第175話 『 アマガミさんと額 』
――以前。僕とアマガミさんは同じ部屋で寝たことがある。たしか、アマガミさんがこの家に住むことが決まった日だったか。
その時の彼女は苦難と慟哭の渦中にいて、孤独を紛らわす為に僕に救いを求めた。あの夜。彼女の震える手を握りながら眠ったことは、今でも鮮明に覚えている。
なら今回も前回と同様に彼女が孤独を紛らわせる為に僕の温もりを要求してきたのかと思えば、それは少しだけ違っていて。
「えっと。本当に一緒に寝るの?」
「いいだろべつに。もうあたしらは付き合ってるんだ。これはいわばあれだ。合法ってやつだ」
戸惑いながらアマガミさんを部屋に招き入れたあと、彼女はほんのりと頬を朱に染めたまま、口数少なく僕のベッドに潜り込んだ。
前回とは違い、彼女は敷布団で眠るつもりはないらしく、決して大きくはないベッドで僕と共寝を要求している。
付き合っているとはいえ、恋人と同じベッドで眠るなん僕には人生で初体験で、抵抗感はありつつも既に彼女が潜っているベッドの中に踏み入れた。
近い。何もかもが。
顔が。吐息が。体温が。少し手を伸ばせば、無防備な彼女に触れてしまえるくらいに。
「えっと。それでどうして急に一緒に寝たいだなんて言い出したの?」
「理由。知りたいのか?」
「アマガミさんが答えたくないなら無理には聞かないよ」
「なら聞くな。何も言わず察しろ」
ぎゅっ、と僕の襟を弱く握るアマガミさん。僕は『たぶん恋しかったんだろうな』と自分に都合のいいような理由を胸に落として追求は止めた。
「まぁ、どんな理由であれ、僕はアマガミさんと一緒にいられればそれでいいよ」
謎は深まるばかりだけど、アマガミさんの方から積極的に甘えてきてくれただけで僕は満足だ。それに、先刻に感じた名残惜しさはもうない。彼女の体温が、それを淡く溶かしてくれた。
「一緒に寝るのなんてあの時以来だね」
「だな。まぁ、あん時はこんな風に同じベッドで寝てないけど」
「アマガミさんが積極的に甘えにきてくれて僕は嬉しいよ」
「あたしだって誰かの温もりが恋しい時くらいあるんだ」
「……もしかして、まだ独りだと思ってる?」
わずかに声音を落として問いかければ、アマガミさんは僕のことを一瞥したあと「いや」と首を振った。
「もうそんな下らねぇこと思ってねぇよ。今のあたしにはボッチがいる。お前があたしの傍にいてくれるから、退屈しないで済んでる」
「アマガミさんはもう独りじゃないからね。これからも僕がキミの傍にずっといてあげる」
「ふっ。知ってる」
小さな微笑。それに、僕は安堵する。
「なぁ、ボッチ」
「どうしたの?」
「抱きしめても、いいか?」
「――――」
潤んだ赤い瞳に上目遣いでそんな可愛いおねだりをされたら、男なら頷かずにはいられない。
「ど、どうぞ」
「じゃあ遠慮なく」
ぎこちない僕に気にした様子はなく、アマガミさんははにかんだあとに僕のことをぎゅっと抱きしめてきた。
本当に今夜のアマガミさんは甘えん坊だ――沸々とそれを感じながら、僕も彼女の背中に腕を回した。
「――っ!」
「…………」
そして互いの体が隙間なく密着すると、アマガミさんがそれに気付いてしまったように目を大きく開けた。
「……ボッチ」
「……はい」
「……あたしの太ももに、何か硬いもんが当たってんだけど?」
顔を赤くしたカノジョさんにジト目を向けられながら追求されてしまえば、僕は言い逃れはできないと悟るしかない。
恥じらいに顔を赤くしながら「ごめんね」と先に謝り、
「その、生理現象といいますか……言い訳をするわけじゃないんだけど、好きな子と同じベッドで眠るってなったら、その、男としてはどうしても意識せずにはいられないんだよ」
「……へんたい」
「ご、ごめん」
言う事を聞かない下半身を責めることもできず、僕はひたすらにアマガミさんに謝罪する。
「つか、ボッチってあたしの興奮すんのか」
「しないわけないでしょ。じゃなきゃこんな風になってないよ」
「自分で言うのもあれだけどさ。あたしって魅力ないだろ」
「アマガミさんは十分魅力的だと思うけど?」
「こんな厳つい顔してんのにか?」
「どこがさ。アマガミさんはすごく愛らしい顔してるよ」
「お前目腐ってんな」
「……どんだけ自分に自信ないのさ」
どうやら何度可愛いと伝えても本人にその自覚がないようで、何故か懐疑心をはらんだ目を向けられてしまう。
「あたしみたいな女を好きになるのはボッチだけだと思うぞ」
「アマガミさんを好きにならない要素なんて、男からしたらないはずなんだけどね。ツンデレが魅せてくれる笑顔って最高じゃない?」
