話が行き交う教室。静謐とは縁のない喧噪。まるで独りでいるほうが間違いなんだと言われているような集団行動。
早く明日の休日が恋しい。家に引きこもって好きな本を好きなだけ読み耽りたい。
文化祭の振り替え休日は、私が想像していた以上に劣等感を植え付けてしまったらしい。
学校嫌いに拍車が掛かって、いっそのこと午後は体調不良とか適当な理由をこじつけてサボってしまおうかとさえ思案中である。わりと本気で。
「ただでさえ今はあの二人のことなんか見たくないのに、勘弁してよ」
そんな思案を加速させるのは、教室で否応なく見てしまう最近できたカップルのせいだ。
「――天刈さんとボッチくんてさ~、本当に仲いいよね」
「「だねぇ」」
「――っ!」
私にとっては憂鬱でしかない話題。教室の空気が息苦しくて女子トイレまで逃げてきたというのに、扉越しから私が今最も聞きたく話題が聞こえた。
「……ここもダメなのか」
狭い個室で、私は諦観の息を吐く。この高校の生徒である以上。そして1年生という身分である以上、どうやらあの二人の話題から背けることは不可能らしい。
もしくは、運命の神様が私に邪悪な悪戯を仕向けているのか。
トイレから出るに出れず、私は洗面所でおそらく化粧直しをしている女子たち会話に耳を傾ける他なかった。
「というか、よく天刈さんと付き合おうと思ったよね。あんなに怖いのに」
「そう? あの人以外と可愛くない?」
「えそれマジで言ってる?」
「なんか、あれ。人懐こっくない猫みたいじゃない?」
「それ可愛いの?」
「私は天邪鬼な感じがして好きだよ。まぁ、実際の天刈さんは猫よりよっぽど凶悪だし不愛想だし、未だに声を掛けられると背中震えるけど」
「それ怖いって言ってるようなものじゃん」
「それに臆せず絡みにいける我らが委員長のメンタルの強さよ。鬼か」
「それなー。今日も顔真っ赤にした天刈さんの手握って登校してきたし」
「完全に僕のカノジョですって私らに自慢してきてるよね」
――はぁ。
聞きたくない会話ほど、どうしてこんなにもハッキリと聞こえてしまうのだろうか。
二人が友好的だと、誰にも引き裂けない強固な絆で結ばれているという話を聞く度に、私の心は悲鳴を上げて今にも砕けそうになる。
文化祭で、私は彼に人知れず失恋した。
帆織くんから直接『天刈さんと交際した』という連絡を貰ってはいないものの、文化祭の閉会式にあの二人が居なかったこととクラスの大半が何かを隠している雰囲気で何となく察し、閉会式後の教室に手を繋ぎながら戻ってきた二人を見て、私は全てを理解した。
あの時は現実に耐えられなくて逃げたっけ。海斗に告白されたのはその直後だった。
率直に言おう。私はまだ、失恋の痛みから立ち直れてはいない。――立ち直れるはずなんか、ないじゃん。
だって、本当に彼のことが好きだった。無論、告白をしないという選択を選んだのは私だ。その選択に後悔だってしてる。でも、それ以上に彼に迷惑を掛けたくはなかった。
彼は私のこと異性としては見ていないと悟っていたからこそ、フラれる事が分かっていたからこそ、怖くて告白なんてできなかった。
私はなんて臆病者なんだろうか。
そして、こんな臆病者をどうして幼馴染は好きなんだろうか。
最近の私の頭には、そんな疑問がぐるぐると回り続けている。
おかげで、失恋の痛みも自分が想定していたよりずっと薄かった。
これが、海斗が言っていたことなのだろうか。
――『帆織智景からお前を奪う』
私が失恋することを分かっていたからこそ、彼はあの場でそんなことを言ったのだろうか。それもあるだろう。けれど、おそらく本意は違う。
あれは、きっとその言葉通りの意味と捉えていい。
海斗は、本気で私から帆織くんの全てを奪おうとしてる。
彼に見た淡い夢も。抱いた恋慕も。一時の儚い青春も――自分という存在で、塗り替えようとしている。
全くバカな幼馴染だ。
私なんかに、そんな価値はないというのに。
海斗ならきっと、私よりいい女に出会って、捕まえられたはずなのに。
――どうしてまた私なんか選んだんだよ。ばか。
白紙に過去をなぞるのは歴史だけでいいのに。あの幼馴染は私とそれと同じことをしようとしている。
「私なんか、放っておけばいいのに」
私は、まだ知らない。
彼が、過去をなぞるつもりはないということに。
私は、この先の未来を知らない。
彼が、いつか本当に私の全てを奪う日が来ることを、この時の私は想像さえしていなかった。
【あとがき】
更新遅くなってすいません。
実は今カクヨムコンに向けて新作を書いてまして、それと本作を同時掲載する為に色々と準備中で忙しく中々更新できませんでした。あと普通にリアルが忙しくておまけに体調崩した。
いったいどうしたらこんな負のコンボができるのか作者本人も不明ですが、とにもかくにも連載再開です。
できる限り休まず更新していきますが……たぶん無理です! 改稿間に合わん! でも更新していくから新章・【生徒会選出】編をお楽しみください。
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