「おい。誰がツンデレだ」
「アマガミさんはツンデレだと思うよ」
アマガミさんは不服そうに口を尖らせる。
「たくっ。あたしのことをばかにできるのもボッチだけだ」
「ばかにしたつもりはないんだけど。キミが可愛いのも事実で、キミがすごく魅力的なのも事実だ。じゃなきゃ、僕の心臓はこんなにも五月蠅くならないよ」
一度彼女の背中に回していた腕を解くと、僕は彼女の腕を掴んだ。
「僕がアマガミさんのことを魅力的な女性だと思ってること、伝わって欲しいな」
「――ぁ」
掴んだ腕を僕の心臓へと導く。
アマガミさんの掌を僕の心臓へと押し当てた瞬間。小さな吐息がこぼれた。そして、そのあとに小さな微笑が浮かび上がる。
「へへっ。本当だ。ボッチの心臓。すっげぇドクドクいってる」
「これで分かってくれた?」
「あぁ。分かっちまった」
「ならよかった」
体温が上がっていく。心地よさを超えて、少し息苦しさを覚えた。
「……こういう状態になってるってことはさ、やっぱしたいのか、ボッチは?」
「――。アマガミさんは? もし僕がしたい、そう言ったら、どうするの?」
その問い返しがずるいということは百も承知なのは理解してる。けれど確かめずにはいられなくて問えば、アマガミさんは「悪ぃ」と顔を俯かせた。
「そういうのはまだ、勇気が出ないって言うか……怖い」
「うん。分かった」
「……いいのか?」
驚いたように上がった顔に、僕は微笑を作りながら言った。
「いいも悪いもないよ。やっぱりそういうのはお互いの気持ちが大事だと思うから。それに、僕らは付き合いは長いとはいえ、恋人になった期間は浅いからね」
「そ、そうか」
「うん。だからゆっくり進んでいこうよ」
お互いを尊重し合いながら、この恋を育んでいこう。今よりももっと、それこそ誰にも切れない強固な絆を築いていこう。
「ボッチは相変わらずあたしに甘いな」
「あはは。無理に関係を進めようとしてアマガミさんに嫌われたくないからね」
「ばかか。あたしがお前を嫌いになるはずないだろ。お前があたし以外に興味ないって思うように、あたしだってもう、お前以外を男として見れなくなってるんだ」
「それは僕にとってはとても光栄なことだね。――アマガミさんの一番になることが、僕の幸せだから」
「はは。なんだそれ。安い幸せだな」
「安くなんてないよ。どんなものより価値がある。僕にとってアマガミさんは、それだけ大切な人なんだよ」
キミの全てが愛しい。
こんなにも。その想いが溢れて止まないから。
だから。
伝われ。
「――ん」
「――っ!」
徐に彼女の前髪を上げた僕は、そのまま胸の内には収まり切れなかった感情を吐露するように目の前の白い額に唇を押し付けた。
額にキスをされたのだと、遅れて気付いたアマガミさんは途端に顔を真っ赤にさせて。
「な、ななななな⁉」
慌てふためくカノジョさんに、僕はふっと微笑みを魅せながら、
「おやすみ。アマガミさん」
「そ、そんなことされて寝れるわけねぇだろぉ!」
アマガミさんは布団の中に潜り込んで、脚をバタバタさせながら悶える。
相変わらず反応が可愛いカノジョさんを、僕は眠る寸前まで堪能するのだった。
「額の次は唇にするから、覚悟しててね」
「~~~~~~っ⁉ ボッチぃぃ。お前、さてはあたしのこと寝させる気ねぇな⁉」
「ふふ。もしかしたらアマガミさんが眠ってる時にこっそりとキスしちゃうかも」
「~~~~っ。一緒に寝るんじゃなかった!」
「ふふ。今更後悔しても遅いよ」
「くぅ。次揶揄ったらボッチの股間に蹴り入れるからなっ」
「それは本当に止めて⁉」
【あとがき】
早くエッチな回が書きたいぃぃぃぃ。
さて、今話にて文化祭編エピローグ(つまり間章)は終わりです。これから約一週間ほど休載した後、新章【生徒会選出編】に入ります。
新章の注目はやはりなんといっても新キャラがたくさん登場する所ですね。それから自分の前作、『出会い系アプリから始まる結婚生活』のキャラクターも登場予定です。前々から登場させようと思ったけどようやく登場させられます。まだ書いてないけどすごく楽しみです。前作から読んでる読者さんはもっと楽しみにしてるかも。
そして、新章の中でも特に注目して欲しいのは、琉莉です。
文化祭で海斗に告白され、そして自分はボッチに告白しないまま失恋してしまった琉莉。そんな彼女が果たしてどんな活躍をするのか、楽しみにしていてください。
それでは皆様、次の章をお楽しみに~
